だるまさんがころんだ

ぞう組さんの徒歩遠足の目的地は布佐南公園でした。当日は快晴、むせかえるほどの緑でした。何人かが集まり、広場で「だるまさんがころんだ」をすることになりました。じゃんけんで勝ったのに、なぜか多数決で私がオニをすることになりました。

「はじめの、一歩!」最初のうちは問題なく進んでいったのですが、K君を捕まえたあたりから雲行きが怪しくなりました。オニが振り向くたびにA君が面白い顔をするので、K君やS君はオニそっちのけでにらめっこを始めました。みな大笑いしながら楽しそうです。

私は何とか「だるまさん…」を続行しようと、半ばいらいらした声で「ちょっと、そんなんじゃだめじゃーん!」と訴えます。そうこうしているうちに、Mちゃんがオニにタッチして、皆が一気に駆け出します。私はあわてて10まで数えて「ストーップ!」と言いました。

ところが誰一人止まりません。逃げるのが面白くて、大笑いしながら公園の反対の端まで駆けていってしまいました。そんな「だるまさん…」を3回くらい続けたでしょうか。 大人の目線で見れば、こんなめちゃくちゃな「だるまさん…」はありません。ところが、子ども達は十分に楽しんでいました。

例えば、缶けりでも同じようなことが起きます。本来は、隠れている者がオニの隙を突いて缶を蹴ることがゲーム上の目的です。スポーツとして缶けりをするなら、「いかにして缶を蹴るか」を突き詰めることが求められるでしょう。あそびとしての缶けりは、そうとも限らないのです。ずっと隠れたままを楽しむ子もいれば、わざわざ見つけてもらうのを好む子もいます。

「ルールを守れない」「ちゃんとやらない」という評価は早急に過ぎるかもしれません。「子どものあそびは、ルールや目的や勝敗がはっきりしたスポーツ(競技)とは少し違う」という視点も必要な気がします。

焦らずともあそびの体験を重ねるうち、行きつ戻りつ揺れ動きながら、次第にルールに沿ってあそぶ楽しさも覚え、あそびの内容も高度になっていくのだと思います。恐らく今年のぞう組さんも、冬になる頃には今とは違ったあそびの姿を見せてくれるでしょう。

大人の器量も試されるのでしょう。想定した枠の中にきちんと収まっていることに満足するまい。時には枠からはみ出すことも許容できる懐の深さを持ちたいもんだ。「指示待ち」になるな、殻を突き破って新しい価値を生み出せ!

誰かに向こうずねを思い切り蹴られ、誇大な夢想から引き戻されました。「コラー、待てえ!」まだまだ器量に乏しい大人が、子どもの歓声を追いかけて行きました。