ここで言う法問とは、首座(しゅそ)法戦式(ほっせんしき)における法問である。
曹洞宗では、新しい住職が寺に入る時には、晋山式(しんざんしき)を行う。その時には、必ず首座法戦式も行われる。首座が住職に代わって大衆からの質問に答えるものである。その儀式は、極めて様式化されていて、芸術的ですらある。
また、各僧堂においては、夏と冬の各制中に首座法戦式が行われる。
その問答の内容は自由であるが、通常は台本を用意して、首座はそれを完璧に覚える。そのような手本になる問答は多く作られて来ている。多くは擬古文で、禅語をふんだんに使った格調高いものである。
ここに掲載したものは私の法戦式で用意したものである。前半の問答は、従来のものをそのまま使用したり、少し改変して使用している。後半はオリジナル。
因みに、トウ隠老師は「只是れ菩提心」の一点張りで通したと聞いている。
発心寺の先輩の中には台本無しで、何を聞かれても「莫妄想」で通した人もいると聞いた。それはそれで一見識あるが、なかなかカッコイイ問答にはなりにくいだろうと思う。
法戦式の概略の流れを記して見る。リンクは平成12年6月4日、幽雪が首座を務めさせて頂いた山口県・桂光院における録音である。(祝語は本師のみ掲載。ここまで言うか?という内容。)
般若心経・・・・・・・読経が終わると同時に次の挙則に入ります。
挙則・・・・・・・・・・・本則を首座が読み上げます。ここでは、『従容録』第二則「達磨廓然」の話(わ)。多くの場合この話を用います。
弁事頌唱・・・・・・・挙則に続いて、弁事という役の人が、その頌(じゅ)を読み上げます。
拈竹篦・・・・・・・・・首座が竹篦(しっぺい)という竹で作られたやや弓なりに反った棒を捧げて法語を唱えます。
法問・・・・・・・・・・・首座と大衆との問答です。
第二問 三界唯一心
問 作者は、三界唯一心。乞尊意。
答 その心を呈露し来たれ。
問 中々、現成の一々が唯一心に他ならないぞ。
答 いいや、三界唯一心というは、奴を留どめて郎と作すの痴漢だぞ。
問 尊意、尊意。
答 三界無法、いずれの処にか心を求めん。
問 正得、無心の心こそ唯一心にござない。
答 這箇(しゃこ)の竹篦(しっぺい)、心外に有るか心内に有るか。
問 珍重。
答 万歳。
第三問 直心是れ道場
問 作者は、直心(じきしん)是れ道場。乞尊意。
答 維摩言下に落在すること勿れ。
問 中々、一歩の歩みが是れ道場なり。
答 いいや、直心是れ道場というは、言句上の上滑りにして精細の参学ないぞ。
問 尊意、尊意。
答 乞処(こうじょ)は見よ、一翳(いちえい)眼に在りて空華乱墜。
問 正得、一瞬の隙無き参究こそ真箇の道場ならんか。
答 作麼生(そもさん)か、是れ真箇の道場。
問 珍重。
答 万歳。
第四問 発菩提心
問 作者は、発菩提心。乞尊意。
答 菩提心を発(おこ)すというは、自未得度先度他の心をおこすなり。
問 中々、元来大地に衆生無しだぞ。
答 観音菩薩三十三身を現じ給まう。
問 尊意、尊意。
答 初発心、百千万億発するなり。
問 正得、初発心の勢いは宇宙を度す力有り。
答 恁麼(いんも)に来たるも只管の万里一条鉄。
問 珍重。
答 万歳。
第五問 参禅学道の用心
問 作者は、如何なるか是れ参禅学道の用心。乞尊意。
答 汝、手を切り足を切る事勿れ。
問 中々、只管打坐こそ宗門の正道にあらずや。
答 いいや、只管打坐というは、一幅の画餅(がびょう)にして飢えを充たすに益無し。
問 和尚は高祖道を滅却するか。
答 正に是くの如し。只管打坐は瞎驢辺(かつろへん)に滅却せり。
問 滅却の風光、作麼生。
答 正身端坐して作仏を図る事勿れ。
問 和尚、更らに一隻手(いっせきしゅ)を出だすべし。
答 この音声(おんじょう)何処(いずこ)より来たりて何処にか去る。法身(ほっしん)覚了すれば無一物。
問 珍重。
答 万歳。
第六問 平常心是れ道
問 作者は、平常心是れ道。乞尊意。
答 時々に払拭(ほっしき)して塵埃(じんない)を惹(ひ)かしむることなかれ。
問 これは驚いた。和尚は六祖の児孫にあらざるか。
答 釈迦の児孫は皆、払拭し来たる。
問 ありのままがそのまま道ならずや。
答 いいや、ありのままと認めれば既に遅了八刻。
問 認める我を如何せん。
答 瞬間瞬間を真実たらしめてこそ道となるぞ。
問 正得、与麼(よも)ならば如何なるか是れ道。
答 茶(さ)に逢うては茶を喫し、飯(はん)に逢うては飯を喫す。
問 珍重。
答 万歳。
第七問 生を明らめ死を明らむ
問 作者は、生(しょう)を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり。乞尊意。
答 生死(しょうじ)は暫く措(お)く。須く即今底を明らむべし。
問 中々、如何が即今底を明らめん。
答 手元を明らかに、薄氷を踏むが如く動作すべし。
問 尊意、尊意。
答 一瞬の隙無く只在るべし。
問 正得、この一瞬に生有り、死有り。
答 作麼生が故に、生死はほとけの御(おん)いのちなり。
問 珍重。
答 万歳。
問 珍重。
答 万歳。