科学八段錦は尹千合老師によって考案された。短時間で練習を終えることができるので、仕事などで忙しい人に最適な運動である。1日最低2回(朝と夜)毎日欠かさず続けることがたいせつで、根気よく続けて行えば健康で均整のとれた体を作ることができる。
動作の説明に用いた方向(前後左右)は全て科学八段錦を開始したときの方向に基づいている。即ち、開始時に顔の向いている方向が前方、背中側が後方、右側が右方、左側が左方である。
写真は『牀上健身術與科學八段錦』尹千合老師著から引用した。
預備式(yù bèi shì、ユーベイシー)
準備
両足の踵をつけて爪先を少し開き、背筋を伸ばして頭をまっすぐにして立つ。肩の力を抜いて両腕はゆったりと左右に垂らす。口は閉じて歯を合わせ、舌先を口蓋につけて鼻で呼吸をする。
左足を左方へ一歩出して両足を肩幅程度に開く。左足の爪先は前方へ向ける。右足の踵を外へ開いて爪先が前方を向くように調節する。水平に真正面を見る。ゆっくりと鼻で腹式呼吸を数回行い、気持ちを鎮めてリラックスする。気を丹田に沈める。
1.双手抽糸慢用力(shuāng shǒu chōu sī màn yòng lì、シュアンショウチョウスーマンヨンリー)
段々と力を入れて糸を引くように両手を引き離す
両手をゆっくりと上げる。このとき、両手が腹部の高さにきたら軽く握り拳にして肩と同じ高さになるまで上げる。
それから、虎口*を下向きに、拳の平を外向きにしてゆっくりと左右に引き離す。軽く脇を閉めて拳を肩と同じ高さにし、拳の平は前方に向けたまま虎口を肩に向ける。
効能:肺の機能を高める。
*虎口:hǔ kǒu、フーコウ、ここう。手の親指と人差し指のまたの部分。人体のツボの一つ。
2.覇王挙鼎気沖天(bà wáng jǔ dǐng qì chōng tiān、バーワンジューディンチーチョンティエン)
覇王*が鼎**を持ち上げて気を天に突き上げる
拳を開き手の平を上向きにして両手をゆっくりと上げる。このとき頭をやや仰向ける。手を上げると同時に、気を天に向かって吐き出す。
効能:脾臓や胃を丈夫にする。血行を盛んにする。ストレスを発散させる。腕力を鍛える。
*覇王:項羽(紀元前232年-紀元前202年)。秦末期の楚の武将。
**鼎:かなえ。古代の銅器の一種で、三本脚の丸くて深い器。もとは煮炊き用に使われたが、後には勢力を示す重要な装飾品となった。
3.鳳凰展翅心気平(fèng huáng zhǎn chì xīn qì píng、フォンフアンジャンチーシンチーピン)
鳳凰が翼を広げて心を静める
両腕を頭上で交差させてから腕を伸ばしたまま左右に分けて下ろし、手の平は下向きで両手が腰の高さにくるまで下ろす。
それから、手の平は下向きのまま両腕を上下に3回動かす。両手を上げたときは頭より高くし、下ろしたときは腰の高さにする。手首の力は抜く。手の動きに合わせて踵も上げ下ろしする。
効能:肝臓や肺の機能を高める。血行をよくして全身の疲労回復を促す。爽快感が増す。
4.仙人作揖練腹腰(xiān rén zuò yī liàn fù yāo、シエンレンズオイーリエンフーヤオ)
仙人が拱手の礼*をして腹部と腰を鍛える
両腕を左右に分けたまま手の平を上向きにして頭上に上げ、両手の平を向かい合わせて指を組む。手首を反転させて指を組んだまま手の平を上向きにして上方に伸びをする。両手を見る。
次に、両手を組んで腕を伸ばしたまま前方へ下ろすと同時に前屈する。両脚は依然としてまっすぐにしたまま、両手の平を地面につける。この姿勢をしばらく保つ。初めてこの動作をするときは両手の平が地面につかないだろうが、決して無理をしてはいけない。特に高齢の方は気をつけること。
効能:胃腸を整える。腎機能を高める。血行をよくし肩こりに効く。胃下垂や小腸炎を予防する。勃起不全、早漏、虚弱体質に効く。心身をリラックスさせストレスを発散させる。腕力をつける。腰を丈夫にして腹部を引き締める。
*拱手の礼:中国の敬礼の一つで、両手を胸の前で組み合わせておじぎをする。
5.和尚折腰吐濁気(hé shang zhé yāo tǔ zhuó qì、ホーシャンジョーヤオトゥージュオチー)
和尚が反り返って濁気を吐く
ゆっくりと上体を起こすと同時に、両手も組んで腕を伸ばしたまま上げる。腕を水平になるまで上げたら両手をほどき、更に上げて両腕を頭上に伸ばし、同時に上体を後ろへ反らせる。
それから、右左に各4回腰をねじって上体を揺り動かし、腹の中の濁気を全て強制的に吐き出す。このとき、体を後ろへ反らせる度合は各自の腰の強さに合わせる。無理をせず適度に反らせることが大切である。
効能:内臓の働きを活性化させる。骨格を開く。濁気を排出して新鮮な気を取り入れる。
6.推窓望月運臂力(tuī chuāng wàng yuè yùn bì lì、トゥェイチュアンワンユエユンビーリー)
窓を押し開けて月を眺め腕力を鍛える
手の平を前方に向けて肘を曲げながら両手を肩の前に下ろすと同時に、体もまっすぐにする。
それから、手の平を立てたまま両手を両脇の下からゆっくりと胸の前へ水平に押し出す。このとき背筋は伸ばしたまま少し前傾する。前方を見る。
効能:肩甲骨の窪みにある膏肓穴*を刺激する。腕力を鍛える。
*膏肓穴:gāo huāng xué、ガオフアンシュエ、こうこうけつ。肩甲骨の内側の深い所にあるツボ。病気がここに入ると簡単に治らないといわれている部位。
7.雁落平沙腿仆地(yàn luò píng shā tuǐ pū dì、ヤンルオピンシャートゥエイプーディー)
雁が砂地に降りるように脚を地面に倒す
左足を左方へ大きく一歩出し、股を大きく開いて左膝を深く曲げてしゃがむ。それと同時に、右脚はまっすぐにしたまま地面につくぐらいまで低く倒して仆歩(ディセンディングポスチャー)になる。両腕は大きく円を描くように回してから、右手の指先を右足の爪先につけ、左腕は頭の上で右方へ伸ばして頭上を保護する。左手の平は外向き。右手を見る。
次に、体を少し起こし、右膝を深く曲げてしゃがみ、左脚はまっすぐにして地面につくぐらいまで低く倒して仆歩(ディセンディングポスチャー)になる。左手の指先を左足の爪先につけ、右腕は頭の上で左方へ伸ばして頭上を保護する。右手の平は外向き。左手を見る。
効能:全身の血液循環をよくする。経絡*の流れをよくする。全身の筋肉を鍛えて均整のとれた体を作る。
*経絡:jīng luò、ジンルオ、けいらく。気血が流れる道。
8.騎馬加鞭還中原(qí mǎ jiā biān huán zhōng yuán、チーマージャービエンフアンジョンユアン)
馬に跨って鞭を振るい中原*へ帰る
体を少し起こし、左足を内側に少し引いて騎馬式になる。左手は馬の手綱を引くように軽く握って、前腕を胸の前で横にする。右手は体の右後方で鞭を持つように軽く握る。両膝を曲げ伸ばししてあたかも馬に乗って駆け回っているように動くと同時に、左手は体の前で上下に動かし、右手は後ろで斜めに動かす。上下運動を8回連続して行う。
次に、左右の手を交換して同様に8回行う。
効能:関節炎を予防する。ストレスを発散させる。足腰を強化する。
*中原:黄河中流・下流の地域。現在の河南省の大部分と山東省の西部及び河北・山西両省の南部に対する旧称。
收勢(shōu shì、ショウシー)
閉じる
左足を右足にそろえ、踵はつけて爪先は少し開いて立つ。両手は手の平を上向きにして体の前で肩と同じ高さに上げてから、手の平を下向きにして下ろして左右に垂らし、予備式の最初の姿勢に戻る。このとき、手の動きと足の動きを合わせる。