障害を配慮するビジネスについて


1. はじめに


私はふだん小回りのきく車椅子にのっていて,スーパーやコンビニでは,人がいなければ中に入っていくことができます.それでも夕方人が多い時,昼でも品出しで段ボールが置いてあるときは入店をあきらめています.棚の高いところにおいてある商品は手に取ることができません.レストランは近所では段差があるところが多く,お店に入れても通路をふさいでしまうことが多いです.広いお店に入れた場合でも,車椅子で利用できるトイレがあるお店はほとんどありません.私はトイレが近いので深刻な問題です.もし近所にバリアフリーなお店ができたら,リピーターになると思います.ショッピングをバリアフリーにする取り組みついて調べていくと,これが社会的な責任のためだけではなく,企業の業績にもつながるんだという話がありました.この機会に関連の話題を調べてみました.

2.「障害」への取り組みの指標

パープルポンド 
いろいろな記事や文献を調べていくなかで,障害者が感じているショッピングのバリアを取り除くことは,実はビジネスとしても有益であるという話をよく見かけました.理由のひとつとして,その潜在的な市場の大きさがあげられています.正確な数字は分かりませんが,障害をもつ人は世界に13億人,家族と親しい友人を合わせた関係者は24億人ともいわれています.アメリカ障害者雇用政策局によると,障害者は,ヒスパニック,アフリカ系アメリカ人について,アメリカで3番目に大きなグループであるそうです.障害者とその家族がもっている,製品の購入に使われる資金の総量(購買力)のことをパープルポンド(Purple Pound)というそうです(図1).その額は,イギリスで年間2490億ユーロ(およそ31兆円),地球全体では8兆ユーロ(およそ880兆円)と見積もられているようです.障害者にとってのバリアが解消されないことで,パープルポンドが失われている,というように表現されています.

パープル・チューズデイ
パープルポンドについての認知度を高め,ショッピングにおける障害者のインクルージョンを進めるため,イギリスでは,全国規模の取り組みとして,パープル・チューズデイ(紫の火曜日)というイベントが2018年11月13日に行われました(2019年以降も開催予定).このイベントはパープル(Purple)という社会的企業が中心となり,政府や企業の支援を受けて開催されています.この日には,障害のことについて多くの人に知ってもらえるよう,紫色の服を着たり,Webサイトに掲載されている会社のロゴに紫色を取り入れたり,お店の照明を紫色にするなどしてみんなでアピールをします.また,このイベントに参加した企業は,障害をもつ消費者のショッピングをサポートする活動を行うことが求められます.どのような活動をするかについては,それぞれのお店に任されています.例えば,あるスーパーマーケットチェーンでは,自閉症をもつ人に見られることが多い感覚過敏の症状に配慮し,照明を暗くしたり,店内のBGMの音量を下げる「インクルーシブ・アワー」という特別な時間帯を設けています.


障害の価値を定量化する取り組み
最近,こうした企業が行うインクルージョンの取り組みを数値化して評価することが行われているようです.2012年に,企業の障害のインクルージョンの取り組みの程度を数値化する客観的な指標,障害平等指数(Disability Equality Index)が提案されています.この指数は,企業文化とリーダーシップ,社会との関わりと支援,雇用システムなどの項目で,障害についての企業の取り組みに点数をつけることで計算しています.100点満点を獲得した企業の中には,通信事業のコムキャスト,会計・税務サービスのアーンスト&ヤング,銀行のJPモルガン・チェース,携帯電話のスプリント,スターバックスなどが含まれています.

コンサルティングファームのアクセンチュアなどによる2018年の調査レポート「障害を考慮に入れることの利点」では,提案された指数を用いて,企業が「障害」を製品や経営戦略に取り入れることと,企業の業績の間にどのような関係があるのかを分析しています[1].アメリカの企業140社について,最近3年間の指数を求め,うち上位45社を障害のインクルージョンに取り組む「チャンピョン企業」として,それ以外の95社との業績を比較しています.この結果,チャンピョン企業はそうでない企業より, 収益・純利益・利益率において,いずれも高い数字を示し,株主へのリターンも2倍以上であることがわかりました.経時的な変化を追っていった場合,指数を向上させた企業は,そうでない企業に比べ,株主利回りが5割ほど上回ることを報告しています.

障害に配慮する企業をベースにした株価指数
ビジネスにおける障害へのインクルージョンをテーマにした株価指数をつくる取り組みもあります.アメリカの企業The Return on Disability Group(以下ROD)はニューヨークに本部をもつ市場調査会社で,2008年に現CEOのリッチ・ドノヴァン氏によって設立され,企業や政府系機関などに対し,業績と企業価値を向上させるためのアクションの助言,コンサルティングを行っています.ドノヴァン氏は,自身も脳性麻痺の障害をもち,大学で経営学を専攻し,その後MBAを取得しています.ここで紹介する内容は,ROD社の2016年の年次レポートからの内容になります[2].
 市場の状況を示す株価指数は,個々の企業の株価を計算して決められています.例えば,日経平均株価は日本の企業225社の株価の平均値で,日本経済の指標として用いられます.同じようにS&P500指数は,アメリカの企業500社の株価をもとに計算され,ダウとともにアメリカの代表的な株価指数になっています.
 
RODでは,アメリカの上場企業のデータから,障害にかかわる経済的な価値を数値化する,次のような方法を提案しています.まず,障害に関わる企業活動と経済価値の関係を評価し,消費者,労働者,生産性に関わる活動など,30個の項目に点数をつけます(0~5点の間).この値の上位100社のスコアの平均をとった値を,障害について配慮をしている企業の平均株価指数としています(RODインデックス).表1に2016年のリポートで紹介されている得点の高い企業を示します.RODインデックスを用いた金融商品は,2014年に,ニューヨーク証券取引所に登録されています.2012年1月より,RODインデックスのリターンは,代表的株価指数であるS&P500を上回っており,これはビジネスにおける障害のインクルージョンの価値を示す根拠として,しばしば引用されています.

3.「障害」のブランディング

ディスアビリティ・コンフィデント
イギリス政府は2027年までに,障害者の就労を100万件増やすという目標を掲げています.労働年金省では,2016年11月に,企業の障害者雇用を促進するための認定制度(ディスアビリティー・コンフィデント・スキーム)を開始しています.このプロジェクトはイギリスの社会的企業パープルによって運営されており,障害についての理解を深め,障害に関わるバリアを除くことを目指し,インクルーシブな労働環境をつくるためのアドバイスを行います.プログラム側は企業の障害者雇用状況のステータスについて認定を行い,企業は認定を受けることで,障害者の就労のための支援体制が整っているなど,企業の体制を,社会や障害者にアピールすることができます. 2018年5月の時点で6000,国内の大企業の4分の1が参加しているそうです.このスキームでは3段階のステータスが設定されており,署名した企業は,インクルージョンへの対応の程度によって,段階的に評価されることになります(表2).企業は,プログラム参加後,レベル1からスタートします.最初の段階では,インクルーシブな採用プロセスなど,障害者雇用の基本的な考え方についての基本方針に同意し,インターンシップやトライアル雇用制度など,障害者雇用を進める何らかの具体的なアクションをひとつ実施することが求められます.署名した企業の9割が,新たにインクルージョンのためのアクションを行ったこと,半数以上の企業があらたに障害者雇用を行ったことなど,プログラム実施によるポジティブな効果が報告されています.以下にプログラムに参加している企業の取り組みを紹介します[3].

コンサルティング会社.社員の多様性と,企業の経営パフォーマンスには大きな相関があるそうです.自閉症スペクトラムをもつ人のフルタイムの雇用率はイギリスで15%といわれています. ITコンサルタントを行う社会的企業「オーティコン」では,自閉症スペクトラム症候群(ASD)をもつ人のみをコンサルタントとして雇用しています.うち9割は,オーティコンに雇用される前は職についていなかったそうです.子どもがアスペルガー症候群と診断されたことがきっかけで,ASDをもつ人が安定して雇用を得られることを目指し,創業されたそうです.既成の概念にとらわれない思考やパターン認識能力に加え,その誠実さはコンプライアンス契約においてプラスになるそうです.入社試験では,ASDをもつ人が苦手とするインタビュー面接は重視されないそうです.

サッカーチーム. イングランド・プレミアリーグのクラブチーム「アーセナル」は,最高のレベル3のステータスを認定されています.すべての構成員へ障害の理解を高めるため,視覚障害・聴覚障害・肢体欠損者など,多くの障害者サッカーチームを支援しています.また障害をもつ人のためのアクセシビリティに配慮し,ホームスタジアムでは,自閉症などの症状をもつファンのため,出会う感覚刺激を極力減らす部屋(感覚調整室/センソリールーム)を設置しています.さらに,別に用意された弱い照明の部屋で休憩をとることができます.こうした対応により,障害をオープンにする従業員が増えているそうです.

テレビ局. イギリスのテレビ局の「チャンネル4」は公共放送ですが,コマーシャルによって収入を得ています.2016年リオデジャネイロのオリンピックの際に制作されたTVコマーシャル「スーパーヒューマン」では,パラリンピックのアスリートを中心に,さまざまなタイプの障害をもった人々がかっこよく紹介されています[4].12月3日の国際障害者デーでは,企業からの支援を受け,それぞれの企業で障害者がどのような困難をもって働いているか,企業がどのように障害をサポートしているかなどを紹介しています[5].またディスアビリティ・コンフィデント・リーダー(レベル3)として,障害者の労働環境を改善する企業への支援も行っており,TV業界における障害者雇用のガイドラインを発表しています.障害をもつ労働者の雇用にくわえ,障害者を雇用することのビジネスとしての利点が記載されています[6].

ディスアビリティ・コンフィデント・スキームでは,一定の条件を基に,企業が障害者に配慮しているという認定を行っていますが,これは先にブランドであると宣言することによって,障害のインクルージョンを進める効果もあるのかもしれません.企業が,障害のインクルージョンに取り組むことで評判が高まり,ブランド化されていきます.障害者の消費傾向を分析したアメリカの調査会社ニールセンのレポートによると,障害者は,それ以外のグループと比較して,同一のブランドから製品を購入することが多く,またブランドへの志向性はクーポンなどの影響を受けにくいことから,ブランドへのこだわりが強いという事が指摘されています[7].


感想 
イギリスとアメリカの団体から発表されているレポートから,障害のインクルージョンが経済的な価値につながるという話題をとりあげました(レポートはどれも見た目がスタイリッシュでした).障害者の声を聞き,障害者にとって魅力のある取り組みをする企業がより収益を上げ,障害者の仕事や環境の改革に投資した企業がより生産性を向上させているようです.パープル・チューズデーのようなイベントは日本でもぜひやってほしいと思いました.


参考文献

[1] Accenture, American Association of People with Disabilities & Disability:IN (2018) Getting to Equal: The Disability Inclusion Advantage.

[2] Return on disability (2016) 2016 Annual Report – The Global Economics of Disability.

[3] Purple & KPMG (2018) Leading from the front – disability and the role of boards.

[4] Channel 4, “We're The Superhumans” , https://www.fastcompany.com/3061804/were-the-superhumans-celebrates-the-2016-paralympics

[5] Channel 4,“PurpleLightUp”, https://www.channel4.com/programmes/purplelightup/  Twitter ハッシュタグ #PurpleLightUp

[6] Channel 4 (2018) Employing Disabled Talent: A guide for the TV sector.

[7] Nielsen (2016) Reaching prevalent, diverse consumers with disabilities.

図1.障害者の購買力の大きさ.障害者本人と家族,親しい友人を含めたグループの購買力は世界で年間880兆円ほどと推定されている.割合は文献[2]を参照.

表1.「障害」の価値を取り入れている企業[2]*1.

表2.ディスアビリティ・コンフィデント・スキームの認定レベル[3].