動物のはばたき飛行をコントロールする神経系のしくみを調べ,「知的」な自律飛行体としての昆虫行動の設計原理を研究しています.
花にアプローチするハチドリ (© 2014 Akisato Sakamoto; LA).毎秒約80回はばたくことができ,ホバリングして空中に静止することができる.
日本では天狗など,世界各地の民話・伝承で,翼を持った存在のストーリーがあります.動物は飛行機のように固定した翼をもたず,はねを羽ばたかせて飛んでいます(はばたき飛行=飛翔).ダ・ヴィンチはじめ,これまでに数多くの科学者が飛翔を真似ようとして失敗.しかしここ20 年程の間に,動物飛翔について数多くの事実が明らかにされ,工学応用の観点からも研究が盛んに行われてきています.
訪花して採蜜するマルハナバチ.花に夢中.
飛ぶ動物には,鳥・コウモリ(ほ乳類)・昆虫と,絶滅した翼竜(恐竜)がいます.なかでも,地球上で最も繁栄している昆虫における飛翔の獲得は,生物進化史上,最も重要な出来事の一つであると云われています.蘭と蛾の送粉関係を皮切りに*1,昆虫と花の共生関係が調べられてきました,訪花の実現には飛翔能力の獲得がとても効果的であったと考えられています.虫が飛ぶことがなければ,鮮やかな顕花植物の進化は起こらず,おいしい果物を楽しむこともなかったかもしれません.
ハエの飛行行動.離陸(左)・旋回(中)・着陸(右).高速度カメラによる撮影.
花粉の運搬を行う主要な送粉者であるハチ,アブ,チョウ,カナブンなど[膜翅目・双翅目・鱗翅目・甲虫目昆虫]は,進化的には新しい種群であり,白亜紀から新生代にかけ,花の進化と並行して地球上に顕れました*2.医学生物学研究のモデル動物である,双翅目昆虫の「ハエ」では,最先端の遺伝子工学を駆使し,行動の機構をきわめて詳細に調べることができます(詳細).
*1 マダガスカル島に自生する長い基部をもつスイセンランに対し,これを採蜜できる長い吻をもつ訪花者の存在を推察.後に30cmの口吻を持つスズメガが見つかった.チャールズ・ダーウィン (1862) 「蘭の受粉」.ドイツの神学者シュプレンゲルは,ダーウィンに先んじて昆虫訪花による送粉についてのアイデアを著している.BC4,アリストテレスの「動物誌」にも送粉の恒常性に関わる記述がある.
*2 ドミニカ共和国で発掘された2,000万〜1,500万年前の琥珀に,蘭の花粉塊を蓄えたハチが見つかっている.Ramirez et al. (2007) Nature 448:1042.
動物の行動を神経系のはたらきに基づいて説明する神経行動学の研究は,動物の知恵をものづくりに活かすバイオミメティクスの観点からも注目を集めています.例えば昆虫にインスパイヤされたロボットは,9/11のレスキューや,3.11の原子炉調査などで活用されました*3.最近需要が高まっている小型自律飛行体ドローンの研究開発は,ミツバチなどの飛行昆虫において明らかにされた航空制御機構を取り入れることで発展してきました.ドローンの平和利用,さらには惑星探査等の宇宙開発の分野においても,昆虫のはばたき飛行や集合知能に学んだアプリケーションが期待されています.
一見複雑で知的に見える昆虫の行動も,シンプルな部品(モジュール)の組み合わせで実現されると考えられています.現生昆虫はこうした一連のモジュールを一通り所持しており,昆虫が誕生した古生代のデボン紀には基本的なモジュール群が完成されていたものと思われます.きわめて多様な昆虫行動のバリエーションのすべてを,基本的なモジュールの組み合わせの違いで説明することができるかもしれません(広義スティグマジー).これまでに離陸・着陸・旋回・速さ調節(飛行),スピン・サークリング・バックアップ(歩行),リーチング・クラウチング・グルーミング(立位)等を駆動する各モジュール群を同定し,これらの機能解析を進めています.また,これらモジュール群を組み合わせて構成し,ナビゲーションや協調性など,より上位の行動を実装するためのルールを調査します.
*3,NASA火星探査ロボの原型となる「六本あし」のGenghis,9/11貿易センタービル・3.11福島原発で働いたPackBot,初めての人工知能搭載家庭用ロボットRoomba.
iRobot社「ルンバの歴史」
飛行制御の神経機構
翼の迎え角(angle of attack, AoA)が大きくなると,翼上面の空気の流れは剥離して揚力が減少する(失速,stall).航空機では避けるべき事態であるが,動物のはばたき飛行ではこれを積極的に活用している.失速の最初の段階で前縁渦(leading edge vortex, LEV)が生じ,短い間揚力が発生する.動物の速いはばたきのストロークでは,渦が離れる前にはねを回転させて,揚力の減少を防ぐ.こうしたエアロダイナミクスを操る神経機構の理解は,小型自律飛行体のデザインについてヒントを与えるかもしれない.
新たに特定された脳下行性ニューロン45番はその活動によって,はばたきの迎え角や振幅(wingbeat amplitude, WBA)を増大させる.仰角は揚力,振幅は前方への推進力に寄与するため,45番は飛行のコントロールに寄与すると考えられる.さらに,動物の飛行制御に支配的な役割を持つオプティカルフローへの応答性を示し,方向検出器(elementary motion detector, EMD)の最終段階であるロビュラプレートからの入力を受け,飛翔の運動系へ直接連絡する.45番は他の多くのタイプと異なり,約20対の細胞集団であり,より精緻なコントロールに関与することが推察される.
45番は,これまで明らかにされていなかった飛行制御のダイレクトパーセプションを担う本体,「オプティカルフローの高次変数を飛行の運動系へ伝達する細胞」であると考えられ,この仮説を光遺伝学・生体イメージングを用いて検証する.