現在大学ではキャンパスライフや教室での授業を受ける環境の整備がすすめられ,障害のある学生にはさまざまな支援が利用できるようになっています.一 方で実験や実習など,手足を動かすような技能(ハンズオン技能)が要求される理工系やSTEM分野の科目においては,いまだに環境や支援が十分でなく,障害学生の参加は難しいままになっています.障害のある人の多様なニーズがある一方で,研究室のアクセシビリティは優先順位が低いままになっています.日本では,学会における多様性を促進するための取り組みが行われていますが,科学におけるアクセシビリティを向上させるためには,さらなる取り組みが必要になります.わたしたちは,アクセシブルな研究室の整備が,日本の学術界における公平性,特に障害者のインクルージョンを促す概念実証になることを期待しています.わたしたちは,科学におけるアクセシビリティ,特に,障害や病気を持つSTEM 分野の学生や研究者が自由に実験を行えるようなインクルーシブな研究室環境の構築を進めています.現在準備中のバリアフリー実験室は,障害のある学生が実践的な研究経験を積むことができるよう公開する予定です.わたしたちの実験室はすべて,車椅子をはじめとした障害のある人のため,インクルーシブデザインの考え方に基づいて開発されており,実験台,流し台,試薬収納キャビネット,緊急用シャワー,洗眼洗面器などは,車いす使用者が使用できるものを用意しています.将来的には,ここで開発される実験環境が,他の大学や教育機関でも標準的に使用されることを目指しています.この取り組みを通じて,インクルーシブな研究室のアイデアを,日本の他の研究機関や教育機関にも広めていきたいと考えています.
国連の障害者権利条約では障害は人のなかにあるのではなく,人と環境の相互作用によって起こるとする「障害の社会モデル」の考え方が取り入れられています.社会的障壁(バリア)となりうる環境との関係で障害の程度は変わり,重くも軽くもなります. 2016年に国内で施行された障害者差別解消法では,全ての国民が障害の有無によって分け隔てられることなく,人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現を目的としています.この法律では障害者のバリアを除く手段としては,基礎的環境整備・合理的配慮という2つのアプローチが定められています.基礎的環境整備とは大学が不特定多数の障害学生のためにあらかじめバリアを除去しておくこと(集団的・事前的性格).合理的配慮とは,大学がある特定の障害学生個人が直面するバリアの存在を認識した後に,学生との対話を通じてそのバリアを除去することです(個別的・事後的性格).わたしたちの研究室では実験室の環境に対して,バリアを取り除くこの2つのアプローチを適用していきます(表1)
表1. バリアを除くアプローチと団体での取り組み
障害のある人のSTEM分野への参加を増やすという目標のもと,インクルーシブデザインラボラトリーでは以下の活動を行った.障害の社会モデルの考え方に基いて,実験室における社会的障壁(バリア)を特定し,これを解決するデザインを備えたバリアフリーな実験室を作り(図1,①バリアフリー実験室),実験室でのバリアについて,個別の対応によって解決する合理的配慮を決定するための仕組みを実装し(図1,②建設的対話支援ツール),さらに現状科学実験に参加することができていない生徒に対して,①と②の両方のアプローチを用いた環境を用意して科学実験の機会の提供した(図1,③科学実習).以下この3つのテーマについて具体的な内容を説明する.
図1. インクルーシブデザインラボラトリーの研究計画の概要.障害のある人が使えるアクセシブルな実験機器や設備を備えた実験室環境(①バリアフリー実験室)と,実験室の合理的配慮の利用を促すための仕組み(②建設的対話支援ツール)を整備し,これらを備えた実験室環境において,障害のある生徒に科学実験の機会を提供することでSTEM分野の選択を増やす(③科学実習).
障害のある研究者に加え,デザイナー・理化学機器の専門家らによるチームを組織して,共同でバリアフリー実験室の設計を行う.流し台・緊急用シャワー・実験台など個別の什器のアクセスについて,車椅子利用者など身体障害のある人にとっての現行設備の課題を明確にし,その解決策となるデザインを検討した.このため設計のすべての段階で,障害当事者の参加を求めるインクルーシブデザインのアプローチを用いた(図2).什器の設計・製作はヤマト科学株式会社と株式会社GK設計との共同研究により行った.
図2. インクルーシブデザインによる流し台製作の工程.アイデアを形にするうえで,いくつかの試作品(プロトタイプ)を製作し,それぞれの段階で障害当事者の意見を反映した.
研究室ではまずアクセシブルな流し台の製作に取り組んだ.設計段階からすべてのプロセスにおいて車椅子のユーザーに参加してもらい,アクセシブルな流し台を作製した.実験室の一般的な流し台では車椅子等の座位では,正面からアクセスすることが難しい.流し台下部のけこみ(クリアランス)を用意し,座位によるリーチの短さに対応して奥行の短いデザインを試作した.さらに人によりを使いやすい流し台の高さが異なること,立位の人も使用することから,電動昇降機能を取り付けた.プロトタイプを製作した段階で,車椅子利用者がシンクに体重を預けて使うニーズを受けて流し台の前部を滑らかに加工し,,さらもつかまり立ちのニーズを受け,つかまることができるようシンクの前縁部に返しの構造を設けた.また同時に支援者が作業するというニーズを受け,2人で作業できるよう流し台の幅を広げた.これらの要素を備えた流し台について製品化を行った(ヤマト科学株式会社・LSSB-L189TZ)(図3).この流し台を含む実験室空間のコンセプトモデルLab Space Systemは2022年度の公益財団法人日本デザイン振興会グッドデザイン賞を受賞した.流し台およびデザインの様子は2023年のNHK BS1スペシャル「当事者が研究者」にて紹介された.さらにアクセシブルな流し台の有効性の効果検証も行った.株式会社TOTOユニバーサルデザイン研究所と共同し,身体の各関節に慣性計測装置を取り付けることで,流し台を使用する際の車椅子利用者の動作分析を行った(図4). 流し台の高さにより間接の動作範囲が変化しており,高さの調整によって作業の負荷を軽減されることが分かり,昇降機能の有用性が示された.
図3.アクセシブルな実験室流し台.
図4.流し台使用時の動作分析.
アクセシブルな実験テーブル 複数の学生で利用できる実験テーブルのアクセシビリティを検討した(図5).電動昇降機能に加えて,テーブルの形状を円形とした.これは実験に参加する学生のコミュニケーションを促す効果を意図している.例えば手話を使って実験中にコミュニケーションをとる場合,一般的な長方形のテーブルの場合,両端の学生の手話によるコミュニケーションが間に座る学生によってさえぎられてしまう場合がありえる.しかし円形のテーブルの場合,どの位置に座っていてもコミュニケーションが遮られることはない.加えて,車椅子利用者のアイデアで,中華料理店でよく使われる回転テーブルの構造を取り付けた.店舗では料理をシェアするために使われるが,実験室においては共用して使う物品や試薬のシェアに効果的である.実験テーブルを動作する様子はTBSテレビの報道番組「news23」で紹介された.
図5.アクセシブルな実験テーブル.
アクセシブルな緊急用設備 国内では労働安全衛生法などに化学物質を扱う場所では緊急用洗浄設備(シャワー・洗眼器)の設置が義務付けられている.洗浄設備の具体的な規格については国内で基準が定められておらず,実際には米国国家規格のANSI(ANSI Z358.1)に従っていることが多い.しかしこの規格は必ずしも障害のある人を考慮に入れて設定されているわけではない.研究室では日本エンコン株式会社から提供を受けた,車椅子で利用できるシャワーを導入している.さらにシャワーの設置場所について,国内の大学では廊下に設置されることが多いが,ANSIの基準では暴露から10秒以内のシャワーへのアクセスを求めており,車椅子利用者にとっては困難である.このためシャワーを室内に設置していることも特長である.
シャワーを使用した場合の漏水を防ぐために,一般的にプール状の構造をした止水用パンが用いられる.止水用のパンは車椅子で乗り越えることが困難であるため,柔らかい止水パンとして,吸水性ポリマーを使ったデザインを発案し,特許を取得した(日本国特許7272567).また塩化ビニルを使った別の止水パンについても特許出願中である(図6).
図6.車椅子で利用できる防水パンの試作品.(A)吸水性ポリマーを止水壁として利用したデザイン,水が触れるとポリマーが膨張して止水される.(B)塩化ビニルを加工することにより,車輪で乗り越えることができる止水壁のデザイン.車輪の通過後に形状が回復する.
アクセシブル実験室検討のためのバーチャルリアリティ(VR) 実験室空間を設計するうえで,障害の当事者を含めて多様なステークホルダーの意見を取り入れるためには,図面のみでは不十分である.将来的な実験室の整備のためのテスト環境および課題となる動作のシミュレーションとして利用するため,実験室空間および什器のCADデータを作成し,VRコンテンツを制作している(図7).文献調査によって定めた暫定基準に従い,実験室内の移動が最小化されるような実験室内の図面を作成した.意見交換を効果的に行うため,遠隔地で共通のVR空間を同時に体験し,円滑なコミュニケーションが可能なVRシステム(遠隔共同体験VRシステム)を整備した(図7).このシステムにより,全国から複数の異なるユーザーが同一のVR空間内にアクセスできるようになっており,外出が難しいような障害のあるユーザーからの意見を集めることができる.現在までに,本研究室が活動する東京大学のインクルーシブデザインラボラトリーのVRに加えて,東京大学の理系学部では必修となっている科目を行う化学実験室のVRを作製した.
図7.遠隔共同体験VR.学生と遠隔地にいるステークホルダーが同一の実験室VRにそれぞれアクセスし,VR上でデザインの議論や建設的対話を行う.イメージ中に各参加者のコントーラに対応した「手」が表示されている.VRはインクルーシブデザインラボラトリーの設計に使用した.株式会社kaimenとの共同開発.
STEM分野の障害学生が少ない要因として,実験室の物理的なアクセスの課題に加え,実験室における合理的配慮の知識が不足していることが指摘されている.合理的配慮は,障害学生,教員,バリアフリー支援担当者のそれぞれがお互いに意見を交換し,合意形成に至る建設的対話というプロセスを通じて決定される.本研究室ではこの対話を促進するしくみとして,それぞれの科目の実験作業において求められる身体機能・支援方法をあらかじめリスト化して対話を効率化するしくみ「建設的対話支援ツール」を提供することを目指している(図8).このツールを用いることで,支援をする側が科学分野の専門知識が無い場合でも支援のアプローチを検討することができるため,建設的対話の普及やプロセスのさら なる効率化が期待される.
図8.建設的対話支援ツールの概要.障害学生,教員,バリアフリー支援室はそれぞれ専門的な知識をもっており,科目で行われる実験作業について,合理的配慮についてお互いに意見を交換をする(建設的対話).支援ツールは,実験の作業に求められる身体機能を事前にリスト化しておき,支援に結びつけるプロセスを効率化する.支援ツールがアプリとしてオンラインで管理され,支援の方法について,学外の有識者との連携も行う.
実験の作業分析 障害のある人が使える道具を設計する場合には,その道具を使うために必要な身体機能と,本人の身体機能を比較する必要がある.同様に実験室における合理的配慮を決定するためには,実験作業を行うために必要な身体機能を明らかにする必要がある.しかし初等中等教育の学習指導要領や,大学でのシラバスなどにおいても実験の作業に必要な身体機能が示されることはない.調理など日常的な作業については,作業の内容が明らかであるため,合理的配慮についても検討することができる一方で,実験の作業については,科学の知識を要することもあり,必要な作業については明らかにされていないことが多い.そこでまず実験では実際にどのような作業が行われているかを明らかにすることとした.
コロナ禍で,理科実験・科学実験の動画教材が世界的に多く公開されるようになった.本研究室では東京大学教養学部から公開されている基礎化学実験・基礎物理学実験の動画を分析することとした.実験中の作業を分析するために工場での工程分析やリハビリテーションで用いられる作業分析の手法を採用した(図9).神奈川県立保健福祉大学リハビリテーション学科との共同研究により,実験動画を作業ごとに分割し,それぞれについて作業の内容を特定した(図10).
図9. 作業分析のイメージ.「試薬の調整」という作業はさらも細かい動作に分割することができる.それぞれの動作の実行について求められる身体機能を特定していく.
図10.実験に含まれる作業の種類.(A)化学実験に含まれている12の作業例を示す.作業時の映像のスナップショットと,作業内容と作業の種類を示す.画像は,東京大学教養学部・基礎化学実験OFFICIAL SITE提供の動画を使用した(実験2:グリニャール反応―安息香酸の合成).(B) 実験で用いられる作業件数の頻度分布.
建設的対話支援ツール 建設的対話をオンライン上で効率的に行うための試験的なWEBサイトの構築を行った(図11A).基礎化学実験の動画を対象として,ホーム画面において,抽出された実験の作業を一覧で表示し(図11B),サムネイル画像のリンクで,動画が表示される(図11C).学生用のアカウントでは,動画に対して,問題なく実施することができる/困難がある,などのコメントを追加できる.また教員・支援者用のアカウントでは,支援技術・支援者の配置などの手段を記入することができる.注目する実験作業に関わる動画を用意することで,具体的かつ効率的に対話ができる.
アプリケーションをオンライン化することにより,作業分析で作成した身体機能と実験作業を対応づけたリストを関係者の間で共有し,対話プロセスの効率化けを図る.アプリに記録していくことにより,非同期のコミュニケーションが可能となる.学生・教員・支援室のそれぞれが時間と場所にとらわれず手続きを進めることができる.コロナ禍により,対面での会話が行えない状況も生まれたが,学生との対面のスケジューリングが調整できない場合であっても,個別にシステムに入力することで対話を進めることができる.アプリへのアクセスは,学生と支援者で別の形式のアカウントを用意する.実験で行われる作業の動画を閲覧することができ,学生は実験で行うそれぞれの作業に対して,事前に確認することができる.例えば,学期が始まる前や入学前の段階でも,実験の合理的配慮を検討することができるようになる.また,支援を検討すべきであると判断されたことについて,学外の専門家が意見を提示することもできる.
図11.建設的対話支援ツール.(A)建設的対話ツールのログイン画面.学生・教員・支援室がオンライン上のアプリケーションを介して,対話のプロセスを進める.(B) 支援ツールのメインメニューの例.東京大学教養学部基礎化学実験の事例を示す.左側に各実験の一覧表示(①),左側に実験で行われる作業の一覧表示を示す(②).それぞれの作業は「回答する」ボタンを押して,動画で確認することができる(③).(C) 個別の作業を閲覧するためのウィンドウ表示.実験作業の動画が表示され(④) ,学生はできる/できない/3分以上かかるができる,のいずれかを選択する(⑤).コメントを残すこともできる(⑥).教員・支援室は,別アカウントで学生の回答を確認し,支援を検討する.
普通校に通う障害のある生徒が増えている.しかし彼らの多くは,自分自身で実験を行うことはせず,同級生の実験を観察するにとどまることが多い.障害のある学生がSTEM分野への参加をあきらめている要因として,実験室の物理的なバリアと実験の合理的配慮の不足に加えて,実験を体験する機会がそもそも得られていないことも分野を選択しない大きな理由となっている.
米国では1980年科学技術機会均等法により,マイノリティのSTEM分野教育・就労を支援する制度・文化が醸成され,参加が進んでいる.米国が取り組む支援プログラムでは,同じマイノリティ属性の学生を集め,集中的な研究体験を提供することで,STEM分野のキャリアを選択する確率が高まるというエビデンスが明らかにされ,マイノリティを対象とした科学実習が政策として進められている.一方わが国では,障害のある高校生・大学生を対象とした科学実習などの研究体験の提供は行われていないのが現状である.本研究室でこれまでに実験室のバリアフリー化,合理的配慮の決定支援システムの研究を行ってきており,これらを活用して障害のある生徒に科学の体験を提供した.これまでに障害のある高校生を対象とした科学実習「インクルーシブラボで生物実験タイム!」をこれまでに2度開催した(先端科学技術研究センターDO-IT Japanとの共同開催)(図12).2024年度に実施した科学実習については取材を受け,NHK Eテレの番組バリバラ〜障害者情報バラエティー〜で放送される予定になっている(2024年12月12日,「『学びたい』を諦めない!理系×障害者」).また東京大学で2025年3月に実施される「東大の研究室をのぞいてみよう!~多様な学生を東大に~」プログラムにおいても病気や障害のある高校生を対象として同様の科学実習を開催する予定である.障害のある高校生に対する科学実習としては,国内では初めての取り組みであり,インクルーシブ教育の実現に向けて先進的な事例になると思われる.
図12.科学実習と実施した合理的配慮の事例.(A)2024年夏に開催した科学実習の様子.(B) 実習で使用する小型教育用アンプ.筋電位計測用Muscle Spikerboxと植物電気計測用のPlant Spikerbox(米国Backyard Brains社,https://backyardbrains.com/).(C)実習で活用された合理的配慮の種類.①iPadの拡大アプリを使用して実験をする様子(弱視の生徒),②拡大読書器(弱視),③文字盤による電子音声(脳性まひの生徒),④接眼レンズ取り付けカメラによる顕微鏡画像のパソコン画面への投影(立位が難しい車椅子の生徒),⑤支援者による実験操作の代替(脳性まひ).
実験の内容 実習では基礎的な電気生理学の実験を行った.通常生理学の測定には大型の計測機器が用いられるが,実習ではハンディサイズの安価な教育用の生体アンプを用いた(米国Backyard Brains社,https://backyardbrains.com/)(図12B).手技の難しさや機器操作の習熟を考慮し,筋電位の計測,植物電気の計測を順に実施した.生徒は筋電位の計測を通じて,生体電気,計測の基礎を学んだ.腕に電極を貼り,アンプを使って増幅した信号を,オシロスコープのアプリで確認した.また音や振動に変換して同じ筋電位の信号を体験した.さらに筋電位の信号で,アクチュエータ(外部の機器)を動かしてみることで生体電気に関する理解を深めた.
あまり知られていないが,植物の体内でも動物の神経系のような電気信号による情報処理が行われている.虫にかじられたりした時に信号が発生するが,このプログラムでは,観察がしやすい材料として,食虫植物のハエトリソウやオジギソウなどの動く植物を対象とした.植物の電気生理実験にはより細かい操作が求められる.どちらの植物でも機械的な刺激によって葉が閉じるが,このときに葉と土にそれぞれ電極をさし,両者の間を流れる電気を測ることができる.まずは機械的な刺激によって再現性良く植物の運動を引き起こすことができることを確認し,それから電気応答の記録を行った.追加の実験として,植物に電気を流すことで運動が引き起こるかどうかを試す実験を行い,植物生体中で電気が利用されていることを確認した.
障害のある生徒が実験を行うために,インクルーシブデザインラボラトリーのスペースを活用した(図13).この実験室の設備はアクセシビリティが考慮されたものを使用している.イベント期間中に申請者らが開発した実験テーブル,流し台,収納, 緊急用シャワーなどのアクセシブルな什器を生徒に利用してもらった.また開発の過程で障害のある人がデザインに参加していることを説明した.実習する参加する生徒と同数以上の支援スタッフを配置して,実験室における合理的配慮を実施した(図12C).植物の電気生理学実験の内容についても作業分析を行い,本研究室で開発した建設的対話支援ツールに登録しており,事前に生徒に入力をしてもらっている(図14).特別支援学校や高等専門学校など,異なる学校種の受講生を同時に対象とするが,生徒一人につき1名以上の支援者が付き,作業療法士など資格をもったスタッフが配置された.
この科学実習によって,参加した生徒に貴重な学びの機会を提供することができた.今後は実施にあたり,関心のある様々な領域の専門家のネットワークをつくり,事前の検討に加え,現場でもアイデア出しやプロトタイプ製作を行うようにする.障害のある生徒への支援のノウハウを学ぶことで障害者の科学教育を全国に広めていくため,普通校の教員からの参加者を募っていく.
図13.科学実習を開催した実験室スペース.室内の全景と(左),実験室内の設置された什器を示す(右).実験室内は車椅子がすれ違う分の通路幅が確保されている.車椅子利用者へのアクセスを考慮した実験什器の他,実験道具・試薬を移動するためのロボットも配置されている(プリファードロボティクス,「カチャカ」).
図14.植物電気生理学実験の建設的対話支援ツールへの登録.生徒に入力してもらい,合理的配慮の方法について事前に検討する.左側に行われる作業の一覧表示.サムネイルをクリックし,作業の動画が表示される(右).学生は困難を記述し,教員は回答を確認,支援をオンラインで検討する.ツールの試作版:https://cranberry.webapps.link/,テストアカウントst_test1@bbb.comm, LXEa9fhZWF2c
障害者基本法のなかでは『全ての国民が障害の有無によって分け隔てられることなく,相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会』の実現が掲げられています.本研究室の活動は,障害者の公平な社会参加に向けて,特にSTEM分野への参加を支援する取り組みになります.このなかで実験室における社会的障壁の除去に注目したことに社会的な意義があります.障害は多様ですが,その中で特に車椅子利用者に対するアクセシビリティを考慮した実験室什器を作製したこと,実験室での合理的配慮を検討するための仕組みを提供していること,加えて障害のある高校生への科学実験に着手していることは,いずれもこれまで国内では取り組まれていなかったことであり,将来の障害者のSTEM分野への公平な参加に向けて,重要な一歩であると考えています.
主なメディア掲載歴
(テレビ番組)
NHK Eテレ,バリバラ〜障害者情報バラエティー〜,「『学びたい』を諦めない!理系×障害者」(2024年12月12日放送予定), https://www.nhk.jp/p/baribara/ts/8Q416M6Q79/
TBS,news23,「『今後はこの劇場以外で…』車いす女性に映画館謝罪 4月から義務化される障害者への合理的配慮とは?要は“建設的対話”』 (2024年3月20日),https://web.archive.org/web/20240321221031/https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/1064095?page=2(TV局のホームページでアクセスできなかったため,Internet Archiveの記録を掲載)
NHK,ニュースLIVE! ゆう5時,「インクルーシブデザイン」(2023 年 6 月 19 日),https://www.nhk.jp/p/ts/Q8V1XJ21NL/episode/te/L151Z113YV/
NHK,BSスペシャル,「当事者が研究者」(2023年5月7日),https://www.nhk.jp/p/ts/8R2XN9L9RP/
NHK,NHKスペシャル,「超・進化論 第 2 集『愛しき昆虫たち ~最強の適応力~』」取材協力(2022 年 11 月 13 日),https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/episode/te/VWQXL19PVP/
(新聞報道)
日本経済新聞社,日本経済新聞,「マイノリティー参加,科学に革新 米国は国家戦略に」(2025 年 4 月 14日),https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE069210W5A200C2000000/
朝日学生新聞社,朝日中高生新聞,お互いを理解し合う インクルーシブ(inclusive),「研究の道に進める環境を」(2024 年 5 月 26 日),https://www.asahi.com/asagakuplus/viewer/article?issue=1451&article=22243
産業経済新聞社,産経新聞,「難病発症でたどり着いた『バリアフリー実験室の開発』 東大・並木重宏准教授」(2023 年 12 月 13 日),https://www.sankei.com/article/20231212-ICGT4BE3DBL23NHY5BBOFFIE6E/
毎日新聞社,点字毎日,「ルポ・最前線を行く 障害のある研究者の今 先月、困難を語るシンポ 自然な支援で円滑に」(2022 年 4 月 21 日),https://mainichi.jp/articles/20220421/ddw/090/040/016000c
毎日新聞社,毎日新聞,「難病患者の厳しい就労環境、アンケートで追う 社会参加いまだ阻む『壁』」(2022 年 3 月 22 日), https://mainichi.jp/articles/20220322/ddl/k39/100/286000c
産業経済新聞社,産業経済新聞,クローズアップ科学,「バリアフリー実験室 科学教育にダイバーシティを」(2021 年 8 月),https://www.sankei.com/article/20210801-XYHTRATZWBPMLDXBJFAMB2WLUM/
日本経済新聞社,日本経済新聞,「障害者の能力生かす研究環境を 東大先端研の挑戦」(2021 年 7 月 28日),https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD210VR0R20C21A7000000/
(雑誌掲載)
“The Equalizers (イコライザー、不平等を正す)”,Wildtype Media Group Pte Ltd,Asian Scientist (2025 年 6 月 11 日),https://www.asianscientist.com/2025/06/print/the-equalizers/
JR 東日本グループ情報誌 「and E」,「『ユニバーサルな社会』の実現に向けて科学や社会の発展のためには多様な人材の 参加が不可欠」(2024 年 1 月 11 日),https://www.andemagazine.jp/2024/01/11/universal-society-interview.html
"Towards accessible science laboratories in Japan (アクセシブルな科学研究室に向けて)", Springer Nature, Nature Reveiws Chemistry 7, 819-820 (2023 年 11 月 3 日),https://www.nature.com/articles/s41570-023-00553-3
“The forgotten D of DEI(忘れられがちなダイバーシティ)”, Springer Nature, Nature Reviews Chemistry 7, 815–816 (2023 年 12 月 3 日),https://www.nature.com/articles/s41570-023-00562-2
“Researchers who reach far beyond their disabilities(障害の枠を飛び越えた研究者たち)”, Springer Nature, Nature Methods 19, 1512 Lab & Life (2022 年 12 月 2 日), https://www.nature.com/articles/s41592-022-01699-6
日経BP総合研究所,一歩先への道しるべ:ビズボヤージュ 特集「【連載】『一歩先行く研究者』に聞く(2) 車椅子研究者が目指す『バリアフリーな 研究環境』」(2022 年 8 月 17 日),https://project.nikkeibp.co.jp/onestep/feature/00013/080900001/