2017年のアメリカのテレビ番組で,障害をもつ医師についての特集が放送されていました.自閉症の医師を描いたドラマ「グッド・ドクター」のオリジナル版の映像を交えつつ,現役の医師たちがかっこよく紹介されています.鋭敏な聴覚をもち,聴診器なしで心音の異常がわかる全盲の医師,研ぎ澄まされた指先の触覚で聴診器をあつかう聴覚障害の医師,また電動スタンディング車椅子を使って外科手術をおこなう対麻痺の医師,介助犬を使う脳性麻痺の小児科医が登場します[1].
私は大学で研究をしていますが,研究室のバリアフリー化について調べるうちに,障害をもつ人が,医療系の人材として期待されているという内容の記事を見かけ,障害をもっている人の医療系の進路について興味をもち,この機会に調べてみました.
1. 障害をもつ医療者が求められている
障害をもつ医師は,患者への共感を強く持ち,患者のニーズをよく理解しており,障害をもつ医療者の存在が,医療の質の向上につながるといわれています.アメリカのある州の調査では,車椅子ユーザーは背の高いテーブルに困ることが多いですが,高さ調節ができるテーブルを設置しているクリニックは全体の8%しかないそうです.病院で働く医師が障害をもち,かれらが働けるようにバリアフリー化されていれば,それは同じ症状をもつ患者にとっても役に立ちます.
患者は,自分と同じ人種や民族の医師を好むということが研究で確認されています.同じように,障害をもつ患者は,障害をもつ医師を好むことが指摘されています.実際に障害をもつ医師は,障害のリアルをよく理解しており,患者への関心も大きい傾向にあるそうです.障害をもつ医師の存在が,障害についてのスティグマを払拭するという意見もあります.
障害者の医療職へのキャリアを支援する取りくみについて,インターネットで調べてみたところ,こうした文書がいくつか発表されていました.医師に加えて,看護師・助産師,理学療法士,作業療法士,ソーシャルワーカーなど,医療系の専門職の多くで,障害をもつ人のための教育・訓練を行うためのガイドラインが発表されており,障害をもつ人が求められているといえるのではないかと思いました.
2.テクニカルスタンダード:入学の審査基準
大学の入学試験に定められている審査基準のことを「テクニカルスタンダード」とよびます.一方で,大学を修了した時点で身につけているべき技能や知識のことを「本質的機能」と呼びます.大学などの教育プログラムでは,まずプログラムのゴールである本質的機能が定められ,これを獲得するためのプログラムを実施するための前提条件として,テクニカルスタンダードが定められます(図1).本質的機能が学術的な内容であるのに対し,テクニカルスタンダードは非学術的なものに限ります.
1973年のリハビリテーション法で用いられている「教育プログラムに参加するための学術的および技術的な基準を満たしている場合に適格性をもつ」という文章が,テクニカルスタンダードの考え方のはじまりのようです.リハビリテーション法の施行から6年後の1979年,アメリカ・カナダの大学の連合組織で,メディカルスクール入学のための共通試験を行っている,アメリカ医科大学協会(Association of American Medical Colleges, AAMC)において,テクニカルスタンダードに関わる5つのカテゴリーが示されました.この後1993年に,米国理学療法専門医会が作成したガイドラインが,現在でも広く参考にされています.このガイドラインでは,医学教育への障害者の参加を奨励し,障害者の応募を理由なく拒否することは認めないとしたものの,最低限の基準として,5つの能力をあげています(表1):①観察力,②コミュニケーション能力,③運動技能,④概念・統合・定量的スキル,⑤態度と社会性.この5つの基本的なカテゴリーは,医師に限らず,看護師,理学療法士,作業療法士,ソーシャルワーカー,薬剤師その他の専門職でも用いられています.
現在に至るまで,このテクニカルスタンダードの存在が,障害をもつ人の大学進学において大きなバリアとなっています.伝統的なガイドラインでは,視覚,聴覚,外受容性感覚(触覚・痛み・温度)を使える事,注射,腰椎穿刺,心肺蘇生などを行う運動技能をもつことなどがあげられています.道具や支援技術を使うことは一部認められていましたが,手話通訳者,上肢が不自由な学生のための支援者の利用などは,学生の判断に影響を与えうるものとして認められていませんでした.
その後,1990年に発効した障害をもつアメリカ人法(American with Disability Act,ADA)において,障害をもつ人が他の人と同じように,教育・就労に参加するために行われる配慮を意味する「合理的配慮」が成文化されました.ここで,障害者の応募を制限するような審査基準の設定は禁止されています.ADAのもと,「触診すること自体は病気の理解に必須なのか?」,「支援者の利用は診断に影響するのか?」など,何が本質的な機能なのかということがより具体的に検討されるようになりました.
AAMCのガイドラインでは,具体的な合理的配慮の方法を定めておらず,テクニカルスタンダードの作成は個々の大学の裁量に任せられています.そのため,大学の定めるスタンダードによって,適格性の判断が左右されるため,合理的配慮についての対応はさまざまで,実際に利用の是非については大学によって判断が異なり,これらの利用を認めない大学も多いようです.
聴覚障害をもつ医師でもあるフィリップ・ザソフ氏らミシガン大学のグループは,北米の大学のホームページをチェックして,公開されているテクニカルスタンダードの内容が,ADAに準拠しているかどうかを調べています.この調査から,半数の大学では,障害をもつ応募者がどのように評価されるか示されていないこと,障害者のための合理的配慮の実施を明記している大学は3割ほどであること,さらに,半数以上の大学では,障害をもつ入学希望者のための情報を提供していないことが明らかになりました.
テクニカルスタンダードの運用については長く議論され,多くの訴訟が行われてきました.当初はテクニカルスタンダードを理由に,障害学生を受け入れないことを認めていたものの,2013年以降,少しずつ合理的配慮を求める事例が増えてきています.以下にこれまでの訴訟の事例を時系列で示します.
医学教育の合理的配慮に関わる訴訟の例:
・1979年(ADA成立前),テクニカルスタンダードを満たしていないとして,聴覚障害をもつ学生の看護学校への入学が認められず,裁判所は学校の判断を支持(関連する最初の事例).
・1996年(ADA成立後),ある医学部の視覚障害をもつ学生について,点滴の静脈注射やレントゲン写真の観察などのテクニカルスタンダードを満たさないことにより,入学をみとめないという判断を,ADAに違反しないとして裁判所が支持.
・2013年,大学が,在学中の聴覚障害学生に対するリアルタイム字幕の利用を拒否することは,法令違反であると判断された.
・2013年,患者の移乗や体位変換の介助を行うことができない脊髄性筋萎縮症の学生が,医学部への入学を認められなかった.学生は身体機能をあまり使わない専門領域を希望していたが,裁判所は,医学教育では幅広い分野の技能について経験するべきという考え方(”undifferentiated physician”というそうです)にもとづき,大学の判断を支持した.
・2013年,聴覚障害をもつ学生による,リアルタイム字幕・手話通訳者の利用を拒否した医学部に対し,この合理的配慮を実施すること,医学教育への公平なアクセスを実現するよう求めた.
・2014年,カイロプラクティック療法を教える大学が,レントゲン写真を扱うための視覚の利用についてのテクニカルスタンダードを満たさないとして,視覚障害をもつ学生の入学を許可しなかった.多くのカイロプラクターは,仕事をするうえでレントゲン写真の読影を求められる機会が少ないこと,視覚障害者の合理的配慮に成功している他大医学部の事例があることから,テクニカルスタンダードの見直しを要求した.
より多様な学生を集めるため,またADAへの法令順守のために,テクニカルスタンダードを見直す機運が高まっています.例えば,「心拍を聞く」ことができるという基準があった場合は,聴覚障害者が除外されることになるため,コンプライアンス違反になります.しかし,例えば音を可視化する装置を使えば,心拍を診断することが可能なので,適切な文章は「心拍を検出する」になります.合理的配慮(可視化する装置)を行うことでこの「心拍を検出する」という基準をクリアすることができます.「心拍を検出する」とした場合は,検出することができれば,手段は問わないことになります.前者のような支援を用いない状態で学生の身体・感覚能力を評価するテクニカルスタンダードを器質的(Organic),後者のような支援の有無を問わず評価するテクニカルスタンダードを機能的(Functional)と呼ばれます(図2).器質的テクニカルスタンダードでは目的を遂行する方法(どのように課題を行うか)を指定していますが,機能的テクニカルスタンダードでは遂行できることを評価し,その方法は問いません.器質的テクニカルスタンダードは,入学の段階で多くの障害者を除いてしまうため,「差別的」とされることもあります.一方,機能的テクニカルスタンダードでは,課題を遂行する能力を対象としているため,支援技術を利用することができ,障害学生のインクルージョンを可能にしています.
障害について,支援技術の利用をみとめる流れをサポートする話として,健常な医師でも「支援技術」を使っているという指摘があります.健常の医師でも,眼科・血管外科などの微細な手術を行う場合,顕微鏡という道具が必要になります.手術支援ロボットを使うことで,運動技能を高め,より精密な手術を行うことが可能になります.また,現場でも看護師など,人による支援を受けています.「普通」の医師でも,他人の支援を受けることがあるのに,どうして障害学生の支援が問題になるのか,という理屈です.加えてこれまでに,障害をもつ医療者によるインシデントは報告されていない,ということもよくいわれています.
ミシガン大学の医学部は,医学教育における障害者のインクルージョンを積極的に取り組んでおり,公開されているアジェンダには,障害をもつ人が,障害をもつことに由来するバリアを経験しないよう保障すると記されています. 機能的な基準の例として,2016年の夏に改定されたミシガン大学医学部のテクニカルスタンダードを,表2に示します.伝統的なテクニカルスタンダードと比べ,基本的なカテゴリーは維持されているものの,障害をもつ場合にバリアとなっていたカテゴリー①観察力,②コミュニケーション能力,③運動技能については,もし障害のある場合に,支援技術,支援者など代替の手段によって遂行することを示すことができればOKということになっています.
もともと適格性を担保するために定められたテクニカルスタンダードが,障害学生のバリアになってきたこと,この基準の見直しによって障害学生の参加が可能になったこと,技術の進歩によって,合理的配慮の幅をひろげ,障害学生の参加が拡大することなどを紹介しました.また,障害をもつ人の医療職への参加を歓迎する文書があることを知って少し驚くとともに,うれしく思いました.
テクニカルスタンダードは,プログラムで想定されている能力を身に着けるために必要な基準として示されるため,障害学生がプログラムに参加できるかどうか,どのような合理的配慮を行うべきかを検討するうえで,学生・大学の双方にとってよい指標になります.自然科学など,医療職以外の分野では,患者への責任が生じないためか,テクニカルスタンダードが定められていることはあまりないようです.こうした医学以外の教育プログラムでも,テクニカルスタンダードに相当する基準や,プログラムで実施する活動について具体的な基準があれば,効果的な支援につながるのではないかということも考えています.
参考文献
[1] ABC Watch 20/20 show (2017)“ The Good Doctors Brilliance and Bravery”,https://www.youtube.com/watch?v=QKLemdYK-wM
図1.入学審査の基準.大学などの教育プログラムに参加するために重要な基準をテクニカルスタンダード,プログラム修了時に獲得されることが期待されるアウトカム(知識・技能・判断力)のことを本質的機能と呼ぶ(就労時に職務を行うために必要な能力についても本質的機能Essential functionsという言葉が使われる).本質的機能の代わりに,本質的要件Essential requirementsという言葉も使われる.本質的機能を獲得するためのプログラム遂行に必要な前提条件として,テクニカルスタンダードを決める.テクニカルスタンダードの作成は,各大学が独自に行っている.テクニカルスタンダードと本質的機能という用語は混同して使われていることがある.
図2.テクニカルスタンダードの分類.初期の器質的なテクニカルスタンダード(Organic technical standards)は,基準を方法も含めて規定しており,障害をもつ人を排除しやすくなっている(左).一方で,機能的なテクニカルスタンダード(Functional technical standards)では,基準を達成するための手段は問わず,また人による作業のお手伝いをみとめています(右).テクノロジーの進歩とともに,障害をもつ人の医療職への参加の裾野を広げています.
表1.伝統的なテクニカルスタンダードの5つのカテゴリー.
表2.機能的なテクニカルスタンダードの例.
*1.1979年AAMCによるテクニカルスタンダードと,2016年に改訂されたミシガン大学医学部の機能的テクニカルスタンダードのカテゴリーを示す.4の概念化・統合・定量化能力に対応するカテゴリーは,2つに分かれているが内容はあまり変わっていない.
*2.表1で示した伝統的な器質的テクニカルスタンダードとの違いを示す.