Dynamics of Spiral Structures in Disk Galaxies
作成 2016/02/20
改訂 2021/07/14
渦巻銀河の渦状腕を形成し維持する物理機構は銀河物理学の最大の謎の一つです。その最も有力な説に「密度波仮説」 (Lin & Shu 1964, 1966) があります。これは恒星系円盤を連続体と見做し、渦状腕を恒星系円盤を伝わる定常的な「疎密波」とする仮説です (密度波仮説)。Lin & Shu によるきつく巻き付いた渦状腕の局所線形近似による密度波の分散関係の導出を契機に、その後、大局モード解析、減衰や励起機構の解析など恒星系渦状腕に関する様々な理論研究が行われてきました (Bertin et al. 1989a,b; Bertin & Lin 1996; Shu 2016)。さらに Fujimoto (1968) や Roberts (1969) らに始まる銀河衝撃波理論が展開され、渦状腕における星間ガスの圧縮と、それによって引き起こされる大局的星形成が一部の 観測される渦状腕構造を定性的によく説明することが示されました。
しかし、密度波仮説は「線形近似」「局所近似 (きつく巻き付いた渦状腕)」や「定常仮定」を前提に構築されています。一方で現実の渦状腕は振幅も大きく非線形であり、ピッチ角も~20-40度あり、線形近似や局所近似の正当性に疑問が残ります。さらに「定常仮定」は物理的根拠はなく、非定常計算のもと検証されるべきです。このように密度波仮説の物理過程については未解決の問題も多く、十分に解明されたとは言いがたいのが現状です (Dobbs & Baba 2014)。
今後、天の川銀河の恒星系成分の大規模撮像・分光サーベイやアストロメトリが進み、個々の星 の位相空間データから渦状腕構造に関して科学的研究が行われることになるでしょう (e.g. Baba et al. 2018)。したがって、古典的な線形・定常・連続体という扱いから脱却し、非線形・非定常・多体系の視点から渦巻構造の持続性と維持・増幅機構、渦状腕と星間ガスの相互作用などの解明を試みることが渦状腕構造の解明、そして渦巻銀河ダイナミクスの新展開へと導くと考えます。また、ALMAにより近傍渦巻銀河の低温ガスの物理状態や星形成に関する観測が進み、渦状腕構造と分子ガス進化や星形成との関連した研究が進むと期待されます (e.g. Egusa et al. 2017)。これらの最新の観測結果を解釈し、渦巻銀河ダイナミクスと大局的星形成 (銀河進化) を理解するには恒星系円盤+多相星間ガス (低温ガス・星形成・超新星爆発) からなる現実的な理論モデルに基づく研究が必須となります。そこで我々は、銀河円盤の高精度 N 体シミュレーションや N 体/SPH シミュレーションを行い、恒星系渦状腕の形成進化や星間ガスの振る舞い、および星団形成進化への影響を調べています。
渦状腕ダイナミクスに関するレビュー講演資料@第43回天文・天体物理若手夏の学校(2013/7/30) や レビュー論文 (Dobbs & Baba 2014) もご覧ください。
(1) 恒星系渦状腕の維持メカニズム (Baba et al. 2013):
これまで恒星系円盤では星間ガス (散逸性成分) が存在 しないと渦状腕の存在により恒星系円盤が力学的に加熱され速度分散が上がることで、短時間に渦状腕は消 えてしまうとされていました (e.g. Sellwood & Carlberg 1984)。我々は高分解能の N 体シミュレーションを行い、恒星系円盤だけでも 3 次元で十分な粒子数があると 10 Gyr の間消えずに形成・破壊を繰り返しな がら存在することを示しました(Fujii, Baba et al. 2011)。
さらに数値シミュレーションを用いて、恒星系渦状腕の増 幅減衰過程とその周辺の星の運動を詳細に調べました (Baba et al. 2013)。これにより、恒星系渦状腕はスウィング増幅機構 (Toomre 1981) により増幅し(図上段)、加速された星がコリオリ力を増加させ渦状腕から脱出することで破壊されることを明らかにしました。特に破壊過程では渦状腕が広い半径範囲で共回転共鳴となっているため、散乱された星はあまり円軌道からずれずに他の半径に移動することで (動画1)、恒星系円盤の速度分散をあまり上昇させないこと (= 非効率な力学加熱) がわかりました (動画2)。つまり、恒星系円盤全体は力学的に冷たい状態を維持するということです。その結果、渦状腕により散乱された星々は再び他の半径で重力不安定により構造を形成することができ、スウィング増幅を介して渦状腕が生じるという維持サイクルが働いていることを提案しました (図中段)。
このような恒星系渦状腕のモデルを「動的渦状腕(dynamic spiral)」と呼んでおり、従来の密度波モデルとは渦状腕の回転運動の特徴や周囲の星の運動が大きく異なります (図下段)。
動的渦状腕モデルの核となるスウィング増幅によると、生じる渦状腕の本数やピッチ角は円盤銀河の性質(円盤/ダークマター質量比、回転シア率)で決まります。そのため、渦状腕は動的に時間変化するものの同様の渦状腕形態が強く出現するため、見かけ上一定の状態として観測されることになります。
図 (上段) 渦状腕の巻き込みと増幅減衰。(中段) 動的k渦状腕の自己制御機構ループ。(下段) 密度波と動的渦状腕の違い。
動画1:
シミュレーションした円盤銀河の中心からR=7 kpcにエピサイクル運動の振動中心(ガイディング中心)をもつ星(赤印)の運動を示したムービーです.それ以外の星は黒点で表示されています.銀河円盤を極座標表示(R-Φ)で表示してあり,R=7kpcでの回転角速度で回転する回転系で運動を表示しています.
星はエピサイクル運動をしながら徐々に重力相互作用で構造をつくり,差動回転の効果と協同で渦状腕構造に発達します(swing amplification機構).
また,星の運動は非線形科学分野で知られる「協同現象」のような振る舞いをしているようにも見えます.
下側の図は銀河中心からの距離 R ではなく,角運動量のz成分で表したものです.ガイディング中心は角運動量と対応するので,角運動量の変化はガイディング中心が変化したことを意味します.渦状腕の形成とともに星はガイディング中心を大きく変化させる(radial migration)ことがわかります.
このようなradial migrationにより星々が移動することで渦状腕は弱まると同時に,移動した星々は新たな渦状腕に移動して行きます.
動画2:動画1で示した星の運動をエネルギー(E)と角運動量(L)の面上で示しています.
(2) 棒状渦状腕のダイナミクス (Baba 2015):
天の川銀河をはじめとした多くの円盤銀河には中心数kpcの領域に棒状構造が存在します。このような棒状渦巻銀河の恒星系渦状腕は、棒状構造と同じパターン速度で回転する構造であると考えられることがあります。しかし、N体シミュレーションによって、棒状渦巻構造の動力学的性質を調べた結果、渦状腕は棒状構造とは異なり、差動回転を行いながら増幅・減衰を繰り返す動的渦状腕であることがわかりました。棒状構造の周辺では、渦状腕は棒状構造の影響を強く受けますが、外側では銀河円盤自身の自己重力と差動回転に起因したスウィング増幅機構が働いているものと考えられます。実際に、棒状構造を持たない渦巻銀河のシミュレーションの動的渦状腕で見られるような星・ガスの運動が、棒渦巻銀河の渦状腕でも見られます (動画)。
動画1:星とガスの運動の様子。
動画2:星の運動とm=2モードの振幅。棒状構造回転系の極座標表示。
動画3:星+ガスの運動。棒状構造回転系の極座標表示。
棒渦巻銀河の星の運動
極座標表示(横軸:方位角 Φ、縦軸:銀河中心半径 R)での星の面密度 (orange) +ガス密度 (dark filaments) の時間変化。R<4 kpcの180度離れた2箇所の明るい部分は棒状構造に対応する。
棒渦巻銀河のガスの運動
左の星マップと同様だが、ガスの面密度の時間変化。
(3) 動的渦状腕と星間ガスの銀河衝突流 (Baba et al. 2016; see also Wada, Bada, & Saitoh 2011):
渦巻銀河 (N 体恒星系円盤+多相ガス円盤・星形成・超新星爆発・低温ガス) の高分解能シミュレーションを行い,恒星系渦状腕と星間ガスの相互作用を調べました.その結果,恒星系渦状腕は各半径nの銀河回転に乗った差動回転をしながら,合体や分裂を繰り 返すダイナミックな構造であり,それに誘発される星間ガスの振る舞いは,古典的な銀河衝撃波の振る舞いとは大きくことなることを示しました.古典的な銀河衝撃波 (Galactic Shock) ではガスが剛体回転する恒星系渦状腕を通過する際に衝撃波を経験しますが(左動画)、動的渦状腕では恒星系渦状腕が差動回転しているため、両側からガスが流れ込む銀河衝突流 (Galactic Colliding Flow) を生じ、再び拡散していきます (右動画)。
これらの銀河スケールのガスダイナミクスの研究は、分子雲・星形成の研究とも密接に関係sしています。
密度波モデルにおけるガスの運動
剛体回転する恒星系渦状腕(密度波)に対して、一方向からガスが流れ込むことで銀河衝撃波を形成し、その後、渦状腕を通過して抜けていく。
動的渦状腕モデルにおけるガスの運動
差動回転と増幅減衰する恒星系渦状腕(動的渦状腕)に対して、ガスが両側から流れ込み銀河衝突流を形成し、その後、渦状腕を通過せず戻っていく。