Chemodynamical Mixing Processes in the Milky Way

近年、銀河円盤の形成進化過程において特に注目され ているのが、棒状構造や渦状腕、外的摂動によって引き起こされる「大局的な物質混合」である。太陽系も現在とは全く異なる半径で形成され、現在の位置まで動径移動してきた可能性が示唆されている。しかしながら、棒状構造/渦状腕/外的摂動それぞれによる物質動径移動効率やこれらの寄与の時間変化 (物質混合史) に関しては未だに明らかになっていない。そこで本研究では、大規模N体/流体シミュレーションの手法を用いて、渦状腕構造・棒状構造・矮小銀河との相互作用によって引き起こされる物質混合の素過程を調べ、最新観測データとの比較により、天の川銀河の化学動力学進化を明らかにすることを目指す。なお、本研究は『基盤研究(C):"銀河系の大局的物質混合史の解明:何がいつどのように星の大移動を引き起こしたのか? [KAKEN]』(研究課題番号:18K03711; 代表者:馬場淳一、分担者:斎藤貴之; 2018年度--2020年度) の支援を得ています。

研究背景:何が (What) 、いつ (When) 、どのよう (How) に、星の大移動を引き起こしたのか?

近年、太陽近傍星の詳細な観測や銀河円盤広域に渡る分光観測が進み、銀河円盤の化学動力学進化の多くの新たな知見が得られつつある。星はその進化段階に応じて内部で合成した重元素を星間空間に還元し銀河の化学進化を促す。従って、もし星が銀河円盤内で生まれてから現在に至るまで「ほぼ同じ半径」を軌道運動しているとすれば、星の年齢と重元素量の 間には明瞭な相関関係があるはずである。しかし、実際の太陽近傍星の観測データには星の年齢と重元素量の間に明瞭な相関は見られず、太陽近傍星が銀河内の他の半径で誕生した星と十分に混合した影響であると考えられるようになってきた。

力学法則に基づくと軸対称系では星の角運動量は保存されるため、その平均軌道半径は不変である。従って、星の動径移動を引き起こす主要因は渦状腕構造や棒状構造といった非軸対称構造や、矮小銀河降着に伴う外的摂動である。

渦状腕による動径移動は、それ自体の動力学的性質に強く依存する。定説「密度波理論」は、渦状腕を剛体回転する安定構造とする線形解析に基づく仮説である。この場合、動径移動は共回転半径やLindblad共鳴点といった限られた共鳴点でのみ起こり得る。しかし近年の数値シミュレーションの発展により、渦状腕は100Myr程度の時間尺度で増幅・減衰を繰り返す非定常構造であり、その回転則は銀河円盤と同様の差動回転的であるとする「動的渦状腕理論」(Baba et al. 2013; Baba 2015) が台頭してきた。動的渦状腕理論では、銀河円盤の広域に渡り渦状腕が共回転的となり、大局スケールに渡り星を効率的に動径移動させる。 従って、渦状腕による動径移動の理解には「渦状腕自体の動力学的性質の理解」が重要である。しかし渦状腕動力学に対する観測的制限は十分に得られていないのが現状である。一方、棒状構造は銀河円盤の力学的不安定性や外的摂動で励起され、その後は比較的安定的に存在する。棒状構造が安定的に存在する時には安定軌道 (x1/x2軌道群) が卓越し、効率的な動径移動はおこらない。従って、棒状構造による星の動径移動は「棒状構造の形成時期」が最も重要な因子である。力学的不安定性は円盤の成長段階やガス量に依存するため、棒状構造形成時期の理解には円盤形成過程を考慮する必要がある。また、矮小銀河降着にともなう外的摂動は銀河円盤の渦状腕構造や鉛直方向の湾曲を励起するが、その影響は矮小銀河の質量や軌道パラメーター、降着時期、銀河円盤の進化段階 (ガス量など) にも依存する。

このように近年の観測や理論研究により天の川銀河の化学進化のシナリオは「大局的な物質混合」を伴う動的シナリオへと修正を迫られているものの、何が(渦状腕/棒状構造/矮小銀河)、いつ(渦状腕の寿命/棒状構造形成時期/矮小銀河降着時期)、どのように(突発的/持続的/周期的)、天の川銀河の星に大移動を引き起したのかは十分に明らかになっていない。

研究計画:

本研究では天の川銀河の形成進化過程の解明を大目標として「銀河円盤の物質混合過程」 に着目した大規模N体/流体シミュレーションを行い、

      1. 渦状腕の動力学的性質の違いによる物質混合過程の違い (→ Baba et al. in prep.)

      2. 棒状構造の形成進化による物質混合過程 (→ Baba & Kawata 2020; Baba, Kawata & Schoenrich 2021)

      3. 矮小銀河降着による銀河力学構造の変化と物質混合過程 (→ Tsujimoto & Baba 2019)

      4. ハローからのガス降着で成長する銀河円盤における物質混合過程

を調べ、Gaiaなどの最新観測データとの比較により、天の川銀河の化学動力学進化を明らかにする。

主な雑誌論文 (共同研究を含む):

  • J. Baba, D. Kawata, N. Matsunaga, R. J. J. Grand, & J. A. S. Hunt: "Gaia DR1 Evidence of Disrupting the Perseus Arm", 2018, ApJ Letter, Volume 853, Issue 2, pp.L23-29 (arXiv:1712.04714) [ADS][arXiver]

  • D. Kawata, J. Bovy, N. Matsunaga, & J. Baba: "Galactic rotation from Cepheids with Gaia DR2 and effects of non-axisymmetry", 2019, MNRAS, Volume 482, Issue 1, pp.40-51 [ADS]

  • D. Kawata, J. Baba, I. Ciucă, M. Cropper, R. J. J. Grand, J. A. S. Hunt, & G. Seabroke: "Radial Distribution of Stellar Motions in Gaia DR2", 2018, MNRAS Letters, Volume 479, pp.L108-112 [ADS]

  • T. Tsujimoto & J. Baba: "Galactic r-process abundance feature shaped by radial migration", 2019, ApJ , Volume 878, Issue 2, article id. 128, 8pp. [ADS]

  • Y. Miyachi, N. Sakai, D. Kawata, J. Baba, M. Honma, N. Matsunaga, & K. Fujisawa: "Stellar Over-density in the Local Arm in Gaia DR2", 2019, ApJ, Volume 882, p.48 [ADS]

  • J. Baba & D. Kawata: "Age Dating the Galactic Bar with the Nuclear Stellar Disc", 2020, MNRAS, Volume 492, p.4500-4511 [ADS] [arXiver]

  • T. Tsujimoto & J. Baba: "Remarkable migration of the solar system from the innermost Galactic disk; a wander, a wobble, and a climate catastrophe on the Earth", 2020, ApJ, Volume 904, Issue 2, id.137, 6 pp. [ADS]

  • D. Kawata, J. Baba, J. A.S. Hunt, R. Schoenrich, I. Ciuca, J. Friske, G. Seabroke, & M. Cropper: "Galactic Bar Resonances Inferred from Kinematically Hot Stars in Gaia EDR3", 2020, submitted to MNRAS [ADS]

  • J. Baba, D. Kawata, R. Schoenrich: "Age distribution of stars in boxy/peanut/X-shaped bulges formed without bar buckling", submitted to MNRAS [ADS]

主な研究成果発表・関連成果:

|開催した研究会:

  • 天の川銀河バルジ研究会 (Gaia/JASMINE)、2019年2月14日、三鷹 [WEB]

  • 天の川銀河研究会 2020、2020年2月13日〜15日、鹿児島大学 [WEB]

開発コード:

    • Milky Way Potential Library (MWPotLib) [詳細]

      • Baba et al. in prep.

      • Tsujimoto & Baba (2020)

      • 2019年度 修士論文(東京大学)「銀河円盤における星団潮汐テイルの力学的解析」

      • 2020年度 博士論文(筑波大学)「Effect of the bar pattern speed on the molecular gas dynamics in galaxy NGC 7479」(using nano-ASURA by T.R. Saitoh & MWPotLib)

      • 2020年度 修士論文(東京大学)「二重バー構造に対する中心質量集中の力学的影響の研究」

    • Chemical Evolution Library (CELib; Saitoh 2017) のアップデート

研究成果の社会への発信:

  • 準備中