Structure and Dynamics of the Milky Way Galaxy

最も近傍の銀河である「天の川銀河」については多くの観測がありますが,われわれが系内にいるためもありその力学的構造や進化過程は観測データだけから明らかにするのは難しいですそのためこれまで天の川銀河モデルのシミュレーションが行われてきました (e.g., Englmaier & Gerhard 1999; Bissantz et al. 2003; Fux 1999; Widrow & Dubinski 2005)しかし先行研究の天の川銀河シミュレーションは恒星系成分の定常ポテンシャルとしてモデル化し恒星系ダイナミクスを考慮していないものや恒星系ダイナミクスは考慮しているものの星間ガスを考慮していないものまたは,星間ガスを考慮していたとしても10,000 K (音速 10 km/s 程度) の等温ガスとしてモデル化しているものなどであり観測との比較に十分に耐える理論モデルではありませんでした。

そこで我々は恒星系円盤の重力多体系ダイナミクス星間ガスの自己重力輻射冷却や加熱過程,星形成とそれにつづく超新星爆発といった銀河進化において重要なプロセスを考慮したシミュレーションを行ってきました (右図・動画)これらのシミュレーションは現象論的モデルに頼らずに重力相互作用や流体方程式といった基礎方程式群を高精度で解くことで低温高密度の分子ガスから高温低密度ガス星形成とそのフィードバックを自然に含んだ渦巻き銀河の力学モデルを得ることを可能とした点が従来の研究との大きな違いですこれにより様々な天の川銀河観測プロジェクトと相補的な理論モデルを構築し天の川銀河構造や太陽系の位置渦巻き構造の進化を調べています

(1) 天の川銀河の星形成領域の大きな非円運動の起源 (Baba et al. 2009):

これまで天の川銀河内の星間ガスや星形成領域は,銀河回転に対して 10% 程度のわずかなずれしか持たないと考えられていきました.しかし,最近の VERA や VLBA を用いた高精度アストロメトリ観測により,天の川銀河の大質量星形成領域 (メー ザー源) は,非常に大きくかつランダムな特異運動をもつことが報告されるようになりました (e.g., Read et al. 2009).我々は,数値シミュレーションデータから星形成領域を選び,その銀河回転からのずれを調べました.その結果,観測の非円運動よく再現すること,そして,これは非定常な渦状腕構造と低温高密度ガス雲の間の重力相互作用により生じる自然な帰着であることを示しました.この結果から,天の川銀河の渦状腕構造は,単純な定常密度波ではなく非線形非定常な構造であることを示唆しました.

(2) 運動学的距離法と天の川銀河の姿 (Baba et al. 2009):

天の川銀河内の星間ガスの空間分布を得る方法として,古くから運動学的距離法が用いられてきました.これは星間ガスの運動と円運動を仮定することで,視線速度の観測データから天体までの距離を推定する方法です (図 2 右).しかしながら,近年,渦状腕による非円運動が定常密度波からの予想よりも大きいことが観測的・理論的に明らかになってきました.そこで,我々は,非円運動の運動学距離への影響を調べるため,シミュレーションデータに対して適当な観測点 から星間ガスの視線速度を疑似観測し,運動学的距離法によりマップを作成しました (図 2 中).その結果,運動学的距離法は ∼ 2 − 3 kpc 程度の誤差を含んでいる可能性を示しました.しかし,運動学的距離法は,天の川銀河全体を広く見渡してそのマップを得るために,アストロメトリ観測と相補的で重要な手法です (e.g., Nakanishi & Sofue 2003,2006).今後,非円運動モデルによる運動学的距離の精度評価を行い,その適用限界を調べることが重要です.

(3) 天の川銀河の l − v 図の解釈と渦巻構造 (Baba et al. 2010):

天の川銀河にどのような渦巻構造が存在するのかを知る方法として,伝統的に星間ガスの位置-速度 (l − v) 図上の特異構造が利用されてきました.この方法は,渦巻構造付近では銀河回転からずれた非円運動が生じることから,l − v 図上で円運動のそれと系統的にずれた成分として観測されることを利用しています.そこで我々は,天の川銀河の中性水素ガスや分子ガスの l − v 図構造を大局的によく再現するシミュレーションデータを用いて,特徴的な l − v 図 上の特異構造が実空間でどのような構造に対応するかを調べました (図 3).その結果,従来,「アーム」と 呼ばれてきた特異構造は,棒状構造に付随するダストレーン,棒状構造を取り囲む inner ring の一部,そして恒星系渦状腕に付随する渦巻構造,として分類されることを明らかにしました.