スーパーコンピュータで

天の川銀河を作る

I. 天の川銀河はどのような姿をしているのか?

天の川銀河とは?

街灯のないところで夜空に見られる「天の川」が、われわれ太陽系が属する銀河である「天の川銀河(銀河系)」ということをご存知の方は多いかと思います。

これは現在では常識となっていますが、これが明らかになるまでには非常に長い歴史がありました。

しかし、われわれが天の川銀河の中にいるため、その全体の姿は未だにわかっていません。右の図はこれまでの研究成果に基づいて "想像" した天の川銀河の姿です。

なぜ、天の川銀河の姿がわからないのでしょうか? それは夜空に輝く一つ一つの星までの距離を測定する必要があるからです。星までの距離を測定するのは、とても難しいことです。この「星までの距離測定」を行う天文学の分野を位置天文学といいます。

天の川銀河の想像図。クレジット:NAOJ, J. Baba et al.

スーパーコンピュータで予測する天の川銀河の構造

星々の距離や運動を位置天文観測するだけでは、天の川銀河がどのような姿(構造)なのか、どのようにできあがってきたのか(形成過程)を明らかにするには不十分です。最新の位置天文観測データから天の川銀河の構造や形成過程を理解するためには、物理法則に従ったシミュレーションを行い、コンピュータの中に天の川銀河を「再現」して「観測」することが必要となります。ここでは、私がこれまで進めてきた、スーパーコンピュータを用いた天の川銀河のコンピューターシミュレーションの結果をご紹介します。

天の川銀河シミュレーションとは?

天の川銀河は無数の恒星(星)星間物質、そして電磁波で観測できない暗黒物質(ダークマター)から成り立っています。全体の質量は太陽の質量を1として、約10の12乗と推定されています。そのほとんどはダークマターであり、星の全体の質量は天の川銀河全質量の約10%にあたる約10の11乗、星間物質は約10の10乗くらいと推定されています。星は数で表すと数千億個以上。これらの無数の星間物質ダークマターが、お互いに万有引力(重力)を及ぼし合いながら、力学法則に従った運動しています。

さらに、星間物質は気体状であり、重力の他に圧力も受けて流体として運動し、衝撃波を発生して圧縮や膨張して、密度や温度が熱力学法則に従い変化します。また、星間ガスは密度や温度に応じて、電磁波(放射)を出して放射冷却をします。近くの高温の星からの放射や超新星爆発からのエネルギーによって加熱されます。

このような現象が複雑に絡み合って、天の川銀河を形作っています。これらの物理現象を記述する力学・流体力学・熱力学の連立微分方程式を、スーパーコンピュータを使って数値計算して、天の川銀河の構造や形成過程を理解しようと試みています。

天の川銀河シミュレーション (Baba et al. 2009, 2010) の例。クレジット:馬場淳一,斎藤貴之,武田隆顕,国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト

天の川銀河シミュレーション (Baba & Kawata 2020; Baba et al. 2021) の例。クレジット:馬場淳一、中山弘敬、国立天文台 4 次元デジタル宇宙プロジェクト

天の川銀河の全体像と天の川

コンピューターシミュレーションで計算した天の川銀河の映像です。人間の見ることのできる「可視光」をイメージして映像化してあります。中心に細長い「棒状構造(バー)」が存在し、その外側には明瞭な2本の「渦巻き腕」が存在します。渦巻き腕は、途中で枝分かれするなど複雑な構造をしていると予測されます。

渦巻腕の中には、いくつか赤く明るい点が分布しているのがわかります。これは「HII領域(エイチ・ツーりょういき)」(または「散光星雲」)と呼ばれるもので、ガス雲から誕生したばかりの若い星(若い星団)が存在する領域です。

天の川銀河が薄い円盤状の形状をしていると考えられています。この映像から夜空に見える「天の川」が、我々が円盤状の銀河の内部に位置しているために生じた星の分布の偏りであることがわかると思います。

MilkyWay_1.mov

動画 クレジット:シミュレーション:馬場淳一 (国立天文台JASMINEプロジェクト)、可視化:中山弘敬 (国立天文台4D2U)。4D2U「天の川銀河紀行」制作のための試作品映像で初公開の映像です。シミュレーションは、国立天文台天文シミュレーションプロジェクト Cray XC30「アテルイ」を利用した実行しました。

太陽系位置を銀河面に垂直に通過した時の様子(星間ガスの分布)

天の川銀河の中には、太陽のような恒星(星)の他にたくさんの星間物質(星間ガス)が存在します。星間物質は星と星の間に存在する希薄な気体(ガス)です。星間ガスは密度は、1立方センチメートルあたり水素原子が1/100個以下の希薄なものから、水素原子が100個を超えるような雲状(星間雲)まで様々です。天の川銀河全体は水素原子ガス(HIガス)が広く分布していて、渦巻き腕や銀河中心領域には水素分子ガス(分子雲)が分布していると考えられています。分子雲は密度が高く、一部の領域が自分の重力で収縮することなどのよって新たな星をつくります。

この映像では、星の他に「分子雲」(淡い黄色の雲状のもの)の分布の様子の予測を示しています。分子雲は電波という人間の眼では見ることができない電磁波を出して輝いています。一方で、分子雲は雲として星の光を隠してしまいます。そのため人間の眼では、分子雲は「暗黒帯(ダークレーン)」として観測されます。

MilkyWay_2.mov

動画 クレジット:シミュレーション:馬場淳一 (国立天文台JASMINEプロジェクト)、可視化:武田隆顕 (ヴェイサエンターテイメント株式会社)。本動画は、文部科学省HPCI戦略プログラム分野5「物質と宇宙の起源と構造」の元で制作したものです。シミュレーションは、国立天文台天文シミュレーションプロジェクト Cray XC30「アテルイ」を利用した実行しました。

天の川銀河紀行 (3D VR)

スーパーコンピュータをつかってシミュレーションした天の川銀河の中を旅してみましょう。これはJASMINEプロジェクトと国立天文台4D2Uで共同製作した「天の川銀河紀行」の映像です。3D VRになっていますので、お好きな方向の映像を楽しむことができます。前半では星や星間ガスの動きが停止している状態で、天の川銀河の中を旅することができます。中盤では星や星間ガスの運動している様子が映像化されています。実際の天の川銀河の中は、このような動きが数100万〜数億年くらいかけて起こっていると考えられています。

ウェブブラウザでご覧の場合:映像上をマウスカーソルでドラッグすることで,お好きな方向の映像をご覧になることができます。

スマートフォンでご覧の場合:YouTube App (iOS 用Android 用) をご利用になると、スマートフォンの向きを変えることでお好きな方向の映像がご覧になれます。

動画 クレジット:馬場淳一,中山弘敬,国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト。本動画は、国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト (4D2U) のコンテンツです。ご利用に関しては、4D2U利用規約をご一読ください。シミュレーションは、国立天文台天文シミュレーションプロジェクト Cray XC30「アテルイ」を利用した実行しました。

天の川銀河はどのようにできてきたのか?

天の川銀河はずっと同じ姿ではありません。宇宙は約138億年前にビッグバンによって誕生し、それ以降、膨張を続けています。ビッグバンの前におこったインフレーションという急膨張により、ミクロな時空ゆらぎを起源とした初期宇宙の密度ゆらぎが、自己重力により成長し、現在の天の川銀河や宇宙の構造を作ったと考えられています。このような宇宙初期のゆらぎから、天の川銀河がどのように誕生したのかをシミュレーションした映像です。

初期には現在の天の川銀河よりもずっと小さな銀河が誕生します。そのような小さな銀河が合体を繰り返し、徐々に大きな銀河へと成長していきます(階層的合体成長)。銀河の合体過程では星形成の材料となるガスが大量に圧縮されて、急激な星形成がおこります。また、大量に形成された星々の一部は超新星爆発を起こし、周りのガスを激しく吹き飛ばします。

このような激しい銀河合体は初期に多く起こり、銀河の構造を大きく変化させます。合体後の銀河の形状は、天の川銀河のような円盤状ではなく、楕円銀河のような形状になります。銀河合体後、新たに周りからガスが静かに降り積もり、円盤銀河へと成長していきます。

階層的合体成長の痕跡は、特に銀河円盤の外側の「ハロー」と呼ばれる領域に残ることが予測されていました。最新の「Gaia」衛星の観測データから約100億年前に「ガイア・エンセラダス」という銀河が天の川銀河に合体した証拠など、多くの観測的証拠が発見されつつあります。

動画 クレジット:ASURA simulation of galaxy formation. Simulation: Takayuki Saitoh (Kobe University/Titech ELSI), Visualization: Takaaki Takeda (VASA Entertainment Co. Ltd.)

II. 天の川銀河の棒状構造と中心核バルジ

Gaiaが描き出した天の川銀河の棒状構造

天の川銀河の姿(構造)や運動を明らかにするために、星までの距離や運動を測定する位置天文観測が行われています。現在、2013年12月に欧州宇宙機関が打ち上げた位置天文観測衛星「Gaia」(ガイア)によって、天の川銀河の約15億個の星々の位置と速度がわかってきました。

右の映像は、Gaiaによって明らかになった天の川銀河の「棒状構造」です。これまで様々な観測的証拠から、棒状構造が存在することは知られていましたが、星の分布として棒状構造を描き出したのはこれが初めてです。

棒状構造の長さは約2~3万光年です。さらに、棒状構造が約1.6〜1.8億年の周期で回転していることも明らかになってきました (例えば、Kawata, Baba et al. 2021)。

しかし、棒状構造がいつ誕生し、どのように変化してきたのかは全くわかっていません。

動画:Credit: Data: ESA/Gaia/DPAC, A. Khalatyan(AIP) & StarHorse team; Galaxy map: NASA/JPL-Caltech/R. Hurt (SSC/Caltech) 

棒状構造の形成時期の推定

棒状構造の形成進化の歴史は、天の川銀河の円盤部分の形成史と深く関連しています。われわれ太陽系も銀河円盤に属していますが、もし棒状構造が太陽系誕生(約46億年前)よりも後に形成された場合、その影響で太陽系の軌道が大きく変化する可能性もあります。

右の映像は、天の川銀河で棒状構造ができあがっていく様子をシミュレーションしたものです。最初は渦巻銀河だったものが、時間とともに内側が横長の棒状構造へ変化していきます(左側)。それ同時に銀河中心に大量の星間ガスが落ちていき、そこで爆発的に星を形成して「中心核バルジ」と呼ばれる円盤状の構造を新たに形成することがわかります(右側)。つまり、中心核バルジの星々の年齢分布を推定できれば、天の川銀河の棒状構造がいつできたのかが推定できることになります。

中心核バルジの歴史を紐解くことにより、われわれ太陽系の軌道変化の歴史、そして銀河円盤全体の進化の歴史について大きなヒントが得られるでしょう。

動画:天の川銀河シミュレーションによる棒状構造と中心核バルジの形成の様子 (Baba & Kawata 2020)。上の段が星の分布で、下の段が星間ガスの分布を表す。右側は左側の中心の四角形の領域(中心核バルジ領域)の拡大図。国立天文台天文シミュレーションプロジェクト Cray XC50「アテルイⅡ」を利用した実行しました。(c) J. Baba

動画:スーパーコンピュータ「アテルイII」のシミュレーションによって描き出された天の川銀河の棒状構造の進化の様子。映像中の「1 Gyr」 は「10 億年」を表す。(クレジット:馬場淳一、中山弘敬、国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト)