コケムシについて

コケムシとはどのような生き物?

コケムシは体長1 mm にも満たない個虫が集まった群体を作り、水中の岩や貝殻、海藻などの表面に固着して暮らす水棲無脊椎動物です。貝殻などに付着した群体が植物のコケ(苔)のように見えることから、このような名前で呼ばれています。コケムシは「Bryozoa」の名で知られていますが、英語では「moss animal」、ドイツ語では「moostiere」とも呼ばれます。これらはすべて直訳すると「苔動物」という意味です。つまり、コケムシの「ムシ」は「昆虫」のことではなく、「動物(無脊椎動物)」という意味なのです。

その名のとおり、コケムシは「コケ」に見えますが正真正銘の「動物」です。コケムシの個虫は、キチン質や石灰質の虫室とその中に収まるやわらかい虫体で構成されています(図1,2)。虫体は円形もしくは馬蹄形の触手冠をもち、そこに生えた繊毛で水流を起こして 水中の有機物片や微生物 を集めて食べています(図3)。口は触手冠の中央にあり、消化管はU字型に曲がって、肛門は触手冠の外側に開きます。一方、石灰質の硬い虫室は、コケムシの種類を見分けるための分類形質として非常に重要です(図2)。

図1. コケムシ(裸喉綱唇口目)の一般体制

図2.チゴケムシの虫室の走査型電子顕微鏡写真

図3. 多数の個虫が触手冠をひろげた群体

コケムシはじつは歴史が古く、およそ4億5千万年前の古生代から化石記録が知られています。現生種は約8,000種が報告されていますが、化石種を含むとその種数は20,000種を超えるとも言われています。日本周辺にはこれまでおよそ300種が棲息していると考えられていましたが、最近の研究結果を踏まえると、その数は日本近海だけでも1,000種を超えると考えられます。

コケムシの群体の多様性

コケムシの群体の形態はじつに多種多様です。その名のとおりコケに似た扁平な被覆性のものも多くみられますが、中には海藻やサンゴのように起立した群体をつくるものもいます(図4, 5)。そのため、コケムシは他の生物に間違われることもよくあります。

図4. サンゴとよく間違われる起立性のコケムシ群体 A:マルアナアミコケムシ Iodictyum sanguineum、B:コブコケムシの仲間 Celleporina sp.、C:ボタンコケムシ Steginoporella magnilabris、D:ニセツノコケムシ Adeonella lichenoides

図5. 海藻とよく間違われる起立性のコケムシ群体 A:フサコケムシ Bugula neritina、B:エダコケムシの仲間 Caberea sp.、C:シカツノトサカコケムシ Flustrellidra corniculata

→ 群体の多様性に関する詳細は 海産コケムシのページ

コケムシの生息環境

コケムシは潮間帯から8300 m の深海、平地の池から標高4151 m にある湖、さらに熱帯域から南極まで、地球上の様々な水域から得られています。コケムシは固着基質が豊富な岩場で特に豊富ですが、一部のグループにおいては、砂泥底など硬い基質がない環境でも棲息できるような特殊な群体のかたちをしています。

コケムシは 濾過摂食者 であるため、浮遊性の微生物が多い環境を好みます。近年、オオマリコケムシの発生を富栄養化の指標としている記述をよく目にしますが、これは富栄養な環境の方が餌となる微生物量が多いためです。ただし、アオコが発生したり極端に貧酸素となってしまうような環境では、コケムシも生育することはできません。なお、茨城県内の池沼において淡水コケムシ数種の出現と水質との関係を調査した結果では、オオマリコケムシと他のコケムシとの間に明瞭な違いはみられませんでした。

なかなか見つけるのが難しそうなコケムシですが、コケムシの群体は意外と身近なところでも目にする機会があります。例えば、魚市場で売られているホタテや牡蠣の殻の表面には、多数のコケムシの群体が固着しています(図6)。また、最近人気のウミウシやダンゴウオの写真集などをよく見てみると、その背景にコケムシの群体が写っていることもよくあります。これは、一部のウミウシがコケムシを餌として捕食するためであったり、ダンゴウオなど小型の魚がコケムシの群体を隠れ家として利用しているためです。

図6.沖縄の市場で売られている夜光貝の殻に固着したコケムシの群体(白い斑点状のもの)

コケムシの生活史

コケムシの群体は、無性生殖による出芽によって成長します。そのため、一つの群体内にみられる個虫は、基本的にすべて同じ遺伝子をもったクローンです。コケムシは胃緒と呼ばれる間充組織を使って栄養の輸送などを行っているのですが、胃緒は個虫間でも連絡孔を介してつながっているため、個虫同士で栄養の輸送が行われます(図1)。つまり、コケムシの同一群体の中では、ある個虫が食べて得た栄養は他の個虫の栄養にもなる のです。

コケムシは一部の例外を除いて 雌雄同体 で、有性生殖を行い浮遊幼生による分散も行います。また、淡水産コケムシの大部分を成す被喉綱は、無性生殖により休芽(スタトブラスト)と呼ばれる休止芽を形成します。休芽はキチン質のカプセル内に卵黄顆粒と細胞塊が詰まったもので、ある程度の乾燥と低温への耐性があります。淡水コケムシ(被喉綱)のほとんどは冬に群体が死滅しますが、この休芽の状態で越冬します。また、休芽は水鳥の羽に付着して分散することも知られています。裸喉綱櫛口目の一部の種も、無性的な出芽によって冬芽(ヒベルナクラ)と呼ばれる休止芽を形成します。

→ コケムシの越冬に関する詳細は 淡水産コケムシのページ

コケムシと人とのかかわり

コケムシは昆布や養殖貝類、船底に付着する汚損生物として古くから知られています。さらに近年では、ダムや排水管を詰まらせたという報告もあります。日本でも毎年オオマリコケムシの大発生がニュースなどで取り上げられますが、これら大量の群体が景観を乱すなどの事例も報告されています。

一方で、大型の起立性コケムシはサンゴ礁のようにコケムシ礁を形成すると考えられており、古生代以降の化石記録からは様々な規模のコケムシ礁が報告されています。現在でも、特にサンゴなどが棲息できない 寒冷な地域や光の届かない深さの海底 では、コケムシは他の生物に棲息場所を提供する基質資源としての役割を担っていることが知られています。また、コケムシは水中の細かな有機物片を濾過摂食することから、水質浄化のはたらきがあるとも考えられています。さらに、フサコケムシの群体からは、抗ガン剤となる生理活性物質「ブリオスタチン」も発見・単離されています。

コケムシの分類体系

コケムシは、苔虫動物門(Phylum Bryozoa) という独立した動物門に属しています。ちなみに他の動物門を例に挙げてみると、エビ・カニ・昆虫はすべて節足動物門、ウニ・ヒトデ・ナマコはすべて棘皮動物門、イカ・タコ・貝類はすべて軟体動物門に属しています。コケムシは、それほど大きなグループなのです。

苔虫動物門は現在3つの綱に分類されています(表1)。一つは現生の海産種の中で最も多様性が高い裸喉綱(Gymnolaemata)、次いで化石種が最も豊富な狭喉綱(Stenolaemata)、最後は淡水産種の大半を占める被喉綱(Phylactolaemata)です。これら3綱の分類に用いられる形質は、虫室の構造と触手冠を出し入れする仕組み、口蓋の有無、触手冠の形態、育卵と胚発生の様式、さらに口を覆う口上突起の有無などです。

表1.コケムシ動物の分類体系 †:絶滅グループ)

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苔虫動物門 Bryozoa (外肛動物門 Ectoprocta)

   裸喉綱 Gymnolaemata       唇口目 Cheilostomatida

                      櫛口目 Ctenostomatida

   狭喉綱 Stenolaemata       隠口目 Cryptostomida †

                      変口目 Trepostomatida 

                      胞孔目 Cystoporida 

                     窓格目 Fenestrida 

                     円口目 Cyclostomata

   被喉綱(掩喉綱) Phylactolaemata  ハネコケムシ目 Plumatellida

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ちなみに、苔虫動物門は 外肛動物(Ectoprocta) とも呼ばれます。これは、昔はスズコケムシ(現在は内肛動物門)もコケムシの仲間とされていたため、これら両者を区別する名称として使われていました。

スズコケムシ=内肛動物(Entoprocta) ・・・ 肛門が触手冠の内側にある

コケムシ=外肛動物(Ectoprocta) ・・・ 肛門が触手冠の外側にある

その後、様々な研究成果に基づいて内肛動物が独立した動物門となり、外肛動物(元々のコケムシ)については今でも『外肛動物門』と『苔虫動物門』の両方の名称が用いられています。ただ、世界的には 苔虫動物門(Bryozoa)の名称が有効名 となっています。なお、内肛動物には曲形動物(Kamptozoa)という名称も存在します。

ちなみに、肛門が触手冠の外側にあるという特徴は、同じく触手冠をもつ腕足動物や箒虫動物にも共通してみられる特徴です。

コケムシは何に近い仲間?

コケムシはよく 「サンゴやイソギンチャクの仲間」 と紹介されますが、これは大きな誤りです。たしかにコケムシの群体は、サンゴやヒドロ虫など刺胞動物の群体と間違われることがよくあります(図7)。しかし実際には、コケムシ動物と刺胞動物とは形態・発生様式などの面において、系統的にも非常に遠く離れた関係にあります。では、コケムシはどんな動物と近縁なのでしょうか?じつは、この疑問に対する明確な答えは未だ出ていません。

図7. 刺胞動物とコケムシ動物の群体の比較 サンゴの群体(左:高知県大月町)とサンゴコケムシ属の一種(右:岩手県大槌湾)

1995年に新たな動物門として有輪動物(Cycliophora)が記載された際、この新動物門は内肛動物とコケムシ動物に近縁であると考えられました。この説は後に分子系統解析で否定されましたが、最近の分子系統解析ではコケムシ動物は内肛動物と有輪動物の姉妹群となる結果も出ており(Hejnol et al. 2009)、今後の研究による系統関係の解明と各動物群の形質の再検討が待たれます。

コケムシ動物はこれまで、触手冠をもつという共通点 から腕足動物(Brachiopoda)と箒虫動物(Phoronida)に近縁とされ、これらとともに「触手冠動物」としてまとめられていました。コケムシ動物は 循環系と排泄系を欠く 点で他の2群とは大きく異なっていることが知られていましたが、これは個虫の小型化による退化現象とされていました。しかし、近年の分子系統解析の結果では、コケムシ動物の系統的位置はブラキオゾア(腕足動物+箒虫動物)とは遠く離れるとする結果も得られています(Halanych et al. 1995; Dunn et al. 2008)。腕足動物門と箒虫動物門がクレードを組む(まとめてBrachiozoa もしくはPhoronozoa とも呼ばれる)ことは多くの研究で支持されていますが、コケムシ動物門の位置については未だ明確なことがわかっていないのが現状なのです。とはいえ、いくつかの最新の結果ではこれら触手冠動物が単系統群となることも示されており(Nesnidal et al. 2013)、触手冠動物としてまとまる可能性も残されています。

コケムシ動物は、卵割が放射型全等割で腸体腔性の真体腔をもち、原口が口にならないという後口動物としての特徴を備えていますが、近年の分子系統解析の結果では前口動物に近いことが示されています(ちなみに腕足動物も原口は口になりませんが、箒虫動物は原口が口になります)。前口動物を脱皮動物と冠輪動物に分ける近年の分類においては、コケムシ動物は幼生の移動や触手冠による摂食に繊毛を用いるという点から冠輪動物群に含まれています。ただし、冠輪動物内でのコケムシの系統学的な位置については、上述のように未だ決定的な結論には至っていません。

M.Hirose 2013

海にいるコケムシについて

池や湖にいるコケムシについて

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