1.発生工学技術によるゲノムデザインマウス作製方法の開発
・Triple CRISPR 法による交配無しでの完全両アリルノックアウトマウス作製( Cell reports 2016, Neuron 2016, Development 2017, Cell reports 2018)
CRISPR/Cas9法を応用し、新たなsgRNAデザイン方法と複数sgRNAを組み合わせることにより、第一世代マウスのほとんどで完全両アリルノックアウトを得ることが可能になりました。第一世代マウスを直接表現型解析に用いることが可能になり、ノックアウトマウスのスクリーニングのスループットが大幅に向上します。またこの方法の応用によりノックインの効率向上にも取り組んでいます。また、Triple CRISPR法の応用により様々な遺伝子のノックアウトマウスを作製し、表現型解析に取り組んでいます。この方法は遺伝子のダブルノックアウトやトリプルノックアウトにも応用可能で、第一世代マウスを用いて交配の手間なしでいきなり多重遺伝子変異マウスの表現型解析ができる画期的な方法です。Chrm1, Chrm3 ダブルノックアウトマウスでREM睡眠が消失するという非常に興味深い現象がこの方法で発見されました(Niwa et al. 2018 Cell reports)。
・Tol2 トランスポゾンシステムを応用したトランスジェニックマウス作製 (Genomics 2010, BMC genomics 2009, Cell struct. funct. 2012 [日本細胞生物学会論文賞(CSF Award)を受賞], J. Neuroscience 2013, J. Exp. Med. 2014, PNAS 2015, Cell reports 2015, Cancer Science 2017, Journal of Thrombosis and Haemostasis 2017, Cell reports 2017, Nature communications 2018, Scientific Reports 2018 etc. プロトコール実験医学)
メダカ由来 DNA transposon の Tol2 システムを応用し、非常に効率よくトランスジェニックマウスを作製できる方法を確立しました(国立遺伝学研究所・川上浩一研究室との共同研究)。アクティブ・トランスジェネシスと呼ばれるこの方法では、前核ではなくよりダメージの少ない細胞質に高濃度の外来遺伝子とトランスポゼースを導入することができるため、非常に高効率の遺伝子導入と高い生存率の両立が可能になります。たいていの場合、50%以上の産仔に導入遺伝子が入ります。2010年に発表した細胞質インジェクションプロトコールはCRISPR/Cas9法にもそのまま応用が可能で、酵素のmRNAを細胞質に打つことで非常に高い生存率と良い導入効率を両立する方法の先駆けとなりました(Genomics 2010)。従来のトランスジェニックマウスの問題点を解消したこの方法により導入遺伝子の安定した発現を得られるのが特長で、安定したFRET バイオセンサー発現マウスの世界に先駆けての樹立(Cell struct. funct. 2012, 京都大学・松田道行研究室との共同研究)など、これまでに多くの共同研究で成果を上げています。
遺伝子改変ES細胞由来の遺伝子改変マウスを8細胞期のマウス胚とのをアグリゲーション法で作製することができますが、3i培地をES細胞培地に使用することで100%ES細胞由来のマウスを作製することが可能です。この方法をさらに簡便にし、定量的な混合比を実現するため、田中陽理研ユニットリーダーとの共同研究でマイクロデバイスを開発しました。この方法は特別なスキル無しで100%ES細胞マウスを作製することができ、標準的な96穴プレートでの操作ができるため将来的にはロボットによる自動化へ応用が可能です。
2.Distal enhancer による遺伝子発現制御機構の解明とその制御法の開発
・脊椎動物ゲノムに特有のdistal enhancerによる遺伝子発現調節機構の研究 ( PNAS 2002, 2003, 2008, Development 2009, Nature 2012, etc.)
脊椎動物ゲノムの特長として、distal enhancer の存在が挙げられます。プロモーター周辺のcis-elementだけではなく、場合によっては数百kb以上も離れた場所に存在するエンハンサーエレメントによって精緻な制御が行われています。近年、GWASによる疾患関連SNPの多くがこのようなdistal enhancer に存在することが明らかになり、その遺伝子発現調節機構における重要性が一般的に認識されるようになりました。このような長距離の転写制御はCTCFなどのファクターによるループ形成により構成される、TAD (Topologically Associating Domain) 内の構造に依存していると考えられています。当研究室ではこれまでにBACを用いたdistal enhancerの機能解析とその性質・進化について研究を行ってきました。サイズの比較的大きいBACはTAD構造の一部分を再構成することができますが、それでもまだ十分な大きさではありません。ゲノム編集技術の進展により現在はゲノム上のTAD構造に直接改変を加えて機能解析できるようになっています。TAD内のdistal enhancerの働きを理解し応用することで、発現調節機能を変更する方法を開発することを目標に研究を進めています。
また、distal enhancer の進化的変更が動物進化に本質的な役割を果たすことが現在注目を集めています。私たちは特にdistal enhancerの進化についてトランスジェニックマウスを使用する解析法について先駆けとなる研究を行い、これまでに国内外の多くの共同研究も含め分野を牽引する成果を上げてきています(哺乳類トランスポゾン由来エンハンサーの発見と実証:東工大岡田典弘研究室との共同研究、など)。トランスポゾン挿入や遺伝子変換などによる新しいcis-element成立の条件を知ることにより、進化に寄与するcis-elementがどのように生じ、消えてゆくのか知ろうとしています。長大な非コード領域は脊椎動物の特徴的な進化の産物ですが、ただの無意味な配列ではなく積極的に新機能を取り込むために進化した結果の「進化の仕組み」であると考えて研究に取り組んでいます。実験による実証アプローチにより cis-element 駆動型の進化機構を解明していきます。
図4 遺伝子を取り巻くゲノム構成要素の具体例。TAD boundaryが重要な役割を持つ。
図5 Molecular condensate がスーパーエンハンサーの実態。リーディングエンハンサーは最初にbiomolecular condensate の「核」を作る役目をしており、これが融合して巨大な biomolecular condensate に成長すると考えられる。最終的に、各エンハンサーと転写因子複合体はクロマチン画分と蛋白質ーRNA画分とをつなぐ両親媒性の界面活性剤のような役割を果たす。
参照:Kenta Sumiyama, Akira Tanave. "The regulatory landscape of the Dlx gene system in branchial arches: shared characteristics among Dlx bigene clusters and evolution." Development, growth & differentiation (2020) 62(5): 355-362. DOI: 10.1111/dgd.12671