2010.6.15
遺伝子間領域の保存領域は何をしているのか?~ゲノム暗黒領域の謎
哺乳類ゲノム中の97%を占める遺伝子間領域には進化的保存領域が約5%含まれる。その中には遺伝子コード領域を上回る保存度を示す超高度保存領域(ultra conserved element)のような特に目立つ物もある。しかし、超高度保存領域4箇所を欠失させて表現型を見たところ、それらのノックアウトは目立った表現型を示さず、進化的保存度から期待される重要度と、その実際の機能的意義の間に食い違いが生じている。通常我々は保存度が高ければ高いほど、より機能が重要であると考える。この前提が間違っているのか、あるいは進化的に重要であっても実験室レベルでのノックアウト実験では目に見える表現型を示さないだけなのか、現時点で明瞭な答えはまだ出ていない。
エンハンサー活性は遺伝子間保存領域の機能として真っ先に上げられる性質である。遺伝子の発現には基礎的なプロモーターと、組織特異的なエンハンサーとが必要である。プロモーターは遺伝子の転写開始点近くにあり、特に組織特異的な活性を持たないことも多い。この場合、遠位にあるエンハンサーがプロモーターに接近して相互作用した場合にはじめて組織特異的な活性を作り出す。このような遠位エンハンサーとしての性質が、遺伝子間領域に無数にある保存領域の機能として最もありそうな可能性であると考えられている。
実際にエンハンサー活性を測定してみると、おおまかな印象として半分程度の高度保存領域は近傍の遺伝子の発現パターンと矛盾しない組織特異的活性を持っているようだ。では、保存領域はエンハンサーだと結論して良いのだろうか?
Len Pennacchioらのグループが病気との関連で遺伝子間領域の機能を解析した論文が2010年にnatureに出版されている。これによると、遺伝子間領域約70kb(これは複数の高度保存領域を含む)を欠失させたところ、近傍の遺伝子CDKN2A, CDKN2Bが心臓で劇的に発現が下がり、冠状動脈疾患リスクと同様の現象を起こしたと報告されている。これは遺伝子間領域の保存配列がエンハンサーであり、ここに変異が生じることで近傍の遺伝子CDKN2A, CDKN2Bがエンハンサーを失い発現が低下したために表現型が生じたと考えれば説明できる。
ところが驚くべきことには、この欠失領域内の保存配列には、心臓でのエンハンサー活性を持つものがひとつも無かったのである。つまり、この領域単独ではエンハンサー活性を示さず完全な活性を構成するにはさらに他の因子との協調的な相互作用が必要なのか、あるいはもっと別の可能性、すなわちこの領域がエンハンサーではない可能性を考える必要が出てきた。
ではエンハンサーでないとすればそれは何であろうか?最もありそうな可能性、それはインシュレーター活性である。この領域が物理的に距離を増やすことによって、あるいはCTCFのようなインシュレーター因子の結合によって、その向こう側にある強力なネガティブレギュレーターの影響を遮断していたのではないかということである。この仮説には強力なサポートがある。それは高度保存領域の過半数は高度保存性から期待される重要性に見合うエンハンサー活性を示さないという事実である。ネガティブレギュレーター、あるいはインシュレーターの存在をこの事実が反映しているのだとしたら、今までの謎は解けるかも知れない。
さらに今まで謎であった興味深い事実がこの考えをサポートする。散在型反復配列はゲノムの半分程度を占める利己的なジャンク配列で、ほとんどが宿主にとって役立たずであると考えられているが、そのうちの5%程度は進化的に保存されているという事実が判明している。これを説明するのに、ジャンクから宿主にとって役に立つエンハンサー配列への流用(exaptation)という仮説が提唱され、それに合う事実として一部の保存反復配列が近傍遺伝子の発現パターンに似たエンハンサー活性を持つことが示されている。しかし、大半の保存反復配列はエンハンサー活性を持ってはいない。これらは実はネガティブレギュレーター、あるいはインシュレーターなのではないだろうか?そう考えれば辻褄が合ってくる。
散在型反復配列は宿主によって不活化される必要があり、エピジェネティックな制御により発現が抑えられている。つまり散在型反復配列にはもともとネガティブレギュレーターやインシュレーターの素質があるのだと言える。事実、マウスでポピュラーな高頻度反復配列のひとつ、B3(B2)配列で観察された高度保存領域の中心にはCTCF結合配列が存在している。これも状況証拠としては十分に興味深い。
最近になってゲノムワイド連鎖解析(GWAS)により決定された病気の原因領域が遺伝子をコードしない領域に落ちることが非常に多いことがわかってきた。これらが遺伝子間領域の何らかの機能を損なっているために起きていることは疑いない。これまではエンハンサーに注目が集まっていたが、今後はインシュレーター等の機能にもっと焦点が移っていくことは疑いない。だが問題が残っている。どうやってその機能を解析するのか、その有効な方法論がまだ十分に用意されていないのである。
エンハンサー活性が注目される理由は、個体レベルでの機能解析の方法論が確立していることによる部分が大きい。エンハンサー候補配列と最小プロモーターをレポーター遺伝子(lacZやGFPなど)につないでトランスジェニックマウスを作れば、発色や発光によりエンハンサー活性をマウス個体で観察することができる。しかしインシュレーター活性やネガティブレギュレーター活性はこの方法では見ることが出来ない。そこでこのような解析を可能にする簡便な新しい解析技術が必要となってくる。
最近使われるようになったDNAトランスポゾン由来のトランスポゼース活性を利用したトランスジェニックマウス作製法はこのような技術につながる重要な技術である。トランスポゼースにより挿入されたDNA断片は基本的に一分子で、通常の方法のように多くの分子が一箇所に縦連して挿入することがない。従って、サイレンサー(インシュレーターやネガティブレギュレーター)の解析に本質的に向いている。インシュレーターやネガティブレギュレーターを適切なエンハンサーと組み合わせてレポーター遺伝子とともにゲノムに組み込み、それらの位置関係から、あるいは活性の定量的比率からサイレンサーを解析することが可能になる。トランスポゾンTol2やpiggyBacでは100kbを超える大きなDNA配列を組み込むことが出来ることもこの解析のために有利で重要な性質である。このような新しい技術により実用的なサイレンサーの解析が行えるようになることが期待される。
一般論として系を制御するには常にアクセルとブレーキが必要である。エンハンサーはアクセル、サイレンサー(インシュレーターやネガティブレギュレーター)はブレーキである。今までの遺伝子間保存領域の解析はややアクセルに偏りすぎていた。暴走しないためには、ブレーキを良く研究することが大切である。病気も、発生も、進化も、これからはサイレンサーの役割がもっと注目されてくることだろう。
(隅山健太)