2021年8月2日、そのような見出しのニュースがマスコミ各社から流されました。
“最強・最悪のウイルスがまん延している”と強い不安に襲われた方や、周りの方に受け売りで、そんな噂話をしてしまった方も多いと思います。
残念ながら、大手マスコミと言われるところからも、そのような誤解をさせ、いたずらに不安を煽る質の低い見出しのニュースが大量に流されてしまっています。
本当でしょうか?
まずは、客観的なデータから真実をみてみましょう。
日本のデータは厚生労働省及び国立感染症研究所が公表した、比較的最近(6月と8月)のデータです。なお、再生産数は社会活動の制限である程度抑制されている可能性があります。
米国のデータのうち、再生産数は記事で流れたCDC(米国疾病予防管理センター)所長へのインタビューでのデルタ株の推定値です、致死率は昨年1月からの累積でのデータ(出所:JHU CSSE COVID-19 Data:Johns Hopkins 大学)(引用した google 特設サイト が見やすい)で、直近の一部期間でのデータではないことには御留意願います。
日本の現状では、新型コロナは感染症としては危険度の低い部類と言えます。
米国ではCDC関係者の発言によると再生産数は高い部類ですが、致死率はデータからは低い部類と言えます。
なお、一般的には感染力の強い感染症は致死率が低く、致死率が高い感染症は感染力が弱いことが知られていますが、そのメカニズムは解明されたとは言えない状況です。”自然の摂理”という曖昧な表現しかしようがないのが現実です。
情報源がCDC所長とは言え、一関係者へのインタビューによる個人的見解であり、米国の公的機関の公式発表ではありません。よって現時点では情報の信頼性(あるいは確度)が明確とは言えず、影響力の大きい大手報道機関が記事として配信するには慎重さを要するはずです。
一般の市民は「デルタ株は最強」との見出しに接するだけで恐怖を感じます。「最強」と聞くと“危険度が最悪”と誤解してしまうので、用語として不適切です。
CDCの関係者が語ったのは、再生産数が強い(感染力が強い)という意味であり、致死率が高くて危険度が高いと語ったとは伝えられていません。
記事を読まれんとするためにセンセーショナルな見出し付けをしていると疑われても仕方がありません。
「デルタ株の感染力は最強」と多少は丁寧な見出しも多くありますが、感染力・致死率・感染症の危険度 の関係を理解しきれていない一般人の恐怖をいたずらに増長させるという点では、あまり変わりがないと思います。
感染力が「最強」との表現は明らかに誤りです。
上の図のように麻疹(はしか)のほうが遥かに感染力が強いのが事実です。
おそらくCDC関係者がインタビューで語ったのは、英語独特の表現である「one of the most ・・・・」と思われます。日本語に訳すのであれば「感染力が強い部類に属する」という表現が妥当と考えます。
今回の記事を正確に記すのであれば「 米国のCDCの関係者がインタビューで『デルタ株の感染力は感染症の中では強い部類に属する』と語った・・との記事が米国から配信された 」とすべきだと思います。
そのうえで、情報は一関係者の個人的見解であり公的機関の公式発表ではないこと、上の図のように米国でも致死率は低い部類であるという事実、日本では更に再生産数も致死率も低いという事実 をセットで報道するのが正しい姿勢でないかと考えます。
客観的で正確な報道よりも、情緒的・センセーショナルな情報に市民が飛びつくから報道機関がそのような姿勢になってゆくのだと思います。
報道に対して、客観的でバランスのとれた報道を評価するような市民の姿勢が必要ではないでしょうか。
テレビのワイドショーに出演している専門家と言われる人々には、科学的に
初歩的な常識をふまえていない人が少なくないのが、残念ながら実態です。
2020/8/31 日経新聞記事
最初に御断りしますが、この研究成果を否定するものでありません。換気による微粒子拡散状況を検討した価値ある研究だと考えます。
ただ、残念なことに、原因は分かりませんが、世間への伝わり方がまずかったと思います。
1)換気と感染症発症の関係を研究したの?
まず、出所となった研究室のホームページを見たところ、お知らせ欄で当該新聞記事で紹介されたことをアップしており、また該当すると思われる教室における飛沫拡散の研究結果を公開していますので、この研究室の研究結果をベースにした新聞記事であることは間違いなさそうです。
次に、この研究室の専門ですが、空調など建築設備の効果を流体力学を駆使してシミュレーションするのを得意とされているように思われます。
つまり、空調については専門家ですが、ウイルス学・微生物学、免疫機構、医学等の専門知識は有していないと思われます。
もし今回の研究がこれらの分野の研究者との共同研究の成果であれば、”予防効果の有無”について、ある程度の学術的信頼性はあると考えられますが、当該研究ではこれら分野の専門家と共同研究した結果「予防は不十分」との結論を得たとはひと言も書かれてはいません。
この研究は飛沫の飛散状況を明らかにしたというもので、感染症の発生を招く、あるいはクラスターとなるといった人体のメカニズムに関わる結果を得たわけではありません。
予防効果を判断するためには免疫機能は重要な要素です。ウイルスの微粒子が体内に入った時、どの程度の量が、どの程度の密度・どの位の広さで、どのような部位にどのように付着し、その人の基礎免疫力がどの程度で、その時の体調がどうだったか・・などの多様な要素が絡んだ結果として、免疫機能で撃退するか、ウイルスが増殖して発症するかが分かれるはずです。このためには、相当な数の調査結果と知見の蓄積が必要で、相当に困難な研究であることが予想されます。
今回の換気と飛沫拡散の研究結果が、なにゆえ「予防は不十分」という見出しの記事になってしまったのかは謎です。
少なくとも、報道側は不安をあおる不正確な見出しをつけ、ミスリードしていると疑われても致し方ないのではないでしょうか?
2)シミュレーションというものを知っておく必要があります
今回のシミュレーションがどのように行われたのかの詳細は分かりませんので、この研究結果の信頼性についてはコメントできる立場にありません。
今回の研究とは関係なく、一般の方でもシミュレーションというものについて、多少知っておくほうが良いと思います。
一般にシミュレーションというと、何やら難しい数式を使って、コンピューターを使って、正しい結果を導くすごい技術と思っている方が多いと思います。
しかし、実態はかなり不確実性が強い技術です(前述のように今回の研究の信頼性を評価しているわけではありません。一般論です)。
シミュレーションでは、いろいろな設定条件を与えます。流体力学の専門用語では初期条件(initial conditions)や境界条件(boundary conditions)などと言います。これらの条件には不確実性があります。自然を相手にすれば、当然のように幅や変動があり、新型コロナのように新しい現象では知見も少ないために、その不確実性はより大きくなります。
また、計算式にも不確実性があります。難しい複雑な理論式を、どこまで簡略化して計算するか、どのような手順で計算するかなどで結果も変わってきます。
さらに、どの位の粗さ(空間の粗さや時間の粗さ)で計算するかでも影響されます。膨大な量の計算にはスーパーコンピューターのような高性能計算機で長時間計算する必要があり、研究の制約条件となります。
知見の少ない自然現象では、一つの設定条件でも倍半分の幅がある場合もあり、多数の不確実要因が重なる結果、極端な条件同士の比較ではシミュレーション結果が 100倍 どころか 1,000倍、いやそれ以上違っても不思議はありません。
このため、例えば 条件をいろいろと変えて 1,000通り位のシミュレーションを行い、その全ての結果をグラフに表してみて、全体の分布を見ながら「これ位の散らばり具合の不確実性があるが、95%信頼区間はこの範囲で、もっとも分布の濃いこの辺りが信頼性が高い結果と言える」と評価するのがシミュレーション結果の正しい理解方法だと思います。
恣意的な評価をすれば、一番極端な結果だけを示してセンセーショナルな発表をすることも可能です。何しろ、特定の条件を与えた時に、その極端な結果が算出されるのは事実なのですから・・
シミュレーション結果というものに接する時には、その位、構えてみる必要があると考えます。