2018年の活動記録

兵庫県立大学環境人間学部・宇高研究室 研究室学生の地域での活動

GiN  Gin-no-Bashamichi Machizukuri Labo: GiN2.0

銀の馬車道銀の馬車道まちづくりラボラトリー

2018年度 活動記録

GiN-FPU: Field Project Unit 2018

主な活動の記録です。このサイトでは、GiNの活動の一部を紹介しております。

サイトの移転の都合でリンクが切れている場合もあります。ご了承ください。

「あしたのまち・くらしづくり活動賞・振興奨励賞」受賞!

主催・あしたの日本を創る協会、NHKなど

兵庫県姫路市 銀の馬車道まちづくりラボラトリー

(兵庫県立大学環境人間学部・宇高ゼミ)

大学生による地域資源の探求とまちづくり活動:「銀の馬車道」を舞台にして

◆主催 公益財団法人あしたの日本を創る協会 各都道府県新生活運動等協議会 読売新聞東京本社 NHK

◆後援 内閣府 総務省 文部科学省 厚生労働省 農林水産省 全国知事会 全国市長会 全国町村会 日本商工会議所 全国商工会連合会 日本青年団協議会 一般財団法人長寿社会開発センター 一般財団法人日本宝くじ協会

独自の発想により全国各地で活発に展開されている地域づくり・くらしづくり・ひとづくりの活動に取り組んでいる地域活動団体等を表彰する、平成30年度あしたのまち・くらしづくり活動賞(主催・公益財団法人あしたの日本を創る協会、NHK、読売新聞東京本社など)の各賞が以下の通り決定しました。(同会ウエブサイトより)http://www.ashita.or.jp/prize/30/30summary.htm

11月6、7日に県立広島大学の学生計4人とともに、三原市の古くから残

[現地調査] 2018.11 三原の街並み景観調査 フィールドワーク実習

る町家をいかすことを目的に、事前調査のため宇高ゼミ3回生3人で三原市を訪れた。1日目に景観、建築調査、2日目に町家景観を詳しく調べる悉皆調査を2グループ分かれて調査し、最後に調査した結果をまとめて、三原市民の方に結果報告会を実施した。 1日目の景観調査では、三原市内の景観の見え方や、景観上の道路にある不要物の確認などを写真に収めることで確認した。一方、建築調査では、町家の部屋の寸法や内部の仕様を、実際に計測、図表化した。 2日目の悉皆調査では、地図を利用し、現存する町家の分布状況について、フィールドワークを行いながら調査した。 この2日間を通して、街並み保存をしていく上で、調査だけでなく市民の方々の協力が必要であることが分かった。また、実際現地に訪問し、調査をする過程で、三原市の残すべき建築物の多さを実感した。三原市に残る町家が将来に受け継がれていくことを願っている。(3年生K)

[現地調査] 2017.11 倉敷の街並み建築調査 フィールドワーク実習

11月27日に美観地区周辺に残る町家の現状を知ることを目的に、事前調査のため宇高ゼミ4回生2人、3回生1人の3人で美観地区を訪れた。残存町家の悉皆調査を行い、残存状況の変化、屋根や外壁の型式といった建築の特徴、傷み具合や空き家かどうかをチェックリストに記入しながら調査を行った。このフィールドワークを通して、格子戸や袖壁、虫籠窓の有無など1つ1つ違う表情を持つ町家の「儚さ」や「美しさ」を改めて実感することができた。また歴史的な街並みを残すためには、様々な規制やルールなどを設ける必要があり、市民の方々の理解や協力が必要不可欠であることが分かった。街並みとして美しい美観地区の町家は、一軒一軒が景観を構成する要素として重要な役割を担っている。それぞれの町家がただ残るだけではなく、生きた活用がされながら保全されていくことを願う。(3年生A)

[地域貢献] 2017.7 学生の考えた「銀の馬車道2020プロジェクト」

銀の馬車道の案内所を姫路駅のコンコースに設計するとどうなるか?学生のデザインとそのアイディアを書いてみました。以下は優秀作品です。


[講演会] 2018.1 特別講演会

日時:平成31年1月17日(木)14:40~16:10

場所:A407教室

講師:三宅正弘先生(武庫川女子大学・生活環境学部・准教授)

演題:美食空間学:住む場所、食べる場所を「はかる」こと

●講演会の終了後、講師を囲んでのゼミの歓送迎会をおこないます。

[現地調査] 2017.11 歴史の街道をたどる フィールドワーク実習 (1年生レポートから)

 今回のフィールドワークを通し、私の知らない姫路がまだまだあると知った。私はよく姫路には来ていたので驚いた。姫路城への一本道である大手前通りに生える木も、今まで何気なく見ていたが植え方に工夫がされていた。また、みゆき通りやその周辺の通りは昔の趣を残しており、そこを歩く事でかつての姫路の街を想像することが出来た。今は人通りが少ないが、飲屋街で賑わっていたり、高級店が立ち並んでいたり、色々な発見もあった。今姫路市は地域活性化のために、公共事業に力を入れている。様々な工夫をする事で、事業に掛かる費用を削減し、その結果多くの事業に着手する事が出来ている。 姫路城や銀の馬車道として栄えていた姫路が、今後どの様な発展を遂げるのかとても興味深い。(Aさん)

  西国街道とは、京都(東寺口)から大山崎、高槻など、淀川右岸を通り、大阪市内を経ないで西国(下関、九州まで)へ至る江戸時代の重要な幹線道路であり、同じく京都から下関、あるいは九州の太宰府までの経路で、律令時代に大路として整備された「山陽道」とほぼ一致する。また、狭義の西国街道として、同街道のうち京都から西宮までの区間、あるいは同じく山陽道として西宮から下関の区間を指すこともある。姫路では現在の「二階町」及び「西二階町」の商店街とほぼ同じ位置を通っていた。当時の姫路は交通の要衝であり、西国街道の沿線には多くの店や宿が立ち並んでいた。現在でも、「二階町」及び「西二階町」の商店街ではカフェ、中華料理屋などの飲食店や、衣服、スポーツ、楽器など様々な種類の店で栄えている。(Mさん)

 完成した直後の大手前通りの写真を見つけたため、その当時と現在の大手前通りを比較してみた。まず注目したいのは周囲の建築物だ。当時にもコンクリート製の建物はあるが、現在よりも低く、建物の間にはまだ木造と思われる家が多くみられる。 次に歩道と道路についてで、当時の大前通りもすでに歩道と道路が整備されている。しかし現代は車が多いため道路を歩く人はいないが、[2]の写真を見ると歩道と道路に分けられているにも関わらず、多くの人は歩道を歩かずに道路を普通に歩いている。恐らく当時は車が少なかったため、「歩道」と「道路」の認識が浅かったからではないかと思われる。 もう一つ現代との大きな違いは、歩道の見た目である。現在の歩道は煉瓦で敷き詰められ、所々に木々が立ち並び、姫路城の真正面に至っては緑が生い茂っている。しかし、[2]の写真では歩道は土のままであり、花壇のようなものはあるものの植物はあまり見られず殺風景である。これらから分かるように、大手前通りは完成当初から基本的な形は変わらないが、現在の周囲や景観は大きく発展している。(Kさん)