日本丸
戦国時代、伊勢湾沿岸部を中心に建造されていた伊勢船は、頑丈で大きな船体と箱型の戸立造りの船首が特徴で、低速ながら小回りの利く船でした。軍船に武装した伊勢船を「安宅船」と呼び、この船を駆使したのが戦国武将・九鬼嘉隆です。滝川一益の仲介で織田信長の配下に加わり、1574(天正2)年の長島一向一揆や1578(天正6)年の第二次木津川口の戦いで勝利に大きく貢献。信長亡き後は豊臣秀吉に仕え、朝鮮出兵の豊臣水軍の中核を担いました。秀吉の命を受けて、大湊で建造された大型の安宅船「鬼宿丸」は秀吉に称えられ、「日本丸」と改名されました。
学芸員による豆知識
日本丸は朝鮮出兵から帰還しましたが、その後の行方については諸説あり、『日本海運図史』(逓信省)には、鳥羽藩で改造された後「大龍丸」と改名され、藩船として運用された後、1856(安政3)年に老朽化のために解体されたと記されています。大湊にあった市川造船所の創業家に伝わる伝日本丸建具は、その解体の際に出た建具の一部である可能性があります。
伊勢市立図書館の蔵書
『志州鳥羽船寸法・日本丸之圖・船出之圖』(増田雄一/書・写、鳥羽郷土資料刊行会、1974年、L550シ)
『九鬼義隆伝 水軍の名将・鳥羽城主』(浜口良光/著、伊勢出版社、1966年、L289ク)
『九鬼義隆と九鬼水軍 戦国最強を誇った水軍大将の攻防』(豊田祥三/著、戎光祥出版、2023年、L289ク、p12))
『私本志摩軍記 志摩郷土会30周年記念』(阿児青児/編、志摩郷土会、1981年、L261シ)
『大湊の造船と旧市川造船所資料』(伊勢市文化政策課/編、2022年、L550オ)
『鳥羽市史 上巻・下巻』(鳥羽市史編纂室/編、鳥羽市役所、1991年、L261ト)
『伊勢大湊の今昔』(大西 民一/著、2006、L 243 オ、p35)
『九鬼嘉隆 戦国最強の水軍大将』(鳥羽市教育委員会/編集、鳥羽市教育委員会、2011、L 289 ク、p12)
『志摩海賊(すいぐん)記』(吉田 正幸/著、伊勢新聞社、1978、L 260 ヨ、p128)
『和船 2 (ものと人間の文化史 76-2)』(石井 謙治/著、法政大学出版局、1995、550.2 イ 2、p1)
『豊臣水軍興亡史』(山内 譲/著、吉川弘文館、2016、210.48 ヤ、p168)
『図説伊勢・志摩の歴史 上巻 旧石器時代→江戸時代』(伊勢・志摩の歴史刊行会/編、郷土出版社、1992、L 243 ズ 1、口絵p10、p134)
参考になるサイト
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