三方会合文書(徳川家光朱印状写)
徳川家光が内宮二郷年寄宛てに発給した朱印状。家康、秀忠の朱印状に条項を2条追記しています。1条では、内宮が知行する所は守護不入とし、近隣の大名が神領に入って勝手に検地をしたり、諸役を割り当てたりすることがないよう保証しています。5条にある「古来相伝之旦那」の文言によって後に御師の縄張り争いに発展することになりました。
学芸員による豆知識
伊勢神宮の鳥居前町、宇治と山田を整備し、自治を担ったのは神宮の神官(御師)たちでした。古代から明治4年の御師制度廃止に至る長期にわたり、まちの支配者層が変わらなかったこと、伊勢神宮を中心としたまちの整備、運営がなされていたことがこのまち独自の歴史や祭りなどの習俗を生み出しました。
伊勢市立図書館の蔵書
山田三方会合記録・文書・関係資料
『神宮近世奉賽拾要 後篇 (増補大神宮叢書 24)』(吉川弘文館、2015、L 174 ダ 24、p227)
『伊勢郷土史草 第10号』(浜口 主一/編、伊勢郷土会、1976、L 243 イ 10、p1)
『間宮忠夫遺稿集 伊勢山田の探究』(間宮 忠夫/著、伊勢郷土会、2012、L 243 マ、p127)
『伊勢市史 第3巻 近世編』(伊勢市/編集、伊勢市、2013、L 243 イ 3、p41、p182など)→近世編に秀吉・家康の朱印状は出てくる。家光の朱印状については二見郷惣中宛てp56
『三重県史 資料編近世1』(三重県/編集、三重県、1993、L 201 ミ 8、)→p382、山田三方書状写 p790、家光朱印状・宇治会合年寄宛て
『宇治山田市史資料山田三方心の月』(宇治山田市役所、1928、L 243 ウ 172)
参考になるサイト
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