既存小学校での断熱改修と適応能を生かした小学校計画
葛飾区/葛飾区施設部営繕課 秋元髙志さん、
株式会社類設計室 米澤星矢さん
既存小学校での断熱改修と適応能を生かした小学校計画
葛飾区/葛飾区施設部営繕課 秋元髙志さん、
株式会社類設計室 米澤星矢さん
技術系職員を中心としたZEB勉強会の実施、既存小学校の断熱改修、ヒトに備わる「適応脳」を生かした小学校の新築計画など、東京23区でいち早く「2050年までに温室効果ガスの排出量実質ゼロ」を目指す「ゼロエミッション葛飾」を宣言した葛飾区の取り組みと事例について、区の営繕担当の秋元さん、類設計室の米澤さんから発表がありました。
|ゼロエミッション葛飾について
(葛飾区施設部営繕課 秋元髙志さん)
最初に「ゼロエミッション葛飾」について紹介させていただきます。葛飾区では「ゼロエミッション東京戦略」に続いて、2020年2月6日に東京23区でいち早く「2050年までに温室効果ガスの排出量実質ゼロ」を目指す「ゼロエミッション葛飾」を宣言しました。政府の2020年10月より先んじており、力を入れてカーボンニュートラル実現に向け取り組んでいるところです。
昨年度2022年3月には地球温暖化対策実行計画「事務事業編」と「地域施策編」を策定し、これらを包含する形で葛飾区環境基本計画を策定しました。この計画では新築・改築する公共施設のZEB化(ZEB Ready以上)を標準化すること、既存建築物においても可能な限りZEB化を目指すことが明記されています。
その、“既存建築物のZEB化を目指す取り組み”の一環として、区立清和小学校において断熱改修を実施しました。きっかけは「ゼロエミッション葛飾宣言」から1年経ったころ、自主的に始まった区の営繕部門の技術系職員を中心としたZEB勉強会です。
勉強会の中で、既存小中学校へのZEB化については、適切な改修内容、工事期間、学校運営への影響、断熱効果、コストなどがなかなかイメージしにくく、これらについて早く把握しておくべきではないか、という意見が出たことから、断熱の仕様、効果予測などを事前に検討し、実施につなげていきました。
また、単に断熱改修を行うだけでなく、実際に使う子どもたちや先生も巻き込み「学びに」還元しながら改修を行いたいという話も出て、ワークショップという形でも実施をしました。
勉強会を重ねる中で、改築については新しい建物を一から設計できることや参考事例が増えつつあることなどから、省エネ化、ZEB化は比較的取り組みやすいのではないかという雰囲気になっていますが、改築は毎年2校程度のペースであるため、残る既存の約70校の小中学校の改修対応が今後の課題であると捉えています。
断熱改修概要はご覧の通りで、竹内先生が今まで行ってこられた断熱改修を参考に仕様を組み込みました。具体的には、最上階の天井裏、外壁の室内側、廊下側のスチール製の間仕切り壁に断熱材を設置し、既存のサッシの内側に樹脂サッシを増設して二重サッシにするというものです。さらに全熱交換器も新設しました。
少し細かい図面ですが、よろしければ参考にしてください。このような図面は区の職員が作成し、施工は地元の業者が行いました。途中途中で様々な職員が見に行きましたが、丸一日作業を中断していただいて、職員研修の一環として材料や天井裏の施工状況などの確認を行いました。
さらに、夏休み期間を活用して隣の教室で児童が参加する「教室断熱ワークショップ」も企画・開催しました。写真左上は区の営繕担当の職員が講師となり、約1時間の座学を行った模様です。地球温暖化や気候変動状況とその対策、省エネや断熱の必要性、これらを子どもたちに学んでいただいたのち、ヘルメットと軍手をつけて断熱材設置体験に取り組んでもらいました。
2学期になってから、断熱改修を行ったこの2教室を使用している6年生を対象に、環境、断熱、換気について区の環境部門と施設部門の職員が講師となり出張授業を行いました。実際に断熱化された教室での授業ということもあり、子どもたちは興味深く話を聞いてくれたということです。
さらにこの教室で一冬過ごしたあとに子どもたちにアンケートを取りました。これがその結果です。「教室が温かくなりましたか」という設問には「①非常にそう思う」「②そう思う」を合わせて77%、「外からの音が聞こえにくくなりましたか、教室はしずかになりましたか」という防音に関する設問には合わせて48%、「授業に集中できるようになりましたか」という設問には63%の子どもがそう認識しているという結果が出ました。また、「断熱工事や出前授業を通じて省エネへの意識はかわりましたか」には67%の子供が「そう思う」と答え、この断熱改修により、教室の省エネが向上しただけではなく、子どもたちの学習環境の向上、環境への認識の向上が促されたことがわかりました。
|ZEB化に向けた葛飾区の取り組み
ZEB化に向けた葛飾区のおもな取り組みを紹介します。冒頭で申し上げた2020年2月の「ゼロエミッション葛飾宣言」の約1年後、職員の自主的なZEB勉強会が始まりました。第1回目は「ZEBとは何か?」「地球温暖化について」「カーボンニュートラルの必要性」など、基本的な知識の習得から始めました。
令和3年度に入り、区が進めていた清掃事務所の改築設計にZEB化を検討するよう、その建物の主管課である環境部局から依頼を受けました。ただこのときすでに設計から1年が経過して基本設計が完了していたため我々も正直困ってしまいましたが、設計事務所と担当職員が試行錯誤しながら翌年にはZEB Readyを達成することができました。
この達成に大きく寄与したのは、区側の担当職員の中に建築物省エネ法の審査経験者がいたことで設計事務所と連携しながら効率的で効果的な工夫ができたということです。そのような偶然がなければもっと難航していたと思います。
2021年6月の2回目勉強会は、当時小学校の設計を請負っていただいいていた類設計室さんと共同で開催しました。
11月には環境部主催のゼロカーボン講演会があったのですが、そのときに竹内先生が来られて、脱炭素に関する様々なお話をいただきました。この時初めて、教室断熱ワークショップの取り組みを知り、その後のZEB勉強会の一環としての教室断熱改修、夏休みの断熱ワークショップ、教室断熱出前授業の実施へとつながりました。
2023年3月までに9回のZEB勉強会を重ねてまいりました。この9回目には北区、目黒区、江戸川区の技術担当職員の方にも参加していただきましたが、この回だけでなく勉強会や意見交換会、ZEB実証施設視察などを一緒に実施しています。
ほかにも中野区、世田谷区、港区とも、新築や改修におけるZEBについての意見交換など行っておりますし、先ほどご説明いただいた千葉商科大学での断熱改修現場見学会にも参加させていただき、その時のご縁で千葉県市川市とも情報交換をしています。
公共施設のZEB化は各自治体ともまだ初動期の段階です。先行してZEB化を実現した各自治体の知識、技術、ノウハウをみんなで共有することが効率的なZEB化の推進に非常に有効だと思うので、引き続きこのような情報共有を積極的に進めたいと考えております。
最後に、勉強会のテーマを一部ですがご紹介します。各回とも、勉強会の冒頭では最新の気候変動状況とそれをめぐる世界の動きを把握し、危機感を認識、共有するところから勉強会が始まります。一人でも多くの職員が脱炭素への取り組みの必要性をしっかり理解することが大事なので、引き続きこのような勉強会にも取り組み続けていきたいと考えています。
次に葛飾区の水元小学校の計画事例をご紹介させていただきます。この学校は令和2年~3年度に設計を行いました。BEIが0.59とZEB Readyを達成するものではありませんが、随所に省エネや断熱への工夫があります。また、児童の様々な行動を想定し、心身両面に優しい学習環境、生活環境を計画した事例となっています。詳細については設計を行っていただいた株式会社類設計室の米澤さんから説明をしていただきたいと思います。よろしくお願いします。
|適応能を生かした小学校計画
(株式会社類設計室 米澤星矢さん)
ではここから、今年着工します葛飾区立水元小学校の環境計画を紹介させていただきます。私は設計に関わりました株式会社類設計室の米澤と申します。よろしくお願いいたします。
|葛飾区水元小学校の環境計画
水元小学校は都内でも珍しく自然公園や畑が多く残る立地での新築校になります。先ほど報告のありました「ゼロエミッション葛飾」の動きもあり、水元小学校は葛飾区の環境配慮の実践を先導するモデル事業という位置づけで取り組むことになりました。
面積は約8,000㎡、勾配屋根を採用した3階建てで、水元らしく低層でのびやかなデザインとなっています。室内は積極的に木質化を行いました。本日、他パートからご報告いただいた内容は既存の学校への改修の取り組みでしたが、水元小は新築ということもあり、エネルギーだけではなく、都市や建築物の持続可能性も視野に計画を進めました。
例えば、設計初期は校舎を「木造」とするか「木質化」とするかの議論から始まり、実際に山へ行って木材について勉強する会を開きました。他にも、地域や教職員の方々と一緒に学校の配置計画の段階から議論したり、児童とは教室の仕様や木質化のデザインについてワークショップを行いました。このように、ユーザーと一緒になって議論を重ね、関係者や児童の「学び」に還元させながら進めたことが特徴です。
2020年から設計を始め、環境配慮のモデル事業として、設計初期段階より「ZEB Oriented相当」と「CASBEE Sランク」を目標として進めてきました。
省エネや快適性を実現するための検討項目です。屋根や外壁は設計当時の東京都省エネ仕様に倣っています。開口部にはLow-E複層ガラス、熱橋になりやすい窓周りは、採用箇所は限定しつつも木複合サッシを採用しています。
CASBEEについては、エネルギーだけではなく環境保全の視点も重要になるので、木質化や維持管理性、ビオトープも計画し環境学習に配慮しました。
ZEBやCASBEEを目指すにあたり、今後の区立学校のモデル事業としていくことを考えると過剰な仕様は必ずしも最適とは言えません。ただただハイスペックな設備を導入するのではなく、もっと根本的な考え方から掘り下げ、省エネと快適性を実現する方法を考えた結果、水元小学校の計画では「適応能」という概念に注目し、設計に導入することにしました。
|「適応能」を設計に導入
適応能とは「外部環境の変化に身体が適応しようとする力」のことです。夏に汗をかいたり、冬に身体が震えるのは適応能によるものと言えます。
これは熱中症の搬送者数を表したグラフですが、件数は増加傾向にあります。原因の一つとして、体がうまく体温調整できないことが挙げられます。体温調整は季節変化に身体が順応する力ですが、近年、クーラーの効いた部屋にいることで汗をかく能力が低下したり、過剰な暖房による乾燥や免疫低下など“適応能の封鎖”が問題視されています。
そこで、過剰な空調による健康被害の実態を見つめ直し、水元小学校では「適応能」を育む計画としました。発汗を促進し暖かさや涼しさを感じられる設計、通常26℃設定で設計するエアコンの設定温度にも踏み込み、本来適正な温度設定とは何か、急激に冷やす/暖めるのではなく、段階的に熱を取り除くことはできないか、ということを考えました。
具体的に図で示します。これは空気線図と呼ばれる図に、外気温と室内温度をプロットしたものです。夏、外気温35℃、教室を26℃とした場合、ここに9℃の温度差があります。①から②への変化になりますが、たとえば冬場に問題になるヒートショック、これが起きる目安は10℃とされています。この9℃の差というのは、それ相応の負荷が子どもたちの体にかかると言うことができます。
右のイラストのように①から②の変化では、体の中に熱がこもったまま体の表面は冷房で冷やされるので汗をかくことをやめてしまいます。その場合、体感温度は高く感じるので、過剰にエアコンの設定温度を下げてしまうことにつながり、悪循環が起きてしまいます。
そこで水元小では、エアコンによる冷房のほか、共用部に様々な工夫を取り入れ、段階的に体の熱を冷ますことを考えました。具体的な流れを説明します。
まず①校庭に面した緑のカーテン。風通しを良くして緑の蒸散効果を引き出します。次に②ドライミスト。昇降口付近の気温を下げる効果があります。③昇降口の壁は土壁を採用し、ドライミストで上がった湿度を下げます。④はホールですが、放射パネルを設置し、体の熱を緩やかに冷ます計画です。2階に上がって⑤光庭があり、風通しを良くすることで建物内の熱籠りをなくします。最後に⑥教室はエアコンの効いた快適な温度帯となっています。
これを空気線図に落とし込むと青いラインで示したものになります。先ほどの、外気温度から教室までの9℃の変化に比べ、段階的に体の熱を奪うことで体内に熱がこもりにくくなります。体の熱が徐々に冷まされるため、過剰に冷房しなくても体感温度が涼しく感じられます。例えば設定温度を28℃としても、汗を適度にかける環境を作ることで、体感温度を26℃に近づけることができます。
このように、冷房をエアコンで急激に行うのではなく、段階的に温熱環境を作っていくことで外気と室内のギャップを小さくすることを考えました。体にかかる負荷を低減し、熱のこもりを防ぎ、汗をかく環境を作ることで、結果、設計室内温度を28℃に設定することができます。このように設備の能力を適正に抑えることで、特段に高効率で高価な設備を使うことなく、省エネを実現することができました。
最後に実際に省エネの計算に「適応能の考え」がどのように反映されたかの検証過程を紹介いたします。
こちらは設備の省エネ性に影響する要因を書き出したものですが、右側の2つ「運転時間」「利用者による主体的な制御」は省エネ計算では見込まれません。省エネ計算に影響するのは左側の「設備能力」「台数」になります。適応能の考えを生かし、体感温度を重視することで「設定温度を適正化」したこと、加えて設定外気温も今回の計画では少し見直しをかけました。
1つの教室を取り出して、設備の能力計算を行った結果になります。従前の設計では「外気条件はピーク外気温度となる8月」「設定温度26℃」「児童数は教室の定員」で熱負荷を計算しましたが、今回の検討では8月は夏休みで教室の利用される時期が限定されるため「外気条件は7月」「設定温度28℃」に見直しました。7月で検証したところ熱負荷は従前の設計の22%下げることができました。
これらの設定を校舎全体でみたときの省エネの試算です。どの部屋に対して設定の見直しを行い、それにより何%の省エネが見込めるかを検討しています。右下にありますように、これでどのようにBEIが下がるのかを検証しました。
こちらは設計が終了してから検討したシミュレーションの結果です。今回の設計は「原設計」と書かれている欄で、ガスヒートポンプ式の空調機を採用しています。それを電気式に変えた場合、またはマルチ化といって下の絵にあるように2つの系統を1つにまとめる方法を採用した場合で、どのような結果になるかを示しています。
BEIは電気に変えた場合、マルチにした場合ですべて0.57。原設計がBEI0.59なので若干良くなる結果です。光熱費の試算結果から今回はガス式を採用しましたが、マルチ化することでさらに省エネを図ることができる可能性があることがわかりました。
まとめになります。水元小学校は葛飾区の環境配慮モデル事業として推進してきました。ただ省エネを図るのではなく、子どもたちの健やかな成長と健康を促す環境づくりを目指すということで「適応能」という概念に着目しました。段階的な温熱環境を形成し、空調の設定温度にまで踏み込んで省エネを追求しています。結果として、いわゆるZEB仕様といった特別な設備を使わなくとも、BEI=0.53を実現することができました。以上が水元小学校の環境計画になります。
|カーボンニュートラルの実現に向けて、課題と展望
(葛飾区施設部営繕課 秋元髙志さん)
水元小学校は約2年前に設計が完了しこれから着手する案件で、ZEBに関してはいわゆる未評価な、パッシブな工夫を様々計画した建物です。葛飾区では今後も、こうしたことも考慮しながら積極的に省エネを検討し、木の活用も積極的に行いながら、学校改築の計画ではZEB Ready以上となるよう設計を行っていく考えです。
区内では今4校の設計が進んでおり、そのうちの2校についてはおおむねZEB Readyの達成ができそうです。残る2校は基本設計中ですが、こちらもZEB Ready以上を前提に設計を進めている状況です。
最後になりますが、今後は改築まで時間のかかる既存施設の断熱化に本格的に取り組んでいかなければならない状況です。2050年のカーボンニュートラル、2030年のカーボンハーフ実現のためには、本日参加されている皆様が取り組んでいる断熱教室の経験やノウハウを活かして一つ一つZEB改修の実績を積み上げていくということが非常に大事です。
自治体側としては当然、公共施設の、既存も含めてZEB化に取り組んでいきますが、まだ様々な情報を集めながらの試行錯誤の段階です。民間、公共を問わずカーボンニュートラルの実現に向けて積極的に取り組んでいる皆様や専門家の方々からの貴重な情報、ご支援をいただきながら今後も着実に公共施設のZEB化に取り組んでいきたいと考えています。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。