tRNAに擬態するシステムを持つ解離因子や、新たに見いだされたtRNA擬態タンパク質がリボソームによるタンパク質合成の品質管理の仕組みや、多様な遺伝型を生成するシステムについて研究しています
通常、真核生物では解離因子は2つのサブユニットで機能します。1つは上述のtRNAの擬態タンパク質分子であり、eRF1と呼ばれています。もう1つは、eRF3と呼ばれるタンパク質分子です。eRF3は、GTPタンパクである伸長因子EF1αの相同因子です。EF1αは、tRNAと結合し、tRNAをリボソームへと運搬する、翻訳伸長反応に必須の因子です。
さて、古細菌は翻訳の仕組みは真核細胞に類似しています。しかし、eRF1に対応する因子(aRF1)は古細菌ゲノムプロジェクトで見いだされていましたが、eRF3に対応するタンパク質は見いだされていなかったのです。我々は、これまでの研究から真核生物でのEF1αとeRF3の機能や構造は非常に共通性が高いことを見いだしていました。そのため、古細菌ではeRF3ではなく、センスコドンに対応するtRNAと複合体を形成するEF1αが、aRF1とも結合し終止コドン解読でも機能していると仮定して研究をすすめ、この仮説が正しいことを示すことに成功しました。そして、aRF1とEF1αの複合体は、tRNAとEF1αの複合体にそっくりな構造を形成することを発見しました。このことは、核酸であるtRNAであれタンパク質であるRFであれ、リボソームでmRNA上の遺伝暗号を解読するためには、共通して求められる立体機能構造があるということを意味しています(図C)。
図C. tRNA とタンパク質を受容できる古細菌のEF1α
リボソームの遺伝暗号解読部位は、mRNA上の情報に応じて核酸(tRNA)もしくは、タンパク質(RF, Pelota)それぞれを受容することが出来る普遍機能構造を備えている。
さらに、この検証の途上で、古細菌伸長因子EF1αに結合するもう一つの因子としてPelotaを見いだしたのです。Pelotaは、eRF1と相同性が示唆されている因子であり、真核生物ではEF1α相同因子であるHBS1と呼ばれるGタンパクと複合体を形成している事が報告されていました。このPelotaとHBS1複合体は、mRNA品質管理機構と呼ばれる現象に関与していることが示されています。mRNAの品質管理機構は、mRNAの翻訳時に異常が検知された際に、そのmRNAや合成途中の異常タンパク質を速やかに分解する細胞の高次機能であり、近年注目を集めています。mRNAの品質管理機構により、異常mRNAから有害なタンパク質の合成を抑えることで、細胞の正常な生育が維持されていると考えられています。
eRF1相同的なPelotaとeRF3相同的な(つまりEF1α相同的な)HBS1は、eRF1とeRF3のように、真核生物にはPelotaとHBS1は存在しますが、古細菌ではPelotaのみが存在します。そのため、古細菌ではEF1αが翻訳伸長と終結だけでなくPelotaが担うmRNA品質管理機構でも機能していると仮定し解析を実施しました。解析の結果、1)PelotaがeRF1同様なtRNAの擬態タンパクであること、2)古細菌PelotaがEF1αと複合体を形成すること、3)PelotaとEF1αの複合体もtRNAとEF1α、aRF1とEF1α複合体と類似する立体構造をとること、を明らかにしました。
我々の古細菌の因子の解析により、古細菌の細胞内では、握り手の先端を付け替えることで様々なネジ穴に対応する万能ドライバーのように、EF1αがtRNAに類似する分子を付け替えて共通の分子機構によりリボソームのざまざまな遺伝暗号解読機能に関与するというイメージが鮮明になりました。真核細胞では制御の多様化を実現するために、別々の握り手(EF1α、eRF3、HBS1)を用いているのかもしれません(図D)。
図D. tRNA擬態タンパク質の進化的変遷
古細菌で見いだされたアミノ酸・分子アダプター=tRNAを拡張するtRNA擬態タンパク質による遺伝暗号解読システム。古細菌では、一つの翻訳因子aEF1α(「先祖型」)が、tRNAもしくは、tRNAに擬態するタンパク質分子を結合し、リボソームに運搬することで遺伝暗号解読を遂行する。真核生物では、この翻訳因子がそれぞれ、伸長因子「EF1α」、解離因子「eRF3」および、mRNA品質管理に関わる「HBS1」へと分化したと考えられる。
ところで、解離因子とtRNAは、双方合わせることで、上述の64通りの「全ての」遺伝暗号(コドン)を解読しますが、Pelotaはどのような遺伝暗号を「解読」しているのでしょうか?上述したようにPelotaはmRNA品質管理機構に関与することが報告されています。Pelotaが関与するのは、リボソームがそれ以上の遺伝暗号が解読不能な、いわば「立ち往生」させてしまうようなmRNAの分解だと言われています。アミノ酸伸長でもなく終結でもない「第三の遺伝暗号」とでも呼ぶべきこの状態が、細胞全体のタンパク質合成システムに存在することの本質は何なのか?私たちはいま、この問題に興味をもち研究をすすめています。
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