私たち生命分子遺伝学分野(伊藤耕一研究室)では「細胞内でタンパク質が合成される仕組み」を中心に、細胞内で起こっている現象を「生体分子のはたらき」として理解することを目指して研究に取り組んでいます。
いきものを構成する細胞はいずれも共通の遺伝情報を持っています。その一方で、個々の細胞は多様な状態をとることで、周囲の環境に応じて活動しています。個々の細胞の状態を詳細に理解することは、たとえば多細胞生物の発生や分化など、その細胞が関わるあらゆる生命現象を理解することにつながります。また、がんや感染症などの疾患は「細胞が異常な状態にある」と理解できます。細胞の状態を理解することが疾患の理解や、ひいては疾患の治療へも繋がります。
いきものを構成する細胞は非常に多くの種類の分子で構成されています。トランスクリプトーム解析、プロテオーム解析、メタボローム解析など、解析技術の発展により、細胞を構成している多種類の分子を大規模に測定し、細胞の状態をデータとして記述することができるようになってきました。これらの分子の中でも、特にタンパク質が生命機能の多くを担っています。細胞の状態を理解するためにタンパク質の全体像を理解することは必須です。
細胞を構成する生体分子の中でもタンパク質の取り扱いには難点が多く、なかなか細胞内にあるタンパク質の全体像を簡便にかつ網羅的に把握するには至っていません。一方、タンパク質に比べると取り扱いが容易な核酸については解析技術がめざましい勢いで発展してきています。そのおかげで、今では細胞内の mRNA を簡便にかつ網羅的に測定できるようになりました。ところが細胞内の各 mRNA の量とそこから合成されるタンパク質の量にはそこまで高い相関関係がなく、両者には隔たりがあることが知られています。細胞内のタンパク質の全体像を理解するためには、「タンパク質そのものの全体像を理解する道」と「RNA の全体像からタンパク質の全体像を理解する道」の 2 つの道がありそうです。
私たちの研究室では、後者の道による生命の理解の進展を期待して、細胞のなかで RNA の情報がタンパク質の機能に変換される仕組み、つまり「細胞内でタンパク質が合成される仕組み」の理解を深めるための研究に取り組んでいます。
私たちの研究室では、あらゆる生物に共通する「細胞内でタンパク質が合成される仕組み」の解明を目指しています。あらゆる生物に共通する原理を探求しているので、できるだけ扱いやすい生物を使って研究を進めることができます。私たちは、研究費や時間を効率よく投資するため、最も単純で、最もこれまでに研究が進められているモデル単細胞生物 — 私たちヒトと同様のモデル真核生物として出芽酵母、原核生物のモデルとして大腸菌 — を用いて研究しています。このように真核生物と原核生物を対比することが生物に共通する原理を探求するのに役立つと考えています。今なお明らかになっていない生命を支える根本的な仕組みの探求に挑戦できるのも、このようなモデル単細胞生物を使うからこそ、と言えます。
近年、抗生物質の効かない多剤耐性菌が問題になり、その研究が盛んに行われています。抗生物質の多くは原核生物のタンパク質合成を阻害します。生物に共通の原理を探求するだけでなく、原核生物のタンパク質合成の仕組みを研究することを通じて、抗生物質と多剤耐性への理解と解決に繋げることも期待して研究に取り組んでいます。
RNA とタンパク質の細胞内の関係をより正しく理解するためには、これらの相関性を乱す要因に注目して、mRNA ごとのタンパク質合成(翻訳)に差異が生まれる仕組みを理解することが必要です。細胞内でタンパク質は様々なステップを経て合成されています。そのなかでも私たちは特に、tRNA に擬態する分子がこの翻訳反応に多様性を生むことに注目して研究を進めています。
翻訳において mRNA に作用する分子を研究する一方で、mRNA そのものが保持する遺伝メッセージにも着目しています。mRNA は転写されてから翻訳反応の鋳型になって分解されるまで、非常に複雑な反応ステップを経験します。このような mRNA の一生のなかで mRNA をとりまく細胞内の環境を理解することを通じて mRNA ごとの翻訳の差異が生まれる仕組みを明らかにすることも目指しています。
さらに、翻訳反応を阻害する抗生物質の研究から発展し、そのような薬剤を輸送する膜輸送体タンパク質についても、これまで培ってきた研究手法や研究材料の蓄積を活用した新しい研究分野の開拓に取り組んでいます。
細胞のなかは多様な分子が多数存在しているうえ分子密度も高い複雑な環境です。生体分子は本来このような環境で機能しています。私たちの研究室では、このように複雑な「細胞のなかの環境」において生体分子がどのように機能するのか、逆にいえばこのような環境で正しく機能するために生体分子はどのような特徴を備えているのかを理解することを目指しています。
細胞のなかにある生体分子のはたらきを検証するために、注目するタンパク質のアミノ酸残基レベルの機能を細胞内で評価する分子遺伝学と、注目する生命現象を部品となる生体分子から細胞内で構築する合成生物学の 2 つの研究アプローチを柱に研究を進めています。
個々の分子の機能性や相互作用の様式を深く理解するために構造生物学的な手法や、また、未知の関連因子探索のために次世代シーケンサーなどを用いたゲノム情報解析手法なども併用しています。
このように還元的なアプローチと構成的なアプローチをうまく連携させながら、また伝統的な研究手法と先端的な研究手法をうまく連携させながら「生きた細胞のなかで起こっている生体分子のはたらき」をより深く理解することを目指しています。
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