mRNA の一生の研究

個性的な mRNA がもつ遺伝メッセージの理解とその応用

私たち生命分子遺伝学分野では、個々の mRNA から合成されるタンパク質量に差異を生み出しうる mRNA ごとの個性に注目して、mRNA が合成されてから分解されるまでの一生の間に経験する細胞内環境を研究しています。アミノ酸配列の指定にはとどまらない遺伝メッセージを理解すること、さらにはその知見をうまく応用することを目指しています。

mRNA からタンパク質合成のしくみを俯瞰する

mRNA に書き写された遺伝情報が解読され、生体内の機能性分子であるタンパク質が合成されるまでの過程は数多くのステップを経たとても複雑な化学反応です。生命のしくみを明らかにしようとする分子生物学の研究では、このような複雑な化学反応を担うタンパク質のはたらき — どのようなタンパク質が、どのようなはたらきをして、どのような化学反応が起こるのか — に注目した研究がすすめられてきました。このような研究では特徴のない均一な mRNA が前提とされています。mRNA ごとのタンパク質合成(翻訳)に差異が生まれる仕組みを理解するためには、mRNA の個性に注目して mRNA の側に立って研究を進める必要があると思って研究に取り組んでいます。

mRNA は数多くの複雑な反応ステップを経験する

DNA を鋳型にして細胞内で合成された mRNA は様々なステップを経験して翻訳反応の鋳型となります。真核生物では、転写が開始した mRNA の 5’ 末端にはキャップ構造が付加され、転写が終了する 3’ 末端では mRNA が切断されたのち多数のアデニンが付加されます。またスプライシング反応により翻訳反応の鋳型とはならないイントロンが除去されます。核と細胞質とが区画化された真核生物の場合、核内で転写された mRNA は細胞質へと輸送されます。そこでようやく翻訳を開始する因子群のはたらきによってリボソームとメチオニンが付加された tRNA が mRNA 上にあつまり、タンパク質の合成が始まります。翻訳反応の鋳型となった mRNA は 3’ 末端のアデニンが除去されることにより、主に 3’ 末端側から 5’ 末端側に向かって分解され、mRNA の一生は幕を閉じます。私たちの研究室では、個性的な mRNA を起点にしてこのような複雑なステップを見つめ直すことで、これまで見落とされていた新しい知見を得ることを期待して研究をすすめています。

mRNA も遺伝子発現制御を担っている

個々の遺伝子から合成されるタンパク質量は mRNA が合成される転写の段階で主に制御されています。ところが細胞内の各 mRNA の量とそこから合成されるタンパク質の量にはそこまで高い相関関係がなく、両者には隔たりがあることが知られています。 数多くの複雑なステップを経る mRNA の一生は遺伝子発現制御のきっかけにあふれているといえます。たとえば、原核生物のある種の代謝経路では、mRNA の一部分が代謝産物の誘導体に結合することによって翻訳の開始を担う開始コドン周辺の mRNA 構造を変換させ、その mRNA からの翻訳反応を制御しています。このような遺伝子スイッチはリボスイッチと呼ばれています。単純にアミノ酸配列情報を保持しているだけではなく、複合的な機能を持つ mRNA が細胞内で重要な役割を果たしています。

人工的に個性的な mRNA を構築する

タンパク質分子だけでなく RNA 分子も細胞内で様々な分子機能を担っています。例えば tRNA や rRNA の機能は古くからよく知られていますし、タンパク質との複合体の一部として核酸の配列を特異的に認識する機能を担う例が数多く知られていいます。さらに RNA 分子単体としても、高次構造に基づいて特異的な分子認識をしたり(アプタマーとも呼ばれます)、酵素活性を示したり(リボザイムと呼ばれます)します。

このような機能的な RNA 分子を構成要素として組み込んだり、これまでによく調べられてきた RNA の制御機構を模倣して取り込んだりすることによって、複合的な機能を持つ人為的な mRNA を設計することができるはずです。私たちの研究室では、このような mRNA を人為的に設計して細胞内で発現させることを通じて、mRNA の一生をとりまく環境やタンパク質合成系の基本的な原理を理解することに興味を持って研究を進めています。さらに得られた知見をもとに、研究技術や産業技術として応用するシーズを開拓することも心がけています。

※ mRNA の一生の研究は 遠藤 助教 が中心となって進めています。研究内容については遠藤 助教の個人ページもご参照ください。

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