学位研究
Thesis research
Thesis research
私たち生命分子遺伝学分野では、学生の研究テーマを学生本人と相談しながら徐々に決めていくことにしています。通常、私たちの研究室の設備や基本的な実験手法に習熟してもらう最初の 1 ~ 3 ヶ月程度の間に、あらためて私たちの研究分野をよく理解してもらい、この期間が終わる頃までには具体的なテーマが固まっていきます。本来は何を研究するのも自由と言いたいところなのですが、大学院に在籍する限られた期間内で求められる水準の研究成果をあげることを考えると、背景知識や実験材料、実験方法のノウハウなど、私たちの研究室で現実的に実施可能な研究テーマはある程度は限られてしまいます。
投稿論文のほか、学会発表や学位論文でこれまでに公開されている過去の研究テーマをいくつか紹介します。
終止コドンを持たない mRNA は、酵母細胞のなかで通常の mRNA よりも早く分解されることが知られています。この分解経路には SKI7 という tRNA 運搬因子様の分子が関わっていますが、運搬因子に共通する G タンパク質ドメインは必須ではないと言われてきました。この研究では、SKI7 の分子遺伝学のアプローチによって、 SKI7 でもやはり運搬因子に共通する G タンパク質ドメインが、終止コドンを持たない mRNA の分解経路に積極的に関わっていることを明らかにしました。
しかし、SKI7 がどのようにこの分解経路に関わっているのか、分子の機能までは明らかにできていません。現在も SKI7 の機能を明らかにする研究に引き続き取り組んでいます。
mRNA を翻訳しているリボソームが翻訳中に mRNA 上で停滞してしまった場合は、DOM34 と HBS1 という tRNA 擬態分子とその運搬因子のはたらきによって、その mRNA が積極的に分解されることが知られています。この研究では、遺伝学のアプローチによって HEL2 とよばれる E3 ユビキチンリガーゼがこの分解経路に関わっていることを明らかにしました。また、興味深いことに、ユビキチン - プロテアソーム系におけるタンパク質分解経路で用いられる 48 番目のリシン残基 (K48) を介したユビキチン化ではなく、63 番目のリシン残基 (K63) を介したユビキチン化が関与していることを突き止めました。
しかし、リボソームの停滞から HEL2 によるユビキチン化に至るまでの過程の、分子のはたらきまでは明らかにできていません。現在もこの経路にどのような因子がどのように機能しているのか、分子のはたらきを明らかにする研究に引き続き取り組んでいます。
原核生物では 2 つの解離因子 RF1 と RF2 が tRNA 擬態分子として、それぞれ UAR (UAA/UAG) と URA (UAA/UGA) の 2 種類ずつの終止コドンを認識します。一方、真核生物では tRNA 擬態分子の eRF1 ひとつで 3 種類全ての終止コドンを認識しています。また、普遍的でない遺伝暗号表を採用する真核生物のなかには、終止コドンとして UAR の 2 コドンを採用している生き物と、UGA の 1 コドンのみを採用している生き物がいることが知られています。この研究では、eRF1 の 123 番目のロイシン残基が UAR への認識と UGA への認識を両立させる役割を担うことを明らかにしました。このロイシン残基への点変異によって UAR 特異的な eRF1 や UGA 特異的な eRF1 を得ることができ、原核生物のように 2 分子の tRNA 擬態分子で 3 種類の終止コドンを認識する酵母の構築にも成功しました。
真核生物では tRNA 擬態分子は、それぞれ特異的な運搬因子を介してリボソームに侵入しています。古細菌のゲノム配列解析から、古細菌には終止コドンを認識する tRNA 擬態分子は存在するものの、それを運搬する因子は見つかりませんでした。この研究では、古細菌では、tRNA を運搬する翻訳伸長因子 (EF-Tu/EF-1A) が tRNA だけでなく、タンパク質である tRNA 擬態分子とも結合することを明らかにしました。つまり、リボソーム上における機能だけでなく、運搬因子との相互作用においてもタンパク質が tRNA を擬態しているといえます。また、構造生物学の研究室との共同研究によって、タンパク質複合体の立体構造の観点からも tRNA 擬態分子が tRNA を分子擬態する姿を検証しました。