FRETイメージングと統計解析による細胞遊走時のフィードバック機構の解析

研究背景

細胞遊走は発生、創傷治療、癌細胞の浸潤・転移などの様々な場面で見られる基本的な生命現象です(図1 A)。細胞の遊走過程において最も重要な役割を担うのがアクチン細胞骨格系です。このアクチン細胞骨格系は90年代初頭のA .Hallらの報告から、Rhoファミリー低分子量Gタンパク質のRac1, Cdc42, RhoAによって制御されていることが知られています。しかし、これらの認識の多くは過剰発現させた細胞に対する知見を積み重ねた静的な情報に基づいたものが多く、動的な現象である細胞遊走における「分子の振る舞い」と「伸展・退縮といった細胞形態」の時空間的なキネティクス(正・負のフィードバック等)は未だ解明されていません。

研究目的

動的な現象である細胞遊走を分子システムとして理解するために、私たちは生細胞イメージングを用いて、分子活性と細胞の形態変化(伸展や退縮)の可視化と定量化を同時に行うための画像解析手法を開発しました。さらに、統計的信号解析やシステム生物学的アプローチを用いることにより、細胞遊走過程に内包される制御機構の同定を目指しました。

結果

FRETバイオセンサーを発現させたHT1080細胞(ヒト線維肉腫由来)の自発的な細胞遊走の動画データを用いて、細胞形態変化(伸張・退縮)を定量化する画像解析法を開発しました(図1 B)。この画像解析を経時的に行うことにより、形態変化の時空間的な変化を定量化しました。

次に形態変化と様々な分子活性との時間遅れを調べるため、分子活性の時空間信号を定量化し、さきほど求めた形態変化の時空間的信号との相互相関解析を行いました(図2 A)。その結果Rac1活性が形態変化(伸張)から約2.2分遅れて推移することを明らかにました。この時間順序は、細胞遊走におけるこれまでのシグナル伝達機構とは異なる結果を示しています。

Rac1活性の形態変化に対する時間遅れは、形態変化からRac1活性への未知のフィードバック(FB)の存在を示唆しています。そこでその分子機構を明らかにするために、様々な阻害薬を処理した時のRac1活性の応答をFRETイメージングで調べました。さらに、その応答結果を再現するシミュレーションモデルの構築を行いました(図2 B)。結果として、①Rac1活性からアクチン重合への正のFB経路、②ミオシン軽鎖酵素MLCKの集積を介したRac1活性からアクチン重合への負のFB経路という2つの新規FB経路を同定しました(図2 C):

コメント

今回、同定した正と負のFB経路は、形態変化の動的挙動を再構築する重要な制御機構の1つであると考えています。例えば、負のFB制御機構は、細胞走化性の適応現象において重要な役割を果たすことが知られています。また数理モデル研究においても、この2つのFB構造が自発程な細胞遊走を再現する重要なモデルであると報告されています。