Akt特異的なFRETバイオセンサーの開発

研究背景

Aktは細胞死や癌化に関連するセリンスレオニンキナーゼです。そのなかでもAGCキナーゼタイプに属し、polybasicなアミノ酸配列近傍にあるセリン/スレオニンをリン酸化します。AktのFRETバイオセンサーは我々を含めいくつかのラボから報告されてきました。しかし、実際に使ってみると、十分満足のいくバイオセンサーが有りませんでした。一番腑に落ちなかったのは、westernだとEGF刺激でAktのリン酸化(すなわち活性化)が数分でおき、すぐに不活性化されるのに対し、これまでのFRETバイオセンサーはこのような速いAkt活性の時間変化を全くとらえていなかった(だらだらFRET効率が上昇する)という点です。これは、報告されていたFRETバイオセンサーの多くが基質型(内在性のAktによってリン酸化され、構造変化がおこりFRETが引き起こされる)を採用しており、おそらくAkt以外の他のリン酸化酵素がFRETバイオセンサーをリン酸化しているということを暗に示唆していました。

研究結果

Akt活性を特異的に認識する基質型FRETバイオセンサーを開発する事にしました。方法は、我々が以前報告したEeveeタイプのバックボーンにAktによってリン酸化されるペプチド配列を挿入するというシンプルな方法です。実際には5-6種類試しました。その中でGSK-3betaのリン酸化配列がAkt活性の時間変化を最も忠実に検出することが分かりました。このバイオセンサーをEevee-iAktと名付けました(iはimproved)。Eevee-iAktはEGF刺激をしたときに、数分でFRETの上昇(10%くらい)が起き、その後、すぐにFRETの減少が観察されます。EGF刺激依存的なFRETの上昇はPI3K阻害薬やmTORC1/2阻害薬Torinで完全に消失します。衝撃的なことに、これまで報告されてきた基質型FRETバイオセンサー(Eevee-Akt, BKAR, Aktus)はいずれもEGF刺激によるFRETの変化がPI3K阻害薬でまったく阻害されませんでした。最後に、Eevee-iAktを細胞質や形質膜、ミトコンドリア、核などに局在化させ、EGF刺激によってAkt活性が細胞内のどこまで到達するかを調べました。HeLa細胞では形質膜、細胞質、ミトコンドリアまでAkt活性が伝搬していたのに対し、Cos7細胞では形質膜ではAkt活性が観察されましたが、細胞質やミトコンドリアではほとんどAkt活性が観察されませんでした。

議論

①特異性について:EGF刺激はAkt以外にも様々なリン酸化酵素を活性化することが知られており、既報のバイオセンサーは他のリン酸化酵素によってリン酸化されていると思われます。事実、AGCキナーゼ(PKAやPKCを含む)はいづれもpolybasicなアミノ酸近傍のセリン/スレオニンをリン酸化することが知られており、基質配列だけで特異性を出すのは難しいという事は容易に考えられます。なぜ今回のGSK-3betaの配列が基質特異性が高かったのかについては謎のままです。このあたり、バイオインフォマティクス的に特異的なリン酸化ペプチド配列を取って来れると良いのですが・・・

②バイオセンサーのcharacterizeについて:2011年に我々がEeveeバックボーンを報告した際、AktバイオセンサーとしてEevee-Aktを出していましたが、どうもこれもAktに対して特異性は低いということが分かりました。早とちりしてすみません。バイオセンサーをcharacterizeする際は注意しないといけないということが身にしみて分かりました。調べてみると、既報のバイオセンサーはいずれもPI3K経路をよく活性化するPDGF刺激を使っており、これがcharacterizeの時に悪手だったのかもしれません。今回は、EGF刺激以外にもPI3K経路のみを活性化させるシステムを使って特異性を確認しており(PMID: 17095657)、特異性については自信を持っています。

③Aktの細胞内活性化パターンについて:HeLa細胞とCos7細胞のAkt活性パターンの違いは、Aktの不活性化速度の違いで生じているのではないかと推測しています。HeLa細胞ではAktが形質膜上で活性化され、その後形質膜から離れて細胞質に拡散していきますが、不活性化速度が遅い(すなわち脱リン酸化速度が遅い)のでミトコンドリアくらいまでは十分活性化Aktが到達する。一方、Cos7細胞はAktが形質膜上で活性化されて離れた後、すぐに細胞質中で脱リン酸化されるため、Akt活性が細胞質やミトコンドリアまで到達しないのではないかと推測しています。

④今後の改善点:今回のEevee-iAktは確かにAkt特異的ではありますが、EGF刺激で大体10%ほどしかFRET/CFP比の上昇が認められません。感度をもう少しあげるという点についてはまだまだ改善の余地が有るかと思います。ただCaプローブと同様、感度をあげると速いAktの時間変化をとらえる事が出来なくなると思いますので、トレードオフになります。当研究室では以前Aktの構造変化をとらえるAkindというFRETバイオセンサーを開発しており、こういう手法もありだと思います。ただ今回、私たちもAkindを試してみましたがEevee-iAktよりも感度が低かったです。

余談

本研究はドイツから一年間留学しにきた三浦晴子さんがメインに行ってくれた研究です。感謝します。蛍光生体イメージングのフォーラムでこの論文について解説したのでそれのコピペを載せておきました。