ERKによるSosへの負のフィードバックモデル

研究背景

細胞内シグナル伝達系の多くは細胞外から成長因子などの入力刺激が入ると、今度は刺激が入りすぎないように抑制する機構を持っています。これは負のフィードバック(制御)機構と呼ばれています。Ras-ERK MAPキナーゼシグナル伝達系にもいくつかの負のフィードバックが報告されています。本研究では、ERKからRasの活性化因子であるSosの負のフィードバックについて解析を行いました。

研究目的

ERKはSosのC末のセリン残基をリン酸化して、Sosの活性を抑制することが知られています。しかし、ERKによってリン酸化されるセリン残基は少なくとも4つ報告されており、どのサイトがどれくらい負のフィードバックに寄与しているかは不明でした。そこで、ERKによるSosの多段リン酸化の意義について解析しました。

結果

  • MEK阻害薬を処理すると、EGF刺激によるRasの活性化(FRETイメージングによる)が持続するようになったことから、ERKのSosへの負のフィードバックがあることが確かめられた。
  • SosはSos1とSos2というアイソフォームが存在するが、主にSos1を介して負のフィードバックが起こることをRNAiによって検証した。
  • Sosのリン酸化レベルをウェスタンブロッティングによるバンドシフトにより定量化した。
  • ERKからSosへの負のフィードバックを含むシミュレーションモデルを作成し、多段リン酸化によるフィードバック機構として、cooperative model (協調モデル。リン酸化の量で抑制度が決まるモデル)と decisive model (決定モデル。一か所でもリン酸化が入れば抑制されるモデル)を比較検討したところ、後者の decisive model のみ実験結果を再現しうるパラメーター範囲を持つことが分かった。
  • これらのモデルを基に、EGF刺激によるRas、ERKの活性変化をシミュレーションし、実験結果をよく再現することが分かった。
  • この multiple decisive model の特徴は、数か所リン酸化が入ることで、Negative feedback からの回復に時間的な遅れが生じることです。この結果、EGF 刺激によって ERK 活性が一過的に上昇したのち、もとのレベルまで活性が減少しやすくなります。また振動のような現象も起きやすくなります。ミカエリス定数が小さいときの酵素反応で見られる飽和の様な現象が起きていると考えていますが、数学的に厳密に証明したわけではありません。

コメント

実験は上岡さんが、シミュレーションは安田君が担当しました。実験(wet)と理論(dry)を融合するのは難しいと思いながらも、やはり重要だと再認識した論文でした。とてもいい経験になりました。