3月1日(金)
能登の復興支援に向けて、井内さん、いずみんと3人で出発!
●3月2日(土)
昨日3月2日(土)、1日目は朝8時頃志賀町に到着。
午前中から井内さん、いずみんは、西海公民館で整体マッサージ、自分は徹夜の運転だったので、小一時間仮眠。
午後からは、中さんのご実家のある地域の稗造防災センターの避難所へ。
ライブは、夕方からだったので、整体マッサージをしている間、中さんが被害状況がわかる地域に自分を色々連れて行ってくれました。
避難所に戻って、自分は18時〜ライブをしまたが、皆さん、本当に感動して喜んでくれました。
地域の皆さんの温かさが伝わってくる避難所でした。
そして、夜は震災後ずっと炊き出しを続けている萬燈祭主催者の中西さんが、感謝の気持ちをもってボランティアメンバーをもてなしてくれました。
宿泊した中西さん別宅で、午前中は中西さん御夫婦のマッサージを井内さん、いずみんとやってくれて、いずみんは、先ほど帰りました。
井内さんと2人、6日まで活動は続きます。
井内さん
井内さん
いずみん
稗造防災センターライブ
稗造防災センターライブ
稗造防災センターライブ
稗造防災センターライブ
中西さんのおもてなし
●3月3日(日)
3月3日(日)は、午前中は予定が入ってなかったので、中西さんの別宅で中西さん御夫婦の施術、中西さんは井内さん、奥さんはいずみん担当で、施術後中西さん、井内さんはお互いに兄弟の契りを交わしていました。
午後からは、富来地区防災センターに行って、井内さんの施術とライブをしました。
この日は、予定が空いているとのことで、一昨年開催された地元の音楽イベントで知り合って、昨年CDにした【ふるさと志賀町 四季の歌】の女性パートを歌ってもらったり、昨年の佐渡コンサートにも来てくれた歌姫SAYOさんが駆けつけてくれて、2、3曲コラボしてくれました。
後から、ライブも施術も、避難所の皆さんに好評だったと連絡をもらい良かったです。
中西さんにマッサージ
兄弟の契りを交わしました
朝食後に
いずみんはこれでサヨナラ
中西さんに支援金を
富来地区防災センター
富来地区防災センター
中さんの演説
中さんマンションで施術
中さんマンションで施術
中さんマンションで施術
中さんマンションで懇親会
●3月4日(月)
3日目は、再び志賀町富来にある西海公民館で、午前中から井内さんの整体マッサージ、そして、午後から自分のライブをやりました。
整体マッサージでも、悪かったところが次々と改善して、皆さん喜んでくれていました。
公民館には立派なステージもあり、ライブにも思いの外40人余りの方が来てくれてました。
この日も、SAYOさんが駆けつけて一緒に歌ってくれたり、【志賀の太鼓道】では、中さんがいなかったので、これまで3回ライブをさせてもらったことのある地元レストラン「ブラッスリー高山」のマスターにと、森さんからのご指名で掛け声をやってもらいましたが、中さんに負けないくらいの気迫の掛け声でした。
残念ながら、お店の再開は今のままだと難しいとのことでしたが、「これから中さんがいない時には、是非マスターにピンチヒッターで」と言うと、マスターからは「中さんは、クビにして、これからは自分が担当します!」と力強い返答がありました。中さん危うし…。
この日も、充実の活動でした。
井内さんマッサージ
井内さんマッサージ
森さん挨拶
高山マスター掛け声
SAYOさんとデュエット
西海公民館に集まってくれた皆さん
●3月5日(火)
公的な活動最終日。
この日は、やはり志賀町富来にある高齢者が入居している「グループホームのぞみの里」で午前中ライブをしました。
皆さん、一時は避難所に避難されていたようで、高齢者ですので、本当に大変だったと思います。
この日も、【志賀の太鼓道】では、中さんが仕事でいなかったので、森さんのご指名で施設オーナーの門前さんに掛け声をお願いしました。
また、中さんクビになりそうな強敵が現れました。
我々の滞在中、萬燈祭主催者の中西さんが、いつものおもてなし精神で、ボランティアで来てくれている方の食事位は準備させてくれと、一日三食全て用意してくれました。
本当に恐縮極まりないのですが、中西さんは、震度7の志賀町に住んでいながら、ご自身の自宅、工場の被害は大したことないからと、地震当日の夜から避難所での炊き出しを続けているんですが、鉄工所を営むアイデアマンということもあり、寒い屋外でも炊き出しができるようにと、購入した軽トラの荷台を改造して屋根を付け、この日は、その軽トラで美味しいシーフードのお粥を作ってくれました。
午後は、さくら貝アーティストの美さんが段取りをしてくれていた輪島市門前に行き、14時〜門前中学校避難所での整体マッサージ、そして学校が終わり音を出せるようになる16時〜はライブをやりました。
門前も輪島市内になるので、被害の大きかった地域ですが、向かう途中何度も見てきた海岸線の景色は、明らかに海底が隆起した跡がはっきりわかりましたね…。
この避難所には、自分もこれまで萬燈祭の度にお会いしていましたが、たまたま中西さんの親戚に当たる御夫婦が避難していて、自分が行くのを楽しみに待っていてくれました。
ご自宅はやはりもう住むには難しい状態とのことでしたが、明るい御夫婦なので落ち込んでいるような様子は、全く見せませんでしたね…。
整体にもとても喜んでくれていましたし、ライブでは自分の歌をCDで聴いて知っているので、ご主人さんから【能登の四季巡り】のリクエストがあり、嬉しい限りでした。
最後何人かの方が握手しに来てくれましたが、今思い出しても目頭が熱くなりますが、一人のお父さんが、涙を流しながら強く握手してくれたのが心に残りました。
今回、井内さんの能登行き計画に合わせて、正直ギリギリまでどんな動きになるかわかりませんでしたが、地元の懇意にしている皆さんが色々声をかけてくれて、丸4日間、思いの外毎日充実した活動ができて、本当に感謝でした。
4日間連日、1時間15分くらいのライブを計5回したことになりますが、こんなに毎日歌うのも、考えたらあまり無かったな…と。
初めて自分と志賀町入りした井内さんは、東日本大震災からのボランティア仲間で、これまで長年ボランティア活動で色んな土地に行っていますが、普通は信用を得るまでそれなりの時間がかかるものなのに、最初からこんなに心を開いて歓待を受けるのは初めてだと、とても感動してくれていました。
中西さんのいる長田集落のメインのお祭りは、9月16日の萬燈祭ですが、来月4月16日は春祭りなので、井内さんもそれに合わせてまた行く気満々で、これから何とかスケジュールの調整してみるようです。
今後は、自分の車で井内さんとコンビを組んで動きますので、整体などボランティア希望の方がいましたらお声掛けください!
のぞみの里オーナー門前さんに掛け声お願いしました
中西さんの炊き出し
門前中学校避難所
門前中学校避難所
門前中学校避難所
中西さんのところで
井内さん能登最後の昼食
帰りは、横川の釜めしへ!
●3月9日(土)
烏山区民センター前広場で開催された交通安全イベントにゲスト出演しました。
能登半島地震支援の為の募金箱も用意して頂き、主催者の方から、自分には能登の様子を伝えて欲しいとのことで、能登の歌を織り交ぜながら、先日5日間行って来た時の様子を話させて頂きました。
何よりも前日雪が降ったことを思ったら、嘘のように晴れて暖かい春のような天気になってくれて、本当に感謝でした。
●3月10日(日)
自分が20年の音楽人生で、最初にライブをして以来御縁のある銀座のライブハウスMiiya Cafeで、マスターが東日本大震災以来続けている復興支援イベントに出演させて頂きました。
まだまだ様々な問題を抱えている東北の被災地に思いを馳せながら、こうやって3.11に合わせて支援活動を継続していることに敬意を感じながら、今年は、能登半島地震が起きてしまい、そちらの支援活動はもちろんですが、自分も年内にまた東北の方へも行くようにしたいと思いました。
久しぶりに、マスターやスタッフyumiちゃんの歌声を聴けて、何とも懐かしい感じでした。
同じゲストで出演していた"ちょねさゆ"さんは、被災地に行って、結構ガテン系のボランティアもしているようで、パワフルで活動的な女性アーティストでした。
東北、能登の復興を祈りつつ、関係者の皆さん、お世話になりました!
主催者宇野さん&マスター
ちょねさゆさん
マスターの歌♪さくらの空を四人でコラボ
出演者で
●3月11日(月)
2012年に北海道で知り合って以来、10年余り交流がある整体師の米澤さんがやっているyoutubeチャンネル「米澤&釣部のここだけの内緒話」に、「宙の会」 https://www.jikou74.com/ の土田さんと一緒に出演させて頂きました。
米澤さんの整体のチャンネルは、半端なく痛いすご腕整体師として15万人以上の登録者をもつチャンネルになっていますが、こちらのチャンネルは、まだ始めたばかりのようです。
一緒に番組をやっている釣部さんも関心があるテーマとのことで、以前は米澤さんのFMラジオ番組にも土田さんと出演させてもらったことがありましたが、今回改めてお声掛け頂きました。
昨年12月の世田谷事件の集会では、土田さんのアイデアで、初めて朗読劇でDNA解析捜査の必要性を訴えたわけですが、参席していた世田谷区議会議員の方たちに強いインパクトを与えたようで、今区議会として国に法整備を求める動きになっているようです。
10人位の方が番組の視聴にスタジオに来てくれていましたが、その後は皆さんとの懇親会の場があり、こう言う場が大切だと土田さんもとても喜んでいました。
米澤さん、釣部さん、お世話になりました。
追って、youtubeにアップされます。
米澤さん
釣部さん
土田さん&YAMATO
昨年12月に開催された世田谷事件の定例集会では、土田さんの発案で朗読劇を通してDNA解析捜査実現に向けた法整備の必要性を訴えましたが、その模様は、日テレが取材して1時間番組を放送した後、ほぼノーカットでYouTubeにアップされています。
自分は、朗読劇では元捜査幹部土田猛さん役で出演し、最後は「宙の会」に提供したイメージソング【またあなたを想う】を生演奏で歌っています。
●3月14日(木)
4月20日(土)18時〜、2月に「Rock!LIVE」を開催した同じ四ツ谷『SOUND CREEK Doppo』で、また能登の支援ライブとして開催します。
前回は、ロックな曲ばかりでガンガン行きましたが、今回は、有香さんのバイオリンとの編成で、選曲もガラッと変えてシンプルなアコースティックライブをお届けします。
前回お越し頂いた方は、500円割引します。
4月20日のライブ前には、また能登へ行って帰ったばかりの頃と思いますので、その報告も兼ねられればと思います。
ご予約は、YAMATOまでお願いします。
そして、17日(日)は、以前ご当地ソングを作った群馬県の東吾妻町でのライブ、23日(土)には、横浜でのライブと、こちらはこじんまりギター1本の弾き語りでお届けします。
四ツ谷【Doppo】
東吾妻【River Door】
横浜【cafe Arco】
●3月15日(金)
毎年のことながら、提出期限ギリギリの確定申告作成に追われています。
そんな中ですが、3月11日に合わせて昨年亡くなられた気仙沼ボラ宿若芽の熊谷さんの追悼フォトスライドショーを作りたいと思い立って作業をしていたのですが、予定が入って作業が中断したり、バタバタ作業をすると後でミスもあったりで、今日になってしまいました。
曲は、震災後8年目の3.11に作った曲ですが、【桜の季節がもうそこに】です。
自分の手元にあったスマホの写真を整理しながら、ボランティアに通い続けた日々が懐かしく蘇ってきて、自分でも70回くらい通いましたので、もっと多いも方もいると思うと、今更ながらよく通ったな…と。
改めて熊谷さんとボラ宿若芽があってからこそできたと言う感謝の気持ちと、ボラ活動の後の若芽での宴会を心の復興支援と称し馬鹿騒ぎしていたボラメンバーを、いつも嬉しそうに楽しそうに優しい眼差しで見てくれていた熊谷さんが思い出されて、込み上げてくるものがありますね…。
良かったらでご覧ください。
改めて熊谷さんの御冥福をお祈り致します。
●3月16日(土)
「広州会」で懐かしい皆さんとお会いして来ました。
自分が34、5年前に中国留学をしていた頃、現広州日本人学校(当時はまだ広州に日本人の児童、生徒が少なかったので日本語補習校でした)で勉強を教えるアルバイトをしていたんですが、その頃のご父兄の皆さんと今でも交流を続けています。
「広州会」と称して年に1回集まっているのですが、コロナ禍を挟んでしまったので、約5年ぶりになってしまいました。
今でこそ、広州も日本人が増え、広州日本人学校も自前の校舎をもち、児童、生徒400人を超えるような日本人学校になっていますが、当時は17、8人の子供たちでしたので、家庭数から言っても7、8家庭くらいだったと思いますが、その中で今も交流を続けているのが3家庭のご夫妻、あとは当時校長として赴任されていた先生ご夫妻と自分の9人と言うのが常連メンバーになっています。
この間に大きな手術をされた方もいたりでしたが、皆さん思いの他お元気そうで何よりでした。
自分が作詞、作曲した広州日本人学校校歌です。
留学当時の20代前半の写真もあります。
●3月17日(日)
約一年ぶりの群馬県東吾妻町の「River Door」でのライブでした。
色々サポートしてもらっている尺八奏者山野さんの地元ですが、7年前に東吾妻町のご当地ソングCDを作りましたが、レコーディングの時に「River Door」マスター畑山さんにピアノを弾いてもらったり、その後毎年10月に開催されていた「岩びつ文化祭」でもご一緒したりの御縁で、お店でのライブは、昨年1月にやって以来1年ぶりのライブでした。
マスターにピアノと女性パートを歌ってもらい、久々に【ふる里あがつま 四季の歌】をコラボで演奏しました。
お陰様で半分くらいが初めてのお客さんでしたが、感動した、心に響く歌ばかりだとの嬉しい感想を頂き、CDも沢山買って頂きました。
お越し頂いた皆さん、マスターありがとうございました。
また、次回ライブを楽しみにしています。m(_ _)m
帰りは、「清流の湯」の温泉に入って帰ってきました。
●3月18日(月)
昨年まで、毎年サーバー代を払ってホームページを業者に管理してもらっていましたが、毎年更新時期を忘れていると、ファンの方からホームページが見れなくなっていると連絡があったり、何かの不具合で以前の画像データが飛んで消えてしまっていたり、何だか色々面倒なこともあり、Googleで無料ホームページが作れることを教えてもらい、手探りしながら自分で作ってみました。
掲載情報がまだ未完成ですが、今年初めからはこちらが公式ブログになっています。
sites.google.com/view/yamato729/home
●3月21日(木)
今日から、山野さんと新しいアルバムのレコーディング始まりました。
6月9日の佐渡コンサートに向けて完成させる予定です。
●3月23日(土)
昨夜は、横浜の「cafe Arco」での能登の復興支援ライブでした。
また、遥々能登から中さんが駆けつけてくれて、前半、後半の合間で能登の現状を話してくれました。
自分も、マスターからプロジェクターがあることを聞いていたので、画像を使って3月2日〜6日まで行って来た能登での活動報告をさせて頂きました。
今回は、初めて自分のライブを聴いてくれた方の割合が多かったのですが、皆さんから感動の声を頂き、中には「これからYAMATOさんを追っかけようかしら」と、追っかけを宣言してくれる御婦人もいたり…。
そして、次回の復興支援ライブは、2月にRock LIVEをやった四ツ谷の【SOUND CREEK Doppo】https://doppodoppo.wixsite.com/soundcreekdoppo
での開催です。
2月にもお越し頂いた方は、500円を割り引きします。
夜の開催になりますので、終わったあと、また近くの中華のお店で夕食懇親会をしたいと想います。
お待ちしています!m(_ _)m
リハ中
能登からの中さん
須賀原さん
最後に皆さんで
●3月28日(木)
さて、今日から佐渡に帰ります。
31日の朱鷺さなえ会主催のイベントにゲスト出演します。
年末年始には帰らなかったので、昨年7月の佐渡コンサートの後、10月に亡くなった同級生の葬儀に帰って以来の佐渡です。
●3月31日(日)
ゲストとしてお声掛け頂き出演した朱鷺さなえ会主催、「花の宴 朱鷺の舞」盛況のうちに終わりました。
3曲歌いましたが、4月は島内の島開き春祭り、鬼太鼓の季節になることもあり、1曲は【鬼太鼓〜ONDEKO〜】、あと2曲は能登の復興支援の募金を呼びかけていたこともあり、輪島の漁師の歌で【漁師一筋夫婦船】、志賀町のさくら貝をテーマにした歌で【さくら貝の歌〜悲しき初恋〜】を歌いました。
今回やはりゲストとしてご一緒した西崎流みどり会会長の西崎櫻鼓さんhttp://nishizaki-sakurako.jp/は、2年ほど前に佐渡に移住して、関東と佐渡を行ったり来たりで活動されているとのことで、全然知らなかったので驚きました。
今回歌った【さくら貝の歌〜悲しき初恋〜】をとても気に入ってCDを購入頂いたのですが、6月9日の佐渡コンサートでのコラボの提案をさせて頂くととても喜んで頂き、すでにゲスト出演が決まっている朱鷺先生の他に、西崎さんも自分の曲に合わせて踊ってくれる方向になりそうです。
華やかな20周年の舞台になりそうです。
そして、今回受付に設置した募金箱の募金は、一旦朱鷺先生から佐渡市議会議長の近藤先生に預けられましたが、集計した後、昨年朱鷺先生も自分が毎年出演している志賀町の長田萬燈祭に出演してくれましたが、ご縁のある志賀町に自分を通して寄付を届けて欲しいと言うことになり、4月14〜18日まで能登に行く時に直接届けて来る予定です。
今回、初めて朱鷺先生の催しに出演させていただきましたが、朱鷺先生のきさくなお人柄が詰まった素晴らしく温かい催しでした。
関係者の皆さん、お世話になりました。m(_ _)m