三重県立津高等学校美術教諭小野道宏先生から、昨年12月に実施した紙版ドライポイントの講習会についてご報告をいただきましたので、紹介させていただきます。
当初、講師については私に打診があったのですが都合で担当できず、小野先生が担当されることになりました。講習会で活用していただけるよう私が講習かした時の資料や動画を提供させていただきましたが(本ホームページに掲載した資料等)、小野先生は独自に竹串で凹版画を刷るという技法を考案し実践されました。
事後の受講者のアンケートには、これまで版画といえば木版画しか頭になかったが全く別の表現、しかも簡単にできる技法があることへの驚きと、この技法で表現することの楽しさについての回答が多く見られました。有意義な機会であったことが伺えます。
この場を借りて改めて小野先生に感謝いたします。
日 時:平成30年12月9日9:00~
会 場:三重県総合文化センター 第2ギャラリー
受講者:美術部員生徒 78名(参加10校)顧問の教員など 19名
講 師:三重県立津高校 美術科教諭 小野道宏
実習内容:
紙版ドライポイント技法による作品制作
・サンドペーパー、ジェッソ、マニキュアにより紙版ドライポイントに濃淡表現を加える
・紙の版ならではの変形版
・プレス機を使わない凹版画刷り。竹串をバレンにして紙版ドライポイントを刷る
■日程
9:00~ 9:30 準備
9:30~10:00 版画について
10:00~12:00 実技研修「簡単な準備で、本格的な版画制作を」
12:00~12:30 鑑賞・後片付け・着替え
12:30~13:00 県立美術館に移動
13:00~13:40 昼食(美術体験室・会議室1・2を借りる予定です)→講堂に移動
13:40~14:20 学芸員からの解説(展示方法・常設展示の作品について)
14:20~ 企画展・常設展および柳原義達記念館の鑑賞(各校で自由に⇒鑑賞後、アンケート記入⇒各校で流れ解散)
■持ち物 ○ドライポイント用ニードル1人1本(千枚通し・釘・キリ等で代用可)
○黒色ボールペン カッター はさみ スティックのり
○鉛筆 消しゴムや練り消し
○新聞紙 1人1日分程度(作業机の下に敷く・インクを拭くなど)
○作業着やエプロン (油性インク使用のためある方が良いです)
○版画の下絵(なくてもよい 詳しくは下記参照)
○ブルーシート(持参出来るところはお願いします)
○軍手(作業用軍手は用意しますが、自分専用で使いたい人は持参ください)
○昼食(午前のみ参加の場合は不要)
■講師から参加者へのメッセージ
今回の研修の目的や意図など
版画は画面に直接描くのではなく、間に版が入ることにより間接的な表現になります。(間接性)また同じものを複数作る事が出来ます。(複数性)そのことにより絵画では出来ない表現が可能になると思います。
版画には様々な種類がありますが、特別な道具や材料が必要なものも多いですし、準備やかたづけに手間がかかり大人数で行うには不向きです。しかし様々な工夫でいろいろな技法が開発・研究されています。
今回は、凹版のドライポイント技法を中心に、「プレス機を使わず」「設備がない場所で」「材料費は安く」「しかも大人数で実施」で、本格的な版画作品制作を試みたいと思います。本当に出来るのか不安ですが、おそらく直前まで試行錯誤を行って実習内容を決めると思います。この案内とずれた内容になるかもしれませんが、そのときは申しわけありません。
作品の大きさは、13㎝×19㎝程度を予定しています。事前に下絵等考えてこなくても制作できる形を考えていますが、ドライポイント版画やボールペン画をイメージして、下絵を考えてきてもらってもいいです。(ただし、うまく使えない可能性もあります。)
是非、素材と手で格闘する中で作品をつくる楽しみを感じてほしいです。
(講師 津高校 小野道宏)
制作プロセス解説
小野先生の実演より・ドライポイントプレート(紙製)を使用した紙版ドライポイントを基本にした版画実習。
・プレス機の代わりに竹串を使った刷りを試みる。束ねた竹串の先端でバレンのように擦り付けて刷る。
■実技講習会の流れ
①自己紹介 及び 山口先生の紹介
②版画の種類
③凹版 ドライポイント の説明
④プレス機の刷りについて
⑤今日の刷り方 インクの詰め方 説明
⑥版のつくりかた 説明
・ドライポイントプレート 変形にカットもあり
・ニードル等でひっかく (黒ボールペンも含む)
・紙やすり ジェッソ の効果
その後制作開始、版づくり→インク詰め→刷り
当日は会場があいたのは9時、そこから9時30分開始の予定でしたが、実際に始められたのは9時40分でした。そこからパワーポイントを使用しての説明等で45分使い、そのあと実習を開始し12時で終了しました。(はじめは11時半から片付けの予定でした。)
生徒は長机に2人ずつ座り、版が完成したら移動。長机をくっつけてインク詰めと刷りのブースをつくりました。
刷りの横に湿らせた画用紙をおくスペースもつくりました。もうひとつ、ジェッソや灯油、サンドペーパーを置いたブースをつくりましたがここはほとんど使われませんでした。混んできたらインク詰めスペースになりました。
ドライポイントプレートをはさみで切る方法を紹介したので、多くの生徒が切ると思っていましたが、切ったのは少数派でした。事前に原画を考えてきている生徒が多かったためかも知れません。
予想はしていましたが、インク詰め刷りに時間がかかりました。順番待ちになり、1人最低2枚 できれば4枚刷ると考えていましたが、無理でした。多くのの生徒が1回刷っただけだと思います。どちらかというと生徒より引率の美術教員以外の顧問の先生が熱心に何枚も刷っていた感じですが。
刷りは説明の時ずれる可能性があることを注意したのですが、ずれてきれいに刷れなかった生徒が何人もいたようです。
カラーインクも置いてありましたが、半数以上は黒インク使用でした。
終わってからプレス機2台持ち込みで対応できたかもと思い、「プレス機なし」実習がよかったかどうかはよくわかりません。
版づくりは手軽な黒ボールペンが中心になったようです。線が弱く薄い刷りが目立ちました。途中でもっと強く書くように指示しました。
はがしやサンドペーパーを使った生徒は少数でした。ジェッソ、白マニキュアは準備しましたが 誰も使いませんでした。
刷りを繰り返して 版を手直ししていくような場面はほとんど作れませんでした。
1枚刷って終わりという感じの生徒がかなりいて、残念でした。
考えたら、刷った後もう一度手直しして刷るという話や、やり方の説明を全くしていなかったことに気づきました。
参加した美術の教員からは、版画に取り組んでみたいとの感想もいただきました。
今回、下絵を事前に考えさせるべきかどうかはかなり悩みました。たぶん生徒への連絡は学校によってかなり違ったと思います。
必ず考えてこいという学校もあったかもしれません。
時間が少ないので構想を練る時間を短縮するために、「なくてもかまわない」という表現で下絵を考えてくる指示をしましたが、どうだったのでしょうか・・・
足踏み刷りは何度か試みましたが、うまくいきませんでした。
竹串刷りはとがった方で刷るのですが、反対で刷ろうとする生徒も多かったです。
もう少しわかりやすい説明をしないと・・・と、反省しました。
1.描画材料
銅版画に比べ紙版ドライポイントの有効性のひとつはその手軽さにあります。そしてもうひとつは描線の多様さです。ボールペン、ニードルが基本かと思いますが、それ以外にもドライバーの角や車の鍵、スティックのりのケースの角、ボールペンのお尻…つまりはなんでも良いのですが描画に使えます。角張ったもの丸いもの、中には描画というよりも傷つけるあるいは押しつける感じになるものもあろうかと思いますが、それも含めて実に多種多様な線表現が可能となります。ある意味サンドペーパーもこれのひとつのバリエーションと言えるかも知れません。
これは銅版画では絶対できない、あるいはできたとしても大変な時間と労力のかかる表現です。紙版画の魅力のひとつとしてご紹介いただければと思います。
2.剥がしによる面表現
おそらく実施をお考えかと思いますが、「剥がし」は是非取り入れていただきたい技法です。面を表現する技法ですので表現に幅がでます。
坂本千明という紙版画作家・イラストレーターがこれをとてもうまく活かして作品を制作しています。剥がして色が濃くなった面にもさらに描画を施したりする表現も参考になると思います。また矩形の画面ではなく、モチーフの形に切り抜いた版を使っているのも興味深いです。是非、検索してみてください。
紙版ドライポイントと言えばもう一人紹介したいのが井上員男。紙版ドライポイントで剥がしを使った濃淡表現で特許をとった作家です。もう少し詳しく言うと剥がしの技法はそれ以前にもあったのですが、その剥がしが部分にニスを塗って濃淡を表現する技法です。私が考案したニスメゾチントと似た原理です。この井上氏の技法であるならニスはかなり薄くても十分効果はでますので乾燥時間はそれほどかからないと思います。ちなみに井上氏はこの技法で畳ほどの大きさで六曲二双の屏風12点という大作「平家物語」を制作しています。東京で実物を見ましたが圧巻です。こちらも是非検索してみてください。
3.拭きによる濃淡表現
紙版ドライポイントが今ひとつ学校の教材として普及しない要因のひとつにインクの拭き取りが難しいということがあるようです。白い部分を白くしようとしっかり拭いてしまうと残したいインクまで拭き取ってしまう。
そこで、基本的な拭き方で拭くのはうっすらグレイになるくらいまでにしておいて、あとは布やティッシュ、綿棒などで更に白くしたいところのインクを拭き取る、例えるなら絵でいうなら白絵の具で描き起こすイメージで描画するのも面白いです。もちろん拭き具合で濃淡も可能。これはオススメです。