関連疾患について
WAGR症候群ではW-A-G-R以外の症状もよく見られます
概要
ウィルムス腫瘍、無虹彩症、泌尿生殖器異常、発達遅滞といった古典的な特徴に加えて、WAGR症候群では他の関連する疾患や状態がみられます。これらは、染色体11p13上のWAGR症候群に関連する領域内またはその近くにある遺伝子の欠失の結果としておきると考えられています。
欠失している遺伝子産物の正確なサイズや位置は、個人によって異なります。これは、WAGR症候群のほとんどの人がこれらの状態の1つかそそれ以上を持っているけれど、すべてを持っている人がいない理由を説明するかもしれ ません。
聴覚情報および感覚情報処理障害
聴覚情報処理障害(APD)
WAGR症候群の患者の90%以上が聴覚情報処理障害(APD)をもっています。
APDは、脳が音を受け取り、整理し、処理する過程に影響を与えます。APDの子どもと大人は通常正常な聴力を持っています。しかし、他の人と同じように聞いた情報を処理することはできません。これにより、音、特に会話に関する音を認識して解釈するのが困難になります。
APDは、軽度、中程度、または重度の場合があります。軽度から中等度のAPDは、教室やレストランなどの騒がしい環境で、指示に従ったり会話を理解したりする際に問題が発生する場合があります。重度のAPDでは、会話の理解や発達が妨げられる可能性があります。
APDの早期診断と治療は、子どもの行動やコミュニケーションと学習の能力に大きな違いをもたらす可能性があります。
WAGR症候群におけるAPDの症状、診断、および治療の詳細はこちら
:WAGR症候群における聴覚情報処理障害
:こちらも 英語のサイトです
感覚統合障害(SPD)
感覚処理障害は、視覚や聴覚、触覚、味覚、嗅覚、平衡感覚、体の位置などの感覚から入ってくる情報を、脳が受け取り応答するのに問題がある状態です。
多くの障害と同様に、感覚統合障害の症状は一定の幅(スペクトラム)をもっています。SPDのある人の中には、環境にあるものに過度に敏感な人もいます。例えば:
・普通の音に対して痛みを感じたりや圧倒される感じがします
・抱きしめられるのが嫌で、不意に触られるのは不快かもしれません
・ちくちくする、きつい、または「不快な」服を着るのを拒絶する場合があります
・特定の食品の食感は、吐き気を催したり嘔吐させるかもしれません
・いくつかの種類の光に非常に悩まされる可能性があります
SPDの人は、身体的に統合されていないのかもしれません。自分の手足と他の人や物との位置関係を知るのが難しく、物に頻繁にぶつかるかもしれません。
またあるSPDの人々は、感覚からの刺激に鈍感であったり、感覚を求めている状態であることがあります:
・彼らは輪になって回転したり揺れたりするのが好きかもしれませんし、前後に揺れるのに多くの時間を費やすかもしれません
・しっかりと抱きしめたり、人や物にぶつかったりする傾向があります
・食べ物以外の物を噛んだり吸ったりしたがります
一部の人々は、感覚刺激に対する過敏性と鈍感さを組み合わせて持っていることもあります。あなたの子どもの症状を知ることは、彼を助ける方法を見つけるのに役立つでしょう。
感覚統合障害チェックリスト→こちら(以前IWSAのウエブサイトに掲載されていたものです)
感覚統合障害に関するヒントとコツ→こちら(以前IWSAのウエブサイトに掲載されていたものです)
Sensory Processing Difficulties: What Are They and How Can Parents Help? →リンク(英語のページです)
"What is Sensory Processing Disorder?" Learn more about symptoms, diagnosis, and treatment →リンク(英語のサイトです)
Making Sense of Sensory Behaviour: A Practical Approach for Parents and Carers →リンク(英語のページです)
BDNF遺伝子欠失
BDNF遺伝子の欠失は、WAGR症候群の患者の50%に見られ ます。「BDNF」は脳由来神経栄養因子(Brain-Derived Neurotrophic Factor)の略です。BDNFは脳と脊髄に見られるタンパク質です。このタンパク質は、ニューロン(神経細胞)の生存と新しいニューロンの発達を助けます。BDNFはまた、ニューロンがシナプスを作るのを助けます。シナプスは脳内の神経細胞どうしのつながりです。
BDNF遺伝子の欠失は、人にさまざまな影響を与えます。これらの影響には次のものがあります:
・記憶と学習の問題
・肥満
・過食症または過食、食べた後に「満腹」を感じない、食物を求める行動
・痛みに対する反応の低下 これは怪我や病気の診断の遅れにつながる可能性があります
遺伝子検査は、WAGR症候群の人がBDNF遺伝子の欠失があるかどうかを調べることができます。 あなたとあなたの子どもの担当医がBDNF遺伝子欠失による影響を管理し、最小限にするのに役立つので、あなたの子どもがこの遺伝子を欠失しているかどうかを知ることは重要 です。
BDNF遺伝子の詳細について知る:
→Brain-derived neurotrophic factor(BDNF)遺伝子の欠失
行動障害と精神障害
WAGR症候群の人におこりうる行動障害および精神障害には次のものがあります。
・不安障害には 、持続するまたは過度な心配や不安、恐怖を感じる状況です。症状には、出来事に相応しくないストレスや、心配を忘れることができない、落ち着きのなさなどがあります
・注意欠陥多動性障害(ADHD)には、注意を払うこと、衝動的な行動や過活動をコントロールすることが困難な状況が含まれます
・自閉症 WAGR症候群の子どもたちの中には自閉症と診断される人もいますが、ほとんどの子供は、知的障害や視覚障害、感覚統合障害、聴覚処理障害、不安障害、またはこれらの組み合わせの結果によって、自閉症のような行動をします。正確に診断することは、子どものニーズに効果的に対処する治療計画をたてるために重要です
・うつ病は、持続的な落ち込んだ気分や活動への興味の喪失を伴います。症状には、睡眠や食欲、エネルギーレベル、集中力、自尊心の変化があります。
・強迫性障害は、反復的な行動(強迫)につながる過度な思考(強迫観念)を伴います。症状には、単語やフレーズを繰り返したり、物事を特定の方法にこだわるなどがあります。
・かんしゃくと「メルトダウン」は、圧倒されるように感じる状況や感情に対して激しく反応する状態です。慢性的なかんしゃくとメルトダウンはWAGR症候群で非常に一般的です。コミュニケーション能力の欠如から感覚統合障害、身体の病気や痛みまで、さまざまな原因が考えられます。効果的な治療のためには、原因を特定することが重要で、患者さん自身と家族の生活の質に劇的な違いをもたらすでしょう。
WAGR症候群における行動上の問題と精神障害の診断と管理の詳細について知る
→こちら:行動の問題とWAGR症候群
循環・呼吸の異常
WAGR症候群の子どもにみられる先天性の(出生時から存在する)心臓の異常には、以下のようなものがあります:
・卵円孔開存 心臓の隔壁(壁)にあるフラップ状の穴
・心房中隔欠損症 心房(上室)の間の壁の穴
・心室中隔欠損症 心室(下室)の間の壁の穴
・弁の低形成 心臓の弁の発達が未熟な状態
・動脈管開存症 心臓からつながる2つの主要な血管の間に持続的な開口部がある状態。この開口部は通常、出生後すぐに自然に閉じるはずのものです。
・ファロー四徴症 4つの心異常の組み合わせ:心室中隔欠損症、肺動脈弁狭窄症、大動脈騎乗、右心室壁の肥厚
・肺高血圧症 肺の血管の高血圧
心筋症 は、心臓が体中に血液を送り出すのが難しくなってしまう心筋の病気です。ウィルムス腫瘍の治療を受けたWAGR症候群の患者は、心筋症のリスク増加に関連する抗がん剤であるドキソルビシンを投与されている可能性があります。心臓機能低下の初期兆候をみつけるには、生涯にわたるモニタリングが必要です。
WAGR症候群の人の呼吸器系の問題には以下のようなものがあります:
・気管軟化症、喉頭軟化症および/または気管支軟化症 「フロッピー」エアウェイ
・再発性肺炎
・閉塞性睡眠時無呼吸 睡眠中に呼吸が止まる状態。寝るときに、持続的気道陽圧法(CPAP)を使う必要がある場合があります
慢性腎臓病
WAGR症候群の患者の60%は慢性腎臓病を発症し、ほとんどの場合、青年期または成人期初期に発症します。WAGR症候群に発症する腎疾患のタイプは、巣状分節性糸球体硬化症またはFSGSと呼ばれます。FSGSの初期症状は次のとおりです。
・高血圧
・尿中のタンパク質
・血中の高コレステロール
ウィルムス腫瘍を一度も経験したことがない人を含め、WAGR症候群のすべての人にFSGSのリスクがあります。
FSGSはしばしば末期腎不全に進行します。これは透析または腎移植を必要とする状態です。WAGR症候群でFSGSをもつ患者さんは、生体ドナーまたは死体ドナーからの腎臓移植を受けて、これまで結果は良好でした。
早期診断と適切な治療は、FSGSの進行速度を遅くするのに効果的です。
頭、耳、鼻、喉の異常
頭や耳、鼻、喉の問題は、WAGR症候群の人によく見られます。
頻繁に報告される問題は次のとおりです:
耳介低位や耳介異常 外耳の形状または位置の異常
扁桃腺および/またはアデノイドの肥大 扁桃摘出術/アデノイド切除術を必要とする
再発性中耳炎は 頻繁な中耳感染症
鼓膜チューブ留置 中耳から浸出液を排出しやすくするために鼓膜に留置された小さなチューブ
再発性副鼻腔炎 頻繁な副鼻腔感染症
高口蓋 異常に高いまたは狭い口蓋
咽頭の 通常の口径よりも小さい咽頭の狭窄
重度の不正咬合 歯列のずれ
小さい歯、欠けている歯、または形の悪い歯
乳歯が抜けるのが遅い
脳幹反応または聴性誘発電位の異常 これらの聴力検査では、WAGR症候群の患者の50%で異常です
頻度としては少ないが報告されている問題は次のとおりです:
聴覚障害(感音難聴)
小顎症(小顎)
口蓋裂
拡大した頭頂孔(新生児には通常2つあるのに加えて、頭に異常に大きいまたは余分にある「柔らかい部分」)。一部の人では、拡大した頭頂孔は「Potocki-Shaffer syndrome」と呼ばれる他の症候群の合併を意味する場合があります。遺伝子欠失が染色体11p11.2に及ぶ場合、Potocki-Shaffer syndrome が存在する可能性があります
Potocki-Shaffer症候群の詳細:こちら(英語のサイトです)
消化器の異常
急性膵炎や慢性膵炎がWAGR症候群の患者に発症する可能性があります。
中性脂肪(血中の脂肪の一種)が上昇していると、膵炎のリスクが高まります。
全身麻酔でよく使用される薬剤であるプロポフォールは、中性脂肪が上昇しているWAGR症候群の患者で使用すると、急性膵炎のリスクが高まる可能性があります。
WAGR症候群の膵炎についてくわしくはこちら:膵炎とWAGR症候群
胃食道逆流症(GERD)は、胃酸が口と胃(食道)をつなぐ管に逆流するときに発生します。胃酸の逆流は痛みを伴う場合があり、食道の内壁を刺激します。WAGR症候群の子どもたちのGERDは、摂食を妨げる場合があり、嘔吐や吐き気、咳、呼吸困難を引き起こすことがあります。場合によっては、GERDは胃酸の気道への逆流を引き起こし、肺炎を引き起こす場合があります。
GERDについて:こちら(英語のサイトです)
慢性便秘 は、WAGR症候群の子どもと大人で頻繁に報告されています。自宅でできることとしては、体を良く動かすこと、水分と食物繊維をよくとること、プルーンまたは梨ジュースを与えることなどが短期的には役立つかもしれません。これらの対策がうまくいかない場合、またはプロバイオティクスなどの栄養補助食品の追加や下剤の使用を検討する場合は、消化器専門医(消化器系の疾患を専門とする医師)に相談する必要があります。
多くはないが報告のあるもの:
摂食の問題: 感覚統合障害に関連していると考えられる食物拒絶を含む
胆のうの問題:コレステロール症や胆石など
腸の回転異常 は、 出生前に腸が適切に回転しない場合に発生します。完全または部分的にある場合があります(虫垂が右側ではなく体の正中線上にあります)
横隔膜ヘルニア は、胸部と腹部を隔てる大きな筋肉に穴が開いており、腹腔側の臓器が胸腔側に移動してしまいます
胆道閉鎖症 は、肝臓の胆管が傷ついたり詰まったりして乳児期に発症します。この閉塞により肝臓の組織と機能を喪失することになる場合があり、肝移植が必要になる可能性があります
代謝と内分泌系の異常
WAGR症候群の代謝および内分泌異常には以下のものがあります:
・肥満 一部の人では、肥満はBDNF遺伝子の欠失に関連している可能性があります。WAGR症候群の患者の50%がBDNF遺伝子の欠失を持っています (上記のBDNF遺伝子の欠失を参照)
・インスリン抵抗性 とは、筋肉や脂肪、肝臓の細胞がインスリンにうまく反応せず、血液中からブドウ糖を適切には吸収できない状況です。
・糖尿病
・思春期早発症 とは、子どもの体から大人へと変わるのが早すぎる状況です(女の子では8歳未満、男の子では9歳未満)
・脂質異常症は、血中の脂質量(コレステロール、または中性脂肪などの脂肪)が異常であることです。WAGR症候群の患者では、脂質異常症は慢性膵炎や慢性腎臓病と関連していることがよくあります
脂質異常症の症状、診断、および治療についての詳細:こちら(英語のサイトです)
筋骨格系の異常
筋骨格系の異常は、WAGR症候群の人によく見られ、以下のようなことがあります:
筋緊張低下/ 筋緊張亢進は筋緊張の障害です
・筋緊張低下症とは、筋緊張の低下と柔軟性が高すぎることを指します
・筋緊張亢進とは、筋緊張が高すぎること、可動性と柔軟性が低いことを指しますつま先歩き かかとと地面がほとんどまたはまったく接触せずに、母指球で歩くパターン。
中足骨内転 足の前半分が内側に曲がる
タリペスは内反足とも呼ばれます。足は下向きと内向きに曲がっています
合指症 指が融合している状態
斜指症 指が横に湾曲している
片側肥大 体の片側または体の片側の一部が、反対測よりも大きい状態。
低身長とは、同じ年齢、性別、民族の人の平均身長よりもはるかに下回っている場合です。
側弯症 脊椎の横方向の湾曲
骨軟骨腫症 良性骨腫瘍の発生を特徴とする疾患。一部の人では、骨軟骨腫症があると「Potocki-Shaffer 症候群」と呼ばれる症候群を併せ持つ場合があります。遺伝子欠失が染色体11p11.2に及ぶ場合、Potocki-Shaffer症候群がある可能性があります
Potocki-Shaffer症候群の詳細:こちら(英語のサイトです)
神経学的異常
神経学的異常は、WAGR症候群の子どもと大人によく見られ、次のものがあります:
松果体の低形成 睡眠ホルモンであるメラトニンを生成する脳内の臓器である松果体の発育不全
脳梁の形成不全 2つの大脳半球をつなぐ脳の領域が部分的または完全に欠如している状態
脳神経の欠如または形成不全(発育不全)
・脳神経I:嗅神経 は匂いの感覚をつかさどります
・脳神経VI:外転神経は外向きに注視する動きをつかさどります
頭蓋内圧亢進症は、脳と脊髄を取り巻く空間の内圧が高まることが原因で発症します
てんかんは、神経系に影響を与える神経学的状態です。
てんかん/発作障害の症状、診断、および治療の詳細:こちら(英語のサイトです)
睡眠障害
WAGR症候群の子どもと大人にはしばしば睡眠に問題があり、次のような問題があります:
・入眠障害
・睡眠持続障害(中途覚醒)
・早起き(早朝覚醒)
・日中の倦怠感や眠気
WAGR症候群の人の睡眠障害は、閉塞性睡眠時無呼吸や松果体の発育不全、またはその両方の結果である場合があります。
閉塞性睡眠時無呼吸症候群は、睡眠テストで診断されます。このテストでは、人が眠っている間の血中酸素レベル、心拍数、呼吸、脚の動きを測定します。閉塞性睡眠時無呼吸の治療では、持続的気道陽圧装置(CPAP)を使用する場合があります。この機械は、気道が閉塞しないように喉の空気圧を上げることにより、睡眠中により簡単に呼吸できるようにします。
松果体の発育不全 松果体は脳にあり、体が睡眠を調節するのを助けるホルモンであるメラトニンを生成します。メラトニンの量が少ないと、睡眠障害を引き起こす可能性があります。
メラトニンの量が少ないことは、メラトニンサプリメントで治療することができます。これは、WAGR症候群の子どもと大人の入眠や睡眠の持続、睡眠全体の質を改善するのに役立ちます。メラトニンサプリメントは、医師の指導の下、良好な睡眠環境と合わせて使用する必要があります。
睡眠環境についての詳細:こちら(英語のサイトです)
このページは、International WAGR Syndrome Association(IWSA)の許可を得て、IWSAのweb siteの記事を翻訳・転載したものです
Translated by Madoka Hasegawa, October 2020