Research

物質の性質(物性)を決めるのは、主に物質中の電子です。

たとえば、電気伝導性は電子が動きやすいかどうかによって決まり、磁気的性質(磁性)は電子が持つミクロな磁石としての性質がどのように整列するか、磁場に対してどのような応答を示すかによって決まります。

これらの性質は、温度や磁場、圧力などの外的環境を変えることによって変化し、ある境界を境にして急激に状態が変わる現象を相転移といいます。その中でも、低温にすると急に電気抵抗がゼロになる超伝導状態への相転移は、研究者ならずとも魅了される現象です。最近、超伝導の中には磁性と深い関係を持つものがあることが分かってきました。

私たちは、磁性や超伝導、さらには次世代デバイス材料として注目されるディラック電子系やトポロジカル絶縁体に関して研究をしています。それらのメカニズムを明らかにするため、核磁気共鳴 (NMR) というミクロな研究手法を用います。その他にも、マクロ測定(電気抵抗・磁化・X線構造解析)やSPring-8での測定、試料作製、電子状態計算も行っています。 そして、 国内外の研究機関との共同研究を行っています。

核磁気共鳴 NMR

NMRとはNuclear Magnetic Resonance(核磁気共鳴)の略であり、原子核スピンを観測する手法です。原子核の周りには電子が存在し、両者はゆるやかに相互作用を及ぼし合っています。核スピンが感じるこの相互作用を利用することで、ミクロな電子状態を知ることができます。このNMRの原理を利用し、人体を非接触で非破壊観察するのがMRIです。NMRでは、いわば物質内部の「診断」を行うことができるのです。

私たちは、物質内の電子状態に関するミクロな情報を得るためにNMRを用いています。 数万気圧を印加できる圧力セルの中でNMR測定を行うことで、物性のメカニズム解明に役立てています。他にも、東北大学 金属材料研究所を利用することで、25テスラにものぼる強磁場下でのNMR測定も行い、新しい物性現象の発見とその解明に挑戦しています。さらには、密度汎関数法を用いた電子構造計算をNMR測定と併用することで物性解明に役立てたり、情報科学分野で利用されるベイズ推定の知見を駆使してデータ解析を行うなど、新しい研究ツールとしてのNMR測定を開拓することにも取り組んでいます。

出版論文:

ディラック電子系物質

結晶中の伝導帯・価電子帯の エネルギーは通常、波数の2乗 で近似され、金属ではこれが自由電子と呼ばれます。これに対して, グラフェン(炭素原子1層からなるハチの巣構造)は、エネルギーが波数に比例し、「質量 がゼロ」 の ディラック方程式に対応する特徴的なバンド構造を持ちます。このような電子はディラック電子と呼ばれ、グラフェン以外にもカーボンナノチューブ、黒リンで見出されており、これまでの電子系では実現できない特異な物性が期待されます。最近私たちの研究室では黒リンに着目して研究を行っており、黒リンがもつディラック電子系としての興味深い性質を明らかにしつつあります。

出版論文:

超伝導

超伝導はフェルミ粒子である電子がペア(Cooper対)を組むことによって生じます。その発現メカニズムを明らかにする上で問題になるのは、負電荷を持ち互いに斥力が働くはずの電子が、どのような仕組みでペアを組むのか、つまり引力の起源についてです。普通の金属で生じる「従来型」超伝導では、電子と格子(固体中の規則正しい原子配列)の間に働く相互作用(BCS機構)が引力の役割を果たします。

一方、銅系・鉄系超伝導体に代表されるd 電子系や、セリウム (Ce) やウラン (U) 化合物などの f 電子系、有機導体のようなp 電子系化合物では、電子間にはたらく強い相関(*)が引力の起源になっているのではないかと考えられています。 

(*) こうした物質群は強相関電子系と呼ばれ、物性物理の分野では最も精力的に研究されている分野の一つです。

 出版論文: 

イッテルビウム(Yb),サマリウム(Sm)系化合物の特異な電子状態

イッテルビウム(Yb)は、ランタノイド元素の中では最後から2番目に現れる元素で、4f 電子軌道に14個の電子を収納でき、Ybの状態では4f 電子数は13個です。したがって、4f13状態はホール (正孔) を1つだけもつ状態とみなすことができ、電子を1つだけもつCe3+の4f1 状態と対比できます。Yb系化合物に圧力をかけたとき、Ce系とは鏡に写したように反対に振る舞う面白さがあり、一方で最近では超伝導も報告されています。私たちは、磁気秩序相の非常に近傍にあると考えられているYbCu5やYbCo2Zn20などについてNMR・NQR測定を行っています。

同様に4f 多電子状態にありながら結晶場を考慮することによって、4f1 ホール状態と考えることができるサマリウム(Sm)系化合物についても研究を行っています。 希土類元素を含む化合物が示す様々な物性を、希土類元素の種類によって特徴づけることを目的に、サマリウム(Sm)化合物の磁性、電気伝導性、Sm価数に注目した研究に取り組んでいます。SmB6やSmSは、常圧下ではSm価数が2〜3価間の中間価数状態をとり、非磁性の半導体(近藤半導体)であるが、圧力の印加によって金属的かつ磁性を示すようになります。これらの物質は、近年ではトポロジカル近藤半導体の候補としても注目されており、4f電子状態やギャップの圧力依存性を核磁気共鳴(NMR)測定によって調べています。

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Ce (セリウム) 系化合物の多極子秩序

セリウム(Ce)は、ランタノイド元素の中ではランタン(La)の次に周期表に現れる元素です。化合物中では3価(Ce3+)に近い状態を取りやすく、4f 電子を1つ持ちます。その中でも、電気的、磁気的多極子秩序を示すと考えられるCe化合物について、核四重極共鳴(NQR)と核磁気共鳴(NMR)を用いた研究を行なっています。


CeB6は、3.3 K以下において反強四極子秩序を示す物質ですが、この物質について初めて11B-NQR観測に成功しました。秩序状態での11B-NQRスペクトル測定の結果、これまで考えられてきたOxy型の反強四極子秩序構造で期待される形状変化が観測されませんでした。また、磁場中反強四極子相で誘起される内場が有限の磁場下でゼロになる振る舞いが観測され、磁場中とゼロ磁場中では反強四極子秩序構造が異なる可能性を示唆する新しい実験結果が得られました。

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p電子系化合物

一次元有機導体(TMTSF)2PF6は、低次元有機導体において初めて超伝導が発見された物質です。X= PF6 を含む(TMTSF)2X(Xは他にAsF6,SbF6,ClO4,ReO4など。TMTSFはtetra-methyl-tetra-selena-fulvalenceの略)は、その結晶構造に由来して一次元性の強い電気伝導を示す物質群として知られています。

有機導体は結晶が柔らかいため、圧力をかけることによって基底状態が様々に変化し、(TMTSF)2X系でも磁気秩序相(電荷密度波)、超伝導相、金属相などが出現します。このように、強相関電子系の超伝導は、p、d、f電子系に共通して磁気秩序相近傍に表れるという点は非常に面白いところです。多くの(TMTSF)2Xは常圧あるいは高圧下において超伝導を示しますが、現在においてもその超伝導発現のメカニズムは良く分かっていません。そこで私たちは、この物質中で最も電気伝導性に重要な役割を果たしていると考えられるSe元素についてNMR測定を行い、電子状態の解明を行っています。 

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