黒リンにおけるディラックフェルミオンの観測 (20232月)

図1:黒リンの半導体-半金属転移

図2:高圧下1.63 GPa、4.2 Kで測定した1/T1 Tの磁場依存性

 質量ゼロのディラックフェルミオンに関係する研究は、これまでの固体物理学に相対論効果を取り入れることで新しい電子物性の可能性を切り開くものです。ディラックコーンと呼ばれる、波数に対して線形なエネルギー分散を形成して生成されるディラックフェルミオンの存在が初めて議論されたのは、2次元電子構造を持つグラフェンですが[1]、最近では3次元ディラックフェルミオン物質の特性を持つ物質が発見され、黒リンはその有力候補の一つです。黒リンは、グラフェンのような2次元層が波打つように折りたたまれ、それらが積層した構造を持ち、常圧下では半導体です。1.2-1.5 GPaの圧力印加で半導体ギャップが閉じて半金属相に転移し、ディラックフェルミオンが出現すると複数のバンド理論計算によって指摘されてきました(図1)。しかし、線形分散の観測に有力な角度分解光電子分光測定を高圧下実施することは難しく、その決定的な実験的証拠は得られていませんでした。

 本研究では、高圧下測定が可能で、かつフェルミエネルギーでの電子状態密度D(EF)に関する情報が得られるNMR測定によって、黒リンのディラックフェルミオン特性を調べることが目的です。図2は、4.2 Kで測定されたD(EF)を反映する1/T1Tの磁場依存性の結果ですが、10 T以上で1/T1Tが増大することを見出しました。最大磁場24 Tでは低磁場下での値の20倍を超えますが、このような1/T1 T、つまりD(EF )の磁場による増強は、私達が知る限り他の物質系を含めて例がありません。しかし、この磁場B依存性(~B^2)は、3次元ディラックフェルミオン系で現れるゼロモードランダウ準位モデルで良く説明されることが分かりました。つまり、本結果は、黒リンは圧力下半金属状態でディラックフェルミオンを有するだけではなく、それが3次元の特性を持つことを示す有力な結果です。

本研究は、長谷川泰正氏(元応用数学講座)、赤浜裕一氏(元極限状態物性学講座)との共同研究です。



[1] Novoselov et al., Nature 438, 197 (2005).

文献情報

Takuto Fujii, Yusuke Nakai, Michihiro Hirata, Yasumasa Hasegawa, Yuichi Akahama, Koichi Ueda, and Takeshi Mito

Giant Density of States Enhancement Driven by a Zero-Mode Landau Level in Semimetallic Black Phosphorus under Pressure

Phys. Rev. Lett. 130, 076401 (2023).