上向きと下向きの電子スピンが互い違いに配列して全体としてスピンが相殺している(b)Type II AFM 構造である可能性が高いことがわかりました。
硫化サマリウムSmSは、立方晶NaCl型の対称性の高い物質であり、圧力をかけるとSmの価数が2価(Sm2+)から中間価数(Sm2.X+)を経て3価(Sm3+)に変わる、「中間価数(価数揺動)状態」を取る珍しい物質(※1)として、半世紀にわたって研究者たちを魅了し続けています。SmSは常圧で半導体ですが、圧力をかけるとバンドギャップが減少し、2 GPa以上で金属へと変化(半導体-金属転移)します。さらに、2 GPa以上の圧力下かつ20 K以下では、磁気秩序を示す(磁石の一種になる)ことが2000年代に報告されましたが、どのような種類の磁気秩序であるのかは分かっていませんでした。他にも、SmSで見られる半導体-金属転移と非磁性—磁性転移のメカニズムや、「中間価数状態」とこれらの転移との関係は、まったく謎に包まれたままです。長年の研究にも関わらず、SmSの物性に未解明な点が多い理由の一つに、ミクロな電子状態を調べる実験(中性子実験、核磁気共鳴(NMR)など)が難しいという背景があります(※2)。
そこで、私たちは核磁気共鳴(NMR)が可能な同位体である33Sを約98%に置換したSmS試料を用いることで、初めてSmSの33S-NMR測定に成功しました。その結果、(1)非磁性-磁性転移が一次転移的であるものの、圧力印加とともにその一次転移性が弱まること、および(2)未解明であった磁気秩序構造を初めて明らかにすることが出来ました。以下でこの2点に関して、すこし詳しく説明します。
(1)2 GPa、15 K以上のNMRスペクトルは、常磁性状態の帯磁率を反映した温度依存性を示します。一方、15 K以下のNMRスペクトルでは、磁気秩序状態に対応する新たなピークが出現します(図1)。降温に伴い、常磁性成分の強度は減少する一方、磁気秩序成分の強度は増大します。このようなNMRスペクトルに2つの成分が共存する特徴は、この非磁性-磁性転移が一次転移であることを反映しています。さらに圧力を印加した2.2 GPa、3.2 GPaでも同様の2成分共存が確認されましたが、共存温度領域が狭くなることから、圧力によってこの転移の一次性が弱まると考えられます。
(2) 磁気秩序状態で、NMRスペクトルのピーク位置の共鳴周波数からのずれの割合は一定値を示すことが実験でわかりました。33S-NMRスペクトルはS核位置での内部磁場を反映するため、この実験結果はS核位置で内部磁場が打ち消し合う磁気構造で説明できます。また、NMRスペクトルの形状やピーク位置が温度依存性を示さないことと、スペクトルの線幅が常磁性状態に比べあまり広がっていないことから、結晶格子に対し不整合な磁気秩序や、スピン密度波の可能性を排除することができました。以上のことから、SmSの秩序構造が、反強磁性を示すランタノイド元素モノカルコゲナイドで観測例のある反強磁性TypeⅡ構造であることを初めて同定しました(図2参照)。
(※1)通常の物質では価数は整数値ですが、価数揺動系と呼ばれる物質(硫化サマリウムSmSもその仲間)では、時間に依存して正イオンに電子の出入りが生じて、正イオンが持つ価数は非整数となります。中間価数・価数揺動は、希土類化合物の物性を理解する上でカギとなる現象の一つとして知られています。
(※2)Smが中性子吸収体であるため、長距離磁気秩序のよいプローブである中性子実験を行うことが困難です。一方、NMR測定が可能な33S核は、自然存在比が0.75%と非常に小さいために、同位元素置換を行わない限り測定が困難です。
本研究は、東京大学の北川先生、日本原子力研究開発機構の芳賀先生との共同研究です。
S. Yoshida, T. Koyama, H. Yamada, Y. Nakai, K. Ueda, T. Mito, K. Kitagawa, Y. Haga
"Nonmagnetic-Magnetic Transition and Magnetically Ordered Structure in SmS "
Phys. Rev. B 103, 155153 (2021) ( Preprint arXiv:2010.05539 )