NMRによる「ミクロな目」から見た高圧下黒リンの半導体相と半金属相の電子状態

 (2020年4月)

図1:黒リンの結晶構造

図2:様々な圧力下で測定された、核スピン格子緩和率1/T1の温度依存性

 リン(P)はいくつかの安定同素体を持つ単元素物質であり 常温常圧では黒リンがもっとも安定です。この黒リンは、P原子からなるハニカム格子ハチの巣構造をひだ状に折り畳んだ単原子層が積み重なった構造を持ちます(図1。この単原子層の層数を変えることで、バンドギャップを バルク状態の0.3 eV から一層での 2.0 eV へと制御可能なことに加えて、その高い移動度から、次世代ナノデバイスへの応用が期待される物質としても注目されています。バンドギャップは、バルク状態に圧力を印加することでも減少し、約1.2 GPa(~1.2 万気圧)で半金属へと相転移が起こります。最近、この半金属相の黒リンが、「質量ゼロの粒子として振る舞うディラック電子」であると報告され[1]、トポロジカル物質としての新たな観点からも注目を集めています(※)

 私たちは、半導体から半金属への相転移をともなう電子状態の圧力変化を明らかにすることを目的として、バルク状態の黒リンに対して初めて系統的な核磁気共鳴(NMR)測定を行いました。 半導体相の測定は骨の折れる測定でしたが、本論文の筆頭著者である藤井君の根気強いがんばりにより電子状態の圧力変化の全貌が明らかになりつつあります。

 図2にさまざまな圧力下で得られた核スピンー格子緩和率 (1/T1)の温度依存性を示します。0.83 GPa以下の半導体相では、1/T1は200 K以上で圧力とともに増加します。一方、1/T1は200 K以下では圧力にほとんど依存しません。この結果は、1/T1が200 K以上でエネルギーギャップの影響を反映する一方で、 200 K以下では1/T1が不純物バンドの寄与が支配的であると考えれば説明がつきます。1/T1は状態密度と関係していますので、T1の温度依存性を観測することによって、エネルギーバンドを推定することが可能です。そこで、密度汎関数法(DFT)にもとづいたバンド構造計算を行い、1/T1の計算に必要な状態密度のモデル化を行いましたモデル化された状態密度を用いて計算した1/T1の温度依存性は図2の実線のように、半導体相の実験結果をよく再現できることがわかりました。この結果から、1/T1測定とDFT計算を組み合わせる手法が、圧力下の黒リンのエネルギーバンドの推定に利用できることがわかりました。

 さらに興味深いことに、半金属相が現れる臨界圧力よりも少し高いと予想される1.63 GPaでは、1/T1が常圧の値に比べて1桁以上も大きくなることがわかりました。これは、半導体相から半金属相に変化することで状態密度が急激に増大したことを反映していると考えられます。今後、この半金属相における電子状態を解明するために研究を進めていきます。

(※)ちなみに黒リンは、本学の赤浜裕一教授らによって1982年に初めて単結晶合成に成功 [1]した歴史をもつ兵庫県立大学とゆかりの深い物質でもあります。


[1] S. Endo, Y. Akahama et al., Jpn. J. Appl. Phys. 21, L482 (1982)

文献情報

T. Fujii, Y. Nakai, Y. Akahama, K. Ueda, and T. Mito

Pressure-induced evolution of band structure in black phosphorus studied by 31P  NMR

Phys. Rev. B 101, 161408(R) (2020)

arXiv:1905.05511