「末法」とは

講述 平松正宣(教元寺副住職) 2023年4月30日

今回の法話を担当させていただきます、教元寺の平松です。よろしくお願いいたします。

 浄土真宗の各教団では、今年2023年を「宗祖親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年」として、慶讃法要を行っています。いわゆる「立教開宗」の根拠として、親鸞聖人の著作である『教行信証』が元仁元年、西暦で表すと1224年に成立したとする説があることから、後世になってこの年を「立教開宗」の年と定めたことによります。

 『教行信証』に「元仁元年」と記された部分を述べますと

 

三時教を案ずれば、如来般涅槃の時代を勘(かんが)うるに、周の第五の主、穆(ぼく)王五十一年壬(みずのえ)申(さる)に当れり。その壬申より我が元仁元年甲(きのえ)申(さる)に至るまで、二千一百八十三歳なり。また『賢劫経』・『仁王経』・『涅槃』等の説に依るに、已にもって末法に入(い)りて六百八十三歳なり。(『真宗聖典』360頁)

 

とあります。

 その内容を要約すると、「様々なお経の内容を調べると、釈尊(お釈迦様)が亡くなったのは今の元仁元(1224)年から遡って2,183年前で、末法に入ってから683年になる」ということかと思います。

 それでは、末法とは何でしょうか。釈尊が亡くなってからの時代区分の考え方で、諸説ありますが、没後500年間は教えも正しく伝わり、教えに基づいて修行して悟る人もいる正法という時代。正法の時代が終わって1,000年後までは、教えに基づいて修行する人がいますが、悟る人がいなくなる像法という時代。そして像法の時代を過ぎた後、つまり釈尊没後1,500年以降の時代は、仏教の教えが微細なものとなり、人々が争いばかりを起こして邪見がはびこり、教えが効力をなくしてしまう時代といわれています。それが末法です。

 歴史の授業などで「末法思想」という言葉を聞いた方もいらっしゃるかと思いますが、日本においても末法の到来が恐れられており、その当時の人々は経典を書いたものを金属などの丈夫な容器に入れて土の中に埋めたりするなど、教えがいつまでも正しく残るように願っていました。

 幸いなことに、現代に至るまで経典は伝わり、読みやすく現代語訳された本が多く出版されています。またインターネットでも公開されていることから、その気になれば誰でも気軽に読むことができる時代となっています。しかし、経典を読んでいても教えを信じている人は、ごくまれなのではないかと思われます。その意味では、現代こそ末法の時代ではないかと思われます。

 阿弥陀仏は本願で「あらゆる衆生を救う」と誓われています。「あらゆる衆生」とは、言いかえるなら「時代や場所、老若男女や人種を問わない全ての人々」ということではないでしょうか。親鸞聖人が『教行信証』の中で、「今が末法の時代である」と言及したのは、「末法のように正しく教えで悟れる人がいない時代だからこそ、私たちは本願念仏の教えでのみ救われる」ということを伝えたかったからではないかと思われます。