DNAから読み解く植物の歴史
植物の集団分化において地理的隔離は欠かせない要素です。例えば,植物集団が海によって隔てられるとどうなるでしょうか?海峡を越えて種子や花粉を飛ばせない限り,両岸の集団は遺伝的に交流することができず,同じ地域の個体間でのみ交配が起こります。こうした隔離が長期間続くと,地理的に隔てられた集団では独立に遺伝的変化が起こり,分布域ごとに異なる特徴を備えた集団が形成されていきます。
系統地理学(phylogeography)は,広域で生物のDNA変異の地理的な分布を調査することで,生物の過去の分布や集団隔離の仕組みを解明しようとする学問領域です。植物を対象した初期の系統地理研究では,植物の葉緑体DNAや核ITSといった種間で共通の遺伝マーカーが用いられ,2000年代からは種特異的なマイクロサテライトマーカーや核ゲノム中の多量のSNP変異が分析に使われるようになりました。いずれの方法においても,DNAのタイプ(ハプロタイプや遺伝的クラスター)を地図に書き込んで,その地理的分布を考察していきます。
こうした考察においては,集団遺伝学から発展した集団動態パラメータ推定法や過去の種分化モデリング,地層から掘り出された化石などの情報も合わせて検討されます。データソースを複合的に取り入れて精緻な検討を行うことで,より正確に植物の歴史を理解できるようになります。
系統地理学研究として私たちは以下のような研究テーマに取り組んでいます:
・広域分布型植物の分布形成史の解明(アキノキリンソウ)
・比較群集系統地理から探る過去の環境変動史(多雪地帯の植物群集,太平洋側の温帯植物群集)
・大陸と島嶼での系統分化