武蔵野学院大学 研究論文
竹内 恵 他さやま水防検討会 共著
さやま水防検 公式webサイト
竹内 恵 他さやま水防検討会 共著
竹内恵、伊藤彰、竹洞賢二、皆川健治、西角経一
Construction of Regional Disaster Prevention Network Indispensable for Regional Revitalization: #2
Action research for Evaluation and Policy Recommendations of Hazard Maps by Citizens
Megumi Takeuchi , Akira Ito , Kenji Takehora , Kenji Minagawa , Kyoichi Nishikaku
【キーワード】 地域活性化・地域防災ネットワーク・ハザードマップ
緒言
近年の我が国に於ける豪雨災害の多発は、当地狭山市でも防災上、喫緊の課題となっている。前回(研究紀要第16輯、2019)はハザードマップの評価検討と自主防災ネットワーク構築をテーマに、地域有志の取組みを報告したが、本稿ではその後の展開について、実践報告をするものである。
特に今回は、2019年に発足した「さやま水防検討会」の会員有志による共著として、調査研究や施策提言と進捗について、共著者各員の専門的知見から多面的に考察・報告したい。
そこでまず、共著者(敬称略)について本文執筆順に簡単に触れておきたい。伊藤は狭山市議会議員を長く務め、現在はさやま水防検討会(以下、水防検と略記)事務局長・防災士。竹洞は地域環境イベントボランティアを務め水防検会長。皆川は地域環境活動に取組み河川や治水についても知見を持つ。西角は元航空自衛官で救難ヘリ等での災害現場や本部指揮官として多くの実践に携わる。竹内はケーブル局で番組制作を担当する中で地域活性化と防災について課題意識をもち水防検発足に加わる、本学AAF(客員研究員)。
以上のメンバーにより、今期も課題提起を主眼に、次項以下、各員の論を展開する。このため、本稿は必ずしも学術論文の体を成さないことを予めご了承願うものである。
1.「ハザードマップ」改訂に向けた県・市の状況、及び水防検討会の取り組み。(伊藤)
1.1平成30年7月豪雨の教訓 空前の大災害となった平成30年7月豪雨から筆者ら水防検は以下の様な課題を見出した。まず多くの被災地で浸水想定降水量に達する前に災害が発生していた事。洪水を想定した想定降水量に到達する前に災害が発生すれば、避難のタイミングを逸する事になる。また現行法では水防法第十四条により、洪水予報河川と水位周知河川という国、県の管轄する特定の河川(河川区域)のみが浸水想定対象となっているが、多くの場合、想定のない中小河川からの氾濫している事。またダムの異常洪水時防災操作により浸水想定の無い地域でも洪水が発生した事。ダムの設計雨量を超えるとダムの崩壊を避けるため緊急放流を行うが、それまでダムにより調整されていた流量が、ダム下流域には豪雨の流量に加算され大きな被害を及ぼす。また内水氾濫による市街地の水没は避難や救援活動に障害を及ぼす事。現状の制度では内水氾濫の水量は外水=河川による浸水想定に加算されていない。さらに各地区浸水想定区域内に避難所が存在し、浸水想定を超えるような豪雨時の災害を想定していない場合がある事、そのことが避難時の混乱に繋がっていた。筆者らは岡山県倉敷市による真備町の災害報告書から多くを学び、狭山市のハザードマップを照らし問題点を抽出し整理していった。そしてそのことを行政に伝えるべく活動を検討していた。
1.2議会請願 一握りの市民の声だけでは行政を動かすことは出来ない。しかしその声が市民にとって行政にとって必要な事であるとき、小さな声でも必ず共鳴し共感を得、大きな渦となって行政を動かすことが出来る。そう考えた筆者らは議会請願を試みることにした。
令和元年3月定例会に際しては、会派協議の時間も無く請願提出は断念し、次回6月定例会で請願検討を促す旨の陳情書を提出した。その後狭山市議会は改選の時期となった。4月下旬の議会選挙に向け手分けをし候補者全員との面談協議を図った。選挙の渦中という状況にあったが殆どの候補者が面談に応じた。一方一般の市民への啓発も兼ね会員により協賛署名を集める事とした。6月定例会は十分な時間を取り会派協議に望んだ。請願は具体的なもので、洪水の発生から市民の生命と財産を守るため、具体的課題を明らかにし、結果2条12項目の請願に仕上がっていた。またその時市民の請願協賛者は43名に達した。5月31日、7名の紹介議員の下に全会派、無所属の議員の賛同を得、目指していた「オール狭山」による議会請願が実現した。
6月定例会に議会請願は付され、6月14日総務経済委員会、建設環境委員会の合同審査が行われた。提出者代表である筆者の議案説明が認められ、各議員から前向きな意見、質疑を得、全会一致で可決された。委員会審査を踏まえて最終日、本会議において満場一致の可決を見た。その時一握りの声が狭山市議会全体の声となった。そしてそれまでに水防検は請願内容を行政にも平行して説明し、市行政からも同じ方向で取り組む旨同意を得ていた。
1.3想定最大規模降雨(740mm/72h)による浸水想定区域図の見直し(埼玉県)
筆者らの活動は、現行の防災行政、制度を批判するものではあったが、その否定を為にするものでは無かった。筆者らは平成30年7月豪雨の教訓から、水防災について国全体の大きな見直しが必要だと考えていたが、それは国土交通省や内閣府でも同じ考えのもと行動を始めた。平成30年7月豪雨災害を踏まえて、国も課題の整理、制度の改変の必要性を検討していた。
その一つが水系ごとの想定最大規模降雨による洪水予報河川、水位周知河川等の浸水想定区域の見直しだった。現状ハザードマップの元となる浸水想定区域は堤防の設計上想定された降水量を元に設定されているが、近年の豪雨災害はその設計雨量を超え甚大な被害を及ぼしている。そのために最大規模降雨を想定した場合の浸水想定区域の表示が新たに必要となっていた。県の浸水想定の見直しは、そのまま市のハザードマップの見直しに繋がる。令和元年度埼玉県は想定最大規模降雨による浸水想定の見直しを行う事となった。
筆者らは、この機会に狭山市を通じ埼玉県に対し、水防法第十四条で指定されない中小河川も同じく想定最大規模降雨により浸水想定区域を設定するよう要望した。
1.4 令和元年台風第19号から学んだこと 埼玉県により想定最大水量による浸水想定区域の見直しが行われているとき、全国に重大な被害を及ぼした台風第19号が発生した。筆者らは、市内の被害状況の把握に努め、調査し発信した。また行政に対し、避難情報の早めの発信、有間ダムの情報開示などについて要請した。地域ケーブル局に有間ダム情報の告知を依頼した。台風通過後翌朝から市内被災状況を調査し、また被害情報の発信者から情報を集めた。それらを報告書にまとめ冊子を作り、関連機関、市民団体等に配布した。令和元年台風第19号から筆者らは多くを学んだ。入間川では上奥富堰の右岸で小規模ながら越水氾濫が発生していた。また小さな農業用水路の流入口では随所で堤防の崩壊や穿掘が発生していた。上流部笹井堰では、越水まで40cmまで水面が上昇、氾濫の危険があった。不老川では直前に河川改修を行っていたが、改修され新設された東山王架橋付近の堤体が崩壊し橋が通行止めとなった。他に数カ所で中規模の穿掘があった。霞川は入間市で数カ所穿掘があり、入間川合流部では1mに及ぶ浸水が生じ河川敷運動公園の施設が破壊された。台風第19号は、10月13日未明に概ねの降雨は収まり市街地への氾濫、洪水被害には至らなかったが、新富士見橋の水位計でも笹井堰の状況からもあと40数cm降雨があれば災害に及んでいた事が判明した。しかし一方で降水量全体では想定雨量の66.5%しか降っていなかった。入間川の最大水位上昇分は3.2mで、想定の6割7分の降雨で氾濫危険水位の8割6分に及んでいる事を示していた。
1.5行政折衝 新しい浸水想定区域の検討される最中、水防検は狭山市危機管理課と数回、危機管理課の調整により、下水道施設課、道路雨水課の3課を交えての協議を行った。また埼玉県の河川砂防課と折衝し入間川における有間ダムの越水時の影響などの調査を依頼し回答を得た。県によると狭山市から約30km離れた有間ダムだが、越水放流が始まると、全流量の約8%の影響があるとの報告を得た。予想した通り市にとっても重大な影響のある事を明らかとなった。また今回の浸水想定区域の改訂では農業用ダムや農業用水などの施設による影響が反映されない事が明らかとなり今後の課題として共有した。
令和2年5月埼玉県から新しい浸水想定区域が発表された。この浸水想定区域図は、洪水予報河川及び水位周知河川について、想定最大規模降雨による浸水想定区域図、浸水継続時間の区分図、氾濫流による建物の倒壊危険箇所図、河岸浸食による建物の倒壊危険箇所図、計画規模の降雨による浸水想定区域図と5種類の地図。それに加えて、想定最大規模の降雨により洪水の予想される中小河川について、洪水リスク情報図として18河川が追加された。その中で狭山市に関し入間川広瀬橋上流部、不老川、霞川の浸水想定区域図も加わる事となった。
1.6新しいハザードマップの策定に向けて 令和3年度、埼玉県の新しい浸水想定区域図を元に、新しいハザードマップの策定の為、行政と協力し望む事になる。県の浸水想定は狭山市の該当区域図で14枚に及ぶ。水防検は市民の目から見て災害時役に立つように、内水洪水ハザードマップや崖崩れ危険箇所などの情報も加え狭山市全体の地図を重ね合わせ一つの地図を作り、それを元としてハザードマップの策定に取り組むように働きかけている。市民からすれば災害時、複数の資料を見てと言うわけにはいかない。ひと目見て在住地域の危険を理解し、避難方法が判断できるものになるように取り組んでいきたいと考えている。また策定にあたり地区防災協議会の設置を促し、水害の危険に対応した避難所、避難場所の設定に市民を巻き込みながら行政と共に検討して行くことを目指している。
2. 地域活動としてのさやま水防検討会の活動と地域諸団体とのネットワークの構築について(竹洞)
前回(第16輯・2019)の原稿出稿後、狭山市議会にハザードマップ改定等についての請願書を提出し、受理・採択された。並行してこれまでの勉強会を「さやま水防検討会」として公民館登録し、任意団体としての活動を始めた。
団体として地域で活動することで得られた成果と問題点について考察する。
2.1 会の実際の活動として、①現状のハザードマップに基づいた実地調査②専門家を講師としての講演会の実施③台風襲来等の被災の記録とその公表、が主であった。
このうち①については別項に譲る。②公民館での講演会は、熊谷地方気象台の広報官を講師として専門知識を分かりやすく解説していただき、その後の意見交換会やワークショップはたいへん好評であった。また、勉強会では得られない知見を聞くことができた。
その中でも大きな収穫は、思った以上に自治会によって個性があるということだった。地理的特徴が大きい。河川付近の、被災想定自治会とそうでないところでは意識の持ち方が大きく異なる。内水溢水を受けやすいところとそうでないところも同様である。このことは、自助・共助の前提として、公助としての情報共有の点から問題が出てくるところである。
2.2被災想定自治会内部でも問題を抱えている。自治会から脱退する住民の増加だ。高齢化により自治会活動が十分にできない・若い世代で周囲に知合いがいない等が理由と思われる。また、役員も抱える役目が多いために、避難準備のための情報収集が十分にできていないことも挙げられる。自助が前提ではあるが、実際被災したときは会員・非会員の区別はない。またこれは役員だけが頭を抱える問題でもない。昔からの向こう三軒両隣の知恵を活かす努力を住民相互にすべきだろう。その意味で新たな概念として「近助」(きんじょ)が肝要と考える。
3.3個人情報保護の観点から、役員が収集した情報をどのタイミングでどこまで使うかも難しい。むしろこういった部分は行政との連携で進めた方が良いと考える。「近助」が上手くいかない場合も被災のときは有効であろう。
2.4こういった問題点は勿論すぐには解答が出てこない。一つひとつ丁寧に当たっていけば、他の点の解決のヒントにもなる。肝要なのは焦らずに対処することであろう。そして自治会内部での諸問題を解決しながら自治会独自のハザードマップを作ることが避難には有効だ。前述のように自治会で様々な個性を持っているからである。
2.5自治会ごとのハザードマップが出来上がったところでその近隣の自治会はそのマップの突合せをすることが必要である。自治会相互にその個性を知っておくことが共助のきっかけになるからである。その結果必要な準備資源(組織・人員・物資・設備等)を共有できる。また、そこに行政が加わることで、公助と共助の棲み分けを共有できる。慌てずに着実に進めることが必要であると考える。
3. 現地調査に基づく現行ハザードマップの課題について(皆川)
3.1狭山市の現行ハザードマップ
現在、埼玉県狭山市における防災情報は、震災編、風水害編及び防災情報で構成されている「狭山市防災ガイドマップ」(平成28年6月発行)がある。その他、水防に関わる情報として「入間川洪水ハザードマップ」(平成27年5月発行:狭山市防災ガイドマップ内に掲載)、土砂災害防止法(*1)に基づいて作成された「土砂災害ハザードマップ」(平成26年1月~平成28年7月指定の25カ所)、「狭山市入曽地区防災計画・不老川流域防災マップ」(平成30年6月発行)及び「狭山市内水(ないすい)ハザードマップ」(平成31年3月更新)が個別に開示されている。
水害で人命を守るためには、川の氾濫はもちろんのこと、内水氾濫による避難路、救助路の阻害、土石流による被害なども勘案する必要がある。現行の入間川洪水ハザードマップでは、浸水想定エリアの近接箇所に避難所が設定されているなどの問題があることから、地形、避難経路などの現地状況を詳細に把握する必要があると考え、現行ハザードマップをもとに現地調査を行うこととした。
*1:土砂災害防止法:土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律;平成12年5月
3.2現地調査の対象箇所と事前準備および方針
3.2.1対象箇所
狭山市の地形は、北西部は坂戸台地、南東部は武蔵野台地が覆い、その間に入間川低地で構成され、台地の縁には河岸段丘涯が続きハケ下となっている。また入間川低地には多くの農業用水路が流れている。市内を流れる河川としては、入間川や霞川などの入間川水系と不老川や久保川などの不老川水系に大別(*2)され、各河川周辺は住宅などに開発され、都市化が進んでいる。このため想定される水害も氾濫による浸水、崖の崩壊による土砂災害や内水浸水など様々である。このため、現行ハザードマップによる浸水想定地区、土砂災害想定区域、内水被害箇所、浸水被害箇所および支流河川との合流箇所を現地調査対象とした。
*2:入間川は荒川に合流し、不老川は新河岸川を経由して荒川へ合流するため、全体は荒川水系として括られる。
3.2.2事前準備および方針
■一般市民が入手できる詳細な地形情報
水防の現地調査の行うためには、地形の勾配や標高などを把握し、水害リスクを想定する必要がある。国土地理院の15,000分の1の地形図でのコンター(等高線)ピッチが5mであり、浸水時水深等の想定を行うことができないため、より詳細な地形図が求められた、このため一般市民でも入手可能であった狭山市都市計画基本図2、500分の1(コンターピッチ2m)を入手し、現地調査用の基礎情報とした。
■後で確認できるような記録の実施
調査後、現地状況を再確認ができるように、また多くに人に状況を伝えるために、写真やビデオなどで調査状況の記録を行うこととした。
■生活者へのヒアリング
水害の場合、水が引いた後では水害の発生状況、時間変化などの状況を正確に把握することが難しいこともある。このため、水害状況や過去の経緯などを、地域在住の人に聞き取りを行うこととした。
3.2.3対象地の抽出
市内の地形特性は、前述の通りであるが、浸水想定として「柏原地区」「広瀬地区」「鵜の木地区」、土砂災害想定として「笹井地区」、実際に内水被害が生じている「水野地区」実際に浸水被害が生じている「入曽・下原地区」および「加佐志地区」など、狭山の地域特性を代表する場所を対象とした。
3.3現地調査の実施
2019年7月24日入間川浸水想定区域の柏原地区の避難所と周辺地域の調査を皮切りに、現在までに7回の現地調査を行った。(下表参照)
No 実施日時 地区名 対象水害
1 2019年7月24日 柏原地区 入間川の氾濫による浸水想定地区
2 2019年8月7日 広瀬地区 入間川の氾濫による浸水想定地区
3 2019年8月16日 水野地区 内水による被害箇所
4 2019年9月25日 入曽・下原地区 不老川による浸水被害箇所
5 2019年10月7日 加佐志地区 久保川による浸水被害箇所
6 2019年11月13日 笹井地区 入間川の浸水と土砂災害想定区域
7 2020年6月26日 鵜の木地区 入間川と霞川の合流による浸水想定地区
3.4現地調査で把握できた課題
7回にわたる現地調査の結果、様々な課題が確認されたが、ここでは紙面の都合上、以下の2点のみを記述する。
3.4.1現地状況と多様な水害リスクを勘案した避難所の指定
柏原地区の「柏原小学校」は、避難所として指定されている。浸水想定は、隣接する柏原中学校は冠水、柏原小学校は未冠水の想定となっているが、現地調査の結果、隣接する柏原中学校の地盤が約50cm高いことを確認した。つまり柏原中学校が冠水すれば「柏原小学校」も冠水するということになる。また土砂災害ハザードマップでは小学校の一部が土砂災害警戒区域内となっていることなど、避難所として適正に問題がある。避難所の指定は、行政に仕事である。このため多様な水害リスクを勘案するともに、机上の計画のみでなく現地の状況を把握した上で避難所を指定することが、行政側の最低条件であると考えられる。
3.4.2急速な市街化による雨水対策の不備と市街地の変遷で発生するリスク
狭山市は、昭和50年代に多くの流入人口があり、それに伴い多く林や畑などの宅地化が進んだ。また市内には、小規模な宅地開発の集積地が多くある。水野地区の一部もそのひとつである。周辺の急激な都市化による保水力の低下や広域的な雨水対策の不備などで雨水が一気に集まり、内水被害の発生要因となっている。また、広瀬地区の浸水想定エリア内には、宅地外周道路の縦断線形の改良に伴い、60cmほどの窪地状に取り残された平屋住宅も見受けられた。築年数から推測すると高齢者住居の可能性もある。周辺浸水想定は1mであるが平屋および窪地であること考慮すると大きなリスクのある箇所でもある。
このように地域により水害リスクが異なることから、地域状況に応じたハザードマップが求められている。また広域的なハザードマップでは把握出来ないリスクがあり、きめ細かな対応が出来る、地区ごとのハザードマップ整備が急務である。
3.5現地調査を振り返って
今回の現地調査は、狭山市の一部の調査であると同時に概略調査である。一方、調査スタート後の2019年(令和元年)10月12日に上陸した台風19号以降のヒアリングでは、住民の危機意識は強く、以前に比して大きく変化した。なお避難所名を記したのは、ハザードマップの重要さと公的責任の重みを考慮して具体名を記した。
4.「避難勧告」と「避難指示」についての考察(西角)
4.1「避難準備・高齢者避難開始」「避難勧告」「避難指示」、災害対策基本法第56条、第60条に規定された市町村長が発することができる緊急時の避難に関する勧告・指示である。いずれも拘束力をもつものではないとされており、市民等(市町村民、以下「市民」と記載)は市町村長が発する各種勧告・指示を判断の参考にするが、自己の行動を決定するのは市民自身であるという原則が貫かれている。
4.2筆者は、この「避難指示」には拘束力をもたせるべきであると考える。
「避難勧告」と「避難指示」の違いが不明瞭であるとの声が強いためか、各市町村はホームページの災害対策部分にこの説明を含めているところが多い。その大半は「危険の切迫度の違い」により区分されているとされている。
ここで問題となるのが、「避難勧告」と「避難指示」の差異となる「危険の切迫度の違い」が、状況が切迫した時に正しく市民に伝わり理解されるかということである。「危険の切迫度」は、過去及び現在の様々な要素を含む多くのデータからの総合判断である。観測点の水位等から機械的に判断されるものではない。このようなデータの一部は、関係機関により各種媒体を通じて市民に伝えられてはいる。しかし、ひとりの市民が同様のデータを共有することは困難であるし、市民ひとりひとりの思考が異なるため、ひとつのデータに対する判断も千差万別である。従って現状の「避難勧告」「避難指示」の区分は、市民の間では漠然とした理解にとどまり、市町村への信頼を加味しても、市町村が期待する一斉の避難行動の動機付けとしては不十分である。
逆に身体的理由等による行動の制約、同居者や住居環境の相違による水害に対するこう堪性の差異等の個人のデータを市町村が細部まで把握することは極めて難しい。このため、個人に最適な避難行動は、個人でなければ判断が困難であるという面があることも事実である。従って、避難行動にあたっては、自己の状況を見極めて個人が判断する余地を確保することも必要である。このため「市町村の勧告により自己決定を行う。」という「避難勧告」を設けることは必要である。
4.3しかし、更に「危険度が切迫したとき」は、個人の判断を越えて「拘束力を持った避難指示」を出すべきである。これは、避難の時機を失することによる人命の損失を防ぐのみならず、避難が遅れた場合に発生が予想される要救助事態において救助に当たる人員の安全確保という点からも必要である。避難の時機を失し、事態が厳しくなってからの救助活動は危険であり救助失敗の可能性も高い。また、市町村が指向できる救助能力にも限界があり、その能力以上に要救助事態が同時多発した場合、総てに対応することは困難となる。このような状況に至って人命の損失を招くことを防ぐためにも事態が切迫した場合、「拘束力を持つ避難指示」を発出し、対象者全員を避難させることが必要である。
近年、気象観測機材の性能向上等による気象データの精度向上はめざましいものがある。天候の推移や降水量を正確に把握できるようになったばかりでなく、未だ概略ではあるが、河川の流水量の予測に基づく氾濫の危険性についても伝えられるまでになった。市町村長が、「拘束力を持つ避難指示」を確かな情報に基づき発出できる態勢は整いつつある。
4.4セイフティーネットという考え方がある。経済的な分野のものであるが、何らかのリスクが発生した時、最悪の事態から保護する仕組みを意味する。水害に対処するうえでも同様の考え方をとり、人命が失われる状況に陥る前に市町村が拘束力を持って市民を安全に避難させることが望まれる。
4.5最後に法的視点から「拘束力を持つ避難指示」と行動の自由との関係について私見を述べる。まず、「拘束力を持つ避難指示」が制約するのは、生命の危険が予想される地域に留まらないことである。現行の避難指示は避難所に留まることを求めているが、水害の場合は、安全が確保され連絡が可能であれば指定場所に留まることを求める必要はない。この状態が行動の自由の制約に当たるか否かについて、まず議論が必要である。次に、制約を受ける対象となるのは、当該市町村の特定地域の住民に限られ、時間的にも当該地域に立ち入ることにより生命の危険がある間のみである。更に、緊急避難の考え方は現行憲法でも肯定されている。このため、筆者は「拘束力を持つ避難指示」が憲法に抵触するとは考えないが、この点については、様々な議論があると考える。しかし、憲法に始まる各種法規では、国民の生命を守ることが優先すべき事項のひとつであり、このための市町村等の各種機関の行動を制約するものであってはならない。
今後も水害の多発が予想される我が国おいて「避難勧告」と「避難指示」が、その目的達成に最適なものとなり、市町村長によって的確に運用され、水害での死者がひとりでも少なくなることを願うものである。
5.考察評価と展望(竹内)
本稿の冒頭で述べた通り、本年は共著者とともに多面的な視点から地域の水防の課題を検討し経過報告や課題の提起を挙げてきた。水防検という小さな民間のグループで扱うには課題が大きく、内容も多岐にわたっているため、これを一つの論文として発表することに多くの論議があった。しかし、雑多とも見える多岐にわたる内容は、それ自体が容易には解決できない地域防災という課題の難しさを如実に示すものと言えよう。多年にわたり地域メディアの視点から地域活性化を考えてきた筆者は、敢えて、多岐にわたる課題を論文の俎上に展開し、狭山市の現況を率直に提示したいと考えるものでもある。
水防検による本研究は「安全安心のまちづくり」という課題を「ハザードマップ」を継続的に評価検討する経過から施策提案にまとめるという具体的課題を持ったものである。一昨年2018年の時点から現在まで、狭山市当局もこうした取組みを進めているが、これまで述べてきた通り市民の側も意識を持って積極的に取組むことが求められていると考える。
今回、水防検の活動を通じて地域防災ネットワーク構築を考える上で、共著者とともに明確化した課題として、改めて以下の事項を列挙する。これは過年度に挙げたものとほぼ同様であるが依然として具体的な改善を見ることなく喫緊の課題であることから、一部改訂の上、ここに再掲する。
5.1 行政側の責任
5.1.1「平成30年7月豪雨」にもみられた「想定外」の見直し
5.1.2「想定外」の状況で市民が「正常性バイアス」に妨げられず的確な避難行動をとり
得るように情報を示す責任。現状の「ハザードマップ」は直接、避難行動のガイド
ではないので、市民は如何に行動すべきかを知らず避難のタイミングを失う危険がある。
5.1.3「ハザードマップ」が示されたことで却って、入間川以外の中小河川や農業用水の問題が欠落している。中小河川・農業用水を含めた浸水想定のオーバーレイが必要である。
5.1.4有事に期待される地区単位の消防団には限界があることを見込んだ防災計画。
過去の大規模災害では消防団員自身が被災し組織的運用に支障が生じた事例が多く
報告されている。
5.2 市民側に求められる課題
5.2.1 有事の際、行政によるサポートには限界があることを認識すること。
5.2.2 同じく、当地域の有事には、海抜の低い都心部により深刻な影響が及ぶと想定さ
れるため、首都機能の早期回復が優先されることを認識すること。
5.2.3 行政が提示する避難行動指針を充分理解し地域単位でのタイムラインを見込んだ対応策を整えること。
5.2.4 「ハザードマップ」では示し得ないマイ・タイムラインを定めての予防的避難行動については災害心理学的手法で動線予測を立て地域市民の安全誘導策を整える。これについては行政側も課題としてとらえる必要があることは論を俟たない。
「ハザードマップ」を市民に示すことが行政側のゴールであってはならない。改訂のための改訂でもない。直接に市民の生命・財産を守るものでなければならない。
また「ハザードマップ」を手がかりの一つとして地域市民自身が地域防災を考えることが肝要と考える。
行政サービス力の及ぶ範囲に限りがあるところを徒らに批判するだけでは、地域防災は進展しない。限られたリソースを如何に有効活用し、自らの手で地域を守れるかは今後も常に問われる課題であると認識し、具体的施策提言に向けて更に深め、アップデートした調査研究が水防検の急務と考える。
6.結びに代えて
地域防災を基盤としない地域活性化は、今やあり得ない。時として「狭山は安心安全なまち」と耳にすることもあるが、何を根拠としているのかと訝しく思う。幸運にも大災害に遭わなかったことを以て「安心安全なまち」とするのは虚しく危険な幻想である。「安全安心のまちづくり」を単なる美しいスローガンに留めず「想定外」を排した強靭な「ふるさと」たる狭山市を実現できれば、転入人口を獲得し、以て地域活性化に貢献するものと考える。
「災害はあったが、犠牲者はゼロだった」を目標とし、水防検の活動を意識を強くもって進め、次の機会があればより深めた提言や報告をしたいと考えるところである。
7.謝辞
本稿を草するにあたり、共同執筆の労をとられた、さやま水防検討会の伊藤彰、竹洞賢二、皆川健治、西角経一の四氏に心から厚く感謝の意を表するものである。
8. 参考文献
平成30年7月豪雨災害 対応検証報告書 [2019/04岡山県倉敷市]
倉敷市ハザードマップ
平成30年7月豪雨災害に係る 三原市災害対策本部及び被害状況等について(最終報)[2018/09広島県三原市災害対策本部]、三原市ハザードマップ
愛媛県大洲市肱川地区ハザードマップ、
大規模広域豪雨を踏まえた 水災害対策のあり方について ~複合的な災害にも多層的に備える緊急対策~ 対応すべき課題・実施すべき対策に関する参考資料 [2018/12国土交通省 水管理 国土保全局]
平成11年度版狭山市ハザードマップ [1999/04狭山市]
平成27年度版狭山市入間川ハザードマップ [2015/04狭山市]
荒川水系入間川洪水浸水想定区域図、水害リスク情報図[2020/05埼玉県]
武蔵野学院大学日本総合研究所 研究紀要第16輯(2019年)
Construction of regional disaster prevention network indispensable for regional revitalization:
Action research for Evaluation and policy recommendations of hazard maps by citizens
Megumi Takeuchi , AAF
【キーワード】 地域活性化・地域防災ネットワーク・ハザードマップ
緒言
少子高齢化が進む今日、当地狭山市も例外ではなく、自治体の行政サービス力を保つためには財源となる税収確保が求められる。一方、狭山市の人口は近年、暫減傾向にあり新住民獲得は税収増の要と言っても過言ではない。狭山市は首都圏のベッドタウンとしての性格を持つことから、「安全安心のまちづくり」は災害の多発する昨今の状勢からみて、流入人口を誘致する上での強力な訴求材料ともなり現住市民には定住の安心要素となる。
筆者は地域メディア制作の取材活動で得た知見を元に、これまで地域活性化について論じてきたが、今期は、この地域防災の課題を、市民有識者らによる調査研究とそれに基づく施策提言の可能性を探求し実践報告の小論としたい。
用語「ハザードマップ」について
本稿の中で頻繁に用いる「ハザードマップ」とは、特に注釈のない限り「入間川洪水ハザードマップ」(2015年、狭山市)を指すものとする。
1.研究の経緯 ~ 課題意識のシェアと共有をきっかけとして
狭山ケーブルテレビ地域番組担当を務めた経験から、市民が番組に求めるものは生活情報であり、特に防災については地域密着を謳うケーブル局に対しては、NHKや民放局よりきめ細かな地域情報が期待されていることを強く感じていた。地域局の情報ソースは行政の公式発表であるが、短時間で状況が大きく変化する豪雨、暴風、大雪では、市民からの情報や自社取材による補完も欠かせない。平素から市内の想定危険箇所には関心を向けていたが、局の人員体制や制作予算では必ずしも行き届いた情報収集・発信にならず課題を持ち越して来た。しかし、近年のSNSの発達が新しい展開をもたらすこととなった。即ち、SNS上でのコメントから、地域の有識者2名と知り合い、情報交換の機会を得、さらに課題意識の共有から発展して共同研究としての施策提言を文書にまとめることとした。
本稿ではこの2名、即ち、伊藤彰氏(元狭山市議会議員)と竹洞賢二氏(コンサルタント業、地域ボランティア)(五十音順)による、それぞれの調査分析結果及び課題を順次述べ、論を展開する。また筆者自身も地域メディア制作者の視点から若干の知見を述べることとする。今期は課題提起を主眼に、次項以下、各員の論を展開するため、学術論文の体は成さないことを予めご了承願うものである。
2.「ハザードマップ」と豪雨災害における国の責任と自治体の備えについての考察(伊藤)
ハザードマップは、100年に1度の「特別警戒」クラスの豪雨災害が当該地区に発生した場合を想定し、国民に警戒を呼びかけ、同時に自治体の事前対策を喚起することを目的としている。国土交通省、及び国の機関が都道府県に対し豪雨災害に置ける被害想定区域の策定を指示し、各県のガイドラインに基づき、市町村が被害に備える避難計画を練る為のものである。一方先の西日本豪雨では、防水ハザードマップの想定通りの災害が発生しているにも関わらず、多大なる人的被害に及んでいる。国及び都道府県は、豪雨災害を想定できたものの、その被害を低減し得ていない現実の中に、今後の国民、自治体、国における豪雨災害への取り組みを再考していく必要に迫られている。もし行政側に「国民は笛吹けど躍らず」といった予断があるとすれば、その慢心こそ行政の怠慢と言えるのではないか。
以下狭山市の「ハザードマップ」から考察を進める。
2.1 狭山市の「ハザードマップ」の不備と、より正確な被害想定の必要性
「ハザードマップ」の想定は、一時的に降雨量63.8mm/h以上、且つ3日間で積算573mm以上の降雨量を想定している。これは、狭山市の雨水排水諸施設の設計規準である50mm/hの許容量を遙かに超える想定であり、当然ながら入間川だけで無く、様々な市内小河川、用水路などの氾濫、雨水排水施設からの溢水も想定される。狭山市は「ハザードマップ」の公開をもって、従前のハザードマップに記載されていた市内小河川の溢水などの被害想定を割愛したが、被害は「ハザードマップ」想定の降雨量で、市内他地区多数の住民に及ぶことが考えられる。にも関わらず狭山市は現時点で、一級河川入間川の洪水のみを危機管理の対象としてしまったこととなる。しかし入間川だけでは無く、市内小河川及び通常の雨水排水幹線の溢水も含め、総合的な被害予測検証が必要である。
2.1.1 「ハザードマップ」に想定された50mm/hを超える降雨が発生した場合、市内全域の雨水排水施設がどのように機能し、また、どのように溢水するのか、市域全体の被害の検証が必要である。
2.1.2 特に過去、溢水の事例が度々発生する久保川、不老川、入間川第2用水(赤間川)などの小河川は「ハザードマップ」の想定する63.8mm/hの降水量があった場合どのような被害が発生するのか検証する必要がある。
2.1.3 河岸段丘構造にある市域に於いて、例えば不老川及び久保川の溢水が分水嶺を超え入間川流域、特に奥富地区の洪水被害が想定を超える危険性について調査が必要である。
2.1.4 「ハザードマップ」に於いて、入間川地区、及び広瀬、柏原地区の避難場所は、洪水予想地域内に「指定」され、崖崩れ危険箇所付近、ないし隣接地区に設定されているが、想定の降雨が発生した場合実際に機能するのか再検討をし、必要な場合、再設定及び避難施設の新設が必要である。
2.1.5 避難施設の安全性の再確認。崖崩れ危険箇所付近に避難施設を設定されている場合、事前の安全対策、擁壁工事の年次計画を早期に実施する必要がある。
2.2 実際の降雨状況に照らした効果在る避難誘導と情報提供
「ハザードマップ」によると、水富、柏原地区の広範な被害想定地区が設定されている。対象人口は2万人に及ぶ。有事の場合自主避難がある程度見込まれるとしても、実際の豪雨に遭い被害が発生し始めている最中、いかにして避難誘導を行うのか具体的な検討が必要である。先の豪雨被害では、防災無線が聞こえず機能していない。
周知体制の見直しと、特に災害弱者の避難指示の告知、避難誘導、避難実施についての具体的検討が必要である。
2.2.1 豪雨災害に於いて最も難しいことは、避難指示と避難誘導の時期と方法である。当該地区に連続しどの程度の降雨量が有り、どの程度続くのか予見することは難しい。市町村の判断も実際の被害が発生した事後となる傾向がある。そのことを予め判断する為にも本論1章に述べた、各地区ごとの正確な洪水被害想定が必要である。住民は自らが居住する地域が、どの程度の降雨があると危険なのか正確に理解する必要がある。
2.2.2 西日本豪雨の後、大雨の際、狭山市も事前避難を促す避難準備情報を発表しているが、入間川地区、入曽地区などの大きな地区ごとの発表に留まり、具体的な対象地区や対象世帯までの告知をしていない。自治体内の避難対象地区を事前に細分化し実際の被害想定に照らし有効な避難準備情報を発表できるよう詳細な調査と準備が必要である。
2.2.3 降雨量50mm/hを超えると、市内の雨水対策施設は全て許容量を超えることを市民は認識していない。このような事実も事前に告知する必要がある。
2.2.4 避難誘導については、自治会、消防団などに協力を求めるにしても、人員、装備には限界がある。さらにそれら市民防災団体のメンバーが、被災者、或いは想定被災者であり、出動困難な場合が考えらる。被災想定地域が、仮に市内特定の地域と認められるのであれば、全市的な協力体制や、事前の全市的職員体制、またはボランティア体制の構築など、被災想定地区を越えた新たな協力体制を事前に準備する必要がある。
2.3 自治体下での被害想定の限界と、国の財政支援の重要性
「ハザードマップ」を踏まえ自治体の洪水被害の危機管理について考察で明らかなことは、現状の国からのトップダウンによる洪水ハザードマップの作成事業には多くの問題点があると言わざるを得ない。自治体が単独で高度且つ精密な洪水被害をシミュレーションする必要性があるが、それには当然相当な費用が掛かる。市民が自主判断に磨きを掛け自己責任で、対策を練るとしても、地域ごとの被災想定が不十分な状況では対応のしようが無い。「正常性バイアス」とマスコミに指摘される以前に、事前の情報提供が不十分である。気象庁の特別警戒情報レベルでも個人が十分自己判断出来うるだけの情報提供には、国の十分な財政援助に基づいた自治体による精密な調査が必要であると考える。
3.いわゆるエマジェンシーネットワークの構築のために(竹洞)
3.1 「平成30年7月豪雨」を教訓として
「平成30年7月豪雨」では、西日本から東海地方を中心に広い範囲で数日間大雨が続き、その総雨量は、四国地方で1,800ミリ、東海地方で1,200ミリを超えるところがあるなど、7月の月降水量平年値の2~4倍となる大雨となったところがあった。また、この期間に対応する7月上旬(7月1日~10日)について、全国のアメダス地点で観測された降水量の総和を、1982年1月上旬から2018年6月下旬までと比較したところ今回が最多値となり、過去前例のないほど大きなものであったことがわかる。被害もまた甚大で、死者227名・不明者10名・負傷者421名、住家の全壊6296棟・半壊10,508棟・浸水家屋約30,000棟を記録した。
この大雨の要因は、西日本付近にに停滞した梅雨前線に向けて、極めて多量の水蒸気が流れ込み続けたことが挙げられる。この梅雨前線の停滞には、上層の寒帯前線ジェット気流及び亜熱帯ジェット気流の大きな蛇行が持続したことが影響している。この背景には、地球温暖化に伴う気温の上昇と水蒸気量の増加・大気循環の北方向へのシフトが考えられている。
このように、総合的に観察すると、西日本地域での特異的要因で発生したものではなく、その時の気象状況で全国的にどこでも起こりうるものであることが予測できる。
そのような中で、当地狭山市で何が起こりうるかを予測しつつ、市民・行政がどう動くべきかを模索したい。
3.2 問題の所在
狭山市は、雨水対策の現状と課題について、発生する浸水被害が「都市化の進展により、農地や山林が減少し、これらが持つ遊水機能や保水機能が低下し、大量の雨水が短時間に河川に流入することによるもの」としている。しかし既に概観したように、計画規模を上回る豪雨や局所集中的に発生するゲリラ的豪雨の発生状況を考えると、従来の浸水原因に基づく対策のみで被害を最小限に留めることには限界があるといえる。
3.3 現状と課題
狭山市は、平成27年5月に、埼玉県が作成した「荒川水系入間川浸水想定区域図」(埼玉県県土整備部河川砂防課、H21)をもとに、「ハザードマップ」を作成している。その内容としては、浸水想定区域を、想定される水深ごとに色分けし、住民の避難行動の際の心得を明記している。それとともに、洪水時避難所一覧を設け、所在地を地図上に示している。浸水と被害予想を可視化し、避難行動を容易にすることは評価できる。
しかし、このハザードマップにて想定される雨量は、3日間で573ミリ、最大63.8mm/h、統計上概ね100年に一回程度の確率で起こる大雨とされている。既に概観したように「平成30年7月豪雨」でのデータは数日間でその想定を大幅に上回り、しかも、約10年間で最多降雨で、その原因も地球温暖化に伴う特異気象の影響ということであれば、この想定を容易に上回る洪水被害がいつでも起こりうるものと予想できうる。
また、入間川を中心として浸水地域を色分けしたとしても、各避難所はそこよりも高所にある。浸水地域で、既に浸水している家屋の避難者が利用する場合に困難が予想される。「平成30年7月豪雨」で浸水した家屋の住民の話を聞くと、わずか20分の間に膝上まで浸水したという。子供や高齢者がそんな状況下では容易に避難できない。
3.4 仮称「地域防災ネットワーク」構築の可能性を検討する
3.4.1 行政の役割は「ハザードマップ」を作成するだけのことでも、住民にそのマップを元に注意喚起するだけのものでもない。マップに従った場合、いかに短時間に順調に住民を避難させ、人的被害を最小限に留めるかの施策を立て、それを実行することにある。もし困難が想定されれば、マップを再作成し、施策を再構築することが求められる。
3.4.2 また、マップやそれに伴う施策が「万全」であるとしても、それは行政側の評価である。各住民がそれに沿い安全に避難し、被災後はいち早く元の生活に戻れることが本義である。その本義を全うするために必要なことは何かを模索し、提案・実行することこそが、浸水という危難に対して行政が取らなければならない姿勢である。そのためには、ひとり行政のみが全てを掌握するだけでは足りない。住民にも協力を呼び掛け、理解のもとに必要な行動を取れる体制を整えることが肝要である。
3.4.3 また、先述したように、狭山市は、都市化の進展を原因とする雨水対策として、雨水の地下浸透や貯留水の活用などを内容とする総合的な雨水処理対策の推進を図り、雨水排水の調整機能の向上を目指すとともに、河川や水路の改修及び公共下水道雨水管の整備を推進するとしている。こういった、雨水対策に対する積極的な施策には評価すべき点もある。しかし、この点についても、ゲリラ豪雨のような特異気象が近年回数を増している現状を考えると、既存の降水量を前提とした整備計画の設計そのものを変えていく必要がある。例えば、雨水管の設計を50ミリ/時の降雨前提から80ミリ/時のそれに変更する等である。
3.4.3 このように、行政と住民との協働により、浸水被害を最小限に抑えるためのハード・ソフト両面の施策の充実が必要である。そのソフト面の有効な施策として「地域防災ネットワーク」(仮称)の構築・整備を早急に進める必要があることを強く訴えたい。
4.評価と展望
本稿の冒頭で述べた通り、本研究は「安全安心のまちづくり」という課題を「ハザードマップ」を評価検討する経過から施策提案にまとめるという具体的ゴールを持ったものである。現在、狭山市当局もこうした取組みを進めているが、これまで述べてきた通り市民の側も意識を持って積極的に取組むことが求められていると考える。行政サービス力の及ぶ範囲に限りがあるところを徒に批判するだけでは、地域防災は進展しない。限られたリソースを如何に有効活用し、自らの手で地域を守れるかは今後も常に問われる課題であると認識し、具体的施策提言に向けて更に深めた調査研究が急務と考える。
5.結びに代えて
地域活性化の視点で地域防災を考察することの意義を今一度述べておきたい。それは東日本大震災の際、折々きかされた「想定外」また「ふるさと」というキーワードである。「安全安心のまちづくり」をスローガンに留めず「想定外」を排した強靭な「ふるさと」たる狭山市を実現できれば、転入人口を獲得し、以て地域活性化に貢献するものと考える。
6.謝辞
本稿を草するにあたり、共同執筆の労をとられた伊藤彰、竹洞賢二の二氏に心から厚く感謝の意を表するものである。
7.参考文献
入間川洪水ハザードマップ情報面 狭山市 2015年
入間川洪水ハザードマップ地図面 狭山市 2015年
荒川水系入間川浸水想定区域 埼玉県県土整備部 河川防災課
洪水ハザードマップ作成義務市町 埼玉県県土整備部 河川砂防課
洪水ハザードマップ作成の手引き (改定版)
国土交通省水管理・国土保全局 河川環境課水防企画室
「平成30年7月豪雨」及び7月中旬以降の記録的な高温の特徴と要因について
平成30年8月10日気象庁報道発表
「第3次狭山市総合振興計画前期基本計画」第3節 雨水対策
狭山市公式ウェブサイト