計算方法

会合定数の算出方法

ホスト分子とゲスト分子をそれぞれHとGとし、会合体HGとは平衡が成立しているとします。1対1の会合が起こる場合、会合定数Ka は式(1)で表されます。

ホスト分子ゲスト分子を添加し、濃度[G]のときの吸収スペクトルを測定します。このとき、ホスト分子の濃度[H]0 が一定となるようにしすると、ホスト分子と会合体の濃度の間には、式(2)の関係が成り立ちます。

ゲスト分子の吸光度が無視できるほど小さい波長を観測波長として選び、ホスト分子と会合体のモル吸光係数をそれぞれεH およびεHG とします。この場合、観測波長における吸光度Aは、式(3)で表されます。

ここで、ゲスト分子の濃度がゼロのときの吸光度をA0とし、ホスト分子のすべてが会合体になったときの吸光度をAとすると、それぞれ式(4)と式(5)が成り立ちます。

式(4)と式(5)を使って、式(3)からモル吸光係数を消去すると、式(6)が得られます。

式(2)と式(6)の連立方程式を解くと、会合体およびホスト分子の濃度は、それぞれ式(7)と式(8)で表されます。

式(7)と式(8)を式(1)に代入すると、式(9)が得られ、さらに式変形すると、式(10)が導出されます

式(10)を使うと、ゲスト分子の濃度の逆数に対して、A0/(A−A0) をプロットすることによって、その傾きと切片から会合定数を求めることができます。蛍光スペクトルを使っても同様な方法で会合定数を求めることができます。

ある濃度のアセテートを添加したとき、生成した会合体の割合を知ることはスペクトル変化を理解する上で、重要な情報となります。会合定数Kaを式(11)で定義すると、会合体の濃度aは式(13)で表されます。したがって、生成した会合体の割合は、a/xで表すことができます。

x芳香族ウレア化合物の初期濃度、y添加したアセテート濃度、a生成した会合体の濃度

ESPT速度定数の算出方法

芳香族ウレア化合物とアセテートとの会合体(N)を励起すると、N*が生成し、それは失活するか(kN)、ESPT反応によってT*を生じます(kPT)。そして生成したT*は失活する(kT)か、逆ESPT反応(k−PT)によって再びN*を生じます(図)。蛍光寿命測定によって、励起状態でN*とT*との間に過渡的な平衡が成り立っていることを見出しました(J. Phys. Chem. A, 2011)。 同様な系は、Birksらによって報告されているピレンエキシマ―が有名です(J. B. Birks, Rep. Prog. Phys., 1975, 38, 903-974.; DOI: 10.1088/0034-4885/38/8/001)。また、次の書籍には解析方法についての詳しい解説があります。J. N. Demas, Excited State Lifetime Measurements, Academic Press, New York, 1983.

N*とT*の濃度の時間変化は、それぞれ式(1)~式(4)で表されます。式の導出はこちらで説明しています。ただし、[N*]0 t = 0のときのN*の濃度であり、X = kN + kPTおよびY = kT + k−PTの関係があります。

いずれの式も2つの指数関数の足し合わせとなっていることからわかるように、2つの速度定数(γ1, γ2)を含んでいます。そして、式(3)と式(4)からわかるように、γ1 > γ2の関係があります。N*は2つの減衰から成り立っていますが、T*の場合は速度定数γ1で蛍光強度が増加し、速度定数γ2で減衰します。指数関数の前の係数(振幅)が負の時に、その成分は増加し、その曲線は立ち上がります。

3FUにアセテート13 mMを添加した時に490 nmで観測される蛍光減衰曲線は、寿命の短いものと長いものの2つの指数関数の足し合わせになります(2.2 nsと7.0 ns)。

660 nmで観測した蛍光減衰曲線は、時間初期に速い蛍光の立ち上がりが見られ、それは490 nmで観測した寿命が短いもの(2.0 ns)と対応しています。そのあとは、490 nmと同じ寿命(9.5 ns)で減衰します。このグラフに立ち上がりの成分が含まれていない理由は、その振幅が負であるためです。黄色と赤色の時間初期の差が、蛍光の立ち上がりに対応します。

どちらの波長においても、γ1γ2は得られますが、個々の速度定数を求めるにあたって、N*の蛍光減衰曲線の解析結果および式(1)を使うことにします。その一番の理由としては、T*の減衰曲線は立ち上がりを含んでおり、寿命解析に困難を伴うためです。

式(1)からγ1γ2とともに、振幅の強度比A = (Xγ2) / (γ1X) が、観測された蛍光減衰曲線を解析することによって得られます。(J. Phys. Chem. A, 2020)

ここで、Z = kPT×k−PTとおくことによって、式(5)~式(7)の関係式が得られます。

3つの実測値(γ1, γ2, A)に対して、3つの未知数(X, Y, Z)となりますので、次の式(8)~(10)の形でX, Y, Zは求めることができます。式(8)は式(7)を変形すれば導けます。式(9)は、式(5)と式(6)を足すことによってZを消し、XYだけにして、式(8)を使うことによって、得られます。式(10)は、式(5)と式(6)の両辺からXを引いてから、それらを掛け合わすとYが消えてXを含む式となりますから、式(8)を使って導けます。

次に、X, Y, Zと4つの速度定数との関係は、式(11)~(13)で表されます。

ここで、未知の速度定数は4つであるのに対して、既知の変数X, Y, Zは3つですから、このままでは速度定数をすべて決めることはできません。そこで、会合体の失活速度定数であるkNをアセテートがないときの寿命の逆数と仮定します。kNはESPTを含まない速度定数であり、またアセテートがないときの吸収スペクトルと会合体の吸収スペクトルがとてもよく似ているという事実があり、このように仮定しています。この仮定についての考察も行っています(New J. Chem. 2022)。ところで、式(11)からわかるように、kN<< kPTの関係が成り立つ場合には、X = kPTと近似できますので、この仮定がなくてもkPTは求まります。

kNを仮定すると、式(11)からkPTが式(14)として、k−PTは式(13)から式(15)として、kTは式(12)から式(16)として得られます。

蛍光量子収率と速度定数の関係

「予備知識」の『蛍光スペクトルの積分』のセクションで説明しているように、蛍光スペクトルの縦軸は光子数に比例しています。そのため蛍光量子収率は、横軸を波数にしたときの蛍光スペクトルの積分値を使い、相対的に求めることができます。

アセテート添加前の蛍光スペクトルは赤線で示され、ほぼすべての3FUが会合体を形成している濃度条件での蛍光スペクトルは、青線で示されています。会合体の蛍光スペクトルINは、アセテート添加前の蛍光スペクトルと形状が似ているので、それを使って青線から差し引くと互変異性体の蛍光スペクトルITが得られます(黄色の破線)。そして、青線から黄色の破線を引くことによって、会合体の蛍光スペクトルIN(緑色の破線)が得られます。

3FUの蛍光量子収率Φ3FUを基準にして、会合体と互変異性体の蛍光量子収率(ΦN, ΦT)を求めるには、式(1)と式(2)を使います。

3FUの蛍光量子収率Φ3FU ( = 0.21)は、2PUAの蛍光量子収率(0.48)を使って相対的に求めています。そして、蛍光スペクトルの横軸を波数に変換したのち、分離された会合体(緑の破線)と互変異性体(黄色の破線)の蛍光スペクトル(IN, IT)を積分します。3FUの蛍光スペクトルの積分値に対する比率を求め、それをΦ3FUにかけることによって、ΦNΦTが得られます。ここで求めた蛍光量子収率はESPTの速度定数と関係づけることができます。

反応スキームにあるように、会合体Nを励起することによって生じたN*は、一定時間後にT*との間に平衡が生じます。平衡状態にあるときのN*とT*の濃度の和は、最初に励起されたN*の濃度に等しくなります。速度定数の下付きでついているrとnrはそれぞれ、輻射失活過程と無輻射失活過程を意味します。

式(3)で示されるように、Nが光を吸収する速度Iabsに対して、N*から蛍光を発して失活する速度の比が、N*の蛍光量子収率ΦNを表します。同様に、T*の蛍光量子収率ΦTは式(4)で与えられます。ここで、それぞれの速度定数は、反応スキームにあるものに対応します。

Nの光吸収によるN*およびT*の生成と失活についての速度式は、式(5)と式(6)で表されます。

式(5)と式(6)の速度式を、蛍光スペクトルに関係づけるために、定常状態近似をとります。つまり、d[N*]/dt=0, d[T*]/dt=0とします。そして、式(5)と式(6)を足し合わせると、式(7)が得られます。

式(7)を使って、式(3)と式(4)からIabsを消すと、式(8)と式(9)が導けます。

ここで、式(10)と式(11)の関係を使っています。

式(6)に定常状態近似をとって、式(12)を得ます。

(12)を式(8)と式(9)に代入して式変形すると、N*とT*の輻射失活速度定数がそれぞれ、式(13)と式(14)で表されます。この関係式は非常に重要であり、会合体と互変異性体の蛍光量子収率を求めることによって、輻射失活速度定数を決定することができます。

アニオンの蛍光量子収率とT*の失活速度定数の関係

「ポイント」の『互変異性体の電子構造』で説明したように、互変異性体はウレア基のN-Hからプロトンが引き抜かれたアニオン型の電子構造を取っている可能性が高くなっています。このアニオンを直接励起したときの蛍光量子収率を互変異性体の蛍光量子収率ΦT0としてみなすと、互変異性体の失活速度定数kTを求めることができます。そのためには、寿命と速度定数の関係を明らかにする必要があります。まず、実測されたN*の蛍光減衰曲線の解析結果と速度定数の関係を示し、それからT*の蛍光量子収率と結び付けます。

蛍光寿命の実測値と速度定数の関係をわかりやすくするために、「計算方法」の『ESPT速度定数の算出方法』の式(1)の代わりに、この式(1)を使います。

そして、「計算方法」の『ESPT速度定数の算出方法』の式(5)と式(6)で使われているパラメーターを、次の関係式で置き換えます。

A1=A/(A+1)、A2=1/(A+1)、γ1=1/τ1γ2=1/τ2 

すると、『ESPT速度定数の算出方法』の式(8)~式(10)から、式(2)~式(4)が得られます。

『ESPT速度定数の算出方法』で説明しているように、3つの未知数(X, Y, Z)に対して、未知な速度定数は4つ(kPT, k−PT, kN, kT )ありますので、そのままでは一義的に値を決めることができません。そこで、ここでは互変異性体の蛍光量子収率を使うことによって、4つの速度定数を決める方法を示します。蛍光量子収率の算出方法については、「計算方法」の『蛍光量子収率と速度定数の関係』のセクションをご覧ください。

今までに用意したパラメーターを使って、kTを求める方法を説明します。『ESPT速度定数の算出方法』の式(11)~式(13)から、kTを使って、他の3つの速度定数を式(5)~式(7)で表すことができます。

『蛍光量子収率と速度定数の関係』の式(9)に、『蛍光量子収率と速度定数の関係』の式(12)を代入し、式(5)を使うと、式(8)が得られます。

さらに式(6)と式(7)を使うと、式(9)が得られます。

逆ESPTを生じない時の互変異性体の蛍光量子収率ΦT0を式(10)で定義します。DBUを添加したときに生じるアニオン体を互変異性体の基底状態であると仮定し、その蛍光量子収率をΦT0とおきます。

式(10)を使って、互変異性体の輻射速度定数krTを消去すると、式(11)が得られます。

式(11)を変形するとkTを導く式(12)が得られます。

式(12)を使うと、実験結果から一義的にkTを求めることができるので、『ESPT速度定数の算出方法』で行ったkNを仮定する必要はなくなります。ただし、そのためには互変異性体の量子収率ΦT0を決めておく必要があります。「ポイント」の『互変異性体の電子構造』にあるように、3FUの場合は、DBUを添加することによって生じたアニオンを互変異性体の電子構造と見なすことができます。この場合、アニオンの蛍光量子収率をΦT0として使います。