論文原稿の執筆

Introductionの重要性

論文原稿はどこから書き始めるのがいいのでしょうか。ここでは、Introductionから書き始める場合について説明します。Introductionの役割はResultsなどと比較して、その重要度は低いかもしれません。ただ、論文を書き進める上では論文の構成を明確にすることができるなど、その利点はとても大きいものがあります。実際に論文を読んでみると、つぎのような構成になっていることが多いことに気づきます。

このような項目についてまとめ上げるには、実験結果の解釈についてある程度の方向性が決まっている必要があります。そのため、実験結果について検討を行いながら、Introductionを作っていくという流れになります。つまり、DiscussionとIntroductionを行ったり来たりする作業となるわけです。そのため、研究内容によっては何度も作り直しを行うことになります。例として、「水に光を」というメッセージを序論の構成と比較してみました

ResultsとDiscussion

論文原稿を書き始めるとき、Results最も書きやすいセクションなのではないでしょうか。実際に行った実験の結果を記述していくので、実験ノートとデータを見ながら書き進めていくことが多いと思います。Resultsを書いているときに感じるのは、どこまで記述すればよいのかということです。実験結果についての解釈も書くことになりますから、書き進めるうちにDiscussionのような記述になってしまい、結局、Results & Discussionというセクションができあがることもあります。それでは、どうすればResultsとDiscussionという独立したセクションとなるのでしょうか。それには、論証と言うプロセスが密接に関係しています。Discussionは基本的に論証を行うセクションであり、その根拠を提示するのがResultsとなります。Resultsにある程度の解釈が必要となるのは、Discussionで扱う根拠というレベルにまで実験結果をもっていくためなのです。このときに行うのは帰納的論証であり、結論を導く過程において根拠からの飛躍があります。そのため、根拠から結論を無理なく導けるかどうかは、飛躍の程度や導出の関連性(論証の推測力)に大きく依存します。論証について深く理解したい方には、つぎの書籍をお勧めします。1.の書籍には、論証以外にパラグラフライティングについての解説があります。

論証に関する実践的なトレーニングをしたい方には、次の書籍をお勧めします。

論理トレーニング101題 (産業図書) 野矢 茂樹 著 (978-4782801369).

また、論文がなぜこのような形式を取っているのかについて知りたい人は、つぎの書籍をお勧めします。

哲学入門 (ちくま新書) 戸田山 和久 著 (978-4480067685). また、西 研 氏の言葉を借りれば、『一言でいえば、哲学とは「合理的な共通理解をつくるための対話の営み」なのです。互いに根拠を示し、ともに検討して、もっとも説得力のある主張が勝つゲームといってもいいでしょう。自然科学も、そうした議論のなかから生まれてきました。根拠を示して仮説を検証していく自然科学は、自然の領域に応用された哲学といえます。たとえば、ニュートンは物理学の根本を築いた人ですが、彼の代表作は「自然哲学の数学的諸原理(プリンキピア)」というもので、やはり書名に「哲学」の語が見えます。私たちは、自然科学と哲学は対極に位置する学問のように考えてしまいますが、そもそも同じルーツをもっているのです。』となります。

論証も含めて論文原稿を書き進めるときに配慮すべきことがあります。それについては、つぎの書籍がお勧めです。

「読む」技術 速読・精読・味読の力をつける (光文社新書) 石黒 圭 著 (978-4334035563).

トゥールミンの論証モデル

根拠から主張(結論)が導かれた理由を論拠が与えます。そして、その論拠の妥当性を裏付けが保証します。ただし、これは帰納的論証であるため、その信頼性は限定されます。また反駁では、この論証を覆すような証拠をあらかじめあげておき、そのような証拠が出ない限りは、この主張は妥当であると指摘しておきます。(文章を論理で読み解くためのクリティカル・リーディングから

議論の不確かさを減らすために必要なことは、つぎの3つとなります。(新版 議論のレッスンから)

1. 議論をする際に、論拠についてはそれを支持する裏付けを明記すること。

2. 論拠の確かさの程度を示す限定語をつけること。

3. 論拠の効力に関する保留条件としての反証(反駁)を提示すること。

専門分野における議論では、多くの場合、根拠から主張が述べられ、論拠は明示的には示されません。これは、わざわざ論拠を提示しなくても理解が得られるという慣習があるからです。しかし、他の分野の人や初学者にとっては、論拠が示されなければ、その主張を理解することができません。これがまさに、論文執筆を始めて行うときに出会う困難の一つとなります。そのため、適切な論文指導は欠かせません。

新版 議論のレッスンには、次のように述べられています。

『自分の持っている論拠に気づかないということは、自分が持っている仮定に気づかないということです。さらに言うなら自分のものの捉え方について気がついていないことになります。ですから、自分にとって「当然のもの」に気づくとは、換言するなら、自分自身のものの提え方、自分のバイアスに気づくことに等しく、それは容易なことではありません。論拠について考えることにはそんな効果があるのです。』(p. 149)

パラグラフライティング

パラグラフライティングは次の構造を持っています。(文章を論理で読み解くためのクリティカル・リーディング」から引用)

TS:抽象度がより高い

 SP1:抽象度はTSとSDの中間

  SD1:具体性が高い

  SD2:具体性が高い

 SP2:抽象度はTSとSDの中間

  SD3:具体性が高い

  SD4:具体性が高い

CS:抽象度がより高い(=TS)


TS:トピック・センテンス

SP:サポーティング・ポイント

SD:サポーティング・ディテール

CS:コンクルーディング・センテンス

各項目を記述するときのルール

まず、このパラグラフの結論を書き、そのあとに論証が続きます。そして、最後につぎのパラグラフにつながる内容を書きます。つぎのパラグラフは前のパラグラフの結論を引き継いでさらに論証を進めます。パラグラフライティングを行うには、Microsoft wordのアウトライン機能が便利です。解説書としては、つぎのものがあります。また、トルストイの「人生論」は、パラグラフの間の継承(CS->TS)が明確なパラグラフライティングで書かれており、書き方の参考になります。


論文を書くときに考慮すべきポイント


マインドマップの勧め

アイディアが沸き上がるとき、もしくは多くの人からのアイディアをまとめるには、マインドマップがおすすめです。使い方によっては、パラグラフライティングに近いことができますので、これを使って論文の構成を考えるのもよいかもしれません。有償版と無償版がありますが、まずは無償版で始めることをお勧めします。例えば、マルチプラットフォームのFreeplaneがあり、日本語も扱うことができます。最新版はSOURCEFORGEからダウンロードできます。Freeplaneには、Microsoft Wordのアウトライン機能に対応したファイルを出力する機能があります(ファイル>マップをエクスポート...>Files of Type をXSLTを使ってMicrosoft Word 2003 XMLに)。また、論証を考えるときのツールとして使うこともできます(使用例)。

ラベル付けをする習慣

日頃から文章を書いている人は、論文原稿を書くことへのハードルはそれほど高くないかもしれません。しかし、長い文章を書くことに抵抗がある人の場合、そのハードルは高いのではないでしょうか。これを克服する一つの方法として、新聞や雑誌に掲載されている社説や解説の構造を調べることをお勧めします。ただ内容を理解するのではなく、読者に分かりやすいような話の展開になっているのかについて、注目します。そのためには、題材をパラグラフごとに分け、それぞれに「ラベル」をつけます。まず最初は「~についての説明」などという具体的なものをつけ、次第に「目的」や「動機」など抽象的なものに変えていきます。そうすると、題材の構成がよくわかるようになります。自分に合った文章を見つけましょう。

図の取り扱いについて

投稿するジャーナルが指定している形式を使います。PDF形式はビットマップではなく、ベクトル形式のためどのような解像度でもきれいに出力することができます。写真の場合には、jpgもしくはpng形式が適していますが、不可逆圧縮がかかっています。グラフの場合には、TIFF形式などのビットマップ形式の方が適していると考えています。PDFからTIFFへ変換すると、ジャーナルに最適化した解像度での出力が可能となります。MacOSの場合には、デフォルトとしてインストールされているプレビューを使って行うことができます。一方、Windowsの場合には、有償のAcrobat readerか、無償のGhostscriptを使うと変換することができます。ここにその方法をまとめています。