タイトル:浜風うけて
作家 :岩本 和保
画廊 :すみれ画廊
会場 :アールグロリュー(Artglorieux)・銀座シックス(GINZA SIX)
展示会 :岩本和保・画集出版記念展-その手の中に-
会期 :2024年10月17日~10月23日
サイズ :F6号
技法画材:油絵
タイトル:浜風うけて
作家 :岩本 和保
画廊 :すみれ画廊
会場 :アールグロリュー(Artglorieux)・銀座シックス(GINZA SIX)
展示会 :岩本和保・画集出版記念展-その手の中に-
会期 :2024年10月17日~10月23日
サイズ :F6号
技法画材:油絵
Episode 2 浜風うけて
■絵画の視点で考える
画面の半分くらいは海が描かれていたように覚えていたのですが、個展の写真をあらためて見ると海が占める面積は2割もないことに驚きました。それだけ青の印象が強く残っているということです。その理由は彼女の服の色にあるのでしょう。太陽を浴びた遠浅の海は水色が中心となり、白い波の飛沫、さらに下地の黄色と合わさって明るさと淡さを感じます。一方、彼女の服は深い青色をベースにしています。海と服の色彩がリンクし、私の記憶の中で海がどこまでも広がっていったと考えられます。海よりも服の方が濃い青になっているのがポイント。一般的に近いほど濃くて遠いほど薄くなりますが、この作品においては視覚的な距離感よりも、彼女がさらに遠くへ走っていく姿を想起させることが大切なのではないかと思いました。
服の色はとても重要です。他の作品と比べて見ましょう。《夏を仰ぐ》《お気に入り》は赤、《その手の中に》《肌に蝉時雨》は白をベースにしています。選択肢としては黄色、緑、さらには黒も考えられます。いくつかの色をイメージしてみましたが、やはり《浜風うけて》は青をベースにするのがテーマに相応しいと思いました。赤は人物の存在が強調されますが、浜風と対立してしまうかもしれません。逆に白は軽やかすぎてぼんやりとした印象になってしまったでしょう。グレーは砂浜と色彩が近すぎる弱点があります。黄色や緑は服の色としては扱いにくい。そもそも黄色をベースにした服は珍しいように思います。風景画で黒は明確な理由がないと避けられる傾向にあります。印象派の画家で黒を多用したのはルノワールくらい。黒い服は室内の方が描かれやすいと思われます。
次に、彼女の足跡に注目してみましょう。足跡の間隔は次第に狭く見えるとしても、最初の一歩は広く感じました。走るのではなく跳ねるとした方が正しいかもしれません。四歩目は右側に逸れていますね。歩幅も狭いことから浜風に煽られたのでしょう。それでも五歩目は正しい位置に戻っています。四、五歩目は足跡が深いことに気づきました。反動の砂の盛り上がりも目立ちます。一瞬、風でよろめいたものの、その後はテンポよく走っていったと推測できます。また、裸足で走っていくときの砂の感触も伝わってきました。浜辺の少し湿り気のある砂。砂浜にはいくつかの波の跡が残っています。満ち潮になればここまで波が押し寄せるのでしょう。この作品では面積の多くは砂浜が占めています。当然ながら砂を一粒ずつ描くことはできません。面で表現するにしても単純に塗りつぶせば砂浜らしさが失われてしまいます。砂浜の文様は波が寄せては返すことの繰り返しにより作られたもの。それは「描いては消す描き方」ともっとも相性の良い風景なのではないかと思いました。彼女の足跡をもう一度観察してみましょう。最初は波の跡を突っ切るように進んでいますが、途中から波の跡に沿って走っていることに気づきました。彼女の動きは海だけではなく、砂浜とも無意識にリンクしていたのです。彼女と海、砂浜が「風」という自然現象とともに一つの光景を成しています。モチーフが連関することで美しい景色に昇華するのではないかと思いました。
《肌に蝉時雨》
《夏を仰ぐ》
彼女の重心はやや右に傾いています。縛った髪だけではなく、ワンピースの裾も右になびいていますね。試しに作品の左上を手で隠して鑑賞しても、やはり風を受けているように感じました。また、横に伸びる影も大切であることに気づきました。もちろん太陽の方角と風向きは関係ありません。しかし鑑賞者の視線を右に向ける効果としては同じです。もし逆光であれば影は後ろに伸びますが、向かい風の印象を与えたと思われます。そうすると彼女の動きを阻害するイメージを与えかねません。反対に影が前に伸びれば、追い風として彼女は勢いよく走っているように感じたことでしょう。しかし、全力疾走しているのではないので、アンバランスな気がしました。浜風と影の方向を合わせることで無駄のない調和した構図になります。
個展風景
日差しは色彩との関係でも重要な役割を担っています。海辺は遮るものがありません。しかも夏の日差しであるがゆえに明暗はより強調されます。逆光にすると彼女の背中は青というより黒に近くなるはず。一方、順光では服は明度が上がりすぎ白っぽくなります。いずれも海の青から遠ざかってしまったでしょう。海と服の色をリンクさせるには横からの日差しがベスト。光を直接に浴びる左腕は明るさが目立ちます。背中は深みのある青をベースしながら、彼女の動きと連動してほどよく陰影が生まれます。もっとも光が強調されているのは左足。ワンピースの裾からふくらはぎにかけての明るさが躍動感を与えてくれます。冷静に彼女の姿勢を観察するとそれほど勢いよく走っているわけではありません。軽く小走りしているくらい。それでもどこか力強さを感じるのはふくらはぎのハイライトにあるように思いました。
遠景にも目を向けて見ましょう。右側には小さな山が見えます。視線を左にずらすと丘陵が続いています。岬があるのかもしれません。また高い柱のようなものが2本見えます。鉄塔か工場の煙突があるのでしょうか。さらに左に目を向けると四角い構造物が二つ並んでいます。距離からすればかなり大きなものと推測されます。具体的に何が描かれているのかは分かりません。しかし《その手の中に》と同様におぼろげな遠景は鑑賞者の記憶を手繰るキーになります。彼女が見ている景色と鑑賞者の記憶や想像が繋がったとき、この作品は完成したと言えるのかもしれません。
■シーンを想像する
前回と同じくフォトグラファー兼ライターというのが私のイメージです。《その手の中に》から少し時は流れて仕事に慣れた頃、悪く言えば新鮮味が失われ始めた頃でしょうか。モデルは違う人です。子役ではありませんが大人というには幼さが残ります。
撮影の流れと記事のアウトラインは説明したものの、時折この子は車窓の外の景色に目をやっている。不安はあるものの代わりに先方の事務所スタッフ、すなわち母親が付き添っているので段取りには問題はないであろう。緊張しすぎるよりは撮影はしやすい。車を降りると私の話が終わらないうちに彼女は「良い写真が撮れそう」とサンダルを脱ぎ、階段を駆け下りていく。このシーンを撮影できれば最高なのだがと私は思う。
旅行雑誌かは分かりませんが、それっぽい撮影現場に遭遇したことは何回かあります。スタッフは2名くらいのときもあれば、レフ板で光を調整するなど大掛かりな撮影をしていることもあります。準備を整えれば《浜風うけて》のような写真を撮影をすることも可能でしょう。ただ、私としては写真に撮ることができなかったベストシーンとして今回の作品をイメージしました。(2025年5月16日)
ある島の海
今回の個展で購入したのは《お気に入り》というタイトルの作品ですが、個展という舞台から三作品とともに感想を綴ることにしました。