タイトル:その手の中に
作家 :岩本 和保
画廊 :すみれ画廊
会場 :アールグロリュー(Artglorieux)・銀座シックス(GINZA SIX)
展示会 :岩本和保・画集出版記念展-その手の中に-
会期 :2024年10月17日~10月23日
サイズ :S6号
技法画材:油絵
タイトル:その手の中に
作家 :岩本 和保
画廊 :すみれ画廊
会場 :アールグロリュー(Artglorieux)・銀座シックス(GINZA SIX)
展示会 :岩本和保・画集出版記念展-その手の中に-
会期 :2024年10月17日~10月23日
サイズ :S6号
技法画材:油絵
Episode 1 その手の中に
■絵画の視点で考える
菜の花畑の稜線が美しい。背後にある樹木の緑は菜の花の黄色を際立たせ、少しオレンジ色を帯びた境目は光が混じり合い黄金のように輝いています。逆光の眩しさに目を細めてしまいます。この光景が神々しく感じてきました。霞みがかった森は木々の形を識別することはできず、緑色の面として認識されるものの、揺らぐ陽の光によって黄、赤、青、白と様々な色彩が調和し総体としての色をなしています。ぼんやりと住宅が三軒ほど見えるのも良いですね。これにより鑑賞者は身近な場所を想像することができます。見たことのない外国の景色ではなく、自らの記憶をたどり、かつて見た花の景色と重ね合わせることで個々の鑑賞体験となるでしょう。
菜の花は、遠くになるほど黄色の部分がほとんどを占め、女性に近い部分は茎の緑色が目立ちます。当然ながら遠くになるほど花の表面のみが見えるようになり、近くになるにつれて花の正面、すなわち茎が露わになるため、黄色と緑のグラデーションは遠近感を表すことになります。もう一つこの作品において重要なことは、光が降り注ぐイメージを与えてくれることだと気づきました。オレンジ、黄色、黄緑、深い緑は一連の光の流れとも捉えることができます。筆致やマチエールからも上下の流れを感じるとることができます。一方、遠く、すなわち画面上の菜の花の黄色は横の流れも意識しているように思いました。大胆な四角形に近い面で表現されている箇所も見受けられますね。これは菜の花が揺れているように見える効果をもたらします。風は強くありません。それでも遮るものがない菜の花畑では、そよ風でも花は揺らぎます。仄かに揺らぐ菜の花は光を攪拌し、一瞬の美しさを生み出しているのです。
手前の花からは直立した主軸と短く横に伸びる菜の花の特徴的な構造を見てとれます。どこまでリアルに描くべきか悩みどころです。写真そのままに描けば、とげとげしくなってしまったでしょう。菜の花であることを明確に捉えるとともに、形のアクセントとして相応しい程度にバランスをとっていることに気づきました。
私が過去に撮影した写真を探してみました。菜の花は思いのほか緑が目立ちますね。画角もポイントのようです。
この女性は何色の服を着ているのでしょうか。ホワイトの系統のうち黄色みを帯びたアイボリー、灰色を帯びたオフホワイトとも推測できますが、薄く赤みがかっており一言で表現するのは難しいです。やはり逆光であることがポイントになると思いました。手前は暗くなる半面、光を直接に浴びる背中から右腕にかけてのシルエットは強調されるものの人物と景色の境界は滲んでいきます。しかも菜の花の黄色が光を反射することで、視覚は惑わされてしまいます。目を閉じると実際に見た色は、心象という色に変化していく。服の色は鑑賞者によって異なるというのが正解と言えるでしょう。そればかりか鑑賞者自身もその時々によって服の色は違って見えるかもしれません。
彼女の左腕に沿って伸びる菜の花も興味深いです。茎は細く花弁は少ない。立ち位置からすると一本だけここに花があるのは不自然にも思えます。しかし、絵画としては絶妙です。手前の花からの鑑賞者の視線を上手く誘導するとともに距離感の指標となります。無地の服のワンポイントとしても機能しますね。左腕のラインを補完するなど様々な効果があることが分かりました。
個展風景
彼女がさりげなく伸ばす右手に注目してみましょう。指の先には菜の花が広がるものの、花を摘んでいるわけではなさそうです。黄色の花弁よりも目にとまるのは手のハイライト。ハイライトは彼女の頭頂部と結んだ髪にも入っています。この三点を結ぶと細長い二等辺三角形となります。上から降り注ぐ光、仄かに揺らぐ菜の花という縦横のラインに対して、対角線が与えられることに気づきました。真珠のようなイヤリングも見逃せません。ハイライトと同様に点を結ぶと小さな三角形が入れ子構造となり、対角線を強調することになります。
岩本和保さんの作品は、人物の後ろ姿が描かれることが多いです。画集を眺めていると髪型が作品のイメージに大きな影響を与えると思いました。髪の長さだけでなく、結び方やリボンによっても印象は変化します。帽子を被ると夏の強い日差しを想像させます。人物が直接に光を浴びているときは、うなじが見えることが多いです。肌の明暗は光を表現するに相応しいです。暖かさや暑さ、湿気など空気感をそこに感じることができるでしょう。今回の作品では昼は過ぎ、陽が落ちる頃を意識させてくれます。彼女は、眩しさが名残惜しいと思う束の間に存在しているように感じました。
■シーンを想像する
この作品にはひとりの女性しか描かれていません。彼女は横を向き、首を少しひねることで顔はさらに奥側に向けられています。しかし彼女はこちらの様子が気になっているように見えます。姿勢はそのままに誰かに呼びかけられ、こちらを振り返る瞬間のように思えてきました。描かれていない第三者とはどのような人物なのでしょうか。このシーンを想像してみましょう。
私は、駆け出しのフォトグラファー兼ライターが旅行雑誌に掲載する記事の執筆を依頼されたという設定が思い浮かびました。フォトグラファー兼ライターは画中には描かれない第三者であり、同時に鑑賞者である私として考えることもできます。
「陽も落ちかける頃なのに」と私は誰に対してでもなく愚痴をこぼす。渋滞に巻き込まれ目的の場所に到着するのが遅くなってしまったのだ。この時間帯で菜の花畑を背景にすれば逆光になってしまう。私の苛立ちを察したのだろうか、モデルの女性は少し不安げな表情をしている。あきらめかけたそのとき、遠くの菜の花畑の稜線が光と交わりオレンジ色に輝いているように見えた。神々しい光の色。思わず私は驚きの声を上げてしまった。彼女は何か指示を出されたのと勘違いしたのだろう、ポーズはそのままに視線をこちらに向ける。意図することなく私はシャッターを切っていた。
結局、この写真は雑誌に掲載するには曖昧であるという理由で撮り直しになってしまった。それでも私はこの写真を大切にしている。
フォトグラファー兼ライターという登場人物について、私の中では細かい設定がありますが、それを書き連ねると冗長になってしまうので詳細は控えることにします。旅行雑誌のための撮影とイメージするだけでも、作品の捉え方はだいぶ違うのではないでしょうか。一つだけストーリーを補足すると、最後のこの写真を大切にしているというのは、実際に写真を手にしている場面をイメージしています。《その手の中に》というタイトルは、彼女の手には菜の花から零れ落ちる光があるように感じましたが、私はそのときの写真を手に持つというダブルミーニング的な感覚です。絵画も写真も時間と場所を超えて誰かと何かを共有できる手段です。フォトグラファー兼ライターという登場人物は私の中ではしっくりきているので、エピソード2《浜風うけて》も同じ登場人物をもとに一つのシーンを想像しています。(2025年4月29日)
今回の個展で購入したのは《お気に入り》というタイトルの作品ですが、個展という舞台から三作品とともに感想を綴ることにしました。