港はここのところ急に人の往来が多くなり、活気に溢れている。
基本的には酔狂な観光客以外は、漁業関係者しかいないはずのこの土地に、労働者や背広の男たちがいるのは珍しいことだった。
船が用意され杯島との往復が頻繁に行われている。その際に砂利や鉄筋などが運ばれているようだ。
フキは浜辺まで歩いてくると、久々に海を眺めた。山での生活が長いので海が雄大で美しく見える。山育ちは海を求め、海育ちは山を求めるなんて言葉を思い出す。
「何かあるのか?」
海を見ながらフキが虚空に尋ねると、そばから老人のような声が響く。
「よくわからんが、灯台を作ると言っとったな」
「灯台か」
「ワシは世間には疎いが、篝火のようなものか?」
「まあでかい篝火だな、海を照らして船に位置を知らせる」
近年、全国で急速にコンクリート製の建物が増えてきた。燃えない建材として優秀なコンクリートは重要な建築に使われ始めていた。
また最近は、コンクリートに鉄を埋め込んだ鉄筋コンクリートなるものも増えてきて、建築がより強固に耐久性も備えているらしい。
あの島で作られるものはまさにそれらしく、最新の技術がその灯台に注がれることになる。
こんな田舎くんだりでそのような新しいものを建てるなど、あの島の主は実に優秀なのだろう。
「ふうん、またこのあたりは変わっていきそうじゃな」
「人の世の移り変わりは激しいね」
そういってフキは海の向こうの島を見た。周囲をいくつもの船が浮かんでいる、昔じゃ見られなかった光景だ。
「それで、島に行くのか? どうやって向こうに渡る?」
「ふん、せっかく労働者が増えたんだ、そこに紛れるさ」
「なるほど、ではワシもお主に便乗させてもらおうかの」
そういうと、何もない空間からそいつは現れた。手のひらサイズほどの三日月、口のような形のそれはフキの頭の上に乗る。
「やはり頭上は落ち着く」
「ただ乗りをするなよ」
そういってフキは笑った。
彼もフキと同じく妖怪だった。フキたちは彼を『フタクチ』と呼んでいる。
もともとは得体のしれない流れ者の妖怪ではあった。
妙音の里はもともと排他的な里、長いこと彼は歓迎されてはいなかった。しかし、フタクチは色々と彼らを取りまとめたり、難事を解決していくうちにフキの相棒になり、今では人や妖怪に慕われている。
◆◆◆◆
「ところであんたはこんなところで何をしてたんだ? 海の幸でも頬張りにきてたか?」
「だったらよかったんだがな」
「?」
そういうと、フタクチは何かを口から吐き出した。
急なことだったので、フキは驚いて立ち止まってしまった。
異様な光景を見られてはいないかとフキはひやひやしながらあたりを見る。幸い誰もいない。あたりに人がいないのは、フタクチも確認済みだったのだろう。
「汚いな、急に吐くなよ」
そういってフキは地面に落ちた吐しゃ物まがいのものを見た。
「花?」
「うむ、最近これがこの海岸によく流れつく」
「こりゃただのアザミだろ、あの島にもこの辺にだってよく生えてる…」
「どあほう、よく見ろ節穴」
「何で目のない奴にそこまで言われなきゃいけないんだか」
皮肉を言いつつも、フキは落ちた花に触ってみる。
微かに妖気のようなものが手のひらに伝わってくる、しかもその感じがどうにも嫌な感じだ。
「ワシの腹の中で弱らせてはいるが、本来はもっと妖気は強かったぞ」
「この感じ……。あの島の物か」
「間違いない。常に感じていた嫌な感じが濃縮されておる」