トランクを一つ持ち波止場で船を待つ男は、よほど海が好きなのか飽きずに眺めている。
時々、そばを歩く漁師たちが、彼を見つけると頭を下げたり、恭しく礼を言ったりする。
その誰にも彼は笑顔を向け、海の向こうにある杯島に帰るんだと自慢した。その態度がまるで子供で、話しかける人々は笑顔になって彼を見上げる。
誰もが彼を尊敬しているようだった。
しばらくすると、漁船が一艘こちらへ向けてやってくる。船に取り付けた石油の発電機 は、彼が都合したものだ。
この島ではまだそれほど普及していないが、やがて前代これを取り付けることができるだろう。
船が接岸され、運転していた老人が帽子をとって会釈する。
「お帰りなさいませ、月船様」
アラタの父親である月船ヤカイはそれに頷き返すと、船へ近づいた。
「おおっと」
ヤカイが、船に乗ろうとした時に足元を毛玉のようなものが、素早く通り過ぎた。
「あっ、こいつ!」
船の運転手の老人が銛をもって走り出すが、そのころには陸に飛び降りてだんだんと離れていく。
それは青色の猫だった。
「くそっ、いつの間に乗り込んでいやがったんだ……」
「あの島は素敵なところなのに、きっとちょっと旅行にでも行きたくなったのかな」
悪態をつく老人とは裏腹に、ヤカイは面白そうにそれを眺めていた。
「ま、俺はその旅行の帰りだがな。行ってくれ」
船に乗り込んだ彼が、老人に促すとすぐに船は陸を離れた。
久々の故郷への帰還だった。
♦♦♦♦♦
野を越え山を越え青猫は走り抜けていく。
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