家 / 窓からの景色

『父の家』


 彼女の父は昔から寡黙な人物だった。
 彼女が生まれるよりずっと前、彼自身がまだ毛も生えそろっていないような頃からそうだった。言葉を口にすることはすくなく、ずっとわずかな動作だけで他人との会話を成り立たせていた。


 早朝、彼はいつも他の人より一時間ほどはやく、自分の仕事場へ入っていた。だが、それは決して勤務態度がよいとか、人一倍やる気があるとかそういうものではない。単にそれが、見習いという立場のあたりまえだった。石炭をくべて炉を立ち上げ、大量の水を川から汲み上げてくる。使う道具は整備されているか確かめ、一式を作業台に揃えておく。

 彼は町で唯一の鍛冶屋に弟子入りをし、もう何年も見習いをやっていた。


 親方が仕事場にみえると、一日の作業が本格的に始まる。

鍛冶師たちは扉の蝶番や窓枠の装飾など、利回りのよい製品をせっせと作っていた。そのうち、見習いの彼が任されていたのは、蹄鉄の作成。できあがったものは、どの馬の骨かもわからないような買い手に安い値段で渡され、馬の足蹴にさせるのだ。


 彼はそうして一日の仕事を終わらせると、唯一の自由な時間を半地下にあるこの部屋にこもって過ごした。壁は厚いが部屋のなかは寒く、上着を常に羽織っていないとすぐに身体がふるえはじる始末だった。

 だが、彼はその冷えた部屋のなかでも孤独を感じなかった。それはひとえに、彼がある、圧倒的な憧れをその胸に抱いていたおかげだった。

彼のいるこの部屋には簡素なのぞき窓がひとつある。そして、そこからはつねにあの城が見ていた。この町を、というよりはこの町が属する、国の多くを治める貴族の城。その城に設けられた華やかな窓のうちのひとつ。そこからあるとき、一度だけ姿を見せたことがある少女がいたのだ。

どこまでもつづく秋の麦畑のような、もしくは鍛冶場でもめったに使われない黄金を彷彿させる黄金色の髪。それからその髪に彩られた明るい顔と鮮やかなドレス。彼はその少女が見えたときにその姿を遠くから紙に写し、それをいつも眺めていた。

昼間は暑苦しい男の仕事場で馬車馬のようにはたらき、夜はヘタな納屋よりも冷たい地の底で眠る。そんな生活をおくる彼にとって、その絵の少女はたったひとつの心の支えだった。

早朝から鍛冶場へ出かけ、家に戻ればその絵を眺める。そして今日こそはまた、あの少女が姿を現してくれるのではないかと、ひとり部屋ののぞき窓から現を抜かすのだ。


 


『窓からの景色』


 日の光がはいらない部屋の小さな窓。二重窓になっていても、外の温度は容易に部屋を冷やし、温もりや安らぎなんてものは部屋のどこにもなかった。

 埃っぽいカーテンの隙間からは窓枠を覆うツタの葉が見え、その向こう側にはブルタバ川から引かれたちいさな水路の流れがあ。向こうの家の軒下には氷柱が垂れ下がり、薄く積もった白い雪の隙間からは黄色い春の花が顔をのぞかせていた。

 窓のそばでは朝のかぜに木の枝がゆれ、遠くの空では雲が川を上るように流れている。春の訪れはもう間もなくだろう。

 だが、凍てつく寒さはあいも変わらず、私もまた、ただ時が過ぎるのを待つばかりだった。


 しかし、この日はそんな部屋のなかに朝から光が差し込んでいた。

 窓の外を見ると、その光は景色の高いところにあるあの城から放たれた光だった。普段であれば締め切られている窓が開かれ、その窓ガラスに日の光が反射していたのだ。

 眩くこちらを照らすその光が、彼には天からの恵みのように思え、その光を放つあの城にいるお人は、まさしく民を導くにふさわしいように感じられた。

 そして、その開かれた窓の方を見ていると、そこから一人の少女が顔を出した。金髪に白い肌、それから鮮やかな色の召し物。

 彼女はそれから眼下の町を見回し、そのなかに彼の視線を見つけた。

 二人は遠い距離を間に挟みながらもお互いに目を合わせ、数十秒という長い時間を共にした。そしてその時間が一瞬にして過ぎると、彼女は人に呼ばれ、その窓際を離れた。


 これが二人の出会った瞬間だった。