おじいさんともども

『おじいさんともども』


 木枯らしが吹く11月の日。髭のおじいさんと禿のおじいさんは今日もその場所にいた。髭はいつもと変わらない服装だが、禿はさすがに寒いようでコートを一番上に羽織っている。僕はそんな二人を友人の部屋からぼんやりと見ていた。

「ねえ、今日もあのおじいさんたち来てる?」

「うん、寒いのにいるよ。いつものベンチに二人で」

 僕はベッドに寝ている友人に言った。

「なんでいつもあそこにいるんだと思う?」

「さあ、実際に聞いたことないからわからないけど、どうせ大して中身もない話でしょ。例えばなんだろう……残り少ない人生の話とか?」

「はははっ、笑えないな」

 友人は僕の推察を聞いて笑った。だがその顔は、表情の種類に見合わず、どこか悲しげに見える。

「悪い……」

 僕は腫れ物に触れてしまった気になって、思わず謝った。友人も僕のことを気遣ってすぐに頷く。

 僕のせいでその場の空気は、一瞬にして気まずくなった。

「僕は絶対、二人は自分のことを語り合ってると思うんだ」

 しばらくして友人が沈黙を破った。

「お前、またそれかよ。それだけは絶対違うって」

「なんでそんなこと言い切れるんだよ。実際に聞いたことないんでしょ?」

「まあそりゃそうだけど」

 僕がそう答えると、友人は「でしょー?」と言ってさも勝ち誇ったような顔をした。

 するとその直後に僕のポケットの中にある携帯が鳴った。僕は「ちょっとごめん」と断りを入れ、携帯を見た。通知欄には別の友人から来た呼び出しのメールが映っている。

「ごめん、友達に呼び出された。なんか急用らしくてすぐ来いって」

 僕は携帯から目線を外さずに言った。

「そっか。じゃあ、急がなくちゃね」

「うん、悪い」

「ううん、いいよ。僕のとこにはまたいつでも来れるから」

「ああ、また来るよ。明日にでも」

 僕は彼にそう言い、別れの挨拶を交わしたのちに部屋を出た。

 長い廊下を抜け、外に出る。するとふとどこからか人の声がした。

「いやー、今回はさんざんだ。単勝、複勝、三連単と買って全敗だ。ほんと嫌になっちゃうね」

「そりゃあんた、何でもかんでも勘でやるからだよ。ちゃんと新聞見ねぇと」

 話していたのは、さっき部屋から見えていたおじいさんたちの声だった。同じような青っぽいガウンを羽織り、一部の新聞を二人で見ている。

「いや、金がねぇんだよ。貯金も年金も、雀の涙くれぇの額しかないもんでな」

「バカハゲ、だったら馬券だって買えねぇだろ」

「いやいや、それじゃあ明日を生きていけるかさえわかんねぇから、これで地道に稼いでるんじゃねぇかよ」

 僕はその二人の会話を聴きながらそばを通り過ぎ、彼らをなんとも情けなく思った。純粋な少年が一人細やかな妄想を浮かべても、現実はそんなもの。だったらせめて何も喋らないでいてくれた方が、よっぽどさまになるだろう。

 ーー こんな老いぼれにだけはなりたくない。

 つくづくそう思った。そして僕は来るかもわからない明日、友人にどんな顔をして会えばいいか考えた。明るい世界を夢見る彼にも、明日が来ることを切に願いながら。