図書との遭遇

   『図書の間との遭遇』



 早朝、まだ弱い朝日の目を覚ますと、そこには漆喰の白い天井があった。体を起こすと、さっきまで寝ていたベッドのクッションがたわみ、彼女をそっと包み込もうとする。身体はその誘惑に少なからず心を惹かれたが、一方、彼女の意識の方はそのさそいにはのらず、別のところへ心を向けていた。

彼女は自分の意思でベッドから這い出ると、裸足のまま部屋の扉に手をかけた。扉をくぐると、その先は長い廊下に繋がっていた。

 真っ白な漆喰の壁に、きらびやかな金細工の装飾が施され、それが扉から左右に伸びている。

 彼女はその整然とした空間に目を丸くし、「ここは夢の中なのか」とひとりうつつを抜かした。窓からは早朝のまだ青白い日の光が差し込み、遠くからは鳥のさえずりが聞こえる。さらに、窓から外の様子をうかがうと、その眼下には中庭があった。彼女が昨日まで暮らしていたあの家が、すっぽりと収まるくらい広い中庭。その中心にはゴシック様式の噴水が置かれ、絶えまなく水をふきだしている。彼女はその綺麗な光景を見ると、今度は「ここは夢の中ではなくて、天国なんだ」といっそう見当違いな納得をした。

彼女はそうして窓の外を眺めながらひとり歩きをつづけ、廊下をずいぶんと奥まで進んでいった。そして、しばらくしたところでふと歩いてきた道をふり返り、廊下を一望に収めようとした。しかし、彼女がそれを目に映すと、今度はその廊下とはまたべつの箇所に、不思議な気配を察知した。それはちょうど、彼女が眺めていた中庭の見える窓の対面。廊下の壁側から伝わってきていた。

 彼女は気配をたどって目線を移すと、その先にあるものを視界にとらえた。そして、とらえたと同時に、言葉を失った。

 すこしばかり上の方を見上げたまま、体がいっさい動かなくなる。寒気にも似た震えが全身を走り、息も止まった。

 このとき、彼女の前に現れたのは、この世のものとは思えないほどの美しさを有した、図書の間だった。

「な……、なにこれ……」

 彼女は何十秒も時が過ぎてからようやく息を吹き返し、その空間に声を響かせた。

高い天井には青い絵画が本物の空よりも美しく描かれ、そのふちを白い彫刻が彩っている。そして、壁際にはその天井いっぱいまで木製の棚が伸び、何万という数の本が隙間なく収められていた。それはまさに、人知を超えた御業というにふさわしい神の息吹きを感じられる空間だった。

 彼女はその入り口に立ったが、敷居より先へはどうしても足が進まず、最後にはあとずさりをした。本能的なものが、この場所に危険を感じているようだった。

真に神のなす美とは、人に感動ではなく恐怖を与える。彼女はそのことを肌に触れる空気から理解した。

それから心臓の高鳴りで我に返ると、彼女はその事実を目の当たりにしながら逃げるようにそのそばを離れた。