「過去に埋まっていたモノ」

メイドマフィアK ネームノベル


過去に埋まっていたモノ

(前編)(→ 後編



【3話までのおさらい!】


紅茶が禁止された日本のコウベ市。

地域一帯を支配するマフィア組織「コウベシンジケート」の元ボスの娘「風海ナギ」は両親の借金の返済に明け暮れる日々を送っていた。

そこに自称王子様を名乗る「円堂まお」という少女が現れる。

一人で生きていくと決めたナギにとって、謎の少女まおは邪魔でウザいことこの上なかったが、桜井ヘルガ救出作戦で共闘したり、シンジケートお茶会で紫陽ひまりに勝って善戦したことで(そしてまおが作るご飯が美味しかったこともあり)徐々にその存在を認められていく。


そして まおの懸命なアピールに、ナギはついにまおを意中の存在として意識し始めるのだった…


がんばれ、姫、負けるな、姫。

私たちの明日は明るい!!


by 円堂まお


(ナギにぶん殴られた鼻血の跡)


ーーーーーーーーーー



4話 過去に埋まっていたモノ



 整然と片付けられた部屋。淡い青色の壁紙に、木製の細やかな可愛らしい装飾の入った本棚が壁一面に並んでいる。棚の中は丁寧に装丁が施された童話の本の数々ーーーその一部はドイツ語だったり英語だったりするもの、が几帳面に収められている。そしてその上には友人たちからのプレゼントの動物のぬいぐるみたちがいくつも仲良く並んでいた。

 カーテンからは朝日が差し込み、針式の時計の音が静かに時を奏でる。

 そんな部屋のベッドで健やかに眠る少女の姿。風海ナギ。

 部屋の扉が開く。

「ナギお嬢様、お目覚めの時間ですよ」

 ベッドで眠るナギの身体を誰かが揺らす。ナギがそっと目を覚ますと、そこには艷やかな長い金髪を三編みでまとめた、緑の瞳の女性がナギの顔を覗き込みながら優しく微笑みかけていた。

「エッダお姉さま…」

「さあ、今日はお母様たちが関東へ出立される日です。宝座様たちもお見送りにいらっしゃいますので、お早くお着替えを」

 ナギはぱちりと目を開くとベッドから立ち上がる。そしてエッダが持ってきた着替えを受け取った。青いワンピース。着替えを済ませ鏡台で軽く化粧をして顔を整える。エッダはそんなナギの後ろに立ち、寝起きで癖毛のナギの銀髪を櫛でひとつひとつ細かく丁寧にとかす。支度を終えたナギはエッダと共に応接間へと向かった。

「お母様、お父様、おはようございます」

 ナギが挨拶すると、そこには旅支度を済ませスーツ姿の両親たちがソファで歓談していた。その向かいにはもう一組、宝座親子が座っている。

 ナギに気づいたルミネがソファから立ち上がる。可愛らしい赤い水玉模様の服に身を包み、これまた大きな赤いリボンを頭につけていた。

「ナギ様、おはようございますですわ!」

 目をランランと輝かせナギに挨拶する。そしてその横に座っている髭面の恰幅のよい壮年の男、ルミネの父、宝座ハンスも軽く頭を下げ挨拶をする。

「おはようございます、ナギ様」

「宝座のおじさま、ルミネさん、ごきげんよう」

 ナギも会釈を返す。

「親がこれから大仕事だってのに、起きるのが遅すぎるんじゃないのかい?」

 銀色の髪につり上がった赤い目、細身ながらも武闘派を思わせる強い気迫を纏った女性。コウベシンジケート総代(ボス)、ナギの母親、風海マキが呆れるように言い放つ。

「まあまあ、いいじゃないか、昨日も遅くまで本を読んでいたみたいだし」

 その横で緑の目をした長身の優しげな顔つきの男性、ナギの父親、風海シンがなだめる。マキは小さくため息をついた。

「シンはいつも娘に甘いんだ。この子が読んでる本なんて、絵本とかおとぎ話とかだろ? もういい歳なんだからさ、マフィアの娘として、それらしい勉強をするとか、そういう自覚ってもんをちゃんと持ってほしいだ」

 するとそのセリフに吹き出すナギの父。

「そうは言うけどマキさんだって、ナギと同じくらいの頃はやんちゃばっかで先代をたくさん困らせてたじゃないか。僕やハンスさんはそれに振り回されてばかり」

 そう言いいたずらっぽく笑うナギ父。それにつられてルミネ父も苦笑する。マキは若干バツが悪そうにほのかに赤面する。

「ちがうちがう!ワタシだってやんちゃはしてたけど、言いたいのはそういうことじゃないよ。本を読むにしてもルミネみたいに商売とか経営とかもっと組織の役に立つもの読んで勉強しろって言ってるのさ!」

 それにも吹き出すナギ父とルミネ父。

「マキさんは面白いことをおっしゃいますな」

 二人は大笑いする。

「ずっと武闘派で本なんてほとんど読まないマキさんのセリフじゃないよそれ」

 笑われすぎて恥ずかしそうにうつむくマキ。

「コイツら~~~…」

 そこにずいっと、近づくルミネ。

「マキ様、ご安心ください! ナギ様は立派なマフィアになるお方。そこらの女の子とはたたずまいが違いますわ。この上品な雰囲気。その中にある凛としたお顔立ち」

 そう言うと、ナギをマキの前に立たせ、その顔を母親に向ける。ナギは驚きつつもぎこちなく口にうすら笑みをうかべてみる。それをじぃっと見つめるマキ。

「…アタシの顔には似てるかもだけど。特にこの目のつり上がった無愛想なところとかそっくり…」

 マキはナギの額に片手を当てると押しのける。

「んー、アタシも若い頃は好き勝手やってたクチだ。そんなにとやかく言う気は無いけどね、だけどこの子にももっとマフィアとしての自覚を持ってほしいんだわ。シンジケートは人手不足だし、アンタにもそろそろ手伝って欲しいのよ」

「…が、がんばります…。お母様…」

 ナギは作り笑顔のままコクコクと頷いた。

「そろそろ時間だ。行くよシン。…ハンス、エッダ、留守は任せたからね」

 マキが入り口へと向かう。その後を追うシンたち。入り口で振り返るマキ。

「ナギ、それじゃちょっくら行ってくるわ。エッダやルミネに面倒かけるんじゃないよ?」

「はい、お母様」

 ナギが真剣な表情で静かに頷く。そんなナギに後ろから抱きつくルミネ。

「ええ、わたくしがナギ様をお支えいたしますもの!」

 そんなルミネのセリフにナギはちょっとだけ口元をほころばせる。その二人の姿に顔を和ませるマキ。

 ナギはもう一度マキの姿を見る。とても力強く堂々とした風格。これが自分の母。そしてコウベシンジケートのボス。


 いつか私も…


 ナギは心の中でそうつぶやくのだった。



 それから数日が経ち、マキとシンが行方不明になったことを知る。

 その日の朝が、ナギが両親を見た最後の日だった。


 ナギは虚空に手を伸ばしていた。暗い。うっすらと見える見慣れた天井。上半身を起こして辺りを見回すと、そこは何の変哲もない自分の部屋だった。本棚はホコリを被り、置かれていた本たちは床に散乱していた。カーテンは締め切られ陽の光は入らない。ぬいぐるみたちも部屋の端に転がったままだ。それもそのはず。両親不在でエッダ・ベリエンシェーナも去った屋敷に一人のナギは、ろくな掃除をしていなかった。そして自称王子様ーーー円堂まおに住み込みで働くことを許してからも自室には一切入るなと厳命していた。

 こんな生活を2年も続けていた。ナギはのそりとベッドから起き上がる。ボサボサの髪、虚ろな目でパジャマを床に脱ぎ捨てる。不景気そうな表情のままカモフラージュ用のブレザーの学生服(以前通っていたお嬢様学校のもの)に着替えると自室を出た。

すると虚ろなナギの目にぱっと朝の陽光が差し込んだ。廊下は自室と打って変わって小綺麗に整頓されており掃除が行き届いている。床は水拭きされ、窓もピカピカだ。ナギはのっそり階段を降りて居間へと向かう。するとそこにはラップのかけられたハムと卵のサンドイッチの皿と小さなメモでこう残されていた。

「今朝はお店の人と一緒に、紅茶の買付でコウベ港に行くことになったので先に出ます! 昼には戻ってくるので一緒に食べましょう!何を食べたいか考えといてください。 貴方の王子様 まお より」

 ナギは皿のラップをぺりぺりと剥がすと、そのサンドイッチをもそりと口に含む。

澱んでいたナギの瞳にささやかな光が灯る。

「……おいしい」

そして小さくつぶやくのだった。


◆◆◆


「ふぅー、こんなモンかナァ?」

 大きく開いた目、ギザギザ歯が覗く口元、鰐塚らむは元気いっぱいの笑顔で額の汗を拭うと、目の前の金属のガラクタの山を見上げた。全高3メートルはあろうかという大きな山だ。その隣でT.T.01が1つ1つを拾い上げ、彼女の内蔵ガジェットでその材質を調べている。

「だいぶ集めましたね」

 軍手にジャージ姿のナギも金属を集める手を止め、立ち上がる。周りにも多くのメイドたちがいる。そこは川越マツリカの所有する工場周辺の廃墟だった。らむとT.T.そして工場所属のメイドたちは、マツリカ博士の命令で先日ナギが釣り上げた金属パーツが他にも無いか探していた。

 朝食を食べてぼんやりしていたナギの元に、らむから手伝いの依頼が来たのはすぐだった。特にその日の依頼が入っていなかったナギは、以前マツリカが釣り上げたパーツをとんでもなく高値(具体的にはナギの1ヶ月の稼ぎの5分の1)で買い取ってくれたことを思い出し、手伝いを即答するのだった。


「自動車のスクラップばかりですね。この前の金属のパーツは含まれていないようです」

 T.T.01は淡々と答える。どうやら思うような成果は無いようだ。

「博士はあのパーツがなんの部品か教えてくれませんでした。…ここ一帯にはあるだろうとの話でしたが、何かヒントが欲しいですね」

「ワタシはハカセから教えてもらったヨ! もしかしたら『ウデ』とか『アシ』とかあるかもッテ!」

「『腕』や『足』…? ふうむ、それは私のようなロボットの部品なのでしょうか?」

「今日はマダ時間あるし、もっと奥も探そう!」

 らむが元気よくそう言うや否や、その腹がその声にも負けじと大きく鳴った。

「フフ……だけどその前に、お腹ペコペコだしお昼ゴハン食べたいヨネ」

 早朝から始めた作業は気づけば正午を回っていた。らむがお腹をさすりながら唸る。

「はいはーい、みんな集合~!」

 すると元気の良いハキハキした声がどこからともなく聞こえてくる。皆はその声の方に顔を向けると大きな鍋とプラスチックケースを乗せた台車を押して近づいてくる円堂まおの姿があった。

「みんなお疲れ様~。お昼ご飯持ってきたよ!」

 らむやメイドたちの顔が輝く。そして嬉しそうにまおの近くに集まってくる。まおはプラスチックの皿にチキンライスを盛り、その上に卵焼きを乗せてひとつひとつにケチャップでイラストを描くと皆に手渡していく。

「円堂まお特製オムライスだよ!」

 部下のメイドたちの最後に並んでいた らむにサメの絵のオムライスを手渡す。

「わあ、スッゴクカッコいいサメ!」

 らむがキラキラと目を輝かせる。

「デモ、どうして今日ここに?」

「うん、姫が工場にいるって聞いたから。それで工場に来たらマツリカ博士が腹ペコで倒れてたからご飯作ってあげてたの」

「まおちゃん、喫茶店のオシゴト忙しいのにゴメンネ」

「いいのいいの、工場の皆の食事見てたら気になっちゃって。それにどのみち姫の分もつくるからそのついで!」

  その後ろにナギも並び受け取る。

「…あの、私、今日貴方にどこに行くか伝えてましたっけ…?」

「ふふーん、私は姫がどこにいたって分かっちゃうんだから!」

「こわい…」

「はい! 姫の分! 愛情たくさん込めたから、いっぱい食べてね!」

「…ふん」

 ナギは皿をひったくるとそそくさと列から離れる。適当な場所に座ってオムライスを食べようと皿を見ると、その卵焼きにケチャップで漫画風の小さなオオカミが描かれていた。

「か、可愛い………食べるの、もったいないですね」

 しかしそれと同時にナギの腹が鳴る。

 ナギは赤面しながら、それでもスプーンでひとすくいするとそれを口に運び噛みしめた。頬に手を当て、その口元を緩めるのだった。


「あれー? 博士に言われた人数分持ってきたのに、1人余っちゃったよ? 」

 まおはプラスチックケースに残った卵焼きを見てつぶやく。

「そうだ、ツバキちゃんの分!」

 らむがモガモガとご飯を食べながら辺りを見回すが、そのツバキちゃんとやらはいないようだ。

「ツバキちゃん?」

「ウン! 昨日コウベ港でワタシとT.T.で釣り上げたの!」

「ふーん?」

 なんだか気になることを言われた気がしたものの、まおはとりあえず首をかしげるだけに留めておいた。

「私が渡しておきますよ」

 ナギが現れるとそれを受け取った。

「午後からも喫茶店の仕事があるのでしょう?」

「姫、ありがとー! 今日は姫の大好きなお肉料理を作ってあげる!」

 まおがべたっとナギにひっつく。ナギは少し顔を赤くすると顔をそむける。

「べ、別に、貴方に借りをあまり作りたくないだけですから…」

 そうしてまおは配膳道具を押しながら、工場の方へと戻っていった。ナギはオムライスセットを手に海岸の方へと向かう。


 ナギは浜辺を歩く。この辺りは廃墟だらけだ。9年前「紅茶マフィア大戦」という日本全国を巻き込んだマフィアの大きな戦いがあった。そしてこのコウベの地もその例外ではなかった。8歳だったナギもそのときのことを良く覚えている。ものすごい剣幕で傷だらけになりながら部下を励ます母の姿、いつも忙しそうに各地の調整のため走り回る父や宝座ハンスの姿、気丈に振る舞うルミネやひまり……そして、母が拾ってきた義理の姉の存在。

 ナギはふと海岸での出来事を思い出す。自分と10歳離れた義姉はいつも優しく、ナギの世話をしてくれた。そしてよくコウベの街へ遊びに連れて行ってくれた。大戦が終わり、各地に廃墟が残るコウベ。その港の桟橋で、金髪の髪をなびかせた美しい義姉は、岸壁に座礁した大きな貨客船の残骸の前でいつも祈りを捧げていた。船の先頭には「Mimir」とヨーロッパ文字で書かれていた。「Mimir」…北ヨーロッパの古い神様の名前だ。ナギはそれを童話の本で読んだことがあった。あとになって父に教えてもらったことには、それは義姉の両親の船だったらしい。スカンディナビアというヨーロッパの国の船で、中華国の南部の都市広州とコウベの港を結んでいたらしい。しかし大戦に巻き込まれてシンジケートと敵対する組織の爆弾で沈められた。そして義姉はこの国に取り残された。ナギは先日ウラ喫茶店で出会ったエッダ・ベリエンシェーナの様子を思い出す。

 どうしてこんなことを思い出したのだろう。前まですっかり忘れていたのに。ナギは不思議に思う。今朝も懐かしい夢を見た。まだ両親がいて、親しい人たちがそばにいた頃のことを。

 ナギの脳裏に、パッとあの元気のよい自称王子の笑顔が浮かんだ。……ナギは慌ててそれを振り払う。


 廃墟の海岸沿いの開けたところに、深緑色の長髪をなびかせたメイド服姿の女性が歩き回っているのが見えた。

「……ツバキさん。お昼ご飯を持ってきましたよ」

 ナギは控えめに声をかける。メイド服姿の女性は振り返った。

「おや…ええと、ナギさん、でしたか」

 凛とした顔つき。真紅の目が髪色とのコントラストを引き立てつつ前髪の下から覗いていた。ツバキは小さくは会釈する。ナギは問いかける。

「探しもの、見つかりましたか?」

 ツバキは残念そうに首を振った。

「いえ、流れたのならこの辺だと川越さんからも伺っていたのですが、どうも見つかりません。木箱なので沈むこともなく一緒に近くまでたどり着いているとは思っていたのですが」

 苦笑いする。それにナギが驚く。

「泳いできたって聞きましたけど……」

「ええ、オオサカからコウベ行きの船に乗ったつもりが、間違えてエヒメに向かう船でした。慌てて海に飛び込んで泳ぎ出したまでは良かったのですがお恥ずかしながら途中で力尽きてしまいまして……らむさんとT.T.さんに救っていただいたという次第です」

 ナギはなんと返事をしていいのか窮する。はっと手にツバキの昼食を持っていることを思い出した。

「あ、これ、貴方のお昼ご飯です」

 ナギがツバキにパックに入ったオムライスを差し出す。オムライスには可愛らしい犬のケチャップイラストが描かれている。

「わっ!!」

 ツバキは一瞬年相応の嬉しそうな声を出す。そしてハっと目を見開くとそれを慌てて取り繕う。

「い、いえ……その、わんちゃん、可愛いですね。ちょっと私の知ってる漫画のキャラクターによく似ていたもので…」

 いそいそとオムライスを受け取るツバキ。

 両手を揃えていただきますの姿勢を取ると食べ始める。一口含むと顔をほころばす。

「とても美味しいです」

「そうですか、それはよかった」

「貴方が作られたのですか?」

「いえ…知り合いがちょっと……作ってくれました」

「そうですか、親切な方ですね」

「…ええ」

 ツバキは口を開く。

「最初紅茶マフィアの方と知った時、皆さんどんなものかと思っていたものですから。らむさんやT.T.さん、川越さんも親切にしてくださいますし、貴方も良い人そうです」

 ナギは小さく頷く。

「そういうツバキさんこそ、度胸が座っていますね」

「これは、まあ、仕事柄といいますか何というか」

 ツバキは慌てて頭をかく。

「本当に美味しかったです。作った方にお礼を言っておいてください」

「…はい」

「おーい、2人トモ~、作業のツヅキ、するヨ~」

 らむの声に2人は振り向く。


◆◆◆


 まおは配膳道具を押しながら工場へ戻ってきた。調理室へ道具を返そうとして迷う。

「うーん、何度来てもここは迷路みたいだなあ」

 うろうろと辺りを見渡す。そこで工場のメイドと出くわす。

「調理室は突き当りのエレベーターを下ですよ」

 そう教えてもらいエレベーターを探すまお。

 するとまおの身長の10倍はあろうかという巨大なエレベーターに出くわす。

「これ、乗っちゃダメなやつかな…」

 そう思いつつスマホの時計を見ると午後の喫茶店での仕事の時間が差し迫っていた。

 ええいと、そのまま乗って下ボタンを押す。

 ゴーッと、大型エレベーターが動き出す。

 地下、と言ってもまおが借りた調理室は地下1階くらいだったが、その巨大エレベーターはゆうに10階程度は下まで下った。

 エレベーターが開く。するとそこは広い地下空間が広がっていた。高さ20メートル、奥行きも50メートルはあるだろうか。小さな飛行機ならすっぽり入ってしまいそうなその空間に、ぽつんと「それ」は鎮座していた。

 台車を押しながら「それ」に近づくまお。「それ」の下まで近づくと見上げる。

 黒い金属の大きな塊。箱のように四角い。そして「それ」に大きな手足がついていてる。

 なんの機械だろう?

 まおはこんなものをいままで見たことが無かった。ぐるぐると周りから観察してみる。黒々とした金属の塊。建物3階建ほどの大きさはある。正面と思われる場所には六角形の黒いアクリル板のようなものが上下2個ずつはめ込まれていた。

 地下室はひんやりとして薄ら寒い。ぞぞぞっと悪寒を感じるまお。

 何やらまずいものを見てしまったのかもしれない。まおは直感的にそう察すると、配膳道具と共にそそくさとエレベーターへと戻り上行きのボタンを押した。エレベーターは何事もなかったかのようにゴーッと上へと昇っていく。

 扉が開く。まおは周囲を確認してエレベーターからすぐに離れる。どうやら誰にも見られていないようだ。ほっと胸をなでおろす。

 スマホを見ると時間がだいぶおしていた。工場のメイドに配膳道具を押し付けて行こうと辺りを見回していると…

「やあ、まおちゃん」

 川越マツリカの声が後ろからした。

「ひゃいっ」

 まおが小さな悲鳴をあげ振り向くと、そこには少し驚いた顔をしたマツリカの姿があった。ドローンに吊り下げられたマツリカは着地するとまおに向き合う。

「工場の子たちからさっき聞いたよ~。お昼ご飯、皆の分も作ってくれたみたいで~」

 マツリカが深々とお辞儀をする。

「ううん、全然別にっ」

 まおは慌てて答える。

「オムライスとっても美味しかった。工場のご飯係として雇いたいくらいだよ~」

「そ、そんなこと無いよっ、私はただ出来ることをしてるだけだから」

 まおは勝手に地下に行ったことがバレていないか気が気ではなかった。マツリカは続ける。

「それにナギお嬢さまのお屋敷の面倒も見てあげて…。ナギお嬢さまは本当に良い人を見つけたねえ」

「そ、そうかなあ」

 マツリカの眠そうな、しかし本音と聞こえるその言葉に、まおの中の焦りが消え、一瞬心が高ぶるのを感じた。

「ナギお嬢さまはあんなんだからねえ。みんなもたぶん、感謝してると思うよ」

「……みんなも?」

 するとまおのアラームが鳴る。

「あ、もうこんな時間! 急がなきゃ」

 まおが慌てる。

「あ、それはそうと、まおちゃん~」

「何?」

「いま、ひまりちゃんが来ててねえ。まおちゃんのこと、探してたよ?」

「…へ?」

 工場の正面口に向かうと、黒塗りの車の前で紫陽ひまりが腕組みをして待ち構えていた。

「まおちゃん~、午後のお仕事はキャンセルだよ~。代わりに連れて行きたいところがあるの~」

 ひまりが邪気たっぷりの笑みを浮かべる。まおは即座に作り笑顔を返すのだった。




<後編に続く>
(→ 後編



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