ホテル【ヴァルトブルク】の貴賓室。シンジケートの総メイド長である宝座ルミネと風海ナギがソファに座り対面していた。
「サイゴク通りに居座ってたババロア一家の者はどうやらどこかに身を潜めたようですわ」
ルミネが面白くもなさそうに、自身の豪華なロール髪をいじりながら言う。
「でもとりあえず、あそこから追い出してくれたので、ナギさんには半金をお支払いしますわ」
「……」
ナギはそっと頷く。ちらりとルミネはナギの表情を伺うも、いつもの無愛想な鉄面皮が張り付いているだけだった。納得しているのか、どうなのか。それすらも態度からは分からない。
昔はもっと分かりやすかったですけれどね。ルミネはそっと思う。
「とりあえず、また分かり次第、ご連絡を差し上げる。ということでよろしくて?」
「…その、ルミネさん」
「はい?」
ここでナギが口を開く。
「待っている間に、仕事をしたいのですが、何かないでしょうか。ここに来る途中のホテルの事務所で、手配書も見せてもらおうとしたのだけれど、全部片付けられてしまっていて……」
「ええ、そうですわ。この前の事件でババロア一家もシンジケートに警戒心を抱いたようで、だいたいの者が所在不明なのですわ。相手が出しゃばってこないので、こちらはいくぶん商売がやりやすくていいのですが」
「そう…ですか…」
ナギの鉄面皮が少し剥がれ、残念そうな色を目に浮かべルミネを見つめる。ルミネはついそんなナギの変化を目の当たりにして、笑みをこぼしてしまう。
「そうですわね。いつどこでババロア一家や他の組織のゴロツキが襲ってくるとも限りません。このシンジケートの警備部門も常に人手不足ですから、ぜひナギさんにもお手伝いしていただこうかしら」
コクコクとナギが頭を縦に振る。
「ただし手配書仕事とは違い、そこまでの報酬にはなりませんことよ? せいぜいナギさんの実力を勘案して、子分メイドの時給の2倍をお支払するかというところよ?」
「……だいじょうぶ、です。少しでも働かないと。さっきの半金でようやく今月の利子分くらいだから…」
「お仕事に勤勉なのは素晴らしいことですわ。他のメイドたちにも見習わせたいくらい」
「それで、何をすれば……」
「そうですわね、今日は管理部門と地元の商工会との会合があります。その管理部門メイド長の護衛について行ってもらいましょうか」
「…分かりました」
「……」
「……」
仕事の話が終わると2人とも黙った。ルミネは目でナギに退出してよいと促す。ナギは立ち上がろうとする。特に雑談をするような仲でもないのだ。どこまでもナギとルミネはお金でしか結ばれていなかった。ルミネが仕事を依頼し、ナギがそれを受ける。そしてそのお金の一部をナギは借金をしているルミネの父親に返す。ただそれだけの関係……。昔はそれ以外の何かもあったのかもしれないが。
お金だけの分かりやすい関係、上等ですわ。
そうしてナギが立ち上がったとき、ナギの後ろからすっとお団子頭の少女が現れた。
「ひゃっ」
急に現れた人影にルミネは慌てた声を出し腰を抜かしそうになる。
「おおーっ、メイド長っていうから、どんな人かと思ったけど、すごい縦巻きロール!! こんなお嬢様って実際にいるんだね! 毎日お手入れしてるの?」
「え、ええと…」
ルミネが突然のことに、言葉を失う。
「……ねえー、お話終わった?」
お団子少女はナギに質問する。
「……いちおう」
ナギが無愛想に答えと、そのお団子少女はソファを回りナギの隣へと立つ。ナギとは少し違うデザインの服とエプロン。紫色のうさぎのワンポイントの付いたネクタイと頭には大きな黒いリボンをしており長髪をお団子状にしてアップしている。
「……外で待っていてと、言いましたよね?」
「いやー、だってすごくヒマだったし、廊下でメイド服着てると人から頼み事ばかり受けちゃってさー。それでこっそりお部屋に入って、姫の声聞いてたの。いいよね姫の声。凛とした可愛い声。いつもの少し柔らかい声もいいけど、お仕事で真剣な声もとても素敵……」
ナギが眉をひそめてげんなりした風な顔をする。
「怒った顔も素敵…!」
「…………ここがシンジケートの本部でなかったら、ゴム弾を顔面に撃ち込んで黙らせてたところです…」
「……それで、この方はどなたですの?」
ようやく自分を取り戻したルミネが会話に入る。お団子少女はぴしっと姿勢を正す。
「はじめまして! わたし、円堂まお! 風海ナギさんの王子様です!」
「おうじぃ?」
聞き慣れない単語にルミネは頓狂な声を出す。
「……ちがう、ただのストーカー……」
ナギがそれを訂正する。
「ちがう、ちがう、王子ってのは一旦撤回して未来の王子でいいって言ったけど、専属メイドとして雇ってくるれるって言ったじゃなーい?」
「…言ってない。未来の王子も言ってないし、専属メイドも言ってない………ルミネさん、ごめんなさい、やっぱりここで拳銃使ってもいいですか……」
遡ること2日。
◆◆◆
ナギがサイゴク通りでババロア一家のガイテツとの対決の後、まおの姉の家に匿われていた。しかしそうされる義理を感じないナギは、翌朝熱が下がるとこっそりその家を後にして屋敷へ戻るのだった。
とりあえずルミネには拠点は潰したもののガイテツを取り逃がしたことを伝えた。いつものようにまた嫌味を言われるかとナギは身構えたが、意外にもルミネは何も言わず、また近いうちに本部に来るようにとだけ伝えてきた。
風邪の熱は収まったとはいえ、連日の戦闘で身体を酷使したせいか、疲れが溜まっていた。髪もいつも以上にボサボサだ。流石にシャワーを浴びたい。
給湯器はしばらく前に壊れていたので、鍋に水を張り湯を沸かす。そしてそれを湯船で水と混ぜ、適温にしながら身体に掛けて使った。お湯を掛けるたびに身体が芯から癒されていく気分をナギは感じた。ふと左手を額に当てると大きなガーゼが貼られていることに気づく。ガイテツに撃たれた場所だ。ゆっくりガーゼを外して鏡を見ると、どうやら腫れてはいるようだが傷にはなっていなかった。ナギは微かに血の濁った色の混ざるガーゼを見つめた。怪我をしてあの場に倒れた自分を、あの子が連れ出して手当してくれたのだろう……。
疲れが溜まってぼんやりしていたせいか、かれこれ1時間近く浴室でくつろいでしまった。ルミネから連絡が来なければ今日の仕事はない。なのでたまにこうしているのも悪くはないのかもしれない。
浴室を出る時に着替えを用意していないことに気づいた。しかしこの屋敷では1人だし気にすることはない。寒さに気をつけて素早く自室に戻って適当な服を着よう。ナギはそう思いバスタオルを巻くべく脱衣所への扉を開ける。
するとなんと脱衣所には下着から洋服までが一式揃っていた。しかも中学生の頃に家族に買ってもらった外出用のいかにも洒落た「女の子向けお洋服」が置いてある。ナギはそんなものを用意をした覚えはなかった。もしかして、まだ風邪で意識が朦朧としている? その時、屋敷の厨房の方で盛大に食器が割れる音がした。
ナギは最低限を身につけると(とはいえ冬で暖房も付けない部屋で寒いので、結局何者かが用意した「お洋服」一式を着込むことになった)、脱衣所に隠していた護身用の拳銃を手に厨房へと向かう。明らかに何者かがいる気配がする。ものを動かす音。それにいい匂いも。
入り口の陰から中を伺う。すると厨房で何者かが鍋を前に何かをぐつぐつ煮ていた。
「動くな!」
ナギが拳銃をその背中に向ける。しかし相手は動じず振り向く。そして満面の笑顔。
「やっほー、姫! お疲れ様! もうすぐシチューが出来るから座って待っててね!」
ナギは唖然とする。そこにいたのは昨夜自分を助けて看護してくれた自称王子、円堂まおだったのだ。
「な…な……」
「もー、いくらこの辺が高級住宅地で治安がいいからって、女の子の一人暮らしなんだし鍵は締めとかないと危ないよ?」
「ど…どうして……」
ナギは頭に浮かんだ言葉をそのまま吐いた。
「だって朝起きたら突然いなくなってるんだもん~。まだ病み上がりだし心配で心配で。それで、お昼ごはんを作ってあげようと思って! お家に来ちゃいました!」
そんなまおのセリフにナギは唖然とする。
「す、ストーカー!!! は、犯罪ですよ……色々と、……ケーサツ、呼びますよ……?」
「わあ、姫の驚いてる顔初めて見た。いつもだいたい無表情か疲れた顔ばかりだったからザンシン!」
「い、いい加減にしないと……」
ナギはニコニコ笑っているまおの顔に拳銃を向ける。
「もー、そんな怖いものしまってよ」
バンッ
そこはナギも手慣れているため容赦はない。しかし顔には当たらず まおのお団子髪にあたり、髪がほどけるどころか、あろうことかゴム弾の方が、はじき飛んでしまった。
「フッフッフ、まお王子のお団子は無敵! 何でもはじくのさっ!」
まおはカラカラと笑う。拳銃が暫く使っていなかったから発射薬の威力が落ちていたのか。とにかくナギの弾ははじかれてしまった。
「観念!」
その一瞬の虚をつかれ、まおはナギのその拳銃を取り上げる。
「さあ座って座って。おいしいシチューを作ったから」
ナギは悔しそうにまおを見つめる。しかし席には座らず立ち続ける。
きゅーくるくるくる……
ナギの腹から可愛らしい空腹の音が聞こえる。それでもナギは立ったままだ。
「あれぇ、どうしたの? 絶対おいしいよ! それともシチューは嫌い?」
「食べないです…そもそもそんなお金ないし」
「そんなの気にしなくていいのに、今日はわたしの奢りだよ~」
まおは鍋から皿にシチューを注ぐ。良い香りがする。ナギは若干目に涙を浮かべる。
「食べません…他人が作ったものなんか……」
「ほらほら、食べないと元気でないしさ。あーん」
まおはそう言って皿によそったシチューをスプーンに移しナギの前に持ってくる。
「食べないって言ってるでしょう!」
そう言ってスプーンを叩き落とす。そして声を荒げる。
「犯罪者! 出ていってください! 私が次の武器を取りに行って戻ってくるまでに消えないと、蜂の巣にしますよ!」
そういうなりナギは厨房を飛び出した、そして居間のテーブルの上に置いてあるラクロスケースからショットガンを取り出すと厨房への道を戻る。厨房から漂うシチューの匂いが鼻につく。ナギが厨房に戻りショットガンを構えると、そこにはもう誰もいなかった。ただ熱い湯気を上げるシチューの皿と鍋が残されているだけだった。
ナギはそのままショットガンを下げ、引きずりながら自室への階段を昇った。そして部屋に入るとそのままベッドにダイブする。心と頭がグルグルしている。血が全身を駆け巡る。心臓がバクバク高鳴っていた。頭が痛い。あんなに大声を上げたのはいつ以来だろう。
「……」
左の額の怪我した部分が疼いた。そしてナギはそのまま疲れに身を任せて眠ってしまった。
そしてその翌日、またしても まおはやって来た。
◆◆◆
そしてその2日後の現在。
「作ったシチューはまお王子がお家に持って帰っておいしくいただきましたとさ!」
「……とにかく屋敷の光熱費と割ったお皿は後で請求しますからね」
「はいは~い」
二人はホテル【ヴァルトブルク】のエントランスへの廊下を歩いていた。その玄関口に白いベレー帽をかぶり大きな犬を従えたメイド服姿の小柄な少女が立っていた。
「ナギさん、時間厳守でお願いしますよ?」
少女は小さくニコリと笑う。ナギは頷く。
「わー、ちっちゃい! 可愛い! 誰これ、ナギ姫!?」
「な、小さいですって。ナギさん、誰ですか、この失礼なヒトは!」
「ええと、……ストーカーです。全然気に留める必要なんかないです」
「だからそりゃないって、ナギ姫!」
まおがナギに対してむくれる。
「す、ストーカー……? というと……ヤバいヒトですか?」
ベレー帽の少女は冷や汗を垂らしながら、真剣な表情で まおを観察する。
「そんなことないよ! 華麗で優雅で可愛いナギ姫に似合う素敵な王子様さ!」
「ヤバそう…」
少女は率直な感想を述べた。
「ヒかないで! …うぉほん、とにかく、未来の王子兼ナギ姫専属メイドの円堂まおです! ヨロシクね!」
「どうも、コウベシンジケートの管理部門メイド長を務める桜井ヘルガです……よろしくお願いします」
ヘルガはそう言うと会釈する。
「とりあえず、未来の王子様でも専属メイドでもないですが、私の仕事を見せる代わりにコンビニおにぎりを安く売ってくれることになったので、今日はこのストーカーもヘルガの護衛に同行します」
「なんですか、その謎の取引は……それと、ナギさん、いつも言ってますが、私の方がマフィアとしては先輩ですしメイド長なんですよ? 私のことはちゃんと『お姉様』と呼んでくださいね」
「これもいつも言ってますが…私はシンジケートの構成員ではないし、姉妹の契を結んでるわけでもないからそれは違うと思いますけど……」
「むぅ、心構えの問題です。ナギさんは何事に対してもドライなんですから……」
ヘルガがふてくされる。
「ねえねえ、ナギ姫、メイド長ってたくさんいるの?」
まおが興味津々にたずねる。ナギは少し黙るも口を開く。
「……組織のトップが総メイド長。その下の各部門を仕切るメイド長がそれぞれいる……それが紅茶マフィアの基本的な組織構成……」
「ええ、それだったら、ヘルガちゃん、いやヘルちゃんお姉様は1つの部署を仕切ってるってこと? こんなに若いのに! すっごいね、お姉様、すごく賢いんだね!!」
目を輝かせながら、まおはヘルガを見る。
「賢いですって、お姉様ですって…!? ふふ、この自称王子の方が目上に対する礼儀を分かっているじゃないですか。よろしい、同行することを許可しますっ」
そう言いヘルガは気分良さそうにふんぞり返る。
「わふぅっ」
そばにいた大型犬が腑抜けたように吠える。
「グラーフ、どうしました? おや、もうこんな時間ですね。皆さん、向かいましょう!」
ヘルガはナギたちを連れて玄関ホールへと向かう。
3台の黒塗りの高級車が市街地を走る。
「今日はいつもの護衛はいないのですね…」
ゆったりとした車の後部席。ヘルガとグラーフが奥に、ナギとまおはその向かいに座る。
「ええ、警備部門の大半は評価試験のために工場にいます」
「…評価試験?」
「問題なく終わればナギさんにもお伝えしますが、いまのところはヒミツです。とにかくそんなワケで、今日は久しぶりにナギさんが私の護衛です」
「ええ、まあ、報酬分は働きますけど…」
「すごいよ、ナギ姫! こんな豪華な車、乗るの初めて!」
まおが内装を見渡して目を輝かせる。ナギはうるさそうにじっとにらむ。
「気に入っていただけたようで良かったです」
ヘルガは笑う。
「紅茶マフィアってすごく羽振りがいいんだね!」
「そうですね、不自由しない程度のお金は。とはいえまあ、この車は私物ですけどね」
ヘルガはなんとはなしに言う。
「ええっ、ヘルちゃんお姉様の車なの!? まさかすっごくお金持ち!?」
「えっと…まあ、親はここ一帯の地主ではありますが、これは私が紅茶マフィアのお仕事と株で買ったんです。グラーフ専用の席も欲しかったですし、防弾とかも。マフィア家業は何かと危険が伴いますからね。リスクに比べれば安い買い物ですよ」
「ほおお、すごい! オトナだ!!」
「ふふっ、そうでしょ、もっと褒めてくれていいんですよ!」
まおが素直に感心している様子を見てヘルガは気分が良さそうだ。
「ほあー、でもどうしてお金もあるのに紅茶マフィアやってるの? そんなに何でも出来てお金にも困らないならもっと別の仕事でもいいよね? というかヘルちゃんお姉様は若いんだし、まだ働かなくても良いんじゃ…」
「むぅ、年齢で人を判断するのは良くないと思いますよ? まあなんでしょう、ひとことで言えばロマンですかね」
「ロマン?」
「そうですね、両親は…人間としてはちょっとだらしない人たちなのですが、それでも土地を管理して、生計を立てるという生き方は堅実だし嫌いではないのです。ただ祖父や叔母の家業が紅茶マフィアでして、それを幼い頃から見ていた私は、社会のはみ出し者になりながらも、自分の信じたビジネスを貫き、仲間への義理を果たしながらたくましく生きていく姿に憧れてしまったのです」
「はえー、そうなんだねえ、考えたこともなかったけれど、紅茶マフィアってかっこよさそうだね!」
「うふふ、良いでしょう?」
まおとヘルガはキャッキャと笑い合う。
「それにしても、おじいさんやおばさんも紅茶マフィアなんだ。さっき本部に行ったけど、わたしどっかで会ってるのかなあ」
「祖父はシンジケートのボスです。そして叔母は総メイド長の宝座ルミネですよ。あの縦ロール髪の」
「ええっ、ルミネさんの姪っ子?」
「そうです。でもこの地位は実力ですよ? 叔母様はとても厳しい方なので」
「ふえええっ」
ヘルガはキリッとした表情をする。
「素晴らしい紅茶マフィアになるためには、お勉強と心構えが大事です。もし、まおさんも紅茶マフィアになりたいと思うのなら、生易しい世界ではないので覚悟したほうがいいですね」
「ううー、お勉強、心構え、覚悟……。私は姫の近くに居たいだけだからなあ…」
ちらっとまおはナギの顔を盗み見る。ナギはそっぽを向く。
「その点、ナギさんは素敵だと思います。さすが前シンジケートのボスの娘。戦闘技能に長けてますし、お仕事のお約束は必ず守ってくださいます。そしてしっかり目標もある。ナギさんのイヤミを言うヒトもいますけれど、私はナギさんのこと評価しているんですよ」
「目標?」
「ええ、その昔、ナギさんのお父様が組織に借金を作って失踪してしまったんです。しかしナギさんは逃げることもせず、わざわざ紅茶マフィアとなってそれを返済しているのです」
「借金!? えっ、姫、どゆこと!?」
まおはナギを見やる。ナギはため息をつく。
「ちょっと、ヘルガさん……」
「あはは、お喋りが過ぎたみたいですね……そろそろ到着しますし、この話はここまでです」
そうして車はゆっくりと速度を落とす。
「それでは皆さんは外で待っているように。まおさん、終わったらお茶を飲みに行きましょう。今度は貴方のお話を聞かせてください」
ヘルガは愛犬グラーフと管理部門のメイド数名を連れて裏口からレストランへと消えた。ナギとまおはそのまま裏口で待機する。メイド服姿は目立つので、二人とも上からコートを羽織った。
「はわー、ヘルちゃんお姉様、小っちゃいのにしっかりしてて可愛かったなあ~」
「……大概にした方がいいです。アレでも紅茶マフィアなんです。関わるとロクなことありませんよ?」
「あれ~、ナギ姫、もしかしてわたしとヘルちゃんが仲良くしてたからヤキモチやいてる~?」
「……無駄口叩けないように、ゴム弾を口の中にぶち込んであげましょうか?」
ナギたちは寒空の下、外で待ち続ける。ナギはショットガンをラクロスケースに入れて肩に掛け、代わりに拳銃をコートの内ポケットに忍ばせる。
「そういえばわたし護衛任務?で一緒に来ちゃったけど、なんにも武器持ってないや! 変な人が襲ってきたらどうしよう!」
「素手で殴ればいいんじゃないですか? そもそもあなたが変な人……」
「お友達ぱーんち!」
「何ですか?」
「親指を他の手で優しく包んだ愛のあるパンチ! 本気を出せないから誰も傷つかない。だが! 相手は失神する!」
「あなたはアホです。アホでなければバカです。……そのどちらでもないというのなら、アホでかつバカですね」
「ひどーい! うぅ、……ぺくちっ!!」
まおが盛大にくしゃみをする。木枯らしが街中を吹き荒らす。
「ううっ、寒いよ~。ヘルちゃんお姉様、早く会議終わらないかなー」
「そんなことで私の仕事を手伝いたいなんて、笑わせますね」
「で、でもっ、ヘルちゃんはちゃんとわたしの分のお給料も払ってくれるって言ったもんね! お給料が発生する以上、これはお仕事でーす!」
「むう、口が減らないですね…」
「あっ、そーだ! ちょっと待ってて~」
そう言うとまおは、持ち場を離れ街の方へ駆け出す。
「言ってるそばから、どこ行くんですか!」
5分後。まおは片手に紙袋を抱えて戻ってきた。
「ナギ姫~、イイモノ買ってきたよ~」
「?」
まおは紙袋から湯気の立った小籠包を取り出す。
「じゃーん、寒い冬には学生の味方、鼠飯店の小籠包! 安くてボリューム満点! いつも学校帰りに買ってたの~」
そしてまおはそれを頬張る。
「全く、任務中に買い食いとはいいご身分ですね」
「もちろん姫の分もあるよー!」
「いえ、私は別に……」
「えー、美味しいのに~」
きゅーくるくるくる……。そしてタイミングを見透かしたかの様に鳴るナギのお腹。ナギは真顔のまま顔を硬直させる。少し目が泳いだが、諦めたかの様に小さくため息をつく。
「あの、ストーカーさん。これはもうはっきり言っておきますけど、私は人に奢られたり貸しを作るのは嫌いなんです……。だから、その…無理やり食べさせようとして、前みたいに私を怒らせるようなことはしないでください……」
「フッフッフッ、ナギ姫はバカだなー」
まおはウィンクする。
「これはわたしたちがお仕事を遂行する上で必要な経費みたいなもんなのです!」
「?」
「ナギ姫だってお仕事に使う武器のメンテナンスは自分のお金でしょ? 私はナギ姫みたいに戦えないからナギ姫が万全で戦えるように小籠包を買って食べさせてあげたいだけなのだ! これは、私達2人の仕事だからね! だから! はい、あーん!」
「何が「だから」か、わかりませんが……」
ナギは若干まだ訝しむ。しかしまたもや腹の音が鳴くので、小さく咳払いする。
「むむむむむ………仕方ありません。これは、そう、仕事ですからね。そういうことなら仕方ないです…武器のメンテナンスや弾薬代と一緒………私が万全に仕事をするために必要なもの…………うう、分かりました受け取ってあげましょう。…本当に、あとでお金取ったりしないでしょうね……」
そういうとナギはまおから小籠包を受け取る。そして両手でそれを口に運ぶ。一口分を口に含み、ゆっくり咀嚼する。少し目を細め、瞳が輝く。
「……おいしい」
「おっ、おおっ!」
「な、なんですか……」
まおの大声にナギが驚く。
「まさか本当に食べてくれるなんて思わなかったから! わたしカンドーだよ!!」
「…やっぱいらない…」
「わーウソウソ冗談、食べて!食べて! 怪しい人が来たらヘルちゃんお姉様とわたしを護ってね!」
「……」
ナギは尚も不満そうにまおを見つめていたが、改めて小籠包を口に含む。そして無表情なのは変わらないが、少しだけ熱心に頬張る。
「他にも色んな味があるよ~、この海老味はオススメだよ~」
そう言ってまおは新たな小籠包をナギに手渡す。ナギはそれを受け取ると黙々と食べる。
「……何まじまじ人の顔を見てるんですか。いくらあなたが戦わないからと言ったって、気が緩みすぎですよ!」
「えへへ~、姫が食べてくれるのが嬉しくって~」
「……」
どがーんっ
建物の向かい側の表通りで大きな爆発が起きた。
ナギはラクロスケースからショットガンを取り出すと、素早く裏口に突入した。まおはワンテンポ遅れてナギを追いかけた。そしてレストランのホールへと向かう。
レストランのホールは破壊されていた。街の大通りを見渡せる大きな窓は割られ穴が空いている。周りには破壊されたテーブルと床に横たわる会議の関係者やメイドたち。そのうちのメイドの1人がナギに気づく。
「…大変です。ヘルガ様が拐われました」
ナギとまおは大通りへと出る。路肩に停められていた車が破壊され、その破片が散らばっていた。
「あ!」
まおが道端に駆け寄ると、ヘルガの愛犬グラーフが気を失って横たわっていた。
「おおい、大丈夫かい?」
まおがグラーフを撫でると、グラーフは目を覚ます。すると、グラーフが口に咥えていた拳銃が地面に落ちた。
「これはコルタM1922。ババロア一家がよく使う回転拳銃……」
ナギがそれを拾う。
「ううっ、わふっ!」
グラーフは立ち上がると走り出した。
「行こう、姫!」
2人はグラーフを追いかける。
<後編に続く>
(→ 後編)