日本国コウベ市中央区の繁華街の外れ。
人々の喧騒に包まれた繁華街から少し外れた裏路地。乾いたような銃声が数発。しかしそれも街の騒がしさと冬の小雨にかき消され一般人は気づかない。
「おいっ、相手は一人なんだろ!?」
「シンジケートの犬が!!」
異口同音にゴロツキたちが罵りながら身体を小さくしている。手には拳銃や短機関銃を構え、路地裏に設置したドラム缶やゴミ箱の裏に身をひそめる。
その通路の向こう側、エプロン姿に二丁のショットガンを持った銀髪のメイド服の少女が立っていた。
「うそ、もう前衛はやられたのかよ!」
「ちぃっっ、いつものザコメイドと違うぞ!」
「二丁ショットガンに銀色の髪……こいつはもしかして、暴風のナギ!!」
少女は全速で駆け出してくる。ゴロツキたちは反撃をしようとするも、身を出すタイミングで、相手の銃弾に牽制される。
「何ビビってんだい! 所詮はゴム弾、少し当たったところで、そのままねじ伏せたるわ!」
そう言いバリケードから飛び出した年長のゴロツキが、散弾の餌食になり後方に吹き飛ばされる。
「あねきーっ!!」
そうする間に、バリケードを飛び越えた少女の二丁の獲物がそれぞれゴロツキたちに狙いを定める。
バンッ、ズバンッ
多数のゴム弾をくらい壁に押し付けられ気絶するゴロツキ達。少女は周囲を確認する。もう外にゴロツキたちはいないようだ。そのまま目的の雑居ビルに外階段から2階へ。
ドアは開いていた。
中は薄暗い。何かの事務所のようにいくつも机が並んでいた。室内灯のスイッチをつける。
「……」
そこには缶からぶちまけられた紅茶の茶葉が散乱していた。そして慌てて逃げ出した跡があるだけだった。
Prrrrrrr……Prrrrrrr……ガチャン
「はい、こちらホテル【ヴァルトブルク】」
無機質な若い受付の声。
「風海です。ルミネ様はいらっしゃいますか」
「お疲れ様です。任務の件ですね。すぐお繋ぎします、少々お待ち下さい」
内線に繋がり数秒。
「はい、【本部】ですよ。ナギちゃん」
「?」
さっきとは打って変わって明るい声。
「ルミネ様は管理部門の会議に出られてるので、ひまりが代わりに出ましたよ!」
「……ひまりさん、お疲れ様です。シンジケートから依頼を受けていたサイゴク通りのゴロツキ共ですが、全員コテンパンにして警察に通報しました。明日の逮捕者リストに載るはずです」
「もう潰してくれたんですか? はっや~い、さすがナギちゃん。優秀ですね! うちの警備部門とはえらい違い!」
「お金はいつもの口座にお願いします。あと、新しい依頼を受けに明日改めて本部にお伺いします」
「わっかりました! ルミネ様にしっかり伝えておきますね!」
「それでは……」
ブツッ
陽気な声の主が消え、辺りに静けさが戻る。冷たい冬の雨の音。それに混じるように時々ゴロツキたちのうめき声がする。遠くでパトカーのサイレン。そろそろここを後にしよう。
ナギはエプロンとカチューシャを外すと上着を羽織った。二丁のショットガンはラクロスのケースに押し込む。ナギは裏路地から繁華街の通りに出た。もう時間は夜の7時過ぎ。仕事や学校帰りの会社員や学生たちで賑わっていた。皆疲れてはいるものの、一日やるべきことから解放された明るく楽しそうな雰囲気。そんな喧騒を聞き流しながらナギは街を後にする。
街から北東に進む。平地はすぐに坂道になった。海と山に挟まれた細い地形のコウベ市ならではだ。ナギは帰り道のコンビニで弁当と絆創膏を買った。
コンビニから外に出ると雨が強くなっていた。ナギは中に戻り傘を買おうか迷ったが、財布の中身の少なさを確認するとそんな考えはなくなった。そしてそのまま雨の街道をひたすら坂を進んだ。歩いていくにつれ、一般的なマンションや分譲住宅の通りから様相は変わり、レンガ造りの古風な西洋建築が目につくようになった。そこはかつて大昔海外から貿易をするためにやって来た外国商人が住み居留地と呼ばれていた場所だった。今ではその子孫や他から移り住んできた事業家や資産家が住む高級住宅街である。この時期どの家も冬のイルミネーションが飾られキラキラと輝いていた。子供たちの楽しそうな騒ぎ声が聞こえてくる家もある。そんな明るい住宅の一角にぽつんと明かりもなく薄暗く大きな屋敷があった。ナギはその屋敷の門を開けるとその中に消えていった。
ブーツを脱ぎ捨て、廊下を進む。傘もささずに大雨の中を帰ったせいで、彼女が進むたびに雨水が服をつたって床に滴る。コンビニ袋とラクロスケースをリビングテーブルに放り投げ、しばらく俯き考え事をしていたが、そのまま二階の自室へと向かった。
ナギの部屋は薄暗く埃っぽかった。そのままベッドへ直進する。途中その足が柔らかいものを蹴飛ばす。それは棚から落ちたであろう、ぬいぐるみたちだった。ナギは雨で濡れた服を脱ぎ捨てるとそのまま布団にくるまった。何かを考えこともなく、疲れに身を任せ、そのまま目を閉じる。
◆◆◆
「……それは、おかしい、でしょう?」
翌日、ホテル【ヴァルトブルク】の貴賓室。メイド服姿のナギは口を尖らせた。彼女の前には豊かな8本もの縦ロールの髪を優雅にたくわえた少女がゆったりとソファに腰掛けている。ナギと同年代のようで相手もメイド服に身を包んでいる。しかし他のメイドが黒い服に白エプロンを付けているのに対し、彼女の服は真紅の赤色だった。
その主はそっとその髪を手でいじる。宝座ルミネ。このコウベの街の紅茶マフィア組織である『コウベシンジケート』を取り仕切る総メイド長だ。
「何をおっしゃってるの、ナギさん? 確かに貴方に依頼したのはサイゴク通りのゴロツキ共の駆除だけれど、そこを仕切ってるリーダーを逃したら意味ないでしょう?」
「だからって、それで全く報酬がないのはおかしい……」
「リーダーを逃がしたということは、また彼らは新たに拠点を作って邪魔してくるということですわ。それでは、わたくしが求めてた問題の解決にはなりません。だからそれまでは、報酬もお預けです」
「むむ……」
ナギは不服そうにジト目で相手を見つめる。
「だけど…私、そいつの場所、知らない、です…」
「まあ、そうですわね、それはこちらで調べておきましょう。…その分の手数料は報酬から引かさせていただきますけど」
「むむむ……」
ナギは唸る。しかしそんなナギの態度の相手をルミネはしない。
「お話し合いは終わりましたか? お茶を入れてきましたよ~」
うって変わって明るい口調。桃色の髪のメイド服姿の少女が、紅茶ポットとカップをトレーに載せて部屋に入ってきた。にこにこと笑顔で二人のテーブルの前に進み寄る。
紫陽ひまり、このコウベシンジケートのNo.2にして『ウラ喫茶店』の営業を統括する給仕部門のメイド長である。昨日ナギの電話に出たのも、ひまりだった。
ひまりは屈託のない笑顔でお茶を淹れはじめた。
「はい、どうぞ~」
そう言って、二人の前に湯気の立ち上るカップが置かれる。
「昨日、グリズリー商会のフネから仕入れたアッサム茶です。ストロベリーフレーバーとブレンドしてみました」
中を覗くと若干ピンクがかったお茶が入っている。甘酸っぱい軽やかな香りがする。
しかしナギはその紅茶をそっとひまりの側に押し返す。
「いつも言ってますけど、紅茶は飲まないんです。……それにひまりさんのお茶はちょっと」
「あれ、そうですか~? 美味しいからナギちゃんにもぜひ飲んでほしかったのに~」
ひまりは大げさに驚いた表情を浮かべたが、いたずらっぽく笑うと、そのカップを引き取った。そんなやり取りをルミネは意に介さず、ひまりの淹れた紅茶のカップを顔に近づけ香りを嗅ぐ。
「…うん、良い香りですわ。ビンボー暮らしのナギさんにはお紅茶なんて過ぎたものかもしれませんケド、たまには買って飲んでみるのもよいかもしれませんわよ。まあ?少々値は張りますが」
そう言いながらルミネはカップの紅茶を口に含む。
「代わりに何か飲まれますか? 抹茶? コーヒー? ここには大抵のものがありましてよ?」
「……そんなことより、そのリーダーとやらの居場所を早く探してください……っ」
くっちゅんっ!
ナギが盛大にくしゃみをする。一瞬なんの音かとルミネとひまりが驚く。
「あら、ナギさん、風邪でも引かれまして?」
「いえ…大丈夫。要件は伝えました。……私は帰りますので、そのリーダーの居場所が分かったら教えてください」
そう言うとナギは部屋を後にした。
エプロンとカチューシャを外し、上衣を羽織って帰路につく。なんとなく頭がボンヤリしていた。昨日雨に濡れた後しっかり乾かさずに眠ったのが原因か…。ナギは少しふらついた足取りで屋敷への道を進む。
家に、薬は残っていたかな……
ナギは帰り道のいつものコンビニに立ち寄る。そこで一番安い風邪薬を手に取った。
効き目なんてどれも一緒でしょ…
それを持ってレジへ。
「あー! お客さん、これって風邪薬だよね? 風引いたの? そういえば昨日びしょ濡れでお弁当買ってたもんね!」
つんざくような大声。急に話しかけられたナギは驚く。つい相手の顔に視線が向いた。するとそこにはコンビニ店員の服に身を包んだ茶髪の同年代くらいの少女が好奇心旺盛の表情を浮かべて立っていた。
「そのコートって、聖コウベ女学院のだよね! この辺の子? すごくお嬢様なのかな?」
「……」
ナギはそっと視線をそらす。それでさっさと会計を済ませろという意思表示のつもりだった。
「いまね、キャンペーンやっててさ。お店で買い物してくれた人に栄養ドリンクを付けてるんだ。本当は千円以上の人だけなんだけど、結構余っちゃってさ。あなた、調子悪そうだし、ナイショで付けとくね!」
「いや、別に……」
ナギは小声で断ろうとするも、バイト少女はさっさとドリンク剤をレジ袋に入れてしまった。
「早く良くなるといいね!」
バイト少女はにこやかに笑いレジ袋を差し出す。ナギはそれを受け取った。
変な人……
夕方、シンジケートから、ゴロツキのリーダーの居場所について連絡が来た。
◆◆◆
場所は同じく繁華街に近いサイゴク通りの一角。
どうやらゴロツキたちはあの通りに複数の事務所を構えていたらしい。情報を伝えたシンジケートの若いメイドがそう説明してくた。前回と同じく路地裏の、しかし今度は酒場らしい半地下の店舗だった。開店前なのか客の気配はない。
ナギは上衣を脱ぐと白いカチューシャを頭に載せ、エプロンを結んだ。これが彼女たち紅茶マフィアの正装だ。メイジ時代、国内で禁止された紅茶を密かに売るにあたって、構成員が英国メイドの格好したというのがその始まりらしい。とはいえ、構成員の間でその格好をするのは趣味の範囲でしかなかったが、そのうち国内で紅茶マフィア同士が争う大戦争が起きた。大戦争の後、紅茶マフィア同士の協定で、実弾武器の代わりにペイント弾の使用が約束され、その判別のために白い服が推奨され改めてエプロン姿の構成員が現れるようになったらしい。そのため男性の構成員でもエプロン、もしくは白ワイシャツの者も多い。
とはいえペイント弾を使用する協定自体も地域によっては有名無実と化している。関東では未だヨコハマのシンジケートの支配の元、そのルールが守られているようだが、すでにコウベでは実弾こそ使われないものの、ゴム弾や電気銃など非殺傷系の武器が使われるのは当たり前となっていた。
ナギは素早く階段を降りると、脚で思い切りドアを開けた。そしてそのままショットガンを撃ち込む。
ズガンッ! ドパパパパンッ
ドアのすぐのところのカウンターで話していたゴロツキたちが吹き飛ばされる。それと同時に硬質ゴム弾はカウンター奥の酒瓶やグラスも砕き飛ばした。
「何事だっ!?」
奥のテーブルにいたゴロツキ2人が慌てて拳銃を取り出しナギに向けようとする、しかしそれより先にナギのショットガンがその2人を吹き飛ばす。
ガシャアアン
周りの食器ともども吹き飛ばされるゴロツキたち。他に人影はない。店内は制圧できたようだ。
ガタンッ
店内の奥の部屋で物音がした。ナギは弾を補充すると、部屋に近寄る。すると勢いよくドアが開き、無数の弾丸が飛び出す。ナギはとっさにテーブルの陰に隠れる。
「クッソッ、いまいましいシンジケートの犬め。どれだけシツコイんだ、アァ?」
苛立ちの感情そのままをわめき散らしながら男が現れる。20代後半くらいのガタイのよい男だ。黒いスーツに身を固め、その上にはご丁寧にエプロンを付けている。そして手にはナギが持っているものかそれ以上に大型のショットガンを握っていた。
「ババロア一家のガイテツ様をナメた報い、受けさせてやるぜ」
辺りを見回しながら店内を進む。しかし乱雑とした室内は立ち込めたホコリで視界が悪い。
「出てこいよ、クソメイド。子分たちと同じように、お前もボコボコにしてやる!」
「……」
ちょうど男がナギのテーブルに背を向けた瞬間だった。ナギは飛び出し男の背中に散弾を浴びせる。
「なっ、後ろだと…!」
襲いかかる銃弾。男は吹き飛ばされたかに思われたが……
弾を食らうもその場で耐えた。ナギは虚をつかれる。
「はっ、ボディーアーマーだよ、クソメイド。そんなお行儀よくマフィアごっこやるかってっっ」
ドガン
しかしナギの2発目がガイテツの頭部を直撃する。さすがに無防備な頭部に当てられそのままのけぞり倒れる。
「…………驚かせないでください」
ナギはため息をつく。そしてガイテツが本当に気を失ってるか近づく。流石に至近でゴム弾を受けたのだ。息はしていたが、顔は腫れ上がり元の顔がどんなものか見当もつかなかった。
Prrrrrr……
「はい、こちらコウベ警察通報センターです」
「……サイゴク通り8番丁で紅茶マフィアが倒れているので来てください…」
「ブツッ」
これでパトカーがやってくる。紅茶マフィアも警察も手慣れたものである。紅茶マフィアは邪魔者を排除する。警察はその一報でパトカーを派遣し、マフィアを捕まえて点数稼ぎをする。
「さて…」
カチューシャを外し、エプロンをしまおうとする。ふと視線を上げると男が立ち上がって拳銃を向けていた。
「えっ……」
とっさにナギもショットガンを構え対峙する。
「ハッ、気絶か狸寝入りかしっかり確認するんだったな!」
「ッ……!」
騙された。さすが向こうも組織の中堅どころといったところか。そこらのゴロツキとは違う。改めて対峙する2人。それでもナギは相手の弾を避ける自信はあったが、こう狭い室内だ勝手が悪い。
「……もうすぐ警察が来ますよ」
ナギが低い声でつぶやく。
「はっ、ケーサツなんか怖かねえ。それよかこの街でウワサの『暴風のナギ』を倒せたとなりゃ、俺の名も上がるってものよ」
「……」
一瞬の隙をつかなくては……ナギはガイテツを観察する。出口は相手の背後にある。銃で撃つにも相討ちの可能性、むしろ相手はボディーアーマーを付けているのだ。撃っても効果がなく自分だけ倒され、相手にそのまま逃げられる可能性の方が高い。
あまり時間がない。ナギは考えを巡らす。しかしその思考は淀んでいた。風邪のせいか頭が重い。そして寒けも。埃っぽい空気が肺の中でイガイガする。あ、鼻水出そう…
くっちゅんっ!!
バンッ
ナギがくしゃみをするのと同時にガイテツの拳銃が火を吹いた。硬質ゴム弾がナギの左の額に直撃する。ナギはそのまま後ろへ仰け反って倒れた。
「スキアリだぜ、クソメイド。塀の中でマズイ飯でも食ってな!」
ナギの薄れゆく意識の中、ガイテツはそう言い捨てて去っていった。階段を駆け上がる音が聞こえると同時にナギは意識を失った。
「ナギ様! ナギ様!」
夏の暑さがなりを潜め、秋の穏やかな日差しがさす昼下がり。中庭ではメイドたちがお茶会の準備をしている。
幼いナギが屋敷の広間で本を読んでいると、ルミネとひまりが近寄ってきた。
「ナギ様、今日はどのようなご本をお読みになっているの?」
ルミネが興味津々にたずねる。
「グリム童話集です。いまはちょうど茨姫のお話ですね」
そう言って、ナギは本の中身を見せる。
「へえ、どんなお話なのですか? わたくし存じ上げなくて…」
ルミネが申し訳無さそうにそう言うと、ナギはおずおずと答える。
「主人公の茨姫は魔女の呪いにかかって深い眠りについてしまい、王国の人々は悲しみに暮れます。しかしそこに1人の王子が現れるのです。王子は魔女の呪いを次々と打ち破ります。そして遂にはその王子のキスにより姫は目を覚ます…そんな素敵なお話です」
「なんてロマンチックなんでしょう! 終わったらぜひわたくしにも読ませてくださいまし!」
「ええ、もちろん」
目を輝かせるルミネにナギが、照れた笑顔を向ける。
「そ~んなおとぎ話が大好きなナギ様にお誕生日プレゼント~!」
そこにひまりが割り込む。手には可愛らしいクマのぬいぐるみ。
「こらっ、ひまりさん! それは後でみんなでナギさんに渡して驚かせようって約束だったでしょう?」
「え~、いいじゃない。ルミネちゃんも一緒にナギ様に渡そうよ~」
「もう、仕方ないですわね…」
ルミネが走り出し自分の荷物の元に行く。驚くナギに、戻ってきたルミネもいそいそとぬいぐるみを手渡そうとする。
緑色のオウムのぬいぐるみだった。
「ええとその、この前ナギ様がガリバー旅行記のお話をされていて、いつか南国にも行ってみたいとおっしゃっていたので、その、本物は無理でしたけど…雰囲気だけでもと」
「わあ、ルミネさん、ありがとう! ひまりさんも!」
そう言って、ナギはぬいぐるみを抱きしめた。喜ぶナギ。
「そういえばマツリカさんはまだ来ないんですの?」
「なんかナギ様のためにメカ作るって言ってたけど、また寝坊かな~?」
「まったく、お父様たちが関東から戻ってくる日でもあるのに、淑女としてなってませんわね」
すると裏口からメイド長の声が響く。
「お嬢様方、お茶会の準備が出来ましたので、お庭にどうぞ」
ソファから立ち上がるナギたち。
「そういえば、ひまりさんったら、今日のお茶会のためにすごく練習をしていて」
「えへへ~、後でナギ様にもおいしいのを淹れて差し上げますね」
「ええ、楽しみです」
そして3人は手をつなぎながら中庭へ向かった。
◆◆◆
「くっちゅんっ!」
ナギが目を開く。そこは見知らぬ天井だった。さっきのは夢…? 私、ゴロツキどもの掃除をしていたはずじゃ……
「あ! 気がついた、よかった~」
横を向くとそこにはいつも通ってるコンビニのバイト少女の顔。ニコニコと笑顔を向けてくる。
「頭から血が出てぐったりしてたから救急車呼ぼうかなって思ったんだけど、ワケアリっぽそうだから、ここまで担い来たんだー」
起き上がろうとするも、力が入らない。それになんだか身体が熱い。
「ダメダメ、起きちゃ。熱が39度もあるんだから。絶対安静だよ~」
一体どういう状況? どうしてコンビニの人がここに? ナギの頭は混乱する。
「体調悪そうだったから、ちょっと心配でお家まで後をついてったんだよね。そんでバイト終わってから改めてお家を覗いたら、外に出てくるじゃない。もう気が気じゃなくて」
「それで繁華街に行って、怪しいお店で暴れ出したでしょ? 店の外で覗いてたけど、大男は逃げていくわ、パトカーのサイレンは聞こえるわ、キミは店内でぐったりしてるわで、もうびっくり! 大慌てでキミを担いで逃げ出したよね」
コンビニ少女が困り笑顔を作る。ナギは落ち着いて言葉を選ぶ。
「……ええと、少し頭がぼんやりしていて、考えがまとまらないのですが、なぜあなたが私を…?」
訝しげにコンビニ少女の顔を見る。するとコンビニ少女はナギに顔を近づけた。
「わあ! 初めてわたしの目を見て話してくれたね!! 私、大感動だよ! お姫様!!」
そう言って、ぎゅっとナギを抱きしめる。
「ええぇ、一体何なんですか、あなた! そしてここはどこですか!」
すると部屋の外からコンビニ少女より少し年上の女性がひょいっと顔を覗かせる。
「お~い、うるさいぞ~。そして洗濯機使うなら使うって言えよー?」
そしてその女性はコンビニ少女とナギが抱き合っているのを見てげんなりした。
「うわっ、増えてる…」
「あ、姉ちゃん。お姫様が目を覚ましたんだよ!」
コンビニ少女が振り向く。
「はあ、アホ妹よ…。家出少女を増やしてんじゃねーよ。アンタだけでも面倒くさいのに、何か面倒事起こしたら今度こそ叩き出すからね!」
「はーい」
そしてその女性は去っていた。
「誰?」
ナギは焦る。
「あれはわたしの姉ちゃん。ここは姉ちゃんの下宿」
周りを見渡す。所狭しと洋服が積まれている。物置のような感じもするが、確かに生活感のある普通の部屋だった。少なくとも組織の建物や警察病院などではなさそうだ。
「安心して! あそこからはこっそり抜け出したから、誰にも見つかってないよ!」
ニコニコとそう言い張るコンビニ少女。
「えっと……」
「わたしの名前は円堂まお。風海ナギさん、わたしがあなたの王子になってあげる! だからもう安心して!」
そう言うと、まおは満面の笑みでポンポンとナギの肩をたたく。状況に追いつけないナギ。
「ええぇ……」
これは本当に現実? それとも自分はまだ夢の中にいるのだろうか。
風海ナギ、17歳。生まれて始めて王子様ができました……(?)
<続く>