遠い昔、海の向こうから紅茶の押し売りにやってきた大帝国は、小さな島国に撃退された。その反動でその島国では紅茶の売買が禁止されるが人々は紅茶の魅力に抗えず、こっそりマフィアたちに茶葉を運ばせお茶会をしていた。
メイド服に身を包むマフィアたち。
そんな彼女たちを人々はこう呼ぶ「メイドマフィア」と。
コウベから北東に900キロメートル、ヨコハマから北に700キロメートル。ニホン最北の大島【北海道】。その南端の街【ハコダテ市】。
レイワH年冬。ハコダテの街は雪に覆われていた。北国の長い冬の始まりだった。
◆◆◆
ハコダテシンジケートの本店【ナターシャ】は、市街地とハコダテ山をつなぐ【ハチマン坂】の外れにある一見どこにでもありそうな製菓店だった。コウベの【ヴァルトブルク】やヨコハマの【アルビオン】のように豪奢な印象はない。もっとも「ハコダテ帝国」と呼ばれた紅茶マフィア大戦の最盛期にはもっと大きな建物に本店を移していた時期もあったそうだが、全ては大戦で灰になっていた。表向きは洋菓子を売り、店内でも注文し飲食をすることもできる。飲み物としては抹茶やコーヒーを提供し、「合言葉」を伝えた客には「ウラ」メニューとして各種紅茶を提供していた。
【ナターシャ】の居住エリア、2階のある一室。
その部屋は天井から星型のオブジェが吊るされ、棚には天球儀や望遠鏡、星に関する書籍が並んでいる。
その部屋の鏡の前で、着替えをしている少女がいた。丁寧に修繕されたツギハギだらけのメイド服を着込んでいく。青髪に星のような黄色のメッシュの入ったショートボブに、丸い明るい橙色の目が印象的な少女だった。星ヶ丘すばる。ハコダテシンジケートを仕切る「星ヶ丘家」の三女で、店の会計を管理している。
すばるは頭に載せた白いカチューシャを鏡で確認しながら几帳面に真ん中で止める。そして部屋を出ると階下へ降りていく。
1階へ降りるとそこは大きなテーブルが置かれている。そしてテーブルの上には大皿いっぱいに洋菓子が並んでいた。ショートケーキ、ドーナツ、モンブランなどなど。これは星ヶ丘家では何の変哲もない朝の光景だったが、その光景にすばるはげんなりとしてしまう。大皿からなるべく糖分が少なそうな菓子を選ぶと自分の席に座った。
テーブルは6人掛けだ。上座の真ん中、そしてその左右は空席で、それぞれ小皿にドーナツが1つずつ置かれていた。そこは亡き両親、そしてすばるの一番上の姉「りっか」の席だった。彼女たちは大戦で亡くなっていた。もう8年も続く光景。その光景にいまさらすばるは特別な感情を抱くことはなかった。それよりもすばるの隣、つまりテーブルの下座が空いていることにすばるは苛立ちを覚える。
するとキッチンから1人の少女が顔を出す。すばるより少し年上の桃色の髪に黄のメッシュの入った少女だった。ふくよかな体型に温和な笑みを浮かべている。目を細めニコニコと笑う。
「おはよう~、すばる」
その少女は朗らかに朝の挨拶をする。彼女は星ヶ丘さらさ。星ヶ丘家の次女で、いまのシンジケートのボス…しかしその温和な性格と組織運営に疎いため、実際の管理はすばるがやっている。
「さら姉、おはよー」
すばるが挨拶を返す。さらさはすばるの目の前に座る。そして二人は小さく食前のお祈りをする。
「アイツ、まだ帰ってきてないの?」
すばるはフォーク片手にモンブランを口に入れると下座の席を睨みながら尋ねる。
下座の席、そこは すばるたちの妹「いかづち」の席だったが、ここ数日彼女は家に戻っていない。
「もしかして~、心配?」
さらさはドーナツをもぐもぐと食べながら聞く。
「べつにー、そのうち飽きて戻ってくるっしょ。たくっ、ただでさえ人手が足りないのに…」
すばるは不機嫌そうに菓子を口に運び続ける。
「こんなに毎日お菓子が朝ごはんだと、ふとっちゃう……」
すばるはちらりと姉の方を見る。昔はハコダテイチの美少女と謳われたさらさだったが、お菓子の食べ過ぎでいまの体型になってしまっていた。シンジケートが貧乏になってしまった以上、色々節約は必要で、この朝のお菓子も昨日の失敗作の残りだ。すばるはこの生活がずっと続いたら、きっと自分もさらさのような体型になってしまうのではないかと不安になる。
すると店の裏戸が開かれた。雪を払うようにして燃えるような赤髪の少女が入ってきた。その足元にはモフモフとしたタヌキがついてくる。
「ごきげんよう、星ヶ丘姉妹」
この地方の伝統的な衣装に身を包んだその少女は上品に挨拶する。七飯アベナンカ、【ハコダテ】近郊の牧場の娘で、すばるたちの幼馴染だ。
アベナンカは戸口の外に置いていた牛乳の入った大缶をずるずると引きずると室内へと持ち込む。
「アベナちゃん、ありがとうねえ」
さらさはアベナに歩み寄ると大缶を受け取る。
「いえいえ、市中に配るついでだからお気になさらず」
アベナは上品そうに笑顔を作る。そして すばるの方を見やる。
「ごきげんよう、すばる」
「おはよー、アベナ」
すばるは気だるそうにお菓子を食べながら手を振った。アベナは室内を見渡す。
「それはそうと、いかづちは今日もいないの?」
「アイツはぜっさん反抗期中よぉ、あのバカ。中学生ごときに何が出来るっていうんだか」
すばるは腕を組みそこに顔を乗せると、ジトッと不機嫌な表情を作る。
「うふふ、こんなコワいお姉さんがいると、いかづちもお家に帰りにくいのかもねえ」
「なんだとぉ?」
すばるは頬を膨らます。
その時、さらさははっと気づいたようにすばるに近づく。
「ねえねえ、すばる。今日は新作を出すからって…」
「あっ」
すばるは思い出したように立ち上がる。
「そうだった。今日は新作のチラシ配りの日だった」
慌ててケーキを口に詰め込むと、すばるはカウンターに置いてあったチラシを手に取り外に出る準備をする。
「まったくー、こういうのはいつもアイツの仕事なのに~」
するとアベナが近寄りすばるのチラシを半分持つ。
「私も手伝うわ。今日の配達はここで最後だから。2人の方が早いでしょ?」
するとすばるが安堵の表情を浮かべる。
「さっすがアベナ、頼りになる~」
「まったく、仕方ない姉妹たちねえ~」
そうして2人はハコダテの街へと出ていく。
「ひったくりよっ、捕まえてぇ!」
ハコダテの街なかを懸命に駆けている1人の男。手にはカバンを抱えている。
そんな男の後ろに空を駆ける青白い雷光が発生する。そしてそれが男を捉えると一気に落ちた。稲妻に包まれる男。全身をガクガクと身体を震わせ、そして黒焦げになると力を失ったようにその場に倒れてしまった。
「もう逃がさないぞ!」
黄色い髪の小柄な少女がその男の体を踏みつけた。ツギハギだらけのメイド服姿、その黄色い髪は2つに分けて大きく丸く結んでいる。
星ヶ丘いかづち、星ヶ丘家の四女。すばるとさらさの妹だ。
いかづちはその男からカバンを取り上げると、追いかけてきた女性に放ってやる。
「ほら、アンタも気をつけな」
女性は慌ててカバンを受け取ると礼を述べる。
「きゃー、いかづちちゃん、今日もサイコー!」
そんないかづちにスマートフォンのカメラを向ける華やかなピンクのメイド服に身を包む少女がいた。
そんな少女に向けて、いかづちはVサインを送る。
「ココちゃん、しっかり撮れた?」
「うん、もうバッチリ! 新しいお店の宣伝にもなるし、すぐにチャンネルにアップするね!」
ピンクの少女、柏森ココアは嬉しそうに返事をする。
いかづちとココアは大通りから少し入り組んだ商店街へと進む。入ってすぐの角に、紫色に塗られた2階建ての大きな店があった。いかづちの店【グロズヌイ】である。【グロズヌイ】の入り口にはまだ営業前だというのに既に数人のお客が待っていた。
「いかづちちゃんが新しいお店を作ったっていうから来てみたよぉ」
「今日も温かいのを淹れてくれ」
「わあ、みんな、お待たせ! 寒いでしょ、すぐにお店を温めるから入って入って」
いかづちが店内に入るように促す。それにつられてぞろぞろとそれに続く客たち。そして思い思いの席につく。
そんなお客たちを前にいかづちとココアが慌てて準備を始める。
「あれっ、お茶って何分湿らすんだっけ、3分?5分?」
「えーっと、予備のポットはどこだっけ?」
そんな2人の様子を微笑ましく眺めるお客たち。
そして【グロズヌイ】の様子を窓を通して遠くから眺める2つの人影。すばるとアベナだった。すばるは自分のお気に入りの望遠鏡を右目に当てて中の様子を伺っていた。
「ふふっ、その望遠鏡は”覗き見”をするものだったのねえ」
「ち、ちがうっ」
アベナが笑う。すばるはそれを否定した。
「まったく、アイツ。商店街から空き屋借りてきたなんて言ってたから見に来てみれば……あんな大きなお店借りて、家賃はちゃんと払えるのかな」
「すばる、貴方なんだかんだ言っていかづちのことが心配なんでしょ?」
「別にアイツの心配じゃなくて、アイツが勝手にやった尻拭いを私がするのがイヤなだけ!」
「はいは~い」
アベナはクスクスと笑う。
しかしすばるにとってはそれは照れ隠しだけではない。いまもまだ、ふつふつと心が煮え立つような気持ちが抜けていない。それは3日前、いかづちが飛び出していった朝のことだった。
いつものように食卓には さらさが用意したお菓子が並ぶ。
さらさ、すばる、そして いかづちはツギハギだらけのメイド服姿で開店の準備に備えてそれを食べているはずだった。
しかしどうもいかづちの食べる速度が遅い。
「ほら、いかづち、さっさと食べてよ。開店まで時間がないんだから」
「うー、もうお菓子は飽きたよ」
いつものように黄色い髪を後ろで2つ丸く大きくまとめたいかづちは、お菓子を皿に放り投げると、仏頂面で椅子に深く腰掛けてしまった。
「仕方ないでしょ、節約しなきゃいけないんだから」
「うへー、ビンボーくさーい」
いつものやり取りだ。すばるは若干妹の態度に苛立ちを覚えつつも、もぐもぐと菓子を口の中に詰め込む。いかづちは仏頂面のままぶつぶつと何かをつぶやく。しかし何かを思い出したのか、ぱっと目を見開くと立ち上がった。
「あー、やっぱ、もういいや!」
立ち上がったいかづちはフンスと息巻く。その様子にすばるは訝しむ。
「姉ちゃん、アタシ、ここ出てくよ」
その言葉にすばるは手に持つ菓子を落とす。さらさも食べる手を止め顔を上げた。
「ど、どういう意味よ、いかづち」
すばるは動揺する。
「そのままの意味だよ姉ちゃん。アタシは今日、独り立ちする、今決めた!」
「はぁ?」
自信満々ないかづち。すばるはポカンと口を開ける。
「実はココちゃんと一緒に前々から準備しててさあ、いつかやろうと思ってたんだよねえ。今朝は天気も気分もめっちゃいいし、きっと今日始めたらイイカンジにアタシの物語が始まりそうな気がするんだよ」
「え、なに、どういうこと?」
「アタシはこのしみったれたシンジケートからオサラバして、新生ハコダテシンジケートを立ち上げるってコト!」
そう言うといかづちはニカッと笑う。
「はあ? 新しいお店でも始めるの? アテはあるの? それにここはどうするのよ!?」
すばるは矢継早に質問をして食い下がる。いかづちはそんな姉の態度を若干疎ましく感じつつ。
「しらなーい。姉ちゃんたち2人でやってけばいいじゃん。アタシが出てけば食費も浮くっしょ」
「なんだとぉ?」
すばるはわなわなと震える。
「それにお店だって商店街の会長さんがトクベツに貸してくれるんだ」
「はあ? そんなハナシ聞いてないし!」
「なんでもかんでもすば姉に話すわけないっしょ」
「なんだと?なんでもかんでも勝手に決めて!」
すばるがガタンと立ち上がる。いかづちは人差し指をすばるに突き出した。
「あたしはりっか姉みたいにいつかハコダテをニホンイチにしてやるんだ。こんなビンボーなトコになんてずっといられないんだよ!」
「なっ」
すばるは突き出されたいかづちの人差し指を掴むと横にやる。
「あんた、そんなこと言って自分でお店の経営ができるの? お金の計算とかしたことある?」
「それを言ったら、すばる姉だって接客ヘタクソだし、お客さんとの会話もまともにできねーし、それに運動オンチだし」
「運動オンチは関係ないでしょ!」
「もー、座りなさい、2人とも」
さらさが困り顔でドーナツを頬張る。
その後はどのような会話が繰り広げられたか、すばるの記憶にも定かでない。
「夢見てんじゃないわよ!」
「つまんねーことばっか言ってるヤツに言われたくない!」
「なんだとぉ、私は!」
「もういーよっ! こんなとこ出てってやる、バカすば姉」
「勝手にしろ、バカいかづち!!」
「…って感じだったからさ」
すばるは深い溜め息をつく。そんなすばるの話にアベナはしみじみと目を閉じ微笑む。
「分かるわ。中学生ってそういう時期じゃない? 私もお父様に反抗して牛4頭ほど連れて、家出したことあるもの」
「あー、そういえばあったねえ。あのときは一緒にサッポロの方まで行ったっけ」
「うふふ、懐かしい思い出だわ。そういうふうに考えれば、いかづちのことも許してあげられるんじゃないかしら?」
アベナはすばるを見る。すばるは不機嫌そうに頬を膨らます。
「でも、アイツ、りっか姉みたいになるって言うんだもん」
「そういえばすばる、貴方、あまり紅茶マフィアっぽくないものねえ」
「私は紅茶マフィア…あまり好きじゃない。8年前か…。あれだけ大騒ぎして、たくさん人が死んじゃって、お父さん、お母さん、りっか姉だって……」
すばるは小さく微笑むとうつむく。そんなすばるをアベナは抱きしめてやる。
「それでも若い子が何かを挑戦するってステキだと思うわ。後で牛乳でも差し入れに行こうかしら」
「……挑戦ねえ、それはそうかもしれなけど……いまのお店だってギリギリなのに、勝手なことばっかして……こっちにとっては、すごく、いい迷惑よ!」
◆◆◆
「ひー、疲れた! 午前おわり!」
いかづちとココアはくたびれた様子で椅子に腰掛ける。
「さすがにアタシが体力バカだからって、2人でこの人数のお客を相手にするのはタイヘンだあ」
「ふふふ、そんないかづちちゃんに朗報があります!」
ココアが笑顔でびしっと手を上げる。
「え、なになに、ココちゃん!」
すると奥の扉をがらっと空けた。
「お、お家に帰してぇ…」
なんとも腑抜けた女性の声がした。そこには長身で緑色の袴姿にエプロンをつけた美女がへっぴり腰で立っていた。扉を開かれたその女性はいかづちとココアの姿を見るとブルブルと震え出す。頭には大きなリボンをつけられ、薄紫色の前髪で隠れた目が怯えている。
「えっ、スズ姉じゃん!」
いかづちが目を丸くして驚く。永倉スズラン、さらさの友人だ。元々は紅茶マフィアの天敵「正道緑茶結社」の一員の娘だが、ハコダテ地域の結社はハコダテシンジケートと大戦時に共闘したこともあり、今は星ヶ丘一家やシンジケートとも顔見知りの仲だった。
「さっき、お店の裏口の前でオロオロしてたから、捕まえちゃった!」
「でかしたココちゃん!」
「さらに可愛いリボンも付けちゃった!」
「サイコー!」
「ひーっ」
スズランが目を閉じてオロオロと右往左往する。
「ボ、ボク、接客とかニガテだからできないよ~、さらさ、たすけて~」
そんなスズランの肩をいかづちが両腕でがっと掴む。あまりもの身長差でいかづちは少し背伸びをする。
「安心して、スズ姉。誰にでも最初はあるから! 最初はヘタクソでも、目指せ、うちの看板娘!」
「ひ~、お家帰りたいよ~」
「店長、もうひとつ問題が!」
ココアが改めて手をあげる。
「はいっ、ココちゃん!」
ココアは厨房を覗き見る。
「やっぱお店の目玉になるものが無いかなって思うの。常連さんたち良い人だけだけど、毎日簡単なお茶だけじゃ飽きちゃうかなって」
「うーん、たしかに」
「もっとお菓子とか欲しいかなって」
「そうだよねえ。近所のパン屋さんやお菓子屋さんからもらえたらなあ」
「でも、目玉にするなら、とびっきり美味しいところじゃないといけないよね」
「そりゃ、ハコダテで一番おいしいところって言ったら………………ウチじゃん?」
◆◆◆
「お買い上げありがとうございました」
すばるがぎこちない笑顔で接客する。お菓子の入った袋をお客に手渡す。
「そういえば、2号店を作ったって聞いたわよ。いかづちちゃんが店長さんをしてるって」
「そ、そうなんですよぉ…エヘヘ」
店を去るお客に手を振るすばる。店内の客は誰もいなくなった。
「ふぅ、今日もなんとか完売できた」
すばるは額に手を当てる。しかし本来ウラ喫茶店【ナターシャ】は紅茶を給仕する店である。
お菓子の売上だけでは生活するのにギリギリ。本当は紅茶も飲んでいってほしいものだが、数少ない常連客はいかづちの店の方に行ってしまったのかここ数日あまり姿を見ない。
「……」
すばるは軽く青ざめる。姉のお菓子作りの才能と認めたくないことだが妹の愛嬌がなければ、ハコダテシンジケートはとっくの昔に滅んでいたかもしれない。
すばるはカウンターの横に設置されてるサモワール(北アジアでよく使われる湯沸かし器)からお湯をカップに注ぐとそれに口をつけ椅子に腰掛ける。
窓の外をぼんやり眺める。朝は降っていた雪は今は止み、太陽の光が街道に積もった雪に反射していた。道の人通りをみるも、お昼を過ぎたいま人通りは少ない。
今日のお菓子も完売したし、お茶だけ飲みに来る客も数日来てないから今日もこないだろう。もう店じまいかな。見せ前に置かれた立て看板を片付けようとすばるが立ち上がる。すると青光りがその立て看板を弾け飛ばした。
「ええっ!?」
すばるは慌ててドアを開け外に出る。すると道路を挟んだ向かい側に小さな人影が2つ。いかづちとココアだった。いかづちは電撃銃をすばるに向ける。
「フッフッフッ、アタシたち、新生ハコダテシンジケート!!! ビリビリにされたくなければ、おいしいお菓子とお菓子職人を渡しな!」
その態度に逆上するすばる。
「コラッ、バカいかづち! ご近所迷惑でしょ! それにそんなアブナイもん人に向けんな! それと看板! 弁償しなさいよ!!」
「フフッ、我が家のカンバンはアタシたちのハドウの尊いギセイになったんだよ」
「あんた、そのセリフ、自分で意味わかってないでしょう!?」
いかづちは改めて電撃銃をすばるに向ける。
「すば姉とアタシじゃショウブになんないよ。諦めなよ」
「ぐぐぅ」
すばるはいまにでもいかづちに掴みかかりたいところだったが、こうもあからさまに電撃銃を向けられては身動きがとれない。
するとそこにひゅるひゅるとソフトボールくらいの大きさの黒い楕円形の物体が飛んでくる。そしてそれはいかづちたちの足元に落ちると大きな爆発音と共に、いかづち・ココアを吹き飛ばした。
「んぎゃっ」
地面に転がる2人。いかづちは起き上がるとそれが飛んできた方向を睨みつける。すると【ナターシャ】の2階の屋根に、ロケットランチャーを肩からかけたアベナが立っていた。
「うふふ、いかづち。お姉ちゃんは武器も持っていないのに、可愛そうでしょう?」
「げっ、アベナちゃん!」
いかづちとココアの2人が青ざめる。
「ナイス、アベナ!」
すばるはぐっと手を握る。
「いかづち~、覚悟しなさいよ~!」
そしていまだと言わんばかりの勢いで、すばるは鬼の形相でいかづちのもとへ駆け出す。しかしすばるは少し進んだところで凍った雪に自らの足を取られ滑って転んで自滅してしまう。
そんなすばるの様子にあっけにとられる3人。いかづちが口を開く。
「ま、まあ、すば姉は戦力外としても、アベナちゃんがいるのは想定外だった!」
いかづちは気を取り直す。吹き飛ばされて落とした電撃銃をつかみ取ろうとする。
「だから、おいたはダメよ」
アベナは次の弾を装填するとそんないかづちに照準を向ける。
「こんなこともあろーかと! 先生ーっ!!」
立ち上がったココアが手を上げる。するとはるか彼方から、一発の銃弾が飛び込んで来た。そしてそれはアベナが装填したロケット弾のど真ん中に穴をあけてしまう。
「あらっらっ」
爆発することに慌てたアベナはランチャーを手放そうとするも、それより爆発の方が早かった。屋根から吹き飛ばされるアベナ。
「アベナ!」
すばるは叫ぶ。そのまま屋根から除雪された雪の山に頭から落ちるアベナ。その様子に今度はいかづちとすばるが呆気に取られていた。いかづちはココアを見やる。
「えっ、ココちゃん。いまの何!?」
「こんなこともあろうかと! スナイパーの先生を雇っておいたんだよ!」
自信気にウインクしながら胸を張るココア。いかづちは顔を輝かす。
「さっすがココちゃん!」
雪に埋もれたアベナと道路で転んでるすばるを横目に、いかづちとココアは【ナターシャ】の店内に侵入する。
「ごら、まじなさい、いかづち~~~」
ようやく立ち上がった すばるは地面にぶつけた鼻を抑えながらいかづちたちを追いかけて店内に入る。しかし入ってすぐのところで いかづちの背中にぶつかる。
「ちょっどぉ、急に立ち止まるなぁ」
すばるは抗議するも、当のいかづちは反応しない。いかづちとココアは呆然と店のカウンターを眺めていた。それにつられてすばるもカウンターに目を移す。そしてギョッとする。
なんとそこには星ヶ丘さらさがお菓子一式を詰め込んだ袋と共に立っていたのである。
「待ってたわ~、いかづち・ココアちゃん。冷めないうちに持っていきなさい?」
その光景にいかづちとココアは目を輝かせていたのだ。
「なーっ!!!」
しかしそんな光景で第一声を上げたのは、すばるだった。
「はぁ…? はぁぁ!? ちょ、ちょっとさら姉…理解できないんだけど!? いかづちたちにお菓子をあげるって…どういうこと!?」
「えっ、そのままの意味だけど~?」
さらさがことも無げに返す。その言葉に唖然とするすばる。
さらさはいかづちとココアにお菓子の入った包みを手渡す。
「お姉ちゃんは~、みんなの味方だからね」
さらさはそう言うと微笑んだ。
「さらさお姉さん、ありがとうございますっ!」
「ありがとう! さら姉、恩に着るよ!」
ニコニコ笑顔のいかづちとココア。大事そうにお菓子の入った包みを抱える。その様子を見てさらさも自然と笑顔になる。
そんなほんわかとした空気の中、すばるの表情だけはどんどん険しくなっていく…
「どいつもこいつもお花畑っ!もう知らない!私が家出したいっ!!! 」
頭を掻きむしりながら叫ぶのだった。
ホクホクと笑顔で帰路につくいかづちとココア。そんな2人の前に1人と1匹の影が現れる。
すらっとした長身に白い髪に紫の眼。頭に毛皮の帽子とゴーグル、全身に長いコートを着た立ち姿。肩からは狙撃スコープの付いたライフル銃を掛けている。その隣にはその身長の1.5倍はあろうかというさらに大きな白熊がいた。
「ガイコクジンとシロクマだ!」
いかづちが目を輝かせる。
ココアがその2人に近づく。そして軽く頭を下げる。
「先生、さっきはありがとうございました。素晴らしいお手並みです」
「いやいや先生はよしてくれ、ココアさん。雇い主は貴方とそこの店長さんなのだから」
ココアの言葉にその女性は苦笑する。
「ココちゃん、知り合い?」
いかづちが首をかしげる。ココアはいかづちに向き直るとその1人と1匹に手を向ける。
「こちら、助っ人のメヒティさんとステファンさんだよ」
「さっきの狙撃の!」
メヒティと呼ばれた人物と後ろのシロクマは小さく会釈した。
「初めまして、店長さん。私の名はメヒティルト・アナスタシア・フォン・エスタライヒ=ロタルィンスキ。こっちは助手のステファン。しばらく世話になるよ。よろしく」
夕方。すばるは外出の支度をすると階段を降りてくる。腕には望遠鏡を抱えている。そして玄関へ。
「すばる? どこかへ出かけるの?」
さらさが居間から顔を出す。すばるはむすっとすると口を開く。
「いかづちの味方をしちゃう さら姉には教えてあげないっ!」
「あら~」
さらさは、ぼんやりと困ったように頬に手を当てる。
すばるは靴を履き、ドアを開ける。しかし思い出したようにさらさに顔を向ける。
「あっ、でも、夕飯までには戻ってくるからっ」
「はいはい~」
さらさは小さく微笑むと、すばるの後ろ姿に手を振った。
◆◆◆
【ハコダテ山】。ハコダテの街を一望できる小高い山、そこにすばるはお気に入りの小型望遠鏡と共に立っていた。ハコダテ山から見る街の風景、特にその夜景は観光スポットとして有名だったが、しかし彼女が見るのは街ではなく、その上に広がる夜空だった。
冬の乾いた空気に透き通る深く暗い空。そしてそこかしこにキラキラと輝く星星の存在。街の夜景にも負けない神秘的な光景が満天に広がっていた。
それら1つ1つにレンズを合わせて、すばるは望遠鏡を覗く。
星を見ているときだけは全てを忘れられる。過去の面倒だったこと、現在の面倒なこと、未来に面倒になるであろうことを……
「すーばるっ」
そんなすばるの背に声をかける人物。振り向くとそこにはアベナとその従者の狸のモヌコがいた。
「雪まみれになって銭湯に浸かって戻ってきたら、貴方がいないじゃないの。どうせならここだと思って来てみれば、正にその通り」
アベナはそう言うと嫌味のない笑顔を作る。すばるはやれやれといった表情で苦笑する。
「あら、オリオン座がだいぶ上がってきてるわね。年末ももうすぐなのねえ」
アベナは空を見上げるとしみじみとそんなことを言う。
「あら、アベナ。よく分かったね」
「もちろん。星座好きなお馬鹿さんと一緒にいたら、嫌でも詳しくなるものよ?」
2人は顔を見合わせるとクスクスと笑い出す。
2人は星空を見上げる。
「昔はよく姉妹みんなで来たんだよね」
「ええ、あの頃はりっかさんも一緒だったわね」
「りっか姉は星に詳しくて、でもそれ以外にも色々できて、私たちはぜんぜん敵わなかったなあ」
「そりゃあそうよ、だってたったの14歳でニホンの北半分すべてを支配したヒトなのよ?」
「あーあ、残された妹たちはみんなへっぽこばかりだよ。3人そろっても りっか姉に敵わないどころか明日のご飯にも苦労してる…」
するとアベナは後ろからすばるを抱きしめる。
「そんなこと言うもんじゃないわ、すばる。貴方たち頑張ってるもの。もし必要なら私だって貴方の力になってあげる。…それに、きっとりっかさんも遠くで貴方たちのこと、見守っててくれるわ」
「…そうかな?」
すばるはそっと夜空を見やる。
「まあ、まずはいかづちと仲直りなさい。お姉ちゃんがいつまでもイライラ妹の悪口を言ってるのは、さすがに格好悪くて見るに耐えないわ~」
「う、うるさいなあ~、もぉ」
すばるは恥ずかしそうにもぞもぞと動く。アベナはそんなすばるを抱きしめながらクスクス笑う。
「だいぶ寒くなってきたわね。そうね、もう一度、銭湯に入り直さない?」
「仕方ないなあ。それなら、さら姉も一緒に誘おう」
「あらそれは楽しそう」
「きゅー」
狸のモヌコも2人の会話に合わせて嬉しそうに鳴き声をあげる。
そうして2人は満天の星空の広がるハコダテ山を後にした。
「それでは、いかづち店長。明日また我々は来るから、よろしく頼む」
ウラ喫茶店【グロズヌイ】。閉店時間を終え、メヒティとステファンはいかづちたちに会釈するとその場を立ち去った。
残されたいかづちとココア、それとスズラン。
いかづちが口を開く。
「よーし、それじゃあ、明日に向けてもう一度チラシ配りに行こう!」
「おー!」
「お、おー!」
いかづちの掛け声に揃えるココアとスズラン。
「どうしたの、スズ姉、元気ないじゃん!」
しかし いかづちはスズランの弱々しい声に気づくとそれを注意する。
「え、えーとぉ、もう今日のボクのMPは限りなくゼロだよぉ。午後の接客もすごく、すごーく大変だったんだから…これ以上チラシ配りとか、知らないヒトと絡むのはちょっと…」
ヘナヘナとした声を出すスズラン。いかづちは仕方ないという仕草でため息をつく。
「ボスたるもの、メンバーの体調管理も大事だからね。じゃあスズ姉はお店の掃除をよろしく! ココちゃんとアタシは駅前に行ってくるから!」
「う、うん、ゴメンね~、ありがとう~」
スズランが申し訳無さそうに、いかづちたちを見送った。
「よーし! ヒトがいないぞ! がんばろう!!」
モップを手に、さっきとは打って変わって活気にあふれるスズラン。あたりを見渡す。【グロズヌイ】の店内の広い空間にたった1人。
ああ、誰もいない…とっても幸せ……!
スズランはうっとりと目を細める。そしてウキウキ気分でモップがけを始めた。
すると店のドアが開いた。
「あれ、早かったねえ、いかづち…」
すると目の前には水色のエプロンをした見知らぬ少女が立っていた。同じ紅茶マフィアだろうか? とても青白い顔。まるで幽霊のようだった。
「ひゃっ、あのっ、今日はもう閉店でしてっっ」
急に知らない人間、そして明らかに不気味な出で立ちの少女が現れたことにスズランは二度驚く。
その少女はゆらりとスズランに近づく。そして
「はひゃひゃ!」
「ひぃっ!」
突然の少女の謎の言葉にスズランは目を瞑りモップで身体を守ろうとする。
「ひぃ、知らないヒト、こわいぃぃ」
少女はじぃっとスズランの様子を撫で回すように観察しだした。しかし…
「おやぁ、貴方ではありませんねぇ」
その少女はそっとスズランから離れるとそう言った。舐め回すように観察され気を失いつつあるスズラン、うっすらと少女の周りに何かぼんやりとした光が漂っているのが見えた気がした。
「この魂が行きたい場所があるというから来てみれば、どうやらここではなかったようです」
独り言をつぶやく少女。
ドサッ
意識を失ったスズランが倒れた。ぐるぐると目を回している。
「はひゃ~? 霊気に当たるようなことはしなかったのですが、どうしてこのヒトは倒れてしまったのでしょう?」
少女は首をかしげる。
「まあ、息はしてますし、魂も抜けてませんから大丈夫でしょう~、それでは~」
少女は倒れたスズランを放って店を後にする。
倒れているスズランがいかづちたちに発見されるのは、それから1時間後のことだった。
ハコダテ市の銭湯にて。
すばるはバスタオル姿で体重計に乗り、そのメーターを睨みつけていた。
立つ位置を変えたりしつつ、慎重にその度にメーターを見直す。
しかしその表情は険しいままだ。
「あら、どうしたのすばる?」
そんなすばるを見つけた同じくバスタオル姿のアベナが後ろから声をかけてきた。
驚いたすばるはとっさにメーターに手をあてて隠すと振り向く。
しかし、すばるは情けない表情をすると泣き出した。
「うう、私…明日からご飯少なめにする……」
「あらあら」
そんなすばるの頭をアベナは優しく撫でてやるのだった。
<続く>
【ノベル版キャラクター紹介】
星ヶ丘すばる:冷静な三女。いつもぼんやりした姉と騒がし妹に手を焼いている。趣味は天体観測。過去のことから紅茶マフィアがあまり好きではない。好きなお菓子はガトーショコラ。
星ヶ丘いかづち:元気いっぱいの四女。亡き「りっか姉」に憧れてハコダテ帝国の再興を目指す。好きなお菓子はモンブラン。
星ヶ丘さらさ:ぼんやりとした次女。甘いお菓子を作る次女。妹たちにも甘い。好きなお菓子はドーナツ。
七飯アベナンカ:ハコダテ近郊にある牧場の令嬢。すばるの幼馴染。「アベ」とは北の言葉で「火」を意味し、彼女の燃えるような赤髪からその名前がつけられたらしい。好きなお菓子はアイス載せチーズケーキ。
柏森ココア:いかづちの親友。動画配信が趣味でよくいかづちの活躍を撮っている。いかづちの良き参謀役。好きなお菓子はマカロン。
永倉スズラン:さらさの友人。正道緑茶結社の聖剣の孫だったが、いまは星ヶ丘一家に協力している。りっかとの約束のマフラーを巻いている。好きなお菓子は大福。
メヒティルト・アナスタシア・フォン・エスタライヒ=ロタルィンスキ(メヒティ・エスタライヒ):東欧の姫君。冒険家の夢を叶えるべく北アジアを旅している。好きなお菓子はウエハース。
ステファン:メヒティが幼い頃から従っていた助手の白熊。メヒティの旅に同行する。好きなお菓子はワッフル。
零本サキ:謎の霊媒師。好きなお菓子は綿飴。
解説①:ハコダテシンジケートの文化
ハコダテシンジケートには東ヨーロッパ・西北アジア(旧ユーラルシア帝国)の文化が多く取り入れられている。
例えば湯沸かしやお湯の管理には「サモワール」と呼ばれる湯沸かし器が使われたり、
また茶器に関してもガラス製のコップに金属の取っ手をつけたものもよく使われる。
茶葉に関しては北アジアを経由して中東からのものが使われており、そのまま紅茶にする他、ミルクで煮出した紅茶にして飲むことも多い。紅茶マフィア大戦後はニホンのシンジケート間の縄張り争いも減ったため、最近では中華国やインド自由国からの輸入も増えている。
<続く>