とある雑居ビルの一室。ロープでぐるぐる巻にされたヘルガを大勢のゴロツキたちが囲っている。
「ヘッ、こんなガキがメイド長とはシンジケートも落ちぶれたもんだなあ」
大柄の男がニタニタとヘルガを観察する。
「いい大人が寄ってたかってなんですか。貴方、ババロア一家の名簿で写真を見たことがありますね。ガイテツさん、でしたか? 先日ナギさんにボコボコにされて命からがら逃げ出したのは貴方ですよね」
「あんだとテメエ! 暴風のナギの知り合いか?」
「ふふっ、今回もボコボコにされるといいですよ。シンジケートを舐めた報いを受けなさい」
「ふぅん、あいつが近くにいるのか? むしろそれは好都合だ。この前の借りを返してやる。今回は武装した手下20人でこのビルを固めた。入口は下の一箇所しかねえ。入ってきた瞬間に蜂の巣だよ」
「……そう簡単に、シンジケートのマフィアたちを甘く見ないことですね」
「わふっ! わふっ!」
ナギとまおが大通りを東に進む。グラーフが吠えながら2人を導く。
「さすが忠犬グラーフ! ご主人さまの匂いが分かるんだね」
「わふっ! わふっ??」
しかしあるところまで来ると、グラーフはその場をくるくる回りだした。
「あれ? どうしたんだろう?」
「もしかしたら、ここから車に乗ったのかも……。一度本部に連絡したほうがよさそうですね」
そう言いナギがスマートフォンを取り出す。すると
Prrrrr……
「はい、風海ナギ」
「ナギさん、聞こえますか?」
「…ヘルガさん? いまどこにいるんですか!」
電話の相手はヘルガだった。驚く二人。
◆◆◆
「アニキィ、シンジケートの本部に繋いでも誰も出ません」
「くそっ、シンジケートの幹部を拐って相手の戦力を削ぎつつ、かつ、高額身代金を要求するという俺様のプランが…!」
「手際悪すぎませんか? それでもババロア一家の片腕なのですか?」
ヘルガは思う。流石に叔母様たちと警備部門の主力は今日は工場へ行ってますけど、留守組がいる筈です。だから本部には繋がるはずなんですけど…。この人達、電話番号を間違えてるんですかね…? 教えてあげてもいいですけど、なんかそれはそれでシャクですね。
部屋を見渡す。室内にもガイテツ含め10人ほどのゴロツキたちが武装しているも、交渉担当のゴロツキ以外はヒマを持て余し始めていた。机にボードゲームも広げ始めている。
うーん、救出が遅くなのは嫌ですね。本日中に家に帰りたいものですが……。仕方ないですね。
ヘルガはガイテツに向かって大げさにため息をついた。
「はあ、貴方がたの手際の悪さには疲れてしまいました。ずっとじっとしているのも退屈です。少々、お手洗いをお借りできますか?」
「たくっ、これだからガキは緊張感がねえな。おい、そこの、このお子様メイド長様にお手洗いを案内してやれ」
ガイテツがボードゲームを始めようとしているゴロツキたちにそう怒鳴ると、その中の1人の若いゴロツキメイドが慌てて頷いた。
「早く済ませてくださいね…」
若いゴロツキメイドが聞き取れるかどうか小さい声でそう言うと、ロープを緩め、代わりにそれをヘルガの足首に巻きトイレの入口に立った。ヘルガは1人トイレに入り、個室へと向かう。雑居ビルのトイレ。内階段に設けられたそれに窓は無かった。しかしそもそもヘルガの身長では窓から脱出することは難しい。そして彼女もそれを狙ってはいなかった。
「ふふっ、甘いですね、ババロア一家。身体検査もしないだなんて」
そう言いうとヘルガは自分の帽子を脱ぐ。そしてその裏に貼り付けていた予備のスマートフォンの電源を入れた。
◆◆◆
「という訳です」
電話越しにヘルガの声。ナギはスマートフォンをスピーカーモードにする。
「途中で匂いが消えちゃって、グラーフが追いかけられなくなっちゃったんだ!」
「…なるほど、確かに車に乗せられしばらく動かされた気はします。しかし先ほど窓の外を見た感じ、まだ市内にはいるような…、というか少し待ってください」
するとナギのスマホにGPS座標の通知が送られる。
「これは完全にブラフですね。ここは1ブロック先の雑居ビルのようです」
ナギが地図アプリを開くと、ヘルガが囚われているであろう場所が表示される。
「……すぐ近くですね」
「よっし! ヘルちゃんお姉様を助けに行こう!」
二人はそのビルへと向かう。
ガイテツの子分たちが、どうにかしてシンジケートへの連絡を探していると、ヘルガが戻ってきた。
「あー、早く帰りたいものです」
にまにまとガイテツに笑いかける。
「黙って座ってろ、ガキンチョ」
ヘルガは抵抗することなく椅子に腰掛ける。するとヘルガを監視していた若いゴロツキメイドがガイテツに近寄り耳打ちする。
「リ、リーダーぁ。さっきあの子、トイレで誰かと連絡取ってましたよ…」
「まあ、そんなとこだろうな。連絡手段がないなら、向こうから来ていただこうか。シンジケートの警備部門のマフィアなんて、デクノボウだらけさ。ただ2人、暴風のナギと猛火のラムだけは要注意だが、このビルの狭い通路を手下20人と戦いながら、正面切って上がってこれるかな? 飛んで火にいるなんとやら、だぜ」
◆◆◆
ガイテツたちのいるビルの屋上。そこにナギとまおは立っていた。
「ここらの建物はだいたい私の実家が管理しているので把握しているのです。ババロア一家が巣食っているこの建物は図面上は屋上への立ち入りができず階段も無いのですが、実は隣の建物から移動できます」
先ほどの会話の中で、ヘルガが教えてくれた。
「……」
「どうしたの、姫。難しい顔をして」
「…ううん、そんな顔、別にしてないです。ただ、これはとても危険なことです。貴方は別に紅茶マフィアではないのだから、そこまでする必要はないんですよ…?」
「もー、姫は心配性だなあ。いけるいける大丈夫! むしろ役に立てて嬉しいもん! それに姫と一緒の初のお仕事だもんね! ヘルちゃんお姉様からもお給料出るって言われたし、がんばらなきゃ!」
「……分かりました。それでは、お任せしますね。……すぐ、駆けつけますから」
「りょうかーい!」
そう言うと、まおは紅茶缶とポットを用意し、ロープを自分の腰と肩に巻き始めた。
「ガイテツさんでしたっけ。まだ何も始まってもいませんが、そろそろ夕方ですし、諦めてシンジケートに投降してみては? いまなら私達の給仕部門メイド長の謹製猛毒茶の刑くらいで許してくれるかも知れませんよ?」
「はっ、ゾッとしないね。あんたらのところの警備部門も大概だが、給仕部門だってあまりいい噂は聞かないぜ? 小娘たちがマフィアごっこかよ。紅茶マフィアの大物たちが派手に争った大戦前が懐かしいね」
「そうですか? 私は逆に大戦を存じ上げていないもので。貴方みたいな脳みそスッカラカンな人が幅を効かせるくらいの時代なら、今の方が良さそうですね」
「減らず口め。さっきお前がこっそり呼んだ助けが早く来るといいな。だがこのビルの警備はカタイぜ。一足踏み入れた瞬間にまとめて蜂の巣だ。その後、お前をたんまりいじめて泣かせてやるから覚悟しておけよ?」
ぱりーんっ!
その瞬間、窓ガラスが割れる。床に転がるコンクリートブロック。そして一拍置いて、人影が窓から部屋に乗り込んできた。
「なんだ、上からだと!?」
ガイテツの部下たちが慌てて窓に向けて銃口を構える。
部屋の舞い散るホコリが晴れると、そこにはお団子髪に黒いトンガリカチューシャを頭につけたメイドが、体操選手が競技の最後にするようなピンと背を伸ばして腕を両側に延ばした状態で立っていた。両手にはポットと紅茶缶が握られている。
「ぱんぱかぱーん! 着地☆成功!」
「なんだこのお団子。シンジケートの犬か! やっちまえ!」
「わーっ、待って待って、わたし、そういうのじゃなくって、そう、お茶、お茶を売りに来たんですー! どうですか? 今朝コウベ港で入荷したばっかり! クマさんのマークがとても可愛いですよね~!」
そう言い笑顔でまおは紅茶缶とポットを見せびらかし始める。
「何を言って…」
ズドンッ
すると階下で鈍い音がする。犬の吠える声も聞こえた。
「んっ、囮? どっちが囮だ!? とりあえず誰か、このお団子メイドを縛っとけ、残りは俺と一緒に下を……」
ガイテツが指示を出し終える前に部屋の扉が開き無数のショットガン用小型ゴム弾が飛び込んできた。そしてドアの前にいたゴロツキたちが哀れにも吹き飛ばされる。それと同時にジュース缶の様なものが室内に放り込まれる。
「ヘルちゃんお姉様、伏せて!」
まおが椅子に座るヘルガを押し倒し、うつ伏せになる。
パキィンッ
先ほどの缶…閃光弾が炸裂し室内を強く明るく照らした。閃光と高鳴る音が室内を支配する。まおはヘルガの耳を抑え、自分もぎゅっと目を閉じた。まともに食らったガイテツとゴロツキたちはそのまま目と耳を抑えながらよろめく。
バンッ、バンッ
それを室内に入ったナギが一人ずつ拳銃のゴム弾で気絶させる。どうやら勝負はついたようだ。
「ヘルちゃんお姉様、お疲れ様~」
まおが涙目でヘルガを見る。
「閃光弾ってすごいんだね…耳がキーンってして、じわーってするの……」
そしてそのままヘルガをぎゅっと抱きしめる。
「でも無事でよかった~」
「っはい、お見事でした。お二人共」
ヘルガがまおを抱きしめ返す。グラーフが近づいてヘルガの頬を舐める。
「わふっ、わふぅっ!」
「グラーフも無事でよかったです」
「それでは、ヘルガさん、立てますか? 警察に通報するので、ここを離れましょう」
まおがヘルガをぐるぐる巻にしていたロープを解いていると、使えそうな武器を物色してそれを両手に抱えたナギが現れた。
「わあ、ナギ姫、そんなに武器をどうするの!?」
「使えそうなものは使いますし、それ以外はシンジケートに売ってお金にします。まおも使えそうなものがあれば、持っていくといいですよ」
「!? えっ、いま、わたしの名前呼んでくれた!?」
「……え、気のせいじゃないですか。ほら、早くここを離れますよ」
そんな2人のやり取りを見て、ヘルガがにやにやと笑う。
「わふぅっ」
こうして3人と1匹は空き家のビルを後にした。
◆◆◆
「やったね! お給料もたくさん貰えたし、ヘルちゃんお姉様太っ腹!」
「……そうですね、これは良い稼ぎになりました」
夕方。ヘルガと本部で分かれた帰り道。ナギは札束で膨らんだ封筒を握りしめる。
「……半分、これは貴方の取り分です」
そう言いナギは封筒の中の札束を半分抜き、残りを封筒ごとまおに差し出した。
「えぇっ、いいよっ。だってあいつら倒したのはナギ姫なんだし」
「そういう訳には行きません。貴方も十分働きました。正当な報酬は受け取るべきです…」
まおはしぶしぶ封筒を受け取る。
「やばっ、こんな大金初めて見たよ…」
「ふっ、大事に使うんですよ? 貴方のお姉様にもあまり迷惑を掛けないように」
「あれ、姫、いまちょっと笑ってた?」
「……っ、笑ってません…」
分かれ道。
「……貴方がどうして私に付き纏うのかは知りません。だけど紅茶マフィアに関わるのも、ましてや私の様な人間に関わるのはやめた方がいいです。貴方には帰る場所があるのでしょう? そんな場所があるのなら、それを大事にするべきです……」
「また、明日も訪ねに行っていい…?」
まおが少し心配そうにたずねる。
「…………ふう、懲りない人ですね」
それだけ言うと、ナギは立ち去った。
陽が落ちて辺りが暗くなる。ナギは街灯の明かりを頼りに1人屋敷への坂道を登る。
今日の仕事はまずまずだった。この前取り逃がしたババロア一家の幹部も捕まえたし、救出任務で報酬もたくさん貰えた。これで今月分の返済はどうにかなりそうだ。
ふとナギの脳裏に厚かましくも元気いっぱいのあの笑顔が浮かぶ。そして今日食べた小籠包の味を思い出す。ふとナギは指を唇に当て俯く。しかしその考えを振り払う。あの子が現れてから、どうも私はおかしい。あの子といると自分が弱くなってしまいそう……。
もう他人なんて信じない。他人なんて頼らない。……そう、私は誰の手も借りずに一人で生きていくって決めたじゃないか。
「ダメだあ~っ!!」
ナギの背後で大声がする。振り向くと走って近づいてくる人影があった。あのお団子頭ーーーまおだった。
「ど、どうしたんですか…!?」
ナギは驚く。まおはさっきの札束の入った封筒を両手で差し出し頭を下げた。
「このお金、姫の屋敷のお家賃にしていいので、わたしも屋敷に住まわせてください!」
「なっ、急に何を言うんですか……」
突然の申し出に混乱する。
「ここ数日観察してたけど、姫はロクに掃除も洗濯もできないし、ご飯も作らないし、屋敷はゴミの山みたいになってるし、パジャマにだって着替えず寝ようとするし心配で心配で!」
「なんで寝る時のことまで知ってるんですか……」
「それ、ぜーんぶわたしが解決してあげるから! そしたら前みたいに風邪引くこともないだろうし、きっと毎日元気よく姫は仕事に出られるし、わたしも仕事も手伝うし!」
「えぇ? それはむしろ私がお金を払わなくてはいけなくないですか? ……そんな余裕はないって何度言えば……」
「わたしも全力で姫を利用するから! 姫にきっちりした生活をさせて、体調万全にして、しっかり戦えるようにする! それで今日みたいに一緒に仕事に行って、それで得たお金ははんぶんこ! それなら文句ないんじゃない!? そしてわたしのそのお金は、住まわせてもらうお屋敷の家賃・光熱費その他もろもろの支払いで姫にあげるから!」
「えぇ…何か論理がおかしいような……?」
まおはそのままナギの手を握る。
「とりあえず1ヶ月! いや1週間だけでもいいから!! 試してみてよ! お願い! 一生に一度のお願いっ!!」
「うう……」
ナギは困惑する。まおの理論は完全に破綻していた。しかし何故か彼女がナギを助けようとしてくれるのは手にとるように分かった。しかし何故自分なのか。面識もないはずなのに。何故この少女はそうまでしてこの私にかまってくれるのか……。まさか私を陥れようとしている…? 昔、両親や周りの人間が私にしたように? だけど今の私はボスの娘でも、お金があるわけでも、権力があるわけでもない……。単に一介のマフィア……いや、それよりも酷い。ただの借金まみれのマフィアなのに……。
断るべきなのは頭でわかっていた。だけど断りたく……なかった。
「い……1週間だけです……。貴方を試してあげます。……ただしいくつか条件が。私の部屋には絶対に立ち入らないこと。変なストーカー的なこともしないこと……それと」
「それと?」
まおの表情がみるみる明るくなる。
「それと、その…ニガイものが苦手なので、あまり野菜は料理に入れないで…ください」
「わーっ!」
まおが歓声を上げてそのままナギに抱きつく。ナギは無表情を崩さなかったが、それでもまおを受け止める。
「わーい、わーい! ありがとう! わたし、一生懸命がんばるからっ!」
まおは感情に任せるままナギを抱きしめ続けた。ナギもまんざらではなさそうだった。しかしそれがあまりにも長かったのでナギの表情は徐々に曇った。
「その、ですね……これ以上ベタベタすると…ストーカー的なことに認定しますよ……?」
「はうっ!」
まおは笑顔のまま、素早くナギから両腕を離した。
◆◆◆
「ーーーーーートライアル8、市街戦」
コウベ市中央区の湾岸地帯。その一角にある通称「工場」。
大型旅客ジェット機もすっぽり入るかのような大きな格納庫、その内側はコンテナやバラックなどで街を模したフィールドが広がっていた。
「みんなー、ケガしないようにね! でも全力で向かってネ!」
火炎放射器を抱えた紫色の髪を両端でまとめたメイド服姿の少女、鰐塚らむは、周りの武装した警備部門のメイドたちに号令をかける。ぞろぞろと、らむの後ろを10人ほどのメイドたちが続く。
しばらく進むと遮蔽物からミサイルが襲いかかって来た。そしてらむの右奥の数人に当たりその爆風で吹き飛ばされる。
「あっちだ! アソコに隠れてる!」
らむはミサイルの飛び出した方向を指差すと、建物を模したバラックが密集している地帯に向かって駆けてゆく。
「あぶり出してアゲル…!」
狭い通路状の場所にらむは勢いよく火炎放射を流し込む。すると通路から人影が飛び出した。その人影は高くジャンプすると、そのまま空中で回転しながら地上のメイドたちに右腕を向けた。眩い閃光がその右腕から発射される。それに当たったメイドの服は焼け焦げ、その光に押されるように地面に叩きつけられた。そうして3人ほどが倒される。
「フフッ、やるネ!」
らむは注意深く相手の光弾を避け、その着地地点へと向かう。そしてその場で大きく火炎放射器を振り回し火炎を吐き出し辺り一帯に炎地帯を生み出した。相手は落下しているので、それを回避することはできなかった。そのまま落下しながら炎をもろに浴びる。しかし……
そのまま近接武器を手に、人影はらむに突っ込んできた。それをらむは火炎放射器の発射口で受け止める。
「ぐぎぎっ、ケッコーパワーあるネっ!」
らむは相手を見やる。相手もメイド服姿の少女だった。凛とすっきりとした顔つき。しかし表情はなく、氷のような冷たい紫色の瞳でらむを見つめる。
「とりゃっ!」
らむが相手の少女の頭に回し蹴りをかます。もろにそれが相手の頭に入る。そして間合いを取る。
「かったーい! こんなんこっちの足が折れちゃうヨー!」
らむが叫ぶ。回し蹴りを食らった少女は何事もなかったかのように武器を構え直した。
「そこまでです。全トライアル完了。T.T.01の模擬戦闘試験終了です。」
どこからともなくアナウンスが流れる。
「やあやあ、2人ともお疲れ様~」
2基の飛行ドローンに身体をぶら下げた、ネコミミ付きヘッドフォンを掛けた少女がやってくる。川越マツリカ。この「工場」の主である。
「アッ、ハカセ!」
らむは火炎放射器を下ろすと、その少女に駆け寄る。もう1人の少女も近づき会釈する。
「どうだった~?」
「ヤッバイ、T.T.01メッチャ強かった! まさか生まれて1週間でワタシとタメ張れるなんてビックリだよ!」
「いえ、そんなことは……。らむさんの動きは予想がつきませんでした…。対等に戦えたのは、単にボディーが頑丈だったからでしょう」
T.T.01と呼ばれた少女は自分をそう分析する。T.T.01はマツリカに生み出された万能メイドロボットであった。
マツリカの部下たちが検証のためにフィールドに入ってくる。そして負傷したメイドたちの治療も始まった。
「素晴らしいですわ、マツリカ博士!」
そこにさらに人影が現れる。豊かな縦ロール髪をなびかせ、優雅に歩み寄る。宝座ルミネだった。その後ろをニコニコと給仕部門メイド長の紫陽ひまりがついてくる。
「このT.T.01が量産された暁には、シンジケートの人員不足は一気に解消ですわね! 」
「まあ、この子と同じ性能のものを量産するのはそんなに簡単なことじゃないけどね、ルミネさま。でも気に入ってくれたようでよかったよ」
マツリカがマイペースに答える。
「これでコウベに巣食う有象無象の虫ケラどもを一掃できますわ! 問題を起こす度にケーサツにも睨まれていますからね。ここいらで虫ケラさんたちにはご退場願いましょう! さあ、いくら出せばT.T.を量産できますの?」
「うーん、まあお金もかなり必要だけど、それ以前にT.T.は生まれたばかりだからね。マフィアとしての経験をいろいろ積ませたいよね。それを元に量産型にもデータをフィードバックできるだろうし」
「なるほど、新人メイドの教育期間が必要ということですわね!」
「簡単に言えばそんな感じかな~」
「なるほどですわ、一通りの業務は覚えてもらうとして、まずは何から始めましょう?」
「ちなみに、T.T.は何でもできるよ」
隣でT.T.01も頷く。
「それでしたら、ここは紅茶マフィアらしく、お紅茶の淹れ方から学ばせるというのはいかがです? しっかり仕込んでモノになりそうでしたら、全国マフィア大茶会に出して、常勝のヨコハマの皆様をあっと驚かせることもできそうですわね」
「ええっ、別にこんなロボットいなくても、うちの給仕部門は次こそ優勝狙えますよ~?」
ひまりはタジタジとルミネに訴える。
「ひまりさん、それは成果を出してからおっしゃいなさい。ものは試しです。どうせ最近は給仕部門にも新人さんはいないのですし、このT.T.01さんが戦闘だけではなく給仕にも役立つことが分かれば、私たちコウベ・シンジケートの名も全国に知れ渡ると言うものですわ!」
「うう、ルミネ様がそうおっしゃるのなら…仕方ないですね~」
ひまりがしぶしぶ了承する。
「というわけで、T.T.01さんはひまりさんの給仕部門に預けますわ。それで良いですわね、マツリカ博士」
「うん~、せいぜいその子に色々経験を積ませてあげて。その間にボクは量産型の設計図と生産ラインの準備をしよう」
「機材の手配については後日ヘルガさんと詰めるのがよろしいでしょう」
「うん~、りょーかい」
ルミネはフィールドで作業している全ての構成員に向かって叫ぶ。
「皆さん、いまこそコウベ・シンジケートが再生できるかどうかの瀬戸際ですよ。しっかりお気張りなさい!」
<3話に続く>